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スポットライト  作者: 佐藤 釉璃
1/2

衝撃

「やわらかな風に包まれ、生命が生き生きと活動を始め、

  春の訪れを感じるこの良き日に、

 私たちは晴れて南赤坂高等学校へと入学します。」



 ーーーーーーーーー僕、冬島ふゆじま つかさの人生には何もなかった。

 生まれて15年、変化のない平坦で真っ直ぐな人生を歩んできた。

 ここ南赤坂みなみあかさか高等学校、

 通称 赤高あかこうも県内では有数の進学校であるが、

 如何せん地方の街であるからそれでも全国偏差値60程度の学校だった。


 本来、桜が舞い新入生は期待に胸を躍らせ目標新たに第一歩を踏み出す、

 そんなおめでたい入学式でさえ僕の目には灰色の景色に見えた。

 僕の両親は仕事で来ていない、

 周りにも中学校からの友人が多い代わり映えしない入学式。


「はぁ…」


 ついついため息を付いてしまう。

 高校に入ればきっと、きっと楽しい世界が待っているとそう思っていた。

 部活は帰宅部、成績は普、顔も普通、

 そんな僕に楽しい世界なんて縁のない話だった。

 本当はわかっていたけどね。


「なぁ〜司っ! 部活動見学いこうぜ! お前、どうせ帰宅部だろっ!?」


 そう言って帰ろうとしている僕の肩を掴むのは、

 中学校からの親友である杉田すぎた けん 通称ケン。


 明るい茶髪にピアス…見た目じゃ赤高だなんて信じられない。

 しかしそんなチャラいイケメンな見かけに反して、成績優秀スポーツ万能。


 世界は不平等です、神様。


 そんな天に二物も三物も与えられたケンとは同じクラスだった。


「まあ…いいけどさ、帰りは飯奢れよな?」


「はいはいっ!OK!さあ、いこう!」


 ケンはよくも悪くも明るい。

 人当たりの良さから友人は多く、いうならクラスの主人公的存在だ。

 人見知りで、何もかもが普通な僕とは正反対の世界にいる。


「わかったから、そんなに押すなって!」


「軽音部たのしみだなぁ司っ!」


 そんなケンは中学校でも軽音部だった。

 学校には大きなギターの入ったケースを背負って、

 毎日3キロの道のりを自転車で通学していた。



「軽音ねぇ…俺は、興味ないかな。」


「はぁ!?お前は本当におもしろくないなぁ司!」


 軽音楽なんて…僕には向いてない。

 音楽なら聞くだけで十分満足できるし、楽器って難しそうだし。


 それになにより

 街で見かける大きなケースを背負ってる人って、チャラいじゃん…?

 もちろん、ケンも含めて。


「この学校さ、地下に大きなライブスタジオがあるんだよっ!

 すごいよなぁ…俺も早くバンド組んでライブしたいぜぇ!!」


「ライブスタジオってなに…?」


「ライブスタジオはライブスタジオだろ!

 まぁ、見たほうが早いって!さっさと行こうぜ。」


「まあ、見るだけだし…行くか。」


 放課後の教室を出て、ケンと2人軽音楽部へ向かう。


 今年で創立73年を迎える赤高の校舎は、

 物置になっている旧校舎を残して殆どの校舎が建て替えられたらしい。

 そのため、

 地方の公立にしながらも外見だけは東京の学校にもひけをとらない。


 4階建てのガラス張りの校舎にガラス張りの部室棟、

 ナイター完備のグラウンドは人工芝が植えられ

 プールは屋内に造られ、野球部専用の土のグラウンドまで完備している。



「司、ついたぞ。」


 ケンが立ち止まる。


 ボロボロな木造の旧校舎と綺麗な部室棟の間にある、

 コンクリートの小さな建物。

 旧校舎のように古くはないが部室棟のように綺麗な建物でもない、

 ただの地下へと続く階段。

 ケンは軽音楽部に行くんじゃなかったのだろうか、


「ついたって、なんだよこの不気味な階段…地下にでもいくつもりか?」


「そうだよ、ここが軽音部のライブスタジオだ。

 今日は放課後に歓迎ライブをやるって部活動紹介の時に言ってただろ。

 って、お前のことだから聞いてないか…。」


「ライブ、かぁ…」


 ライブっていうと、

 人気アイドルのライブみたいなのしか思いつかないけど…


「よしっ、もう始まってるみたいだしさっさと入ろうぜ!」


 ケンに連れられて薄暗い階段を降りる。


 階段を降りると2mほどの見るからに分厚く重そうな鉄の扉が現れた。

 取っ手の部分もゴツい…。


「司、ビビるなよ?」


 ケンがニヤけながら後ろを振り向いてそう言う。

 ニヤけた顔すらかっこいいこいつは本当にずるい。

 何にビビるのか、僕はそう思っていた。


 ケンが扉に手をかけ、重い扉を開く…


 扉が開いた瞬間、爆音が耳を鳴らした。

 思わず声が出てしまいそうになるほどの大きな音。

 ギターやベースの音、他の生徒の歓声…それがいっぺんに僕を襲った。


「ほら、ボーっとしてないで入るぞ司」


「あ、ごめんごめん」


 扉の中は薄暗く、ステージでは4人が立って演奏していた。

 残念ながら僕にはなんの曲を演奏しているのかわからいが、

 周りの生徒はノリノリで時々、声をあげて何かを叫んでいた。

 その叫びの内容すら聞き取れないほどの爆音。


「なぁ!!ケン!!俺、前の方にいくけど、お前も来るかっ!?」


 ケンが爆音の中でも聞こえるように耳元で大声で聞いてくる。


「いや!!俺はいい!!端の方にいるから終わったら戻ってきてくれ!!」


 僕が大声でそう伝えると、ケンは親指を立てて人混みに消えていった。


「本当にすごい音だな…鼓膜が破けそうだ…」


 生まれて初めてこんな爆音を聞いた。

 音楽は割りと聞く方だけど、生の演奏ってこんなにすごいんだ…。

 ギター、ベース、ドラムくらいしかパートは分からないが、

 それぞれが汗だくで楽しそうに弾いている。


「あんなに夢中になれるものがあって羨ましいな」


 そう思っていると、薄暗かった室内が急に明るくなった。

 どうやらバンドの演奏が終わったようだ。


 ステージの上ではさっきの4人が端へ消えていった。

 室内が明るくなってわかったが、思った以上に人が多い。

 軽く100人以上はいる、それくらい多くの人がこのライブスタジオ?にいる。


 周りを見渡しているといつの間にかケンも戻ってきた。


「ケン!前に行くぞ!! 次、神田先輩のバンドらしいぞ!!」


 ケンは興奮気味に僕の右腕を掴んで引っ張る。


「神田先輩…?」


「お前、神田先輩も知らないのかよ…有名ギタリストだろ!」


「し、しらねえよ…僕がギタリストなんて知ってるわけないだろ」


「はぁ…まあ、すげえから目かっぽじって見とけ!」


「はぁ…?」


 どうやら神田先輩というのは有名なギタリストらしい。

 そしていつの間にかケンと僕は、

 ステージの中央よりすこし右側の一番前に来ていた。

 ステージ上では何人かが演奏の準備をしているが、

 部屋が暗転してしまったためよく見えない。



『新入生の皆さん、軽音部の歓迎ライブへようこそ!!

 僕達が今回のバンドのトリをつとめさせていただきます。

 最後まで、楽しんでいって下さいっ!!』



 ステージは暗転したままでボーカルらしき男の人が挨拶をする、

 ケンを含め、周りの生徒が歓声を上げる。

 曲が始まるのだろうか、ノイズの様な音が段々と大きくなる。

 本来ノイズというのは耳を塞ぎたくなるような()()()音だろう。


 しかし、

 僕はその「ノイズ」が聞こえた瞬間、

 顔からつま先まで鳥肌が立った。目を見開いた。頭のなかで何かが弾けた。


 曲が始まり、ステージが一瞬で明るくなる。


 軽音部なんて、所詮チャラい人のあつまりだと思っていた。

 僕には程遠い世界の人たちだと思っていた。


 けれど、僕は目の前の人から目を離すことができなかった。


 白い肌に長い黒髪、

 細い体に細い腕でギターを鳴らす…この美しい人に釘付けだった。

 僕の目の前で無表情にギターを弾き、白い肌には汗が伝う。


 演奏しているのは僕が聞いたこともないような英語の曲。

 驚いたのか感動したのかすらわからないけど…




 いつの間にか僕は、泣いていた。




 泣きながら目の前でギターを弾く女の人を見つめていた。

 いままで見てきたものの中で、一番美しいと思った。

 どんな綺麗な景色よりも、

 どんな高解像度の二次画像よりも、

 どんな美人な女優よりも、

 暗いスタジオの中、スポットライトを浴びて光輝き、

 汗を浮かべながらギターを弾いているこの人が、「美しい」。


 3曲演奏されたが、僕はずっとその人を見つめていたんだと思う。

 曲の内容を全く覚えていない。

 演奏が終わり、明るくなってもぼくは呆然と立ち尽くしていた。


「いやぁーよかったなぁ…って、おい!どうした司っ!?」


「…えっ?ああ、ごめん。少し、感動しちゃってさ…」


「なんだよ、珍しいな。司が感動して、更に泣くなんて」


「ねぇ、ケン…」


「どした?司?」



 僕は初めて自分が何かに突き動かされた気がした。

 きっと、このために生まれてきたんだとさえ思う。



 やっと自分にも夢中になれそうなことが見つかった。





「俺さ、軽音部に入るよ」











次話より、文量を2000文字程度で抑えられるようにします。

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