宿
「あんたこの前の! 」
そこに立っていたのは先日フラッシュグレネードで気絶させた男たちだった。
前回と違って全員が殺気立っているのがよくわかる。
よほど根に持っているか、危険人物扱いされているのだろう。
修道服のような女に至っては目に涙を浮かべて木の棒、おそらくは杖を握りしめている。
「……? 」
ひとまず無言でとぼけておく。
身に覚えがない、そうジェスチャーをして見せた。
「とぼけるな! 」
「どこの誰だか知らんが、私は非常に疲れている。
長旅だったんでな。
それに私は見ての通りただの旅人の女だ。
それをよってたかって、おいおい剣に手をかけているが脅すつもりか?
そちらさんが何者か知らないが、随分なご対応だ」
少々声量を上げて挑発する。
面倒事は、嫌いじゃない。
「それで、武器を持たないと女とも話が出来ないあなた方はどこの何様だ」
「あんたが先に名乗れ! 」
「やだよ、私はあくまで引き留められただけの身。
わかりやすく言えば女連れのガラの悪い連中に武器を持ったままナンパされている最中だ。
なんでそんな不審者に名乗りを上げなければならない」
所々語感を強めて話す。
周囲の人間がなんだなんだとこちらを見ているが知ったこっちゃない。
少なくともこの街では悪い事は、ぼったくり以外にはしていないはずだ。
「……くそっ!
シルフリッドだ、あの時はよくも! 」
「だから知らないって、シルフリッドさんとやら。
私が何をしたというんだ。
はっきり言って私がしたことは正当な防衛だ。
何せ命と貞操の危機だったんだからな、本当に犯されるか殺されるかひやひやしていたんだぞ」
「くっ……」
「他に用件がないなら失礼するよ。
さっきも言ったが疲れているんだ」
そう言って彼らの横を通り過ぎた。
小さく舌打ちが聞こえたが無視する。
「殺しておけばよかったか……」
女の横を通り過ぎる瞬間、ぎりぎり聞こえるようにそう呟いた。
そのせいだろうか、私が通り過ぎた直後に後ろから人が倒れたような音がしたが私の知ったところではない。
「あぁ、お兄さんすまない。
この辺りで宿はないだろうか。
資金は10エルといったところなのだが」
それから適当な人に声をかけて宿の場所を聞いた。
声をかけたお兄さんは笑顔で場所を教えてくれたが、なるほど。
あんがい10エルというは大金のようだ。
それなりに豪勢な宿にたどり着く事が出来た。
すぐに扉を開けてカウンターに向かう。
「そうだな、三日間食事つき、いくらだ」
「30エル」
「ほら」
そう言ってポケットから銀貨を三枚投げて渡す。
「カギだ、二階右手奥の部屋」
「どうも」
適当に対応して二階に上がる。
そして奥の部屋でカギを開けて、荷物を下して施錠する。
ようやく一息つけた。
「う……くぁ」
荷物を背負っていたことで背筋が凝り固まっていたので軽くストレッチをする。
それから服を全て脱いで全身をくまなくチェックした。
裂傷、打撲、銃創その他諸々の傷がなくなっている。
移動中に傷がついた様子もない。
所々虫刺されがあるがその程度だ。
それを確認してから備え付けられていた姿見鏡に全身を映して入れ墨を見る。
まったく訳の分からない入れ墨だ。
書き手のセンスを疑ってしまう。
かっこよさげな模様を並べただけの物にしか見えない。
「まあいいか」
勝手にキャンバスにされたのは腹立たしいが気にするだけ無駄だ。
適当なシャツを着て、短パンを履く。
ベストを羽織って、銃とナイフを仕込んで部屋から出た。
「身体を洗いたいのだが」
「裏に井戸があるから勝手に使いな」
カウンターで言われたとおり宿の裏手に回ると生垣で仕切られた空間と井戸があった。
そこでは女性が服を脱いで体を洗っていたので真似ておく。
途中他にも女性が入ってきたが男が入ってくることはなく、また数名の女性は私の入れ墨を見ていぶかしげな顔をしていた。
男の声が生垣の向こう側から聞こえる事から男女別になっているのだろう。
男用の方に入らなくてよかった。