戦闘
朝目が覚めてからストレッチをした。
硬い地面で寝たことで関節が凝り固まっている。
このまま移動を開始すれば支障をきたすだろうからだ。
それから朝食にクッキーを数枚齧り、水で流し込んだ。
そして朝の一服を済ませる。
昨晩と違って舌がしびれるほどのタールとニコチンが心地よい。
「装備確認、痕跡無し、敵影なし、進行方向よし」
地図とコンパスを見合わせて方向を確認して進む。
「よーそろー」
仲間が依然そう言っていたのを思い出す。
船舶が直進するときの掛け声だと言っていたが、どうにも乗り物には強くないのでかかわる事はないだろう。
その仲間は体調にまじめにやれと殴られていたが今となってはいい思い出だ。
そいつは、その後すぐに戦死したが形見はもらった。
胸元でチャリと音を立てたドッグタグをシャツの内側に押し込んで進軍する。
明日の夕方には目的の村にたどり着けるだろう、そう考えていた矢先の出来事だった。
(臨戦態勢、目標正面)
正面にある岩陰から煙が立ち上っていた。
警戒しつつ、足音を立てないように物陰に隠れて余計な荷物を下す。
「…あ………」
「だろ……」
「……けど…………」
「……だ……ぞ」
息を殺して聞き耳を立てる。
声量が小さすぎて何を話しているのかまではわからないが人間の声だ。
数は恐らく4人、もう一人か二人はいると考えた方がいい。
数というのは厄介だ、それだけこちらが不利になる。
やり過ごすべきだろう、かかわるのはよくない。
少なくとも敵か味方かもわからないのだから、こちらからアクションを起こすのは非常にまずい。
「動くな」
そう考えて様子をうかがっていると首筋に何かを押し付けられた。
この感触は、ナイフだろうか。
「武器を下して頭の後ろで手を組め」
仕方ない、言われたとおりにカラシニコフを岩に立てかける。
拳銃は隠し持っている為見えないだろうからそのままにするがナイフは太ももと腰のホルスターから引き抜いて地面に落とした。
そして頭の後ろで手を組む。
「なぜおれたちを見張っていた」
「……偶然通りかかったんでね」
言葉が通じる、だがこの言語はなんだ。
少なくとも私の知っている言語ではない。
意味は通じるのに言葉がわからないというのも変な話だ。
「ついてこい」
男に腕をつかまれる、こいつはあまり捕縛術になれていないようだ。
これなら少し力を籠めれば振りほどけるだろう。
だが今は大人しく従っておく。
「おい、不審者がいたから捕まえておいたぞ。
もしかしたら盗賊かもしれん」
「ひゅう、別嬪さんじゃねえか」
「レイス……? 」
口笛を吹いて反応を示した男を、隣にいた女がたしなめる。
だがなんだこれは。
男の髪は金色だ、対して女の髪は燃えるような赤。
珍しいが決していないわけではない色だ。
けれどその服装がおかしい。
男は城に飾られているような甲冑姿で、女は礼拝堂のシスターのような恰好をしている。
他の二人は何も語らずこちらを見ているが、兜をかぶっている為その表情は読み取れない。
「さて、別嬪さんよ。
俺たちを見張っていたんだって? 」
「……あんたらが盗賊でない証拠はないだろう、通りすがりに気さくに挨拶をするような不用心なまねはできない」
「確かに……だがそれはこちらもだ。
だからあんたを拘束しているんだけどな」
「拘束……ね」
その言葉に思わず笑ってしまった。
それを不審に思ったのか、それとも苛立ったのか金髪は近くに置いてあった剣に手をかけた。
女も宝石の括り付けられた木の棒を握りしめている。
「しゅっ! 」
気合を入れて拘束を振りほどき、女に向かって走る。
そして眼の前に立って、拳銃を突きつけた。
「女の頭を吹き飛ばされたくなかったら武器をおろしな」
形式的にはこれでいいだろう。
そう思っていたのだが、何を言っているんだこいつは、という視線を向けられた。
拳銃がなんなのか理解できていないようだ。
「……それなんだ? 」
「G17、オーストリア製のハンドガンだ」
私の言葉に全員が首をかしげた。
「おー? いやすまない何のことだ」
……そういえばあのスーツからの手紙に私の武器は異端だと書かれていたな。
まさかこんな形で、その事実を突き付けられるとは思わなかった。
いっそ一発撃ってしまった方がいいだろうか。
「あまねく……月の……しめせ」
そう考えていると女が何かを呟いているのを確認した。
これは何か来る、そう考えて数歩距離をとった。
「ウィンドブラスト! 」
次の瞬間、空間がゆがみ私に向かって何かが飛来した。
バスケットボールくらいのサイズだろうか。
速度はサッカーのシュート位だろう。
距離が近かったためぎりぎりだったが回避できた。
しかしその隙を突かれて女は金髪の陰に隠れた。
先ほどまで私を拘束していた男、こいつは随分軽装で手には弓と矢を持っている。
なるほど、こちらの世界の武器技術はその程度という事か
あとはさっきのあれが魔法というやつだろう。
私が交わした物は地面をいくらかえぐったところで止まっていた。
「ちっ……数の上で不利か。
なら、こいつをくれてやる! 」
懐から取り出した虎の子のフラッシグレネードからピンを引き抜いて投擲した。
足元に転がったそれをいぶかしげに見つめる奴らをよそに岩陰に身を隠して目を閉じ、耳をふさぎ、口を開ける。
数秒後全身を揺さぶるような衝撃を受けて、銃を構えながら男たちの前に立った。
「う……」
「あ……あ……」
無軽快なところに衝撃を受けたせいだろう。
特に甲冑姿の男と兜をかぶっていた二人は反響など影響もあってか完全に気を失っているようだ。
女は泡を吹いて目を見開いているし、弓の男は目を抑えてのた打ち回っている。
随分丈夫なようだ。
今のうちにカラシニコフとナイフを拾うためにその場を離れて襲撃に警戒する。
あのままほおっておけば二時間もすれば多少なりとも回復はするだろう。
そう考えて荷物を背負い、警戒しながら進軍を再開した。
まさかフラッシュグレネードをこんなに早く使ってしまうとは思わなかったが、背に腹は代えられない。
そう言えばふと思ったがチャフグレネードはこちらの世界では意味がないのではないか。
機械だの電波だのがなければあれはほとんど意味をなさない。
これは少し装備の残数確認が必要そうだ。