野宿
おおよそで三割ほどの道程を踏破した頃か。
太陽が傾いてきた。
そろそろ野営の準備をしなければいけないかもしれない。
とはいえ野営用の設備、テント等は持ち歩いていないので完全に野宿だ。
ある程度慣れているがガスボンベがないから火を起こすなら薪を用意しなければいけない。
今は見晴らしの良い草原にいる為火はもちろんの事煙も立てたくないから今夜は岩陰で休むことにする。
装備を外して近場に置き、鞄を枕にして上着のボタンをすべて外す。
シャツが透けて下着が見えるが気にするほどの事でもないし見る者もいないので気にしない。
ズボンのベルトを外してホックとチャックもおろし、靴も脱いで足をヘルメットの上に載せて組む。
手袋はとってしまいポケットに詰め込んで準備はできた。
「……うん美味い」
やはり日本の食事はいい、戦場であってもこれだけ美味い飯を食えるというのはうれしい話だ。
寝ながら、というのは行儀が悪いが注意する者もいないから気にしない。
一瞬自衛隊に入れたらよかったかなどと血迷ったことも考えたがそれは却下だ。
確かに飯はうまいし、他国の軍隊に比べたら安全かもしれない。
けれど、人を殺せないのであれば私にとっては無意味だ。
「月がきれいだ……まったく忌々しい」
月明かりというのは厄介だ。
敵に発見されやすくなる。
新月が一番好きだ。
今日のように満月が三つも出ていると……いや可笑しい。
なぜ月が三つある。
「あぁそうだ、ここは地球じゃないんだった」
普段通りの行軍だったため忘れかけていたがここは地球ではない。
それはつまり、あのスーツの男の話が真実であるという事だ。
そうなると厄介だ。
人外や野生動物が闊歩している事になる。
この岩場もそれほど安全ではないだろう。
草原の岩場など虫を始めそれを餌にする肉食動物が集まる。
これはうかうか寝ていられないだろう。
だからと言って休息をとらないわけにはいかない。
「……仕方がない」
あまりとりたくない手段だが数枚の布を取り出して首や頭に巻きつける。
虫刺され防止策だ。
以前森林でキャンプした際に仲間が教えてくれた方法だ。
動物であれば睡眠中であっても接近を察知することはさほど難しくない。
だが虫の接近を察知するのはほぼ不可能に近い。
ならばあらかじめ肌を露出させなければいい。
難点は暑くて息苦しい事だが、命の代償と考えれば大したことではない。
睡眠も出来る限り短時間で済ませるべきだろう。
そう考えてから足で小さく穴を掘って先ほど食べ終えた赤飯の袋を放り込み火をつけた。
黒い煙が立ち上り鼻を突く嫌なにおいがするが気にせず身体に煙と燃えカスを擦り付ける。
それからタバコを数本ほぐして体にまぶした。
簡易的な虫よけだ。
せっかくなので一服する。
今更この程度の火をつけても問題はないだろう。
動物がいるのであれ焚火もしたいが気がないから仕方がない。
「できるなら塹壕でも掘りたかったが、スコップもないしな」
軍用スコップであれば軽量で使用用途も多い。
似たようなものが用意できれば進軍も楽になるだろう。
できるだけ全身に煙をまぶすようにして一服してからタバコの火をもみ消して携帯灰皿に詰め込んだ。
痕跡は残さないようにするべきという隊長の意向から持ち歩いていた物だ。
ここにきてまで、と思うが癖になっているのだろう。
「……タバコってこんなにまずかったのか? 」
思わず顔をしかめる程にまずい。
いつもは心地よく感じていた甘みが今は不快でしかない。
タバコのパチパチという音も好ましかったはずなのに何も感じなかった。
どういった心境の変化だろうか。
おそらく、明日になればいつも通りになっているだろう。
そう考えて私はまぶたを閉じた。
できれば余計なトラブルに巻き込まれないことを祈りながら。