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 冷水で体を洗ってから最低限の装備を身に着けて街の探索に乗り出した。

 正確に言うなら酒場の探索だ。


 夕飯ついでに一杯ひっかけておこうと考えた。

 酒はいい、その日の疲れを癒してくれる。

 宿屋と同じく、道行く人を捕まえて酒場の場所を聞き出して店に向かった。

 道中面白そうな店が何件かあったが、今は酒が最優先だ。

 しばらく歩き続けて目的の酒場にたどり着く事が出来た。


「安酒」


「3エル」


 注文に対して値段で返事をしてきたので銀貨を一枚差し出す。

 そして帰ってきたのはどうか6枚だった。


「おい、1エル足りないぞ」


「チッ」


 私の指摘に店主が舌打ちをしながら銅貨を一枚投げよこしてきた。

 この程度のごまかしがきくと思われるのは癪に障るが、酒に免じて許すとしよう。

 温いうえに甘いやらくさいやら辛いやらで複雑怪奇な味になっているこの酒に免じて。


 ぐいっと飲むタイプの酒なのかもしれないと試したがのど越しが良いわけでもない。

 はっきり言ってしまえば、不味い。


 これならアルコールの減益を舐めていた方がまだうまいかもしれないと思える。


「相席いいで……げ」


 そうしてまずい酒を適当な席で舐めるように飲んでいると背後から声をかけられた。

 相席、といっていたな。


「相席くらい構わないよ」


 そう言いながら振り返ると、何の因果だろうか。

 鎧や装備を外した見覚えのある男たち、シルフリッドといっただろうか。

 その一行が立っていた。

 修道女らしき女も今は普通の格好をしているが、心なしか顔色が悪い。


「どうした、座らないのか」


「……失礼する」


 私の問いかけに一番後ろに立っていた大柄な男がそう言って私の隣に腰かけた。

 おそらく先日は兜で顔を隠していた一人だろう。


「……エールを人数分」


「17エル」


「まちな、こいつがエールなら一本3エルだろ」


 店主に声をかける。

 それがどうしたとばかりに頷いて見せた店主と、同じくそれがなんだと首をかしげる一向にため息が漏れた。


「だったら15エルだろうが、3エルが5個、合わせて15エルだ」


「チッ……」


 修道女が差し出していた銀貨二枚をひったくって銅貨五枚を返した店主はこちらを睨みつけていた。

 そんなにまでして釣銭をごまかしたいのか。


「あんたら計算の一つくらいできないのか」


 向き直って一行を順に見つめる。

 全員が唖然としながらこちらを見ていた。


「あんた、貴族か商人なのか? 」


「しがない旅人だ」


「じゃあなんであんなに素早く計算できるんだよ」


 あぁなるほど、こちらの世界は学習率が低いのか。

 もしくはこの手の計算式がまだ確立されていないか。

 どちらにせよ適当に話を切り上げておこう。


「覚えたからさ。

計算の一つも出来なきゃ傭兵なんかやっていられない」


「……没落貴族か」


「………………」


 酒を口に運んで言葉は発さない。

 似たようなものかもしれないが、嘘は言わなかった。

 何せ私は何も言っていないのだから。


「シルフ、それくらいにしておけ。

下手に散策するのは礼儀に反する」


「そうだな、失礼した。

合わせて先日と昼間はすまなかった。

あんたの事を盗賊だと思っていたのでな」


「……気にしていないさ。

こちらだって同じような事を考えていた。

昼間も言ったが貞操と命の危機を感じたのは比喩ではないからな」


 私の言葉に修道女を除く全員が笑顔を見せた。

 

「それで、彼女の具合が優れないようだが」


「あー、えっと……」


 シルフリッドが言葉を濁す。


「あ、そうだ紹介していなかったよな。

彼女はマーレイ、魔術師だ。

あとは狩人のビルと俺と同じ剣士のウリア、ショックの二人だ」


「そうか、アンと呼んでくれ。

で、改めて聞くが彼女はどうした」


「……俺から女性の痴態をばらすのはどうにも」


 シルフリッドの言葉に他の三人が頷く。

 痴態……こいつら一体何をやらかした。


「やらかしたのは俺じゃなくてお前だ」


 そう言って私を指さしたのは……なんだったか。

 ショックといった過去の男は。

 

「あのわけのわからない爆発を間近で食らったマーレイは目を見開いて泡を吹いて気絶した。

その時は全身の筋肉が硬直していたのだが目を覚ましてしばらくするとその硬直も溶けて弛緩してしまってな……これ以上は言わせるな」


「ついでにそれが心の傷になっているのか昼間あんたが横を通り過ぎただけで全身の力が抜けて……いややめておこう」


「あぁ要するに漏らしたわけだ。

仲間の目の前で2回、しかも二回目は町の公道で」


 フラッシュバンは意識を奪うために使われることが多いからそう言った事例が皆無なわけではないが、トラウマになったという話は初めて聞いた。

 まあ銃弾を受けてから銃器が怖くなったという話は珍しくもないからその延長線上だろう。


「おいやめてやれ、マーレイが泣きそうだ」


 思わず修道女の方を見ると目に涙をあふれさせている。

 これはちょっと追い打ちをかけただけで決壊しそうだ。


「おい店主、適当につまみを。

10エルの範囲で頼む」


 話をそらすために食事の注文をする。

 そろそろ腹も減ってきた。


「焼いた肉と野菜の盛り合わせ、10エルちょうどだ」


「ん、ほれお前らも食っていいぞ」


 適当に肉を突き刺して口に運ぶ。

 塩味のみだがそれなりにうまい。


「いいのか? 」


「か弱い乙女がこんなに食べ切れるわけがないだろう」


「か弱い……すまないな、俺の知っている言葉とは意味が違うようだ。

アンの出身地では強靭なって意味なんだろう」


「乙女?

屈強な戦士の事だよな」


「いい度胸だお前ら表に出ろ」


 失礼な言動に思わず立ち上がりそうになる。

 だが全員この程度は児戯だと理解しているのか腹を抱えて笑っていた。


 なるほど、数日とはいえこういった雰囲気になる事はなかったからか懐かしい。

 ちらりと修道女を見ると涙をぬぐって無理やり笑顔を作っていた。


「で、マーレイだったか。

少し聞きたいことがあるんだが耳を貸してくれ」


「ひっ……な、なんでしょう」


「実は月の日が近いんだがこの辺りでそういう道具をそろえられる店を知らないか? 」


「月の……でしたらこの酒場を出て右に行ったところに服屋がありますのでそこで買えますよ」


「そうか、助かったよ。

こういった話をできる相手がいなくてどうしたものかと思っていたんだ。

まったく不便な日がある物だ」


「ふふふ」


 ここにきてようやくマーレイが笑顔を見せた。

 先ほどの無理やり作った物とは違う、普通の笑顔だ。


「おいアン、何の話したんだよ」


「ん? あぁ気にするな。

ただの愛の告白だ、実に私好みの女性だったのでな」


「は?

……は? 」


「で、どうだマーレイ。

今夜一晩」


「え、あ、その……お断りします」


「残念ふられてしまったようだ」


 私の軽口にマーレイは笑顔で乗ってくれた。

 それが良かったのだろう、本気で告白したととられることはなく冗談で済まされた。

 

「そういえば、手軽に金を稼ぐ方法はないか。

訳あって路銀が切れてしまってな」


「あ? 何言ってんだ。

……あぁもしかして傭兵登録していないのか」


「私の故郷にはなかった制度だな」


「そうか、平和なところだったんだな」


「そうでもないさ、日夜誰かが命を落とすような場所だった。

だから余裕もなかったんだろうな。

私含めて継ぎはぎだらけの服を着て、泥水を啜って、カビの生えたパンをむさぼるような生活だった。

とはいえ平和な時期もあったのは確かだな。

酒を飲み交わして泥だらけの顔で踊りまわる、なんてこともあった。

私個人としては、あの喧騒は好ましい物だったよ。

此処はその時とよく似た空気だ」


 酒がまわってきているのだろうか、今日は口がよく動く。

 いうつもりのない事までぽろぽろと漏れてくる。


「そうか……」


「あぁ、それで傭兵登録について教えてくれないか」


「あぁ、傭兵ってのはそのままの意味だ。

戦って金を稼ぐ。

その名の通り戦争に出る事もあるが、基本は危険生物との戦闘がメインだ。

こういった外壁に囲まれた街はまだいい。

だが外壁がない村は農民が武器を持って自衛するしかないからな。

その手助けをする代わりに金をもらう事が多い。

他には商人の護衛だとか、繁殖力の高いモンスターの間引きとかな」


「モンスター……私のところと呼び方が違うだけかもしれんな。

具体的に教えてくれ」


「いいぞ、この辺りでよく出るモンスターはウルフだ。

まあちょっと凶暴ででかい狼と考えればいいさ。

普通の狼とは比べ物にならないほど凶暴で攻撃的だがな」


「ウルフか、何度か相手をしたことがある」


 嘘である。

 こちらの世界に来てから戦闘らしい戦闘は行っていない。

 目の前で笑っているこいつらともめたことくらいだろう。


「それは心強い。

他には二足歩行する犬とか、みどりの皮膚を持つ小人とか、幽霊だとか、ドラゴンとかだな」


「おいおい、ドラゴンまで討伐させるのか」


「それは実力次第だな。

傭兵は成績があるんだ。

例えばこれだけ仕事をこなしたからもう少し難しい仕事を任せても大丈夫だろうっていう判断基準だな。

それは傭兵団の拠点にいる職員が決める事なんでこちらは提示された仕事から選んで仕事を受ける。

先日アンと出会ったのもその仕事の帰りだ」


「あの時か、どんな仕事だったんだ」


「コボルトっていう二足歩行の犬の討伐だ。

草原に集落を作っていたので討伐してほしいという内容だった」


「数はどれくらいいた」


「小規模だったな、10匹程度だ。

昼間はその報告のために拠点に向かっていたところだった」


 小規模で10匹か……相手の実力にもよるが5人で対応できるという事は大した技量ではないのだろう。

 マーレイたちの実力は、はっきりわからないがそれほどでもないだろう。

 しっかり対処すれば私一人でもどうにかできるかもしれない。


「せっかくだ、他の仕事も聞かせてくれ。

酒の肴にちょうどいいだろう」


「おう構わないぞ。

あれは先月の事だったな……」


 それから二時間ほどシルフリッド達の話を聞いて宿に戻った。

 なるほど傭兵か、まったく私らしい。

 異世界にきてまで兵士として働くことになるとは、と自嘲気味に笑いながら布団に寝転がると硬い物に頭をぶつけた。

 せっかくいい気分だったのになんだと思うと木箱が置かれていた。

 いつもの補給物資だ。


 そう言えば0時はとっくに過ぎていたな。


「中身は……今回は食料は無しか。

……おいおい」


 中身を確かめると生理用品が入っていた。

 どこで盗み聞きをしていたのだろうか。

 こういった者は止血に使えるから便利なんだが……あまり持ち歩きたくはない。

 それとなぜコンドームが入っているんだ。

 草原では必要ないだろう。

 水をためる事も出来るし、銃口に砂が入らないようにすることもできる便利なものだが……しばらくは不要だろう。

 あのスーツ、次会ったらまた撃ってやった方がいいかもしれないな。

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