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死亡

 私はあの日、命を落とした。

 とはいっても不運な事故とか、不治の病とか、理不尽な事件に巻き込まれたわけではない。

 だからと言って自殺などするはずもない。

 私は、戦場で兵士として戦い当たり前のように命を落とした。


 死因はなんだったか、腹部と太ももに受けた銃弾は致命傷ではなかった。

 長時間放置すれば出血多量で死んでいただろうし、脚の方は壊死していたかもしれない。

 けれど応急手当は済ませてあった、生理用品に消毒液をかけて傷口に詰め込むという荒治療だがそれは問題ではない。

 たしか、そう思いだしてきた。

 血の流しすぎで指先の震えが出始めた頃だったか。

 敵の襲撃に反応が遅れたのを思い出した。

 銃を杖代わりに使うわけにはいかずそこら辺に落ちていた木の枝を支えにして進軍していた。

 けれどそれがいけなかったのだろう。

 AK-47,通称カラシニコフと呼ばれる私の愛銃は両手で構えて使うタイプの銃器だ。

 それ故に、杖を突いたままでの使用は困難である。

 結果、構えるまでの一瞬の隙を突かれた私は見事に赤い花を咲かせた。

 心臓を打ち抜かれてほうけている暇もなく銃弾の雨にさらされた。

 おそらく死体は無残な物だろう。


 まさかこんな荒野で、などとは思わずやっとかという感想だけが私の中に残った。




 そのはずだった。


【年齢25歳、名前アンジェリカ・アルベド・アーシェンカ、478人の殺害を確認、適正有、これより神判を開始します】


 すでに暗闇にのまれ意識を手放そうとしている私の耳にその言葉は響いた。

 なんだこれは、私は眠いんだ、早く眠らせてくれ、そう頭の中で呟きながら死を受け入れていた。


 だがその時は来なかった。


「ふむふむ、悪くねえ。

だがちと胸が足りねえな」


 下品な言葉が耳に届く。

 傭兵という稼業故にこの手の輩はいくらでも見てきた。

 キャンプで男女の問題などよくある事だったし、新人だった頃は私もその手の問題には何度か直面した。

 いまさら胸がどうこう言われて怒るような神経など持ち合わせてはいない。


「ふむ、なかなかいい度胸だ。

殺害人数は……まあ戦場にいたらそれくらいは殺すだろうな。

というよりは少ない方か。

武器は、まあそうだよな。

一番普及しているしな。

けどこっちは……いいね、悪くない」


 何やらぶつぶつと言っている。

 さすがにイラついてきた。

 こっちは眠いんだ、少し黙れ。


「あぁ? しるかよ。

良いからさっさと起きやがれ、この糞女」


 内心舌打ちをしつつ目を開けて体を起こす。

 全身から痛みが走り、右目は開かない。


「…………」


 何か言おうにも口が動かず、のどから音が漏れる事もない。


「アーさすがにその姿で話せってのは無理か。

起き上がっただけ拍手もんだ」


 目の前にいたのはスーツを身に纏った男だった。

 顔はよくわからないが声から男だとわかる。

 身体つきというのは意外と宛にならない。


「おめでとう、貴方は死にました」


 思わず頷く、そして視界に入った物をもう一度見直して驚いた。

 腸があふれ出している。

 ほかならぬ私の腹からだ。

 他にも右足は吹き飛んでいるし、左腕には穴が開いている。

 口元に手を当ててもにちゃりという感触が返ってくるのみだ、顎も消し飛んでいるのだろうか。


「ずいぶんと落ち着いているな。

もっと取り乱すかと思ったんだが」


 落ち着いているというよりは困惑しているだけだ。

 そして困惑を顔に出さないように訓練しているだけだ。


「なるほどなるほど、生粋の兵士だな。

よっし、ちょいと待ってな」


 そう言って男は私の胸に手を当てた。

 今更恥じらうつもりもないし、この程度仲間内では挨拶代わりだったが初対面の男に触られるというのは、嫌悪感がある。

 しかしそれも一瞬の事、次の瞬間には安堵感に襲われた。


「なにをした」


 驚いた、声が出たことにだ。

 目線を下げると体の傷も全て消えている。


「なに、魂の修復を行っただけだ。

知っていると思うがお前は死んだ、そんで俺がお前の神判をすることになった」


「……神は死んだと思っていたが」


「神なんて言っても上位世界にいるってだけだ。

死ぬときゃ死ぬ」


「そうかい、んで神判てのはなんだ」


「あぁ、文字通り神のくだす判決のこった」


 神判ね……そういえばこいつは今何語を喋っているのだろう。

 神判という言葉は日本語だったか、前に仲間からいろいろな言葉を教わった。

 他にもドイツ語や中国語フランス語などごちゃまぜだ。

 私の知らない言語もあるが意思の疎通はできている。


「お前に合わせて適当に言葉を選んでいたつもりなんだがな……まあそんなことはどうでもいい。

本題だが神判というのは神の裁きってやつだ。

死んだ人間の中で適性のある奴を選んで裁くのさ」


「まあ殺した数なんて結構なもんだけどさ」


「あーまあそれでいいや。

とりあえず俺たちが選ぶ適性ってのはいくつかあるんだけどな、お前は人殺しの適性だな。

その適性を持って救世主の真似事をやれって話だ」


 救世主、いきなり訳が分からななくなった。

 人殺しの適性、才能と言い換えてもいいのか。

 別に私はそんな才能は持ち合わせていないはずだが。

 仲間内では銃の扱いは下手くそだったし、近接格闘だってそれほど得意じゃなかった。

 そう言う意味じゃ隊長の方がよほど適性がある。


「適正と才能は違う。

お前が持ち合わせているのは人を殺しても何とも思わないことだ。

これは慣れとかじゃなく、同族を殺すことに嫌悪感を抱かないことだ」


「へぇ……」


 思わず懐から取り出したG17というハンドガンを向けて引き金を引く。

 砂が混入しにくい、値段が手ごろなどの理由から愛用している銃だ。

 乾いた音と共に銃弾が射出され、その衝撃が腕にかかる。


「なるほど、確かに適正有だ」


 男は額に銃弾を受けても立っていた。

 確かに当たった、現に額には穴が開いている。

 それでも死なないとなると、本格的に神というやつなのだろう。

 私の走馬燈というのはあり得ない話だ。


「適性があるならどうするって? 」


「言ったろ、救世主になってもらう。

わかりやすく言うとその力を持って今にも滅びそうな世界を救ってこいって話だ。

ほれ、宗教の創始者みたいなもんだ」


「断る、さっきも言ったが神は死んだんだ。

死体を崇める趣味はない」


「そうじゃねえよ、お前が神になるんだ」


 想定外の言葉に思わず首をかしげてしまう。


「正確には神の子ってやつだ。

掘れこの世界にもいただろ。

癒しの力とかもったやつ。

ああいう形で他の世界を救ってこい」


「絶対嫌だ、崇められるなんて柄じゃない」


「拒否権はない、安心しろ肉体はちゃんと修復してやったし魂も問題はない。

寿命は望んだまま、ただし最低でも100年は活動してもらうぞ。

お前に合わせた能力だってくれてやるし、男はべらせ放題だ」


「興味ない」


「ならこう言ってやろうか、殺し放題だ」


 思わず肩が震えた。


「殺人適性は嫌悪感を抱かないこと、そこにあるのが快楽だろうがなんだろうがな。

さあどうする、お前は死んだ、この先に待っているのは無だ、何もない。

悲しみも喜びもない、永遠の無だ。

だが俺の手を取れば、そこにはお前の求める殺戮がある。

おまけまで与えて、お前は好きなだけ殺し続けられる。

救世主なんてのは名ばかりだからな、いっそ世界を支配して殺し続けてもいい」


「……乗った」


「くくく、良いね。

俺が見込んだ通りだ。

最高の女だぜお前」


「はっ、褒めても銃弾しかやれないぞ。

どうだもう一発その脳天に」


「それは同族にとっておけ、弾切れの心配はすんな。

そいつは餞別だ」


「そいつは、どうも」


 補給のない厳しさは嫌というほど知っている。

 過去何度もそれで死にかけた。

 もしこれが私の夢なら、それこそ無にかえるだけだ。

 本当なら最高の快楽を得る事が出来る。


 どちらに転んでも私には益のある話だ。

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