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報復は当然



Loading……


 それは別に、彼女が極めて異質な眼を持つという訳ではない。いや、ある意味に置いて言えば、それも正解なのかも知れないが。


「ふふ、今日も機械の調子は絶好調……。いやいや流石、高かっただけはありますね……」


 そう言うとグルムは、自分の左目に指を入れた。そうして、左目を指の腹でぐりぐりと押して、抉るように取り出した。彼女の右目の青を煮詰めて濃くしたような、深い青をした『左目』は何の抵抗も痛みもなくあっさりと外に滑り出してきた。


 油でギトギトとしたそれは、機械の眼。


 視神経手術の、更に補助用として開発されたモノだ。


 本来、化学者や生物学者等の原子クラスのモノを観察する人々、或いは一部の戦闘職・観測職など極めて遠方を見る必要がある人々、そして高速或いは緻密なものを扱う職の人々、そんな人々に大掛かりな装置を使用せずとも仕事が出来るように開発された。


 望遠、倍速調節、撮影、速度や距離、サイズの解析……そんな様々な役を一手に引き受ける万能な人工眼球。


 当然需要は高く、様々な人々に利用されている。


 そう、様々な人。グルムの様な、盗賊めいた人々にも、だ。


 目標を発見するため。狙撃の正確率の向上のため。 目標の武装確認のため……。用途は、例を上げればキリがない。


 少女は『眼』の裏に付いている小さな小さなツマミを小さく回した。


 そして、宝石のように深く美しい碧を湛えた『眼』を眼窩に填め直しながら彼女は、


「盗られる方が、悪いんです。殺される方が、悪いんです」


 にひ、と悪意たっぷりに笑う。


「だから、おとなしく死んでください、と。大丈夫、死体はちゃあんと、埋めてあげますから。持ち物は、グルムの身体に成りますから。貴方達は、無駄にはなりませんから。……恐らく、ですけど☆」


 言いながらクロスボウを構え、その形から俗に『矢』と呼ばれる使い捨てバッテリーを充填しようとした彼女の動きはしかし、そこで止まった。


 あれ、なんだか お か し い な 。


 あれあれと小首を傾げる少女の『眼』は、一つの事実を捉えている。それは彼女にとって少しばかし、いやかなり不味い事実。


 余りの驚きに、事実認識がやや遅れた。一体何が起きたのか、見えてはいても全く理解できなかった。


 そして、理解できた今。タイムラグはおおよそ5秒。ぽろり、と少女は思わず手から『矢』を溢してしまった。


「まさか本当にッ!? まずっ……」


 思わず、口に出して驚いていた。


 現在、グルムは砂漠の中に何らかの観測所として建てられたであろう廃ビル、その屋上に居る。ここからならば、砂漠を広範囲に渡って一望できる。にも拘らず、だ。


(いない!?)


 獲物である筈の人影が、綺麗さっぱり消え去っている。残されているのは、ぷすぷすと煙を吐き出して不調を訴え続けている車だったモノ。


 逃げられた。極めて順当に、グルムの思考はそう判断を下した。


(い、一体何処に!)


 現在陣取っているビルの背丈から考えて、『眼』は車の位置の更に数百メートル先を見通す。ましてやグルムが眼を離したのはたかだか数十秒、ただの人間の足では少ししかその場から離れられない。おまけに、ここは砂漠である。遮蔽物は笑えるほど数少ない……。だけれども、見つからない。


 つまりは、蒸発。


 車の爆発の刹那前には確かに、二つの人影が車の外に転がり出た。そして、消え失せた。


 人間が消え失せた。


 十字以内で簡単に述べてみたものだが、その実、それは極めて非科学的な現象そのものである。


(何らかのオカルト的な力が? ……だとしたらお二人さん、実にラッキーですねぇ……!)


 歯噛みする少女。めんどうくさい、と口の中で小さく呟く。


 オカルト、即ち霊やポルターガイスト等の怪奇現象は現在、確かに存在する何かとして世に広く認められている。


 科学が進歩すれば進歩するほどよく分かる。科学ではどうしても説明できない、理論を外れた現象。偶然、というのとも少し違う。確率論を含めた全ての論理が通じない、正にオカルト的な現象。極めて数少ないとはいえ、そんなものがこの世には確かに存在する。


 Ex:神隠し


 Ex:ドッペルゲンガー


 Ex:ポルターガイスト


 Ex:交霊


 Ex:666?


 ……エトセトラ、エトセトラ。


 そう、オカルト。不可思議故に、いつの世でも多くの人を惹き付けてやまない、究極の四文字である。


 遥か昔、幽霊は確かに居るものと思われていた。


 遥か昔、ピクシーの存在を確認する為に方々を走り回った人がいた。


 遥か昔、人類には不思議な――物理法則を無視した力が宿り得ると信じられていた。


 そして現在。千年単位の長い長い時を経て尚、人々は思い、信じ、走り回っている。


 昔と何ら代わりなく。


 いや寧ろ、昔より遥かに熱心に。


「そりゃあグルムだってオカルトは大好きですがね……」


 ぎしぎしと軋むグルムの歯は今にも欠けそうだ。


「いざ我が身に降りかかると腹が立つものですねぇ!」


 あどけなさの残る可愛らしい顔立ちを苛立ちに歪ませながら、ドン! と右足で床を叩くように踏みつける。


 そして、ぎょろりと左目を動かした。


 覆水盆に返らず。


 腹を立ててみても、一度起きた事象は戻らない。取り敢えずは獲物の徹底的なサーチ。ここから状況をできる限り建て直すことに力を入れる。


 ここで逃してしまえば、後がない。最早、明日を生きられるかどうかも苦しい現状。


(何としてでも! どんな手を使ってでも、ここで殺す。殺してやりますです…………!)


 ただ残念な事に、結局はその意気は不必要だった、と言わざるを得ない。何故なら唐突に、コツ、と。


 後頭部になにか冷たいモノが押し付けられたから。


「武器を捨てろ。両手を頭の後ろで組め。……少しでも抵抗の意志が見られると私が判断した場合、即刻射殺する」


 殺す側から一気に、殺される側へと堕ちてしまった。



 ◇



 地面にごろりと寝転がる私。……とはいえ、別に眠いのではない。伏せているだけだ。


「ねぇおじさん。向こう」


 地に転がったまま上半身だけを捻って、少女はこちらを向いていた。


 その指が、何かを指している。


「狙撃ポイント、発見」


 指し示す先には、


「……?」


 何もない。


 ただ、少女の右目がきゅるきゅると何処と無く不自然に動く。瞳孔が開いたり、閉じたり。かと思えば、中心部の色が微妙に薄くなったり。それをぼんやりと眺めながら、


「『眼』、か?」


「うん、そう。結構便利よ、これ」


 少女はあっけらかんと言うと、


「着弾の角度、そして近辺の様子から、あれしかないんだよね、狙撃可能地点……」


「あれ、と言われても私には見えないんだが。だが、まぁ……」


 こきり、と首、正確には首の骨を鳴らす。瞬間的とはいえ鳴らした瞬間には凄まじい衝撃が首には掛かる、と聞いたことがある。――まぁ、私にはあまり、関係無いが。


「正確な位置座標さえ教えて貰えれば、そこに直行することは可能だぞ」


 お前も連れて、な。と付け足す。


「何なら、行ってみるか? んで、襲撃者をしょっぴくか」


「え?」


「一発殴らないと気が済まないしな。……よいしょっと」


「え? なんでお姫様だっこなんかして……え?」


「しっかり掴まってろよ」


「いや、これはこれでドキドキするけど……え? 一体何? え? え?」






「だああぁあああぁぁあああああ!? こ、怖いいぃいぃィイい!」


 数秒後、少女は絶叫していた。


 私はといえば、両足を揃えて地面を滑るように高速移動している。


「靴にエアクッション艇に類似した機巧を……まあ要するに、自分を幾ばくか浮かせた上で液体燃料を使ったジェットで推進力を得て高速移動する、なんてシロモノだ」


 ただしこれ重心の関係で、気を抜くと上体だけ綺麗に後ろに取り残される為、かなり派手にというか豪快に滑る。


 具体的には足が頭部目掛けて弧を描くように上昇し、代わりに頭が地面目掛けて下降する。つまり丁度足と頭の位置が入れ替わる。更に簡単に言えば、滑って後頭部を打つ。


 しかも靴に推進力を生み出す装置が付いている結果、ただ後頭部を打ち付けるだけでは済まず、頭皮を派手に路面に擦り付けながら頸骨を脊髄ごと叩き折ると云う何とも豪快な結果に終わる事が約束されている。


「ちょっ! おじさんこれ、危険過ぎて会社側に回収された!」


「回収はあくまでも任意だったと記憶している。なぁに、練習すればこの程度、誰にでも乗りこなせる」


 ん? だったらなんで北朝鮮でそれを使わなかったのですかねーッ! と叫ぶ少女に、


「こいつの動力源はガソリンだ。いやぁ、暫く使ってなかったからタンクが空っぽになってたんだよな。使わなかった、ではなく使えなかったんだ」


 で、一週間くらい前に車にガソリン入れるときについでにこっちにも入れといたんだ、と続けて言う。


「待て待て待て待てオジサン。それって暗に燃料漏れしてることを告げているからね。それ本当にアウトだからね」


「燃料漏れ? そんなこと些末事に過ぎない」


「認めた! 燃料漏れ認めたよこの人! どこも些末じゃないでしょォおおお! 常にガソリン漏れてるって事はさっきまでいた車の中もガソリンだらけじゃない? 万が一にも引火したらどうするつもりだったの!?」


「どうもしないだろ。単純に爆発に巻き込まれて死ぬだけだ」


「…………人の事あほだのバカだの散々に言うけど、オジサンもよっぽどじゃない……?」


 わざとらしくため息を吐きながら少女は呆れたように首を振った。


「大丈夫だ、自覚はある。というか、キャラがぶれてるぞ。大丈夫か?」


「一体誰の所為で私がツッコミに回ってると思ってるの!?」


「お、見えてきた」


「ちょっと話聞いて! ねえ! ねえってば!」


 少女が『あれ』と言った建物は意外と小さく三階建て。色は元々は白かったのだろう。……というのも、砂ぼこりが壁を汚し、今は土壁にしか見えないから。


 その、屋上。人影。


「あーあ……女子供を締めるのは気が引けるな」


 銀色のショートカットはふんわりと膨らんでいる。服は確かに薄汚れていたが、幼げ残る顔立ちや、ぽっきりと折れてしまいそうな細い手足からして、とても盗賊には見えないほど少女らしい少女だった。


 おかしな点があるとすれば、その肩にボウガンのようなモノが吊られていることか。


 ここからでは詳しくは分からないが、少女は己の左手の平に何かを載せて弄くっているようだ。


 まぁ何にせよ、好機。


「別に捕まえるだけで良いんじゃない?」


「いや、絶対に死ぬ恐怖は味わって貰う」


 今の今まで、私の腕の中に居る少女も知らなかった、私の秘密の一つ。


 服で隠していたホルスターから拳銃を抜く。


 この世界でも銃は許可なく持つ訳にはいかない……。


「人様を殺そうとしたんだ。当然の報いは受けて貰おう」



To be continued……


あとがき


 きっと何も選べていなかった。世界も、少女も。▼

?『私のことは気にしないで。きっといつか――』▼

 耳の奥で、あの日の言葉がまた、響いた。苦い記憶。忘れることは、出来ないだろう。

 少女の手を、離してしまったこと。あの手の感触。小さくて冷たくて頼りない、でも悪さばかりする、あの手を。▼

 そして、今も選びきれない。▼

 この扉を、私は開けて良いのだろうか?▼

 私には、彼女を探す権利など有るのだろうか。▼

 分からない。▼

 分からないからこそ、開けてみようとしているのかも知れない。▼

 己の罪を、本当は理解していないから、開けるなんて選択肢を選ぼうとしているのかも知れない。▼

 でも、それで良いじゃないか。▼

 それが、良いんじゃないか?▼

 あれこれ考えながら、私は扉を押し開けた。▼


あとがき(追加) 2015/07/12 改稿済

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