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妥協は解決


前書き


 悪趣味な後書きに意味はあるかって? さぁ……。



Loading……


 分からないが、取り敢えず逃げるしかない。私は何も悪いことはしてないのに、考えてみれば理不尽だが。


 とはいえ、目の前の困っている人を見捨てられるほど私は非情でもなかった。


「おいバカ」


「私のこと!? オジサン、酷い!」


「黙って聞け。このまままっすぐ行ったら、バギーレンタルパーキングに着く。そこに着いたら、近くのバギーの後部座席に飛び乗れ。そいつを使って国境を越える」


 ほとんど意味を為していないとはいえ、一応は存在する国境を越えれば管轄が変わる。この国の警察は追ってこなくなる。


 そしてこの街は国境のすぐ近くだ。バギーに乗れば国境なんてあっさり越える。


 ただし――、


「お前がもう二度と、ここに戻れなくても良いなら、な」


 無論、戻ってきたら捕まるため、逃げたら逃げっぱなしだ。『また、いつか帰ってきますから! それまで待っててください!』なんて有り得ない。


 まあ帰ってくる方法が完全に無いわけではない――外国で視神経から機器を取り除き、顔も完全に変えれば何とかなるだろう。


 ただ、指紋や遺伝子データ、これらはどうしようもない。バレないように頑張るしかない。


 が、そんな大変なステップを踏んでまで故郷に帰りたいだろうか。もし帰りたいならその偉大な故郷愛に涙が出そうなところだが、私個人の意見としてはやめておいた方が賢明だと思う。


「うん、それでいい」


 案の定、少女の答えは首肯だった。


「元々、この生活にはうんざりしていたし」


「……よし、決まりだ」


 バギーステーションが見えてきた。


 光線が幾筋も後ろから飛んでくる絶望的なこの状況下、それは間違いなく『希望』である。


「こんなに簡単にこの国にお別れとはね。でもせいせいするわ。寧ろ」


 少女の口から次々飛び出る言葉はまさに、世界の『あぶれもの』の台詞であり、それは、




 この少女は、私によく似ている。




 そう私に認めさせるに足る事であった。声にこそ出さなかったものの、私はその事を確かに肯定した。


 その事に嫌悪感を覚えるのは相変わらずだが――特に、気にはしていない。


 気にするほどに私は自分の事は理解できていなかったし。


 嫌悪感など時として好意に化ける事を、私はよくよく知っていたから。もちろん、その逆も。




 ――それにしても。この時点で気付けていたら、或いは別の未来もあった。……のかも、知れないのだが。



 ◇



 さて。準備は整った。


 刃に赤がベッタリと付いたナイフを握り締めた青年は、闇の中で呟いた。


「行こうか」


 左手。



 ◇



「ひ、酷い目にあった……」


 国境を越えた後、警察車両 (という名の武装ジープ)が見えなくなるところまで走って、車を停めた。


 車を降りた少女が開口一番に発した言葉がそれである。


 私も車から降りて、その場にへたりこむ。


 無理もない。逃げている途中に、後ろから大量に光の筋が飛来したのだ。


 光の筋、と言えば美しく聞こえるだろう。いや、実際に美しかった。綺麗だった。その光の筋が、触れても害の無いものならば良かったのに。


 光の筋とは暈した言い回しだ。本当の所はそれは、機銃の曳光弾によるモノである。


 つまり、美しく尾を引く光と只の金属片が混在してこちらに飛んできていたのだ。金属片の方によってフロントガラスが粉々に砕けた時には本当に死ぬかと思った。


 タイヤやガソリンタンクを撃ち抜かれなかったのは最早奇跡に近い。


「お前、本当に何したんだよ……」


 肩で息をしながら訪ねる。寿命が今日だけでおよそ三年程縮まった。間違いなく。


「いや、私……そんな大したことは……」

 少女もやはり、肩で息をしている。しかしその答えは先刻と全く変わらないものだった。


「私、『全く、嫌な世界』って三回ぐらい言っただけだよ?」


「嘘つけ」


「酷くない? ねぇ、酷くない?」


「それだけで生死を問わない逮捕命令が出る訳ないだろ!」


「で、でも! 本当に本当にそれしか言っていないもん! 私だってバカじゃないよ、どんなことを言ったら本当に大変な事になるかくらいは分かってる!」


「じゃあ、だ。100歩譲ってそれしか言ってないとして、それにしてもこの状況は大変すぎる。何か不味いアクションを無意識のうちに取ったんじゃないか?」


「…………、」


 少女は暫し沈黙したのち、


「思い、当たらないわ」


「本当にか?」


「本当によ。こういうことにならないように私はいつも細心の注意をはらって、監視の死角を抜けているのよ」


 その顔は真剣そのものだ。恐らく、嘘はついていない。


「じゃあ、なぜ……?」


「一応、気になっていることは有るの」


 少女は、ジープのボンネットをごんごんと拳で叩きながら答えた。


「昨日。三回『嫌な世界』って言ったら、逮捕の時に鳴らされるベルが鳴ったの。それで窓を壊して逃げ出して、朝までずっと逃げ回っていたんだけど……」


 こんなこともあろうかと靴を一足、部屋に置いておいて良かった、と少女は小さく舌を出して笑った。


「でね。そのベルが鳴ったときに……《こーとび……》ってベルと一緒に機械が叫んだ気がするのよ」


「《こーとび》?」


「そう。何のことか分かる?」


「こーとび……」


 こーとび。何だか可愛らしい響きだが、正直に言って、


「……分からないな」


「そう。残念……」


 少女は本当に残念そうに言うと、ところで、と語を繋げた。


「まあ、何にせよ、私はオジサンと旅が出来ることになって本当に楽しみだけどねっ! 夜はたっぷり遊ぼうねっ! 毎日子づk」


「郵便で送るぞ? お前の祖国に」


「激しくごめんなさい」


 少女が素早く土下座した。おお。そんなに帰りたくないのか。


 あまりに勢いよく土下座をしたせいで美しい黒髪が扇状に私の目の前に広がっている。誰得だかは全く分からないが。


「おら、立て。そもそも土下座は古い……」


「まったく、私はオジサンの事がこんなに好きだというのに……」


 少女は私に促されてぶつくさ言いながら立ち上がった。


 穿いている丈の長いスカートの膝の辺りをパタパタと叩いて、埃を落とした。


「お前は全人類にその言葉使えるだろ……」


「違うよ! 男と幼女限定!」


「うむ、速達にするか? 通常がいいか?」


「出来れば送らないでおいて欲しいナ。さて、じゃあ冗談はこのくらいにして……」


 少女は、ポケットから取り出したゴム紐で髪の毛をぎゅうっと絞りながら、



「まずは何処に行くの? オジサン……」




 ◇



 一体どれくらいの間、車に乗り続けていただろうか。少女が『おしり痛い』と横で連呼している。


 途中何度か給油を挟んでいるにしても、大分長い間合筋製のシートに座り続けていた。


 合筋、とは合成筋肉の略語だ。ごうきんと読む為、しばしば合金と間違えてしまう人がいる。読んで字の通りではあるが、いまだに 生 き て い る 筋肉である。


 詳しい仕組みは覚えていないが、座るとその人に一番合った硬さや形を反射的に形作ってくれる。


 ちなみに私のシートは大分ふにゃふにゃしていて、身体が柔らかく包み込まれている気分だ。逆に少女のシートは木製ベンチのように硬い。あれでは確かに、尻が痛くなるだろう。


 同じようなシステムがタイヤにも採用されていて、揺れや走行音を最低限にするように勝手にくねくねと形を変える。


 その様子は端から見てみれば気持ち悪いことこの上ないが、多くの人は気にも止めない。なんだ。私の方がおかしいのか。


 ところで、タイヤにも採用されるほど、合成筋肉の強度はかなり高い。ただし、銃弾等に耐えきれる訳もなく、あっさりと損傷する。そんなもので傷をつけられると随分と気持ち悪いモノを見ることになる。


 具体的には、まず合成筋肉を覆う皮に穴が空くか皮そのものがベロリと剥離する。剥ける、と言っても良いかもしれない。


 その内側に詰まっていた合成肉が白日の元に晒される訳であるが、表面に浮かんだ青い動脈がヒクヒクと脈打つ血まみれの肉など見ても気分がいいはずがない。


 場合によっては肉自体が損傷に気付かずにそのまま形を変えようとうねったり、肉すら爆ぜていて血がどくどくと溢れだしたりしている。


 グロに慣れていない普通の人が見れば軽くトラウマモノの記憶となる。どの視覚メディアでも損傷した合筋にはモザイクを掛けるようにしている。


 ――と、ここまで不要な情報を頭の引き出しの奥の方から引っ張り出したところで、


「オジサン、モンゴルって所……まだ着かないのー?」


 助手席に座る少女が不満の声を上げた。一気に意識がリアルに引き戻される。


「いや、もう着いてる」


「ふーん。って、ええ?」


 少女が驚いてこっちを向いた。


「だから、もう着いている」


「え、だって! 周り、草原だらけじゃない……」


 見渡す限りの草原は青くて美しい。


「ああ。それでも、モンゴルという『国』にはもう着いているんだよ」


 少女の頭の中では多分、国=街という等式が出来上がっている。無理もない、現代人は街から外に出ることはまずないから。


 街という砦の外に出れば、そこは暗澹たる『自然』が広がる。科学技術に身を預けコンピュータに支えられた現代人は圧倒的な『自然』の前には非常に無力だ。大抵、食い潰される。馴れれば何でもないが。


 だから少女は、街の外に『自然』が有ることは知っていても――そこまでも『国』として括るとは知らなかったのだろう。


「人がいる街まではまだ遠いがな」


「ええーっ……」


 モンゴルの首都、ウランバートル。私達は今、そこに向かっている。嘗ては国の人口の4分の1が集中していた都だが、現在はそれを上回る2分の1が集中している。


 因みにモンゴルの国の人口の1%は今もなお『遊牧』という生活スタイルを送っている。


 一見流浪しているように見えなくもないが、私は科学技術に漬からずに自然に身を置く素晴らしい生活だと思っている。――尤も、彼らの生活を具体的に知る訳ではないから、全く断定は出来ないのだが。



「おしり痛い! 痔になるーっ!」



 少女の悲痛な叫びを連れて、フロントガラスが欠落した車は街を目指し、進む。



To be continued……



あとがき


 ?『許してやればいい。全ての罪を。▼

 無くしてやればいい。全ての罰を。▼

 憎むならば尚更、許してやればいい。▼

 恨むならば殊更、無くしてやればいい。▼

 罪を報えない事こそ、時として最大の罰になりうるのだから。』▼

 私は何故だか。▼

 彼の言葉にひどく、救われた気がした。▼

 間違いでは無かったと、確信できたからかも知れない。▼

 私が。▼



あとがき(追加)

2015/06/30 改稿

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