爆ぜ藤
今、オレには二つの悩みがあるッス。 一つは棚が狭いことッス。 もう強烈に狭いッス。 足んなくて台所侵入したら、蔓切られたんスよ? もう最悪ッス。 もう少しで咲いたのに。
オレのつける花はマジすっっっっげぇぇぇ綺麗なんスよ!! もうね、紫の色具合といい花の形といいマジ最高なんスよ!!
な~の~に~切るとかあり得ないッス!! だいたい棚が狭いのがいけないと思うんスよ。 この家の庭には色んな花や木があっけど、オレが一番だかんね。 あ~、でもど~すっかなぁ? やっぱ《長い物には巻かれろ》ってのを実行するきゃないッスよね? 巻き付くなら長い方がいいからサ。
オレは色々考えた結果、隣の杉の旦那に巻き付いてみた。
『おい! やめろ! 俺に絡むな!』
『まぁまぁ。 そんなにカッカしないで下さいッス』
杉の旦那は背は高いんスけど、気が短いんス。 んでお人よしッス。
『俺は藤じゃねぇ、絡むな!! 咲かすな!!』
あ~あ、まぁ~たそんなに花粉飛ばして~。 まぁ好都合っちゃあ好都合だけどサ。
『あんま飛ばすと切られちゃいますよ?』
『あ? 何でだ?』
少しくらい考えなよ杉の旦那。 ま、いいけどサ。
『アレルギーっすよ。 お嬢さんが花粉症になったからって杉の旦那が切られる話が出てるんすよぉ~』
『何だと!! 花粉症って言ったらお前ぇ人が死ぬほど辛ぇと涙を流す恐怖の病気じゃねぇか!! 俺ぁ何て事を!! 俺がお嬢を!! なんて申し訳ねぇことを!! 構うこたぁねぇ!! 一思いにやっちまってくれ!!』
『ちょ!! 待ちなよ!! 旦那一本いなくなったってお嬢さんは治らないッスよ。 それよりも旦那の花粉で他の奴らの花粉来ないようには出来ないんスか?』
あっぶねぇ~杉の旦那切られたら元も子もないじゃんか!! オレの悩みのもう一つだかんね。 ほんと感情のアップダウン激しんだから。
『それならできらぁ任しとけ!!』
『ならやっぱ切られる訳にはいかないっスね?』
『ハッ!! どうすりゃいいんだ!! おい! 若ぇの、なんか知恵ねぇのか?』
あるある! それが狙いッスからね。 杉の旦那にもそう悪い話じゃないッスから。
『だからオレの出番なんスよ。 オレが旦那に巻き付いて綺麗な花咲かせたらどうッスか? 綺麗な花は切りづらいっしょ?』
『おお!! 若ぇのそりゃ最高だ!! よし!! 俺に絡め!!』
『ういーす。 あざ―――ッス』
こうしてオレは綺麗な花をノビノビと咲かせられる場所をゲットしたんスよ。
オレらは《藤杉》って呼ばれて、主のご近所さんにも人気の木になったッス。
まぁお嬢さんはマスク美人だから問題ないッス。 これでみんなハッピーッス!!
じゃ、オレはそろそろ。 しっつれ~しゃした~~。
『おい、若ぇの。 お前ぇ少しは遠慮しやがれ。 お天道様を独占すんじゃねぇよ。 大体お前ぇは生活態度がなってねぇんだ。 いいか、植物ちゅうのは早寝早起きが大事なんだ!! 見てみぃお前ぇの今日の花の色を!! こんなくすんだ色じゃあ見に来てくれた人達に申し訳がねぇ、これから俺がきっちりしつけてやらぁ。 まずはその夜更かし癖をだなぁ……オイ!聞いてんのか?!』
『……あ、ハイ』
聞イテイマシタトモ、ウルサイっすよ。 自由に咲けていた頃が懐かしいッス。 恋しいッス。 オレは自由がないとダメなんス。 もうヤダ帰っていい?
世の中甘くない。 オレが《後悔さき立たず》に打ちひしがれていたら、杉の旦那にお礼を言われたッス。
『なんスか? 突然』
『なぁ若ぇの。 人が見に来てくれるってのは嬉しいもんだな』
杉の旦那の言葉に、ちょっとじぃ~んとしたッス。 人に綺麗だねって言われるのは何度言われても嬉しいものッスから。
『そースね』
『俺はお前ぇが来るまでこの裏口で一人きりだったろ? 何の間違げぇか綺麗な花を持ったお前ぇがこっちに来ちまってよ。 ほんとなら表行きたかっただろうに、こんな狭ぇ所で腐りもせずにさ。 今だって俺が切られねぇようにしてくれたろ? だからさ、ありがとうな』
『……別に。 たまたまッスよ』
杉の旦那が切られんのは、オレが困るんッスよ。 だって、オレは恩をまだ返せてねーッス。
オレがまだきちんと根付けてない頃。 杉の旦那は自分の方に根を伸ばせって言ってくれたんッス。 裏庭は土が少なくて、杉の旦那だっていっぱいいっぱいなのに。 土を分けるちゅー事は、命を分けるちゅー事ッス。 そんなことをする奴はまずいないッス。 みんな自分が生きるのに精一杯ッスから。 なのに杉の旦那だけは違ったッス。 雑草にさえ養分を取られそうになったオレに、自分の土を分けてくれたんッス。
台所で杉の旦那を切る話が出た時、オレは初めて受けた恩の大きさに気付いたッス。 それまで杉の旦那がいなくなるなんて考えたこともなかったッスから。 オレすげぇ考えたもん。 杉の旦那が切られなくて本当によかったッス。
杉の旦那はサ、すっげぇ優しんッスよ。 さっきだって太陽独占すんなって言いながら、道路にはみ出しそうになっていた蔓回収してくれたし、オレに日が当たるように葉の位置ずらしてくれたし。 台風の時だって、いつも風よけになってくれたッス。
オレの体は杉の旦那みたく大きくないから、風よけみたく守ることは出来ないッスけど、オレには花があるから。 オレはオレの武器で、今度は杉の旦那を守っていこうって決めたッス。
まぁ、言う気はないッスけどね。
『おい若ぇの』
『何スか?』
『俺はお前ぇより長生きだから安心しろ』
それは土の栄養が沢山ある《森》って場所の杉の木の事でしょうが。 こんな狭い庭先の木が、そんなもつわけないじゃん。 もうホント、勘弁して。 杉の旦那はオレが守るッスから。 絶対。
何でオレはもっと早く恩返ししなかったんだろう。 右端の奥の一部が枯れてて。巻き付いた幹は思ったより細くて―――――。
長生きとかさ、考えないようにしてんだから、そんなこと言わないで下さいッス。 長生きしてくださいッス。 杉の旦那が枯れたら、オレは何に巻き付けばいいんですか?
でもそんな事言えないッス。 杉の旦那優しいッスからね。 オレはオレでいる事しか出来ないッス。
『なら、小言減らして下さいッス。 蔓が伸び悩んだらどうしてくれるんスか?』
『そんときゃ責任とって俺もながーく生きて、お前ぇの蔓伸ばしてやらぁ。 なぁんも心配すんな』
『……ハイ』
約束っすよ? 約束しましたからね? ――――――――――――――――お父さん。……呼ばないけどさ。 ずっと一緒っス。
そんな《藤杉》の会話を聞いたスズメ達が、楽しそうに笑って枝を蹴り羽ばたいて行く。
眩むほど青い空。 スズメの蹴り上げた藤花の願いは爆ぜて青に咲いた。