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みみざる

Samlos(みみざる)

作者: みみざる

※この話はフィクションです。実在する作者の性癖とは一切関係がありません(断言)。

軽やかなフットワークから放たれるパンチ。重心を打たれたサンドバッグが気だるげに揺れる。僕の心は、激しく揺れる。

場内にはグローブと砂嚢が立てる乾いた音、それとボクシングシューズと床が擦れた時のキュッキュという足音が響いていた。

ふと、それらが止む。

一瞬の静寂をおいて、先輩はこっちを振り向いた。

切れ長の凛々しい目が特徴的な整った顔立ち。いつもは肩に流してある髪を、練習中だけポニーテールにまとめている。

夕日を浴びて茜色に輝く先輩の姿はとてもきれいだ。どこかの神話に出てくる女神様みたい。歴史に名を残す画家だって、この美しさを遍く描き切ることはできないだろう。なんて考えてしまうくらい、練習後の先輩は輝いている。

「お、お疲れ様です」

「ん。ありがと」

ぎこちない手つきでタオルを渡すと、先輩は小さく笑みを浮かべてくれた。

体が火照るのを感じる。夕日が染み込んできたみたいだ。

――あぁ、サンドバックになりたいなぁ。


♯♯♯


木曜の朝とは微妙な時間だ。

金曜日なら今日一日頑張れば休みだという希望がある。でも木曜だとあと二日も頑張らなければならない。

かといって月曜日ほど憂鬱なわけではない。あと二日で休みがくるのだから。

手のひらサイズになった鉛筆くらい中途半端な気だるさ。……これもう捨てようかな。でももう少し使えそうだしなぁ。

「丸っち、やっほー」

筆箱の中身について吟味していると、ふいに後ろから肩をたたかれた。たたいた相手は軽い足取りで僕の前の席に座る。

「周ちゃん。おはよ」

話し相手の登場につき、鉛筆についての判決は保留だ。命拾いしたな、君。少なくとも今日の夜まではここにいられるよ。

周ちゃんはカバンを机の横にかけると、椅子を百八十度回転させて僕に向き直った。僕も机に散らかした文具を手早く筆箱へとしまって応じる。

と、向き合った相手の顔に違和感を覚えた。青あざだ。周ちゃんの右目を囲むようにして、大きな青あざが広がっている。

……ちょっと、ちょっと。そんなもん見せつけられたら、うわさ好きの女子じゃなくても気になっちゃうじゃないですか。

そういえば昨日の別れ際に、これからデートだとか言ってやがりましたっけね、こいつ。まったく近頃の男女ときたらすぐいちゃこらしたがるんだから。

「昨晩はお楽しみだったようだね」

「まあね」

半眼で睨みつけると、周ちゃんは指先で青あざを撫でながらにっこり笑った。ケッ。爆発しろ、リア充め。

「そんな目で見るなよ。俺なんかまだマシな方だろ?」

チラッと視線を送った先には、チャラ男で名高い犬養くん。今日も笑顔と校則違反の金髪がまぶしいぜ。

現在は同じくチャラそうな男子たちと談笑中の彼だが、夜になると様々なお姉さま方から寵愛を受けているらしい。夏服の袖から覗かせるその細い腕には、激しい夜を匂わせる縄の跡がここからでもくっきりと見てとれた。いやぁ、性が乱れておりますなぁ。

「そんなことより、お前はどうなんだよ」

そんなこととは何だね、そんなこととは。

目の前のリア充を呪う目力が強まるが、周ちゃんは気にした様子もなく「ほれ、ほれ」と先を煽った。

「……進展はありませんが、何か?」

冷たくあしらっているようだが、これしか言うことがないんだから仕方ない。ホントは僕だって熱く愛を語りたいのだよ。

「はぁ……。何やってんだよ、もう」

そんな目で見るなって。自分の情けなさは、自分が一番よく知ってるんだから。

「もう一年以上だろ? いい加減片想いも辛くないか? ……まさか報われない自分に酔ってるとかじゃないよな?」

「違うよ」

単に告白する勇気がないだけですよ。

「だったらいい加減アクション起こせよ。あんまウジウジしてっと、いつか他の誰かに取られちまうぞ? いいのか? 先輩が他の誰かを殴ってても」

「いいわけないだろ!」

先輩のサンドバッグは僕だけだ! 僕の妄想の中ではな!

「なら、その気持ちをちゃんと本人に伝えろよ。応援してっからさ」

「……うん。ありがと」

ホームルームの鐘が鳴る。みんな自分の席に戻り始める。周ちゃんももう一度椅子を半回転させて前を向き直った。

教室の空気が引き締まっていく中、僕の心だけは取り残されたようで、いつまでももやもやと辺りを漂っていた。


♯♯♯


中学まで帰宅部だった僕がいきなりボクシング部に入って両親を驚かせたのは、九割九分九厘先輩のせいだ。あとの一厘はアレですよ。男子特有の好奇心みたいなやつですよ。

そしてその後も両親の予想に反して今まで部活を続けられているのは、百パーセント先輩のおかげだ。

高校入学から本日にいたるまで、僕の生活は先輩を中心に回っている。

平日は先輩に会うために退屈な授業を頑張り、休日は先輩のことを考えながら無意味に時間を潰す。先輩と共にいるときはその姿を焼きつけ、一人のときは先輩ならどんな反応をするかを想像する。我ながら充実した片想いライフですこと。

初めて先輩を見たのは入学式後の部活紹介。

壇上の先輩を一目見たとき、僕の中に如何ともしがたい感情が芽生えた。

――この人に、殴られたいって。

きっと、あれが一目惚れというやつだったんだろう。

いやはや、人生何が起こるか分かりませんなぁ。それまで「一目惚れなんて少女漫画の中だけの存在でしょ?」と小バカにしてきた僕が一瞬にして一目惚れ教の信者になるんだから。

あの時先輩の何に惹かれたのかは分からない。

確かに先輩は魅力的な顔立ちだ。スタイルも中々。でも、そういうのではない気がする。

もっと内面的な、今だからこそ言える部分――例えばひたむきに練習する頑張り屋さんなところだったり、いつも強がっているけど本当は泣き虫なところだったり。

先輩の一個上の代の人たちが卒業したとき、お別れ会の後で先輩が隠れて泣いていたのを僕は知っている。あの時の先輩かわいかったな。後ろから抱きしめときゃよかった。先輩なら一瞬驚いた後、殴り返してくれただろうに。

閑話休題。

えっと、何だ。アレだ。そんな感じで先輩に殴られたくてボクシング部に入った僕だけど、期待に反してそういう機会は全くなかった。

来る日も来る日も縄跳びかシャドーボクシング。そりゃそうだ。野球だろうとサッカーだろうとボクシングだろうと、新人がいきなり実戦的なことをできるわけがない。

それでも部活を辞めなかったのは、さっきも言った通り先輩がいたから。

先輩がサンドバッグを殴るたび、サンドバッグになる妄想で幸せになれた。先輩たちスパーリングを見て、これもいつかあの人の相手をするためだと地味な練習も頑張れた。

やがて先輩の一つ上の代が卒業した。一年間の鍛錬で、僕も充分強くなった。

でも、僕が先輩に殴られる日は未だ来ていない。

というのも、今年は一年生が全く入らなかったのだ。

ボクシング部は先輩の代も先輩一人だったし、僕も去年唯一の新入部員だった。今年一年生がいないのは、まあ時代の流れというやつだろう。決して新入生への部活紹介を僕がしくじったからではないだろう。

……あそこで一発ギャグはなかったな。でもあんなにスベるとは思わないじゃん?

あー。まあそういうわけで、今年から僕と先輩はふたりぼっちになってしまった。

これが気まずい、気まずい。

ちょっと前まで賑やかだった分、寂しさが際立つというか。毎日祭りの後テンション。その上先輩が分かりやすく気を使ってくるもんだから、応じる僕もぎこちなくなっちゃって。

そうやってお互い妙な壁をつくったまま。

いつの間にか、季節は夏を迎えようとしていた。


♯♯♯


ポップな背景音とともに、少女の服が弾け飛ぶ。

一瞬ひやりとするけど、謎の閃光が差し込んでくれたおかげで、彼女があられもない姿を晒すことはなかった。

直後、先ほど灰塵と化したものとは比べるのもはばかられるくらい奇抜な衣装が少女の体を包み込む。前衛的なデザイナーが深夜三時頃に思いついたような服飾といえば伝わるかな。あるいは重度の受験ノイローゼに罹った浪人生でも同じ境地にたどり着けるかもしれない。

さて、これで準備は整った。

後は恒例の決め台詞を言えばおしまいだ。

『魔造少女マゾっ子ミミー、華麗に登場☆』

 ……はい。以上、ミミーちゃんの変身シーンでした。

 どうでもいいけど、魔造少女の変身シーンって長いよね。今回はたっぷり四十二秒。前回も四十二秒。そのまえも四十二秒。うん、使いまわされてるね、このシーン。

 あと、衣装が戦闘向きじゃない。フリルはともかく、スカートってどうよ。しかもやたら丈が短いしさ。たとえ本人が気にしなくても、周りが気にするよこれは。

 あ、それが目的なのかもね。敵の怪人の集中力を削ぐ作戦的な。視線をスカートに誘っておいてズドン的な。無邪気なようで腹黒いね、ミミーちゃん。将来が楽しみだよ。

『出たな、ミミー。今日こそは貴様を倒し、サディスティックな理想郷をつくりあげてやる!』

『そうはさせないわ!』

 今日こそはと言い続けること三十八回目の怪人。毎度同じセリフで応じるミミーちゃん。もはやテンプレートと化した展開だ。

『食らえ! 電気ムチ!』

『きゃっ。何これっ……びりびりするぅ』

『どうだ! しびれて動けまい!』

『こんなのに……負けないんだからっ』

『フッ。いきがれるのも今のうちだ!』

『きゃっ! いやっ! そんなに打っちゃ……らめぇ~っ』

『ふははははは』

 それから暫くの間、ドミノマスクを装着した黒ずくめのオッサンが年端もいかぬ幼気な少女を鞭打ちするシーンが続いた。鞭が撥ねるたび、ミミーちゃんの喘ぎ声が響く。

 ……あ、もちろんミミーちゃんは深夜アニメです。こんなの朝に流せるか。

『……んー、何か飽きちゃった』

『な、何っ!?』

 お約束の犯罪臭漂うお色気パートが終わると、ミミーちゃんは何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。

『この程度の刺激じゃこんなものよねぇ』

『そ、そんな……』

 流れ出す処刑用BGM。いよいよ決着の時だ。

『せいぜい頑張って、次はもっと愉しませてね。てやっ☆』

『ぐあ~っ! やられた~っ!』


♯♯♯


ケータイの着信音が鳴る。今まさに流れている、ミミーちゃんのエンディングの曲。

テレビとケータイで微妙にタイミングがずれているせいで、せっかくの神曲がカオスの極みだ。特にドラム。リズミカルな十六ビートがダブると、酔っ払いの千鳥足になるんだな。

この混沌な感じも嫌いじゃないんだが、エンディングということは電話着信か。放ってはおけない。

「もしもし?」

録画映像を一旦停止して電話に出ると、聞きなれた声がかつてない勢いで返ってきた。

『丸っち! 今どこだ?』

「周ちゃん? どうしたの?」

電話越しに感じる荒い息遣い。いつも暢気な周ちゃんが、こんなに慌てているなんて。

何だろう。凄く嫌な予感がする。

『いいから! 今どこにいるのか教えろ!』

「……家だけど」

『家? 部活はどうした?』

「それは……」

サボった。サボって、撮り溜めしたアニメを見ていた。

やるべきことは分かっていたのに。

言うべきことも決まっているのに。

周ちゃんだって背中を押してくれたのに。

結局気まずさに耐えきれず、今日は部活へ行くこともしなかった。

先輩との仲を進展させるどころか、維持する努力さえせずに、逃げ出してしまったのだ。

『サボったのか?』

「……」

『あんだけ言ってやったのに?』

「……ごめん」

『はぁ~っ。まあ、今はいいよ。それより、お前が部活に行っていないのなら言うべきことがある』

周ちゃんの声が僅かだが低くなる。

『いいか。落ち着いて聞けよ。さっき先輩が「魔臓卑崇徒まぞひすと」に絡まれてるのを見たやつがいる』

「……え?」

一瞬、頭が真っ白になった。

魔臓卑崇徒とは、誘い受けで悪名高い不良グループのこと。気の強そうな女の子に絡んでは人気のないところに連れ出し、集団で代わる代わる殴られているという。いわゆる乱殴だ。

でも、そんな、先輩に限ってそんな……いやでも先輩、純真だからなぁ。そういう知識がなくて、ほいほいついて行きそうではある。

まったく、先輩のピュアな心を利用して殴られようなんて。とんだクズがいたもんだ。

ふとテレビを見ると、一時停止のまま長い間操作しなかったせいで画面がブラックアウトしていた。真っ暗になった画面には、先輩に殴られたくてボクシング部に入ったクズ野郎の姿が映っていた。

いや、僕はね? ほら、愛があるからね? 一時の情欲にかられて乱殴に走るようなゴミ虫と一緒にしないでもらいたい。

そんなゴミ虫のせいで先輩の清らかな拳が穢されるなんて。

イヤアアアアアッ! 想像しただけで、何というかもう……イヤアアアアアッ!

『もしかしたら他人の空似かもと思っていたが、お前が部活に行ってないなら先輩とみて間違いな……おい、丸っち?』

「わ、悪い、大丈夫だ」

落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。

周ちゃんは先輩が絡まれたのが「さっき」だと言っていた。普段の周ちゃんならともかく、この緊急事態だ。本当に大した時間は経っていないんだろう。

なら、今から助けに行けば。

「周ちゃん、場所は分かる? 先輩が絡まれてたとこ」

徐々に冷静さを取り戻してきた頭で尋ねると、周ちゃんは待ってましたと言わんばかりの声で答えた。

『もち。場所は――』

周ちゃんが口にしたのは先輩の通学路の途中にある公園。以前こっそり後をつけたことがあるから行き方は分かる。ここからチャリで十五分といったところか。

「ありがとう!」

『あ、おい待――』

礼を言って通話を打ち切り、玄関に向かう。

制服着っぱなしでよかったぜ。部屋着だとさすがに着替えなきゃだかんな。

不良だか何だか知らないけど、先輩に手を出すなら容赦はしない。

何たって、先輩のサンドバッグは僕だけなんだから!


♯♯♯


ハァ、ハァ……着い、た……。

十五分の道のりを十二分で来てやったぜ。自己ベスト更新だ。

ああ、あっつい。背中絶対汗染みできてるよ。シャツがべったり張りついてるもん。

それにしてもこの程度の運動でここまで呼吸が乱れるとは……やっぱ鈍ってるな。理由は考えるまでもない。

……ちゃんと練習しよう。無事先輩を連れ戻したら、明日から。

おっと。いかん、いかん。これは死亡フラグってやつですね。今のはナシの方向で。

とにかく、今は先輩の救出に専念しよう。

それで、先輩は………………あれ? 

どこにいるんだっけ?

周ちゃんはここで先輩が絡まれていたとは言っていたけど、その後どこに連れて行かれたかまでは言っていなかった。

つまり、ここからは自力で探すしかない?

くそっ。時間がないというのに……いや、焦るな。よく考えるんだ。

ここで声をかけたということは、ここから大して離れていないはずだ。不良といえど所詮は学生。車は使えない。おそらく歩いていける範囲にいるはず。

かつ人気がない場所。大人数で多少騒いでも気づかれない場所。これらの条件が全てそろうのは……。

――ダメだ。それでもまだ三つある。

全てを順に回っているような時間はない。どこだ? どれなんだ?

『愛があればぁ~♪ どんな痛みもぉ~♪ 気持ち良くなれるぅ~♪』

ああ、もう、うるさい……って、着信?

さては周ちゃん、新しく何か分かったんだな!

「もしもし、周ちゃん?」

状況を打開するであろう一報を期待して電話をとると、相手は意外なやつだった。

『え? いや、犬養だけど』

「犬養? どうして?」

『周一から聞いてない? その、先輩が絡まれたところを見たのが俺なんだけど……』

話をまとめると、まず犬養が魔臓卑崇徒に連れて行かれる先輩を見た。

人脈が広く噂にも聡い犬養は、僕と先輩の微妙な関係についても知っていたらしい。でも僕のアドレスまでは知らなかったから、知っていた周ちゃんの方に連絡した。

そして周ちゃんから僕のケータイ番号を聞いた上で、連中を尾行。居場所を突き止めてくれたそうな。

……めっちゃいい奴やないですか犬養さん! 

チャラ男とか言って馬鹿にしてごめんね! 明日から、いや今この瞬間から君のことは犬養様と呼ばせて頂こう!

『線路脇の空き倉庫……で、分かる?』

「うん、大丈夫」

 ラッキー。ここから一番近い候補だ。

『本当は俺が行って助けたいところなんだがな。今回は特別に譲ってやるよ』

「……ありがと」

『だから、絶対に、しくじるなよ?』

「おう!」

電話を切ってチャリにまたがる。

やるべきことは分かっているんだ。

言うべきことも決まっているんだ。

周ちゃんも、犬養だって背中を押してくれたんだ。

だから、僕は――


♯♯♯


どうにもおかしい。

念のため百メートルくらい離れたところでチャリを下りて、そこから忍者の如くそろそろと倉庫へ近づいてみたんだけど、目算で残り十メートルを切った今でも人の気配を全く感じられない。

倉庫のまわりはトラック用のドでかい駐車場が広がっている。つまりは一面アスファルト。これが砂地とかだったら足跡を見ることもできたのに。

……いやまあ、僕は別に本物の忍者というわけでもないし? 

バトル漫画の主人公みたいに敵の気配を察知する能力も持っていないのだが。

だとしてもこの静けさはおかしい……よな。

いよいよ倉庫の正面入り口についた。

さびの目立つ扉に耳を当てて中を伺うも、扉がひんやりとして気持ちよかったですという感想しか得られなかった。

やはり中に誰かいるとは思えない。焦りと不安が膨らんでいく。

どういうことだ? 場所を間違えた? それとも……騙された? おい、お前は友達を疑うのか? でも……。

と、とりあえず扉を開けてみるか。うん。

いろんな感情でぐちゃぐちゃな心を振り切って、扉の取手に手をかけた時だった。

「丸山くん」

背後から、今一番聞きたかった声。

「……先輩?」

驚いて振り向くと、はたしてそこには夕日を背にした先輩の姿が。

「どうして……あれ? 魔臓卑崇徒は?」

「ごめんなさい。全部嘘なの。あなたをここに連れてくるための」

「え?」

間の抜けた声が上がる。嘘?

「あなたに、言いたいことがあるの。今日言おうと思ってたんだけど、でも丸山君、部活に来てくれなかったから」

「……」

「このままもう二度と来てくれないんじゃないかと思って、それで――」

「もう、いいです先輩」

「え?」

……何だよ。最低じゃないか僕。

先輩に気を遣わせて。勝手に距離を置いて。

口では好きだとか言うくせに、こんな顔をさせて。

「僕も、ずっとあなたに言いたかったことがあるんです」

夕日を浴びて茜色に輝く先輩の姿はとてもきれいだ。頬を濡らす雫の名前が変わっても、それだけは変わらない。

先輩って、泣き顔も様になるんですね。そんな顔、もう二度とさせるつもりはないので、今の内に焼きつけておきます。

「……遅くなってごめんなさい」

伏せていた先輩の視線が上がる。目と目が合う。

急に体が火照ってきた。先輩の気持ちが染み込んできたみたいだ。

――この熱を、言葉に乗せて。

「好きです、先輩。ずっと、僕だけを殴り続けてください」

「ホント……遅すぎるわよ、バカ」

直後、先輩の右ストレートが僕の頬を打った。


……次はまともなのを書きたいですね。

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