その後の2人:5/10
今日も深夜に彩の携帯が鳴ってます。
それは目覚ましなんだけど安眠妨害。
この人達に常識を望んでも無駄というものです。
深夜2時。
私はいつもの電話で目を覚ました。
「もしもし……」
『彩さん、毎回ごめんなさいね。お願いしてもいいかしら?』
「はい、すぐ帰します」
柴田さんの電話を切った私は、隣で気持ちよさそうに眠ってる海の唇にそっと口付けた。
何故こんな行動を起こしたのかは分からない。
寝ぼけていたのかもしれない。
「もう1回……」
海は私の首の後ろに手を回して唇を重ねてくる。
起きてるとは思わなかった私は激しく動揺した。
その動揺のお蔭で一気に意識が覚醒していく。
「彩さんからのキスで起こされると嬉しい。時間があるならこのまま抱いちゃいたい」
「時間なんかないわよ。柴田さん待ってるんだから早く行きなさい」
海は私を開放すると起き上がって素早く着替えた。
正直、この行動の早さには出逢った頃から驚かされている。
「愛してるよ、彩さん」
“愛してる”の大安売りは今に始まった事ではない。
海はこの部屋を出る時、必ずそう言ってから部屋を出て行くのだ。
あまりにも大安売りで、嬉しいはずの言葉を聞き流すようになってしまった私に問題があるのだろうか?
海が部屋を出て行くと、何故か今日1番最初の仕事をこなしたように感じてしまう。
好きな気持ちは変わらないのに、信じる気持ちが薄らいでしまったのだろうか?
私は海が出て行ったのを確認してから再び瞳を閉じた。
心のどこかで冷たい風が吹く。
今はまだ暖かいけれど、ベッドに残る海のぬくもりはあっという間になくなってしまう。
なくなる前に眠ってしまおう。
そう思った瞬間……気付いた。
海のぬくもりがなくなってしまう事が寂しいのだと。
怖いのだと。
海を信じていないわけではない。
だけど……海との生活が、まだ現実なのだと思えない私がいる。
私は寂しさや怖さを誤魔化すように……そういった感情から逃げるように眠りに就いた。
日曜日。
海は仕事で夕方には帰って来る予定だ。
出来る限り部屋で待っていてあげたい。
いや……待っていたいのだ、私が。
夕方まで何をしよう……?
私は洗濯や掃除を終わらせてほっと一息吐いていた。
現在午前11時半。
出掛けてしまうと夕方までに帰って来られないかもしれない……。
あまりにも中途半端な時間である。
そこで、私は澄香に電話を掛けた。
引越しをした事は簡単に話していたが、この1ヶ月間はプレゼンの事で頭がいっぱいで会ってもいない。
『もっしも~し♪』
澄香のテンションの高さに嫌な予感……。
「もしもし……」
『ちょっとぉ……何、葬式みたいな声出してんのよ?』
「いや、あんたの声聞いたらどっと疲れが、ね……」
『丁度良かった、電話してきたって事は暇なんでしょ? 今から行ってもいい?』
的中……。
「夕方には帰ってくるんだけど?」
それに疲れ気味だし、今日は勘弁して欲しい。
『あらぁ♪ 久しぶりに生海が見れるのね~♪』
生海ってやめて……なんか嫌。
「別に見なくていいし……」
『じゃ、今から行くから駅で待ってて!』
毎度の事ながら勝手に切られてしまった。
これで駅に向かう準備を始めてしまう自分がちょっと悲しい。
今日も彼のノロケ話を聞かされるのかしら……?
さすがに会う度に聞かされるとうんざりしてしまう。
同じ話をもう何度聞かされただろう?
出逢いから性癖に至るまで、多分私はありがたくもないが、澄香の台詞を記憶してしまっているだろう。
カンニングなしで彼氏の馴れ初めから日常まで語れる自信がある。
私は携帯を鞄に差し込んで溜め息を漏らした。
澄香には敵わないなぁ……。
「へぇ……ここが新居かぁ」
部屋に上がり込んだ澄香は部屋中を探検して歩き、やっとリビングに落ち着いた。
「新居ってやめてよ、別に結婚したわけじゃないんだから」
「でも一緒に暮らすって事は期待してるんじゃないの?」
期待なんか出来るわけないじゃない。
それに厳密に言えば一緒に暮らしてるわけでもない。
隣同士だ。
「……まだ、慣れないのよ」
私は小さく呟いた。
「まぁ、分からなくはないけどね」
澄香はマンションに向かう途中に買い込んだお菓子を皿に出しながら苦笑した。
「ちょっと……もう飲む気?」
「当然でしょ、海君が帰って来てから飲むとでも思ってたの?」
思ってました。
「何のために冷えたヤツ買ったと思ってんのよ」
澄香は私に手招きをして床に座らせた。
私の部屋なのに……何故澄香がソファで私が床なのかしら?
まぁ、いいけれど。
「で? 相変わらず不安なわけ?」
「そりゃ……ね」
珍しく彼のノロケ話ではない。
今日は聞き役になってくれるのかしら?
「あんなにあんたに惚れてるのに?」
あんなにってどんなによ?
「毎晩求められても?」
「なっ……?!」
確かにそうなんだけど……って、何で知ってんのよ?!
「真っ赤になっちゃって……やっぱそうなんだ?」
嵌められた……。
私は真っ赤になった顔を両手で押さえながら俯いた。
「海君若いから相手すんのも大変でしょ? パワフルレンジャーだもんねぇ」
ど……どう答えろってのよ?
大体“パワフルレンジャー”って何?!
「彩みたいなおいしそうな身体見てたら1回じゃ済まないわよねぇ」
おいしそうな身体って何よ?
発言がオヤジだし。
「あんたもう酔っ払っちゃったの?」
返答に困った私は真っ赤な顔で澄香の脛を叩いた。
「んなわけないでしょ、素面よ。だいたい好きでもなきゃそんなに求めたりしないでしょ? 女なら誰にでも盛るって子じゃないんだし」
「そりゃ……そうだろうけど……」
いつだって不安に決まってるじゃない。
「指輪、貰ったんでしょ?」
指輪……?
「あ、そうだ! 澄香でしょ? 海にサイズ教えたの」
「うん」
澄香はあっさりと認めた。
「海君に聞かれたけどさすがに仲良くても指輪のサイズなんて知らないからね」
「もしかして……あの時のって、嘘?」
いつだったか指輪のサイズを測りに行った時の事を思い出しながら尋ねた。
「半分はね。だって海君が知りたいって言うんだもん手伝ってあげるの当然じゃない。ま、私も彼にしっかり指輪買って貰ったけどね♪」
当然なのか?
って言うか、いつの間にそんな話してるわけ?
隠れて会ってるとは思えないし……。
「あ、誤解しないでよ? 海君とは電話のやり取りだけよ、会ってはないから」
電話でのやり取りって……いつの間に番号教えたのよ?
本当に油断も隙もありゃしない……。
「本当、彩って可愛いわ」
今のは絶対に褒められてないわよね?
「べ……別に気にしてないわよ」
「嘘吐き。一瞬不安と嫉妬の入り混じった顔してたわよ」
嘘っ……?!
私は再び顔に手を当てて俯いた。
「さっさと結婚しちゃえば? そしたら安心できるんじゃない?」
澄香は簡単に言ってくれるけれど……実際はそんなに簡単なわけがない。
重要なのは気持ちだというのは分かっているけれど……海の場合、事務所の許可も必要だろうし仕事の都合もあるだろう。
当然、親も無視できない。
「私の親をショック死させる気?」
「いつかはバレる事じゃない」
確かにそうだけど……。
私は指輪と一緒に保管している“契約書”の存在を思い出した。
澄香には話していないけれど。
アレにサインしてしまえば自信を持てるようになる……?
いや、そんなわけがない。
「彩?」
澄香が私の顔を覗き込んだ。
「何でもない……」
あんな紙切れで安心なんか出来るわけない。
私は追い払うように頭を振った。
「彩……大丈夫? 何か変よ?」
澄香は私を眺めながら苦笑していた。
酒の入った澄香はやはりノロケ話を始めてしまった。
今日もいつも通り馴れ初めからだ。
通勤電車の中で痴漢から助けてくれた“岡本さん”の話。
実際に会った事はないけれど、澄香がかなり惚れ込んでるのは分かる。
そして彼も澄香を大事にしている事も。
私は缶ビールを口に運びながら流すように聞いていた。
いや、完全に流している。
覚えている台詞が合っているのか答え合わせをしている感覚だ。
暫くして壁の向こう側から微かな物音が聞こえてきた。
海が帰って来たのだ。
私は澄香の反応を見たくて壁の扉の話はしていない。
「ただいまぁ」
壁際のクローゼットが開き、海が姿を見せた。
私は澄香から視線を逸らさずに反応を見ていたが……。
噴いた。
勢いよく酒を口から噴き出した。
そりゃもう豪快に……。
まるでコントだ。
「澄香っ」
私は慌てて洗面所へ向かい、タオルと雑巾を持ってリビングに戻った。
タオルを澄香に渡し、雑巾で床を拭く。
「豪快なお出迎えだね澄香サン」
海は苦笑していた。
「誰だって驚くわよ」
タオルで口元を拭きながら澄香は溜め息を吐いた。
「カーペット敷いてなくてよかったね、彩さん」
「そうね」
「あんた……わざと黙ってたでしょ?」
澄香が私を睨み上げる。
「噴き出すって分かってたら話してたけどね」
予想を上回る驚き方に私は堪えきれずに大爆笑した。
こうやって笑って過ごせる日が、ずっとずっと続けばいいと思っていた―――――。
ご覧頂きありがとうございます。
更新時間が少し遅くなってしまってすみません。
体調不良で……(苦笑)
出来るだけ午前8〜11時までにUPします。
他の作家様は夜中UPなさっている方が多いようですが、武村には夜中UPは無理なんです……ごめんなさい。
不安を抱えたままの彩ちゃん。
少しずつ本音を話すようにはなってきたみたいだけど、このままじゃいつかその自信のなさからくる不安が溢れちゃうんじゃないでしょうか?
☆続きは明日☆
今日は終業式なんですかね?
マンションの前を歩く子供達がランドセルを背負ってないんだけど……。
冬休み……懐かしい響きだ。