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有名人な彼  作者: 武村 華音
1/23

10−1

平凡な三十路女、彩が出会ったのは超有名人だった。






 私は三十路の独身OL。

 容姿も性格も視力も良いとは言えない。


 身長160cm、中肉中背、常に眼鏡を着用し、顔も十人並み。

 特にパッと目を引くほどの長所もなければ特徴もない。


 強いて言うなら自慢は長い髪……だろうか。

 艶やかで頑固なほど真っ直ぐな髪の毛だけは友人達から羨ましがられている。

 他に褒める場所などないのだろう。


 彼氏もいないし。

 恋愛もしばらくしていない。


 そのくらい私は平々凡々でつまらない女なのだ。


 怒涛の決算月が過ぎ、新年度へと移った4月最初の週末。

 私は会社の同僚や上司達と飲んでいた。

 今日は決算を無事に終えた打ち上げという名の飲み会だ。


 頻繁に飲みに出掛ける面子ではないけれど。


 いつものメンバーは同期の男性だけ。

 入社当時からの付き合いなので遠慮なく語り合える同志。

 当然ながら特別な関係はない。


 会社の人間、取引先の人間と特別な関係を持たない。

 それが私の中のルール。

 それ以前に、私に興味を持つモノ好きもいないだろうが。


 飲み屋はいつも通っている新橋駅の傍。

 半地下で店構えは素朴なのにいつだって混雑していて、予約を入れておかないと1時間や2時間待たされる事も当たり前な人気店である。


 恥ずかしながら私はそこの常連客。

 常連客だから、という理由で特別に予約を入れさせてもらっているが、基本的に予約はお断りしていると店長さんは言っていた。


 ほとんどの客の目当ては従業員。

 イケメン居酒屋といえば駅前に停まっているタクシーの運転手さんも知っているほどに有名なのだ。

 店長さんを含め、従業員はほとんどがモデル経験者。

 女性従業員も男性従業員も美形揃い。


 サラリーマンやOLは目の保養にやって来ているのだろう。


 私は単純に、店の雰囲気と店員さんの人柄が好きで通っている。

 開店当初からずっと。


 一次会が終わる頃、私は同期にこっそり帰る事を告げて、周囲にはお手洗いに行くと言って店を出た。

 当然二次会へは行かない。

 行く気もない。


 酒が入るとセクハラも当然の事。

 気色悪い上司に手や肩や膝などを触られると張り倒したくなる。

 張り倒したくなるだけで実際にできないのが辛い所だけれど。


 部長がいないのを好機とばかりに私の隣を陣取り触り放題。

 同僚達も私も上司相手には文句も言えず、我慢するだけの2時間。


 途中で私が席を立った隙に、同僚が課長の隣に座ってお酌をしてくれていたお蔭で難を逃れたけれど、女は私1人なのだからどうしてもターゲットにされてしまう。


 触りたきゃお触りが可能な店にでも行きなさいよ! と、言えたらどんなに気が晴れることか……。


 席を立った際に同僚達が謝ってきたけれど、これは決して彼らの責任ではない。

 課長の人間性が問題なのだと思う。


 あれじゃ出世はできないだろうなぁ……。


 店を出た私は、駅に向かって1人歩いていた。

 夜風が気持ちいい。

 酒で火照った身体を心地よく冷やしてくれる。


 上司から逃げた事で徐々に気分が良くなって足も軽くなっていく。


 少し前まであった店がなくなっていたり、新しくオープンしている店があったり、日頃気にしない駅までの道をのんびりと見上げながら歩く。

 間抜けな顔をしていたかもしれない。


 反対側の建物にコーヒー豆の販売店を見つけ、進む速度を緩めた時だった。

 注意力散漫になっていた私は、曲がり角に差し掛かったところで人とぶつかった。


「すんません!」


 倒れそうになった私を抱き留めながら長身の男が謝る。

 その顔には見覚えがあった。


 ……誰だっけ?


 私が男の顔を見上げていると急にたくさんの声が聞こえてきた。


「こっちに来たはず!」

「どこぉ?!」


 足音からかなりな人数と思われる。

 この男は何をしでかしたのだろう?


「やべっ……!」


 男が私の後ろに身を屈めた。

 大き過ぎて全くと言っていいほど隠れていないけれど。


 面倒な事には関わりたくないし、その場を立ち去りたいけれど……何故か服を掴まれている。


 なんで……?

 楯になれって事?


「海だよ! 望月(もちづき) (かい)がいたの!」


 私は背後で蹲っている男に視線を移した。


「あぁ……望月 海」


 男の肩が震えた。


 ビンゴ、か。

 どうりで見た事があるはずだ。


「ちょっと助けて。サインならあとであげるから」

「要らないわ」


 貰ってもどうしていいか分からないし。

 私は鞄の中のカーディガンを取り出して男に被せ、ペットボトルの水を手渡した。


「俳優なら吐く真似くらいできるでしょ?」


 足音はどんどん近付いてくる。

 今更考える時間もなければ悩む時間もない。


 望月 海といえば最近人気の実力派俳優だ。

 今放送中のドラマは結構好きで、毎週ビデオに録っている。

 だからといって特別熱を上げているわけではないが。


 私は男の背中を擦りながら声を掛けた。


「だから飲み過ぎだって言ったでしょ?」


 俳優なら乗ってくると思った。

 逃げ通したいなら尚更だ。


 大勢の女性達が私達の傍を駆け抜ける。

 人数が多いと地面が揺れるらしい。

 さすがにその人数の多さに驚く。


 こんな大人数に追われていたのか……。

 この子も災難ね。


「ねぇ、望月 海見なかった?」


 男の背中を擦っていると面識のない女が尋ねてきた。


 それが他人にものを尋ねる態度? と思うほど偉そうに。

 仁王立ちで腕を前で組んでいて、当然ながらしゃがんでいる私達を見下している。

 更にはタメ語だ。


 こういう人間は大嫌いだ。

 人にものを尋ねるなら敬語というのが常識だと思う。


「知るわけないでしょ! こっちはそれどころじゃないのよ、見て分からないわけ?!」


 さっさと消えてくれと思いながら私は声を荒らげた。

 面倒な事にこれ以上関わりたくない。

 早く解放されたい。


 本当、勘弁して。

 早く帰りたい……。

 早く消えて。


 タイミング良く男が水を噴いた。


「やだぁ! 汚っ」


 女達は心底嫌そうな顔をして足早に去って行った。

 自分達が探している男だというのに……所詮そんなもんよね。


「……行ったみたいよ」


 足音が遠ざかったのを確認して男からカーディガンを剥ぎ取り、簡単に畳んで鞄に突っ込む。


 大体、なんでこんな所に芸能人がいるのよ?

 それも単身で。


「ありがとう、助かった」


 いい笑顔……充分なお礼だろう、釣りは出せないけれど。


「じゃ」


 私がその場を離れようとした時、再び服を掴まれた。


「何の真似かしら?」

「携帯の充電切れちゃって困ってるんだけど、助けてくれない?」

「コンビニで買えば?」


 最近の芸能人は買い物も出来ないわけ?

 さすがにそこまでの面倒は見きれない。


「近くのコンビニで売り切れだったんだ」


 だから何だってのよ?

 私には関係ない。


「お姉さんの携帯のメーカーは?」

「ド●モだけど?」

「お姉さんの充電器貸して」


 はぁ?

 うちに来るって言うの?


「何言ってんの?」

「お願いっ」


 信じらんない奴……。

 芸能人は常識が欠如している奴が多いという噂は聞いていたけれど……この男は本当に欠如している。

 ありえない。


「そこのコンビニで充電器買おうとしたらバレちゃって他のところでもこんな目に遭うのかなんて考えたら恐くて行けないよ……」


 あぁ……もぉ、情けない声を出さないでよ。

 そんな涙目で私を見ないで。


「マネージャーの携帯番号もスケジュールもこの中だし途方に暮れてんの。助けて、ね?」


 何なの、この可愛さは……反則だわ。


「……充電だけよ」


 芸能人だし仕方ないわよね……。

 このまま放っておくのはさすがに可哀想だし。


 私は仕方なく近くのタクシー乗り場に向かった。


「あの……お姉さん?」

「電車なんて乗れないでしょ?」


 私はタクシーに乗り込んで男に言った。


「早くしなさい……って、別に来なくても構わないけど」


 できるならお断りしたいくらいだし。


 男は置いて行かれたくないらしく、慌ててタクシーに乗り込んできた。






 新橋から電車でも車でも1時間掛からない場所に私のマンションはある。

 タクシーを降りて部屋に向かう私の後ろからイケメン俳優がついて来る。


 ありえない……。


 夢か現実かの区別も出来ないまま男を部屋に招き入れる。

 私は2LDKの賃貸マンションに1人暮らし。


「結構いいところに住んでるんだね」

「携帯貸しなさいよ、充電するから」


 男の話など聞く気もなかった。


「お姉さん、名前は?」

五十嵐(いがらし) (あや)


 部屋中を見回しながら男が微笑む。

 女の部屋が珍しいのだろうか?


 私は男の携帯に充電器のソケットを差し込んで少し待ち、電源を入れた。


「はい、マネージャーさんにでも電話して迎えに来てもらって」


 私はそのまま浴室に向かった。


 決算が終わってようやく忙しさから開放された週末。

 怒涛の1週間の締めがコレか……。


 やっとゆっくり休めるはずだったのに。

 ……この際あの男の存在は無視だ。

 今頃、充電しながらマネージャーさんに電話をしているだろう。

 あの男さえ部屋から追い出せば平和な時間が戻ってくる。


 私はお風呂で酒と煙草の臭いを洗い流してリビングに戻った。


「……まだいたの?」


 しっかりソファで寛いでいる。

 何故か部屋に馴染んでいる事が腹立たしい。


 ここは私の部屋なのに。


「だって電話が繋がらないんだもん」


 携帯は握っているけれど……そんな寂しそうな目をしないで欲しい。


「珈琲くらい淹れてあげる。でもさっさと帰ってよね」

「彼氏でも来るの?」

「いたらあんたを部屋に上げたりしないわよ」

「じゃあ、今日泊めて?」


 ……厚かましいにも程がある。


「あんたねぇ……」

「海。俺の名前、望月 海」

「知ってるわよ」


 毎週テレビで観てるもの。


「彩さん、ビールない?」


 早速名前呼び?

 図々しい。


「あんた遠慮ってモノ知らないの?」

「遠慮なんてしてたら生きていけないよ」

「遠慮しないで生きてたらそのうち刺されるわよ」


 私は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。


「銘柄に文句は言わないでよね」

「彩さんも一緒に飲もうよ」

「私は外で飲んできたからもういいわ」


 珈琲メーカーのスイッチを入れて対面キッチンのカウンターの椅子に腰を下ろす。

 何を話していいのか分らず、テレビを点けた。

 住んでいる世界が違って、年齢も大きく離れた私達に共通の話題などあるはずがない。


「彩さんっていくつ?」


 この男……私を怒らせたいのか?


「女に年齢訊くなんて最低の男のする事よ?」


 どうせあんたよりもずっと上よ。


「彩さん、俺と変わらないくらいかなって思ったから訊いたんだけど?」

「そんなわけないでしょ?」


 そこまでのお世辞は嘘くさい……っていうか嘘にしか聞こえない。


「あんた22でしょ?」

「うん、彩さんだって25くらいでしょ?」

「30」


 男は意外そうな顔をした。


「嘘でしょ?」


 何が嘘なのよ?

 普通、嘘吐くなら若く言うに決まってるじゃない、馬鹿じゃないの?

 誰が好き好んで三十路だなんて言うのよ?


「だって芸能人の30って素顔見れないよ?」


 それって失礼じゃない?


「彩さんはすっぴんも綺麗」


 もともと化粧は好きではないので薄めだし、今は風呂上りで完全にすっぴん。

 しててもしていなくても変わらない気がするのは、ただ単に私に化粧の腕がないからだろう。

 日焼け止め程度にしか考えてないのも確かだ。


 男は私に歩み寄ってきてまじまじと見つめてきた。


「さっきから喧嘩売ってんの?」


 お肌の曲がり角をとうに過ぎた私を馬鹿にしてる?

 綺麗な肌して羨ましいったらない。


「ううん、綺麗だから見てたいなって思って」


 男の手が伸びてきて私の眼鏡を外した。


「返しなさいよ、見えないじゃない」

「俺の顔見える?」


 男との距離20cm。


「み……見えるけど……」


 男の顔が近付いてくる。


「あんま近くなると見えな……」


 男との距離0cm。

 唇が重なった。


 若いくせに慣れてる……。

 小憎らしいガキだわ。


「……彩さんに惚れたって言ったら信じる?」

「絶っっ対に信じない」


 信じるわけがない。

 出会って1時間。

 更に相手はかなり年下の芸能人。


「欲求不満なら他で解消して。当てはいくらでもあるでしょ?」


 私は立ち上がり珈琲を淹れた。


「あんたも飲む?」

「海」

「え?」

「あんたってやめて。海って呼んで。彩さんの声で呼んで欲しい」


 この男は天性のプレイボーイなのだろう。

 絶対に名前なんて呼んでやらないんだから。


「で? 飲むの飲まないの?」


 私は男の言葉を無視して尋ねた。


「飲む」


 一々俳優の言葉を真剣に聞いていられるわけがない。

 恥ずかしげもなく歯の浮くような台詞を吐いている人種なんて胡散臭い。

 最も信用できない人種だ。


 男は不貞腐れたような顔をしている。


 こんなところはまだまだガキだわ。

 こんな坊やになんか騙されるもんですか。



ご覧頂きありがとうございます。


10話完結のお話を書きました。

武村的には短めのお話ですね……。

でも、彩視点のみなので、追々他の視点からの番外編を載せていくつもりです♪

取り敢えず10日間お楽しみ下さい☆


明日も更新します。

よろしくお願い致します♪

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