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7 - 彼女の痛み、溶ける心。

不思議な匂いに刺激されて目を覚ますと、森の中ではあり得ない天井が目に飛び込んでくる。



ゆっくりと起き上がり、辺りに散らばる絵筆やら彫刻やらを見渡す。



……はい、現状を確認。



 私は誰?―――ニノライナ・ル・ベルマディ。 愛称はニーナだよ。


 ここはどこ?―――クロスの美術室、もとい研究室だね。


 今の状況は?―――ソファーの上で寝かされてました。毛布付きの親切設定です。


 この匂いは?―――絵具と木の匂い、それにこの匂いは食べ物の……




きゅるるぅぅぅぅぅぅぅ。



食べ物の事を気にした瞬間、すっかり忘れていた食欲を思い出し、お腹が盛大に空腹を訴えたのだ。



「……聞こえてんぞ」


「ぃひゃうっ!?」



突然後ろから掛けられた重低音にビックリして振り向く。




そこにいたのは学生服の上にエプロンをして立つクロスの姿が。




さっきのお腹が鳴る音に加え、奇声をあげてしまったことに顔が熱くなるのを感じる。



動揺して固まる私にクロスはため息をつくと、ソファの移動を始める。




くっつけていた二つのソファを離し、間に長机を設置する。




クロスは無言で奥のキッチン―――なんで研究室にキッチンが……―――から鍋と深皿を持ってくる。




深皿に盛り付けられているのは、大きめに切られた野菜とソーセージが煮込まれた汁気の少ないスープのような料理だ。



何の料理かは知らなかったけど、ほのかに香る香辛料が食欲を誘う。





作業が終わると、クロスは私の対面に腰を下ろす。




「……あの」



盛り付けられた皿が二つ、それも一つは私の目の前にあるから、これは私の分と見て間違いないのだろう。



まずどこから感謝すべきなのか、謝るべきなのか分からなくて、言葉につまる。




間近から流れてくる美味しそうな匂いにクラクラする。


まるでお預けされてるみたいだ。



「……腹、減ってるだろ」



気まずい沈黙を破ったのは、クロスだった。



「へ!?あ、うん……」



我ながら、らしくない受け答えしかできない。



その時、くぅぅぅぅ~と再びお腹から気の抜けた鳴き声が聞こえてきた。




は、恥ずかしいっ……!



机に額をぶつける勢いで俯いていると、「ぷっ」という音が聞こえ、頭を上げると――――――



「あ……」



クロスが、笑っていた。



耐えられないという風に肩を震わせて。



私は笑われている恥ずかしさより、彼が笑っているという事実に心を奪われていた。




「あーあ、ニーナは面白いな、まったく……」



ようやく笑いが収まり、呆れた口調に変わる。



「君も早く食べろよ」


と言い、そそくさと食べ始める。




何も言わずに料理を作ってくれたこと、ニーナと呼んでくれたこと、笑ってくれたこと……私は目頭が熱くなるのを感じたが、お腹がまた空腹を訴えないように急いで「いただきます」をした。







クロスの料理はすごく美味しかった。


「おいしーよ、これ!」と言っても、彼は肩をすくめただけだったけど。




それ以外は二人とも終始無言だった。


でも、気まずい沈黙では無かった。


おかわりをしたときは少し恥ずかしかったけど。




食事の後、忘れていたもう一つの欲求を思い出し、ひとまず部屋を退散した。


どこに行ったって……もう、男子諸君は察しなさい!



それから彼の研究室に備え付けられたシャワーも借りた。




正直この部屋に住んでも困らないレベルだよ……。





シャワールームから出るとクロスが本を片手に船を漕いでいたので、彼の隣に座る。



床に散らかる絵具を見て悪戯心が芽生えるが、クロスの「……おい、なんで隣にいるんだ」という声で覚醒する。



「いーじゃん、別に。 寝不足なの?」


「ん、まあな。1日寝てない」



気だるげにつぶやくクロス。



「え、ダメじゃん夜更かししちゃ! 昨日は何やってたの?」



その問いかけにクロスは何故か目を見開き、そして何故かそっぽを向く。



「君を、監視してたんだ」


「ふぇ?……どういうこと?」


「だから、ニーナが1日中東の森から動かないから見張ってたんだ」



え?


1日中ってことは……



「私が出ていってからもう1日半経ってるの!?」


「知らなかったのかよ……」



呆れたように言うクロスに、私は頭を抱えてうずくまる。



森の中で1日中ふて寝って……サイアクじゃん!



しかもクロスにもばれてるし……うぅ、恥ずかしすぎる。



「でも、ずっと見張っててくれたんだね……ありがと」



「……変な行動されると面倒だからな」



「しかも、ここまで連れてきてくれてご飯まで作ってくれたし」


「あんな所で倒れてるの見られて他の奴らに騒がれるのが面倒だったんだ。……料理は俺の分のついでだ」



むぅ、素直じゃないなぁ。


ただお礼を言ってるだけなのに。



「……私のこと、そんなに嫌い?」


「……そういう訳じゃない」



ほっ…とりあえず嫌われてはいないみたい。



「じゃあ、どうしてそんなにつれないのさ」



「……面倒なことはしたくないんだよ」



よく分からない。



彼はそっぽを向いたままだ。




「それに、俺は君とは釣り合わない。 どうして俺なんかに、そして何を期待をしたのかは知らないが、君が望むものは俺には与えられないと思うが」



「っ!」



そこまで、分かってたのか。



再び拒絶の言葉を受け、視界がぼやけてくる。



私、こんなに泣き虫じゃないのに……そして、溢れそうになる涙をグッとこらえた。




「クロスはさ、私と釣り合わないって言ってるけど、どうしてなの?」


「そんなの、分かりきってるだろ」


「ううん、分からない。

 クロスは私のことをどう思ってるの?」



なんか告白のセリフみたいになってしまったけど、スルーだ。



「……容姿端麗、成績優秀で卒業資格を最短取得、誰にでも分け隔てなく接する性格、そして特待生の権限で大陸を回るっていう―――――――」


「クロスの方こそ、私のことを表面しか見てないじゃん」



昨日――らしい――のクロスとのやりとりを思い出し、「ああ、クロスもこんな気持ちだったのか」と理解する。



湧き上がるのは、自分のことを分かってくれていないことへの痛みだ。



怒り、悲しみ、悔しさがない交ぜになって私の空っぽの心に刺さる。




同時に、彼もきっとそういう気持ちだったんだろうなと思い、もどかしさと苦しさがこみあげてくる。



「――――――私ね、庶子なの」



気付けば、口に出してしまっていた。



「……え?」


私のいきなりの発言に戸惑いこちらを向くクロス。


私はその瞳を直視できず、視線を落とす。



「私がベルマディ家の長子っていうのは知ってる?」


「……いや、知らない」


「うん、そうだよね。 それはベルマディ家にとって都合の悪いことで、あまり話題にはならないから」



私は、自分の顔から表情が消えていくのを感じていた。



「ベルマディ家の現当主―――つまり私の父ね―――は貴族としても軍人としても有能で、王様からも直々に評価していただくほどなの。……でも、一つだけ懸念があった」


「……世継ぎか」


「……うん。夫人と結婚してから5年経っても一向に子供ができず、他の貴族から妾までとったのに、兆候さえ見られなかった。そして、養子を取るしかない所まで事態が切迫した矢先に、ついに子供が出来た」



私は、淡々とした口調で話し続ける。



「でも、身籠ったのは夫人でも妾である第二夫人でもなく、ただの屋敷の使用人だったの。それはあまり好ましくない結果だったけれど、やっと子供が出来たことにひとまず喜んだ。……でも、その喜びも生まれてきたのが女だと判明するまでの間だった」



クロスは、私の話を静かに聞き続ける。



「当主はその結果に失望し、使用人を追い出した。極めつけに、その子供が生まれたわずか2年後に、第一夫人との間に男児が生まれ、その後も第二夫人との間にも子供が生まれ、子宝に恵まれた。


 そしてその時点で、私のベルマディ家としての価値は一切無くなったの」



彼は今、どんな表情をしているのだろう。


話を聞いてくれていることに感謝しながら、再び口を開く。



「それからこの学園に入るまで、私は半分監禁された生活を送ってきたんだ。外出するのは貴族間のパーティくらいだったなぁ。 それでね、嫌気がさした私は父上と約束を取り付けたの」


「……約束?」


「そう。『特待生になったら、卒業するまで自由に行動させてください。それがダメなら、私は特待生になることはありません』ってね。 まあ、学校生活が楽しかったら特待生になることも無かったんだけど、周りはパーティと同じような感じだったし」



「それで、旅に出たのか……」



「そ。 要約すると、『私は学校が面倒なので特待生になりましたー。旅行に出たのはただ面白そうだったからでーす』ってことだね」


「おいおい……」


呆れたようにため息をつくクロスだけど、人のこと言えないでしょっ!



「つまり、私もクロスも特待生になった理由はほとんど変わりません!いえー、似た者同士ー!!」



そしてハイタッチを要求。


クロスはそれに渋々ながらも応じてくれた。



よし、ここからが本題だ。




「では、質問します。面倒と言う割には気を使ってくれるし私のしょうも無い話に付き合ってくれる優しいクロス君。一方、我が儘でいつもテンション高めで家族からも除け者にされてるダメな私。


――――――それでも……私達が釣り合うと、友達でいても良いと、言ってくれませんか……?」



今度こそ、しっかりとクロスを見つめる。



彼の真っ黒で綺麗な瞳がゆらゆら揺れるのが見える。



「話がしょうもないってのは自覚してんだな」という発言はこの際スルーだ。




「――――――似た者同士、か」



クロスが不意に目を瞑った。



それは、まるで大切な何かを噛み締めているような姿だった。



そして彼が再び目を開いた時、もうその瞳は揺れておらず、私の瞳をしっかり捉えていた。



こうして見つめ合うのは塔の上と合わせて二度目だ。



あの時は今より遠かったから純粋にこちらに顔を向けてくれたのが嬉しかっただけだった。




今は、明らかに違った。


文字通り目と鼻の先にある漆黒の瞳。


その深い色の中に溶け落ちてしまいそうになる。




「綺麗な目をしてるな、ニーナは」



「ふぇっ!? な、なに言ってんのさ! 褒めても何も出ませんよ!?」



ま、まさか同じことを思ってるとは。


ちょっと動揺してドキドキしちゃったじゃん。




「……よく、頑張ったな」



「……へ?」



「どれだけ周りから拒絶されても、君は”自分”を捨てなかった。 それがどれだけ辛いことか、苦しいことか、俺にはよく分かる」



「な、んで……」



「……俺達は”似た者同士”だからな。 その眼は自分の意志が籠った強い眼だ。それが出来る君は本当に凄いんだ、誇っても良い――――――だから、ニーナは別にダメなんかじゃねぇよ」



クロスは最後には目を逸らしてしまったけど、私に響いた真っすぐな言葉。




それを、頭の中でゆっくりと反芻―――――――あれ?



なにこれ、涙止まんないよ。



人前で恥ずかしいよ、早く部屋から出て行かないと!



しかし、体は頭で思った逆の行動をする。





「泣くなよ、面倒くせぇな……ったく」



クロスに抱きつき泣きじゃくる私の上から掛かる鬱陶しげな言葉とは裏腹に、私を優しく受け止めている二本の腕。




「ぐろずぅ……どもだぢになっでぐれる?」



まるで小さい子供のような私の問いかけに、



「……話くらいなら付き合ってやる」



とクロス。



「ありがどぉ~~~~」



私の顔がさらにぐしゃぐしゃになったのは言うまでもない。







*****



その後、ニーナは泣き疲れて寝てしまい、翌朝恥ずかしさのあまり部屋を飛び出しその日は研究室に来なかったこと、ニーナが3日間も姿を消したことでフル装備したマイトン先生が寝不足で眠りこけていたクロスの元に突撃したことは只の余談である。



*****




                            1章 二人の始まり 完

1章の締めということで、今回は目とか瞳の表現を多用したので一言。



体の部位で、目が一番好きなんです。



女性が通りかかると普通は胸や足に目がいくものだと思いますが、自分の場合はまず目に目がいくという……伝わりにくいですねw


そして必然的に目が合いシャイボ―イな自分は動揺するというヘタレな流れが出来上がりますw

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