6 - 乙女は、まどろむ。
何も考えられない。
ううん、何も考えたくない……。
無我夢中で走っているのに、頭の中に響く彼の言葉。
『君と話すのが煩わしいと思ってしまう』
その言葉を振り払うように走り続けても、溢れ続ける涙がその行為に効果が無いことを容易に表していた。
「どうしてっ―――――!」
思わず口から零れたその言葉に、意味は無い。
ただただ、やりようのない悲しみや怒り、悔しさが心の中を暴れまわり、はちきれてしまいそうだった。
気付けば、私は見覚えのある風景の前に横たわっていた。
東の森のはずれにある小さな泉。
獣道のような道なき道を通った先にある、恐らく学園の誰もその存在さえ知らないような場所だ。
旅に出る前、偶然この場所を発見してからは、ずっと私のお気に入りの場所だった。
今は傾きかけの夕日に照らされ真っ赤に染まった泉が、まるで燃えているかのように揺らめいている。
いつもは心を奪われていたその光景にも、今はなにも思うことができなかった。
クロスが、許せなかった。
自分のことを最低だと思い込んでいることも、私を名前で呼んでくれなかったことも。
一番許せないのは、彼が私のことを決めつけ、優しさで私を遠ざけようとしたこと。
そして、クロスのこと以上に私自身が許せなかった。
言いたいことがたくさんあったのに。
やりきれない思いが再び膨れ上がってくる。
―――――――どうして。
どうして、自分は今こんなにも苦しいのか。
たかだか会って数時間の人の言葉に、こんなにも心が乱されるのか。
ようやく治まってきた嗚咽と同時に空も藍色を帯び始め、少しだけ肌寒くなってきた。
沈みかけの太陽の光を反射し、浮き上がるようにうっすらと光を帯びる泉を見つめ、だんだんと心も落ち着いてくる。
……そして、今度はどうしようもない自己嫌悪に陥る。
「なんで逃げてきちゃったかな、私……」
あの時、冷静に言葉を返していれば事態は好転していただろう。
クロスは自分のことを最低だと言っていたけど、彼の言葉を聞いた今でもそんな風には決して思わない。
いつもの私なら、彼の言葉にも冗談めかして答えることができたと思う。
でも、無表情に自分のことを話す彼の真っ黒な瞳の奥に、深くで揺らめく悲痛の色を見てしまったのだ。
その眼を、私は何度も何度も見てきた。
鏡の向こうに……そう、私自身の眼だ。
周囲からは高い期待を寄せられ続けるのに、私が本当に期待に応えたい、褒められたい大切な人からはほんの一瞥さえくれない。
矛盾した生活……それが逃れられない運命だと理解したのは何時だっただろうか。
――――――私は彼に自分と同じにおいを感じとっていたのかもしれない。
もしかしたら、私のことを分かってくれるかもしれない。
だれも受け止めてくれない私の感情を、彼になら―――――――
だから、はっきりと拒絶された時、私は柄にもなく取り乱してしまった。
誰かの前で泣いたのは、これが初めてかもしれない。
つまり私がしたのは、一人で勝手に期待して、勝手に裏切られて、彼の前で勝手に逆ギレしただけということだ。
……恥ずかしすぎる。
すぐに彼に謝りに行こうと思ったけれど、あんな風に出て行った手前恥ずかしいというか気まずいというか……それに随分と時間が経っちゃったし……
って何をもじもじ悩んでるんだ私!?
これじゃあまるで恥じらう乙女のよう―――――って私、乙女で合ってるじゃん。
それでも私には彼と会わないという選択肢は無い。
まだ、言ってないことも聞いてないこともたくさんある。
また、拒絶されるかもだけど……多分、大丈夫。
だって、きっと私たちは似た者同士だから。
太陽と入れ替わりに顔を見せた丸い月が、泉をスポットライトのように照らしあげていた。
夜に泉を見るのは初めてだった私は、その幻想的な美しさにしばらくの間見とれていた。
不意に、まぶたが重くなってくる。
こんな外で眠りかけているというのに不安感は無く、湧き上がるような眠気の波に身を任せた。
―――――まぶたが閉じる瞬間、流れるような白銀の髪と、どこまでも深い漆黒の瞳を見た気がした。
会話が無いとキツイです。
文章力の無さが露呈しますww