4 - 彼女の、回想。
ニーナ視点です。
私の名前はニノライナ・ル・ベルマディ。
これでも一応、名門ベルマディ侯爵家の血を受け継いでいる。
とはいえ私の存在を周りにはあまり望まれなかったみたいで、いろいろ苦労したんだけど……
まあこの話は置いておくとして、高名な魔術学校であるベルソワールに入学した私は、”特待生”となるべく死に物狂いで勉強した。
それは、特待生となって身内の鼻を明かす為でも、周りから賞賛を浴びる為でもない。
私に向けられるのは、家族からの敵意と軽蔑の眼差しと、それを知る筈の無い”学友”達の打算を含んだ尊敬の眼差し。
私は、その中からただ逃げ出してしまいたかっただけだった。
私が生まれる前から押し付けられた足枷と、周囲から勝手に固められる私の偶像に、私は心の底から辟易していた。
旅に出ようと思ったキッカケは、12歳の誕生日にたった一度の家出をした時だ。
それまで屋敷に半分監禁されたような生活を送っていた私にとって、一人で町を歩きまわる経験はまるで世界が広がるように感じられた。
”特待生”について初めて聞いたのもその時期だったように思う。
そこで私は父に、「学力の高いベルソワールで私が特待生になれた暁には自由に行動してもよい」という約束を取り付けた。
学園での生活次第では旅に行くのを辞めても良いかなとも思っていたけど、学園の生活はある意味予想通りに退屈なもので、私の決心が揺らぐことは無かった。
侯爵家の娘として幼少の頃から教育を受けていたので、卒業資格を得るまでに時間はそうかからなかった。
だから、私とほぼ同時期に特待生となった生徒――しかも平民の――がいることには驚きを隠せなかったけど。
我ながら見事特待生となった私は息をつくのも忘れる程に急ぎ準備をし、待ち焦がれた自由の元へと飛び出した。
それからの3か月の日々は想像以上に大変なものだった。
それでも、それぞれの街での出会いや経験はかけがえのないものでもあった。
きっとこれまでの16年の人生よりも、この短い旅の中での日々の方がずっと満たされていたと思う。
学園に帰ってきたのは休息の目的もあったが、一番はお金が無くなってしまったのだ。
「自由に」という約束は、つまり「一切の援助をしない」ということだ。
そこで、泣きながら阻止しようとする使用人を振り切り、クローゼットの肥やしになっていた服やら宝飾やらをほとんど売り払って十分なお金を用意したと思っていたのだけど……旅には予想以上の経費がかかるらしい。
そこで特待生の権利を利用して研究の名目で学園から金をせしめてやろうと思い、ベルマディがお金に困るなんて、と自嘲に近い苦笑をしながら学園に帰った次第である。
急の帰還に驚いている門番の人達を後目に3ヶ月ぶりの学園を見渡す。
そんなに思い出も無いけどなんだか懐かしいなぁ…と思っていると、中央にあるの塔の上に人影があるのが目に入った。
小さな町程の規模を誇るこの学園は、元々は関所を守る砦だったらしい。
そのため、学園には砦だった時の施設をそのまま利用した施設がいくつかあって、あの尖塔も砦の名残の一つである。
元々は見張り櫓だったやたら背の高い塔は、今では伝書鳩の小屋として利用されている。
何でそこまで知ってるかって?
だって、もう登ってるからね!
興味深そうにこちらを覗く鳩たちに挨拶し、外に取り付けられた梯子に手を掛けながら思案する。
他の生徒に見られないように授業時間に合わせて帰ってきたから、あの塔の上の人は確実にサボりさんである。
それに、こんな危険な場所でわざわざ時間を潰す人なんて普通いないし。
「よっ、と……」
最後の一段を登り終わり、内側に反り上がった屋根にスッポリ収まるように寝転がっている男に目を向ける。
彼は、奇特な外見をしていた。
まず目についたのは、真っ白に染め上げられた髪。
次に見たのは、気だるげに開かれた漆黒の瞳。
どちらも人間にしては珍しい色だ。
スッと整った鼻に、気難しそうに結ばれた口元、シャープな輪郭、褐色に近い肌の色。
(うわぁ、カッコいい、この人……)
私からは横顔しか見れなかったが、一目でも整っていると分かる顔立ちだ。
彼は、瞬きもせず微動だにしない。
と、彼が不意にこちらへ首を向けた。
そして、ようやく気付いたとでも言わんばかりに目を少しだけ見開く。
それが長い睫と長めの髪型と相まって中性的な印象を受ける。
なにか喋るのかなと思い待ってみたけど、彼はまた自分の正面に顔を向けるとそれきり反応は無かった。
あれ?まさかの空気扱い?
今までそんな反応されたことも無かったので内心かなり焦っていたけど、ますます興味が湧いたので話しかけてみることにした。
「こんちわ!授業サボってこんなところで日向ぼっことは、いけない子だなぁ」
無視されるかなぁ…と思ったが彼の眉が少しだけ顰められる。
「ほっとけよ……」
気だるげな声。
意外に低めのその声は、それほど大きくも無いのに塔の上にはっきりと響いた。
返事があったのが少し嬉しい。
「ていうか、君こそこんな時間にここまで来てるだろうが」
うぐ、図星です……しかし、私には”特権”があるのだ。
「ふふん、何を隠そう、私の名前はニノライナ・ル・ベルマディ。特待生に授業を受ける必要は無いのだよ!」
いつもは家名を出すのは嫌なのだけど、今は凄く自然に名乗ってしまった。
どうしてだろう。
「あなたの名前は?」
そう、ただ彼の名を知りたかったから名乗ったんだ。
「……クロス・モリヤだ」
その名は、この学園のもう一人の”特待生”の名だった。
半ば予想していたことだったが、私はさっき偉そうに特待生である自慢をしたことに恥ずかしさを覚えつつ、彼ともっと話してみたい欲求に駆られていた。
「――――――ね、知ってる?」