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16 - 月夜に開く、パンドラの箱。 前

遅くなってすみません……


とりあえずは逃げの一手、かな?

不意に眩しさを感じ、目を開く。



西側の窓から斜陽が差し込み、部屋を赤く染めている。


目の前にはシャワー室の扉、俺は向かいの壁にもたれるような体勢になっていた。



傾きかけた夕日を目を細めながら見、また気付かない内に眠ってしまっていたことを自覚する。



……本当に情けないな、俺は。



ニーナに背中を見られた瞬間、頭が真っ白になった。


何か言葉を投げかけたはずだが、何を言ったのかは覚えていない。


しかし、去り際に見せたニーナの痛々しい表情は脳裏に鮮明に焼き付いている。



理不尽に追い返したのは自分のくせに、そのストレスのせいで半ば意識を失う形になっていたことにほとほと嫌気が差してくる。


「何て自分勝手な野郎だよ……」


自分に罵声を浴びせながら立ち上がる。



「アイツはもう、ここには戻ってこないんだろうな……」


思わず出てしまった呟きに、乾いた笑いが付いてくる。



何が、”戻ってこない”だ。


戻るも何も、元々この部屋はニーナの場所なんかじゃない。


俺がただ、外との接触を避けるためだけに手に入れた、孤独な楽園だったはずだ。


この部屋の”内側”に居るのは俺、ただ一人だけ。


俺以外は何もかもが”外側”だ―――いや、”外側”でなければならないのだ。



そうだ、これで良かったのだ。


彼女が放つ純真な輝きには、俺は似合わない。


よごれた俺の隣に居ることで、その輝きを霞ませてはいけないのだ。



そう、俺はよごれている。


肉体も、自分の魂さえも蹂躙され……この世界へと生まれる前から、俺は人間として傷物なんだ。



意識が覚醒していく内にズキズキと痛みだした頭を手で抑えながら、再びシャワー室へと向かう。


保温の魔術を使うことなく蛇口をひねり、冷水を頭からかぶる。



この世界の現在の気候は前の世界の秋にも似た涼やかな季節だ。


それに伴って最近冷たさを増してきた水に当てられて血管が縮み上がり、頭痛も幾分か楽になる。



それでも一向に治まらないのは胸の疼き。


蛇口を逆にひねって水を止め、鏡に映る自分の姿を見つめる。



相変わらず、冴えない顔だ。


まったく日焼けしていない白い体と相まって乏しい生気に白髪が加味されて、まるで老人のようだと思う。



そして、肩から少しだけ見える黒い”それ”に目が移り、息が止まる。



”それ”さえ無ければ、俺は……俺はっ――――――!




ガシャアン!!




ほぼ無意識的に突き出された右手が、目の前の鏡を粉々に貫き砕いていた。


やがて、拳の先から流れ出した幾本もの真っ赤な液体が、重力によってポタポタとシャワー室の床を汚していく。


右手全体がジクジクと疼くような痛みに襲われ再び落ち着いてきた思考の中で、これは少しだけ胸の痛みに似ているな…と見当違いな感想が頭をよぎった。







その後ようやく我に返った俺は、面倒なことをした自分にブツブツと悪態をつきながら後片付けをするというシュールな光景を生み出した。


ガラスが刺さる程度の痛みは俺にとって何ともなく、なおざなりな治療しかしなかったため未だ血だらけの右腕で後片付けを続行していたのがシュールさに拍車を掛けていた。


いや、これはシュールというよりはスプラッタだろうか?…などと他人事のように考えている内に片づけも終わり、そこでやっと包帯を巻いている現在へと至った。



ついでに着替えも済ませ、止血の意味も含めてボクサーのようにギチギチに包帯を巻き終えた右手を見て、改めて愚かなことをしたものだとうんざりする。


無表情を自認する俺でも、今の俺は見事に口をへの字に曲げた表情をしているだろう。



これで、いよいよニーナに会わせる顔が無くなってしまった……元々そんな顔持ち合わせて無いが――――――






――――――はぁ、そうじゃないよな。



分かってる、分かってるんだ。


俺がしなきゃいけないのは、彼女に会ってちゃんと謝ることだ。


例え嫌われようと罵倒されようと、こうなった以上俺は全てを彼女に打ち明けるべきなんだ。



分かってるけど……俺にはそれがどうしようもなく怖いのだ。



誰でも無い、ニーナに嫌われることが……またのように(・・・・)皆から向けられていた目を、ニーナからも向けられるのがたまらなく嫌なのだ。



救いようのない自分の臆病さに再び自己嫌悪の深みにはまってしまいそうになったが、今は俺だけの問題では無いのだ。



俺のせいで傷ついた一人の少女がいる。


いつかのように、俺は彼女の元へと向かわなければいけないのだ。




一息で消えてしまいそうな勇気の灯をともし部屋を出ようとした瞬間、コンコンと扉が控えめノックされる。



この部屋にノックをしてから入る人物など記憶に無かったが、「どうぞ」と声をかけてみることにする。



静かに開け放たれた扉の向こうに居たのは、今一番会いたくて、会いたくなかった人物。




「う、うわ、思ったよりも近くに……!」




宝石のような瑠璃の瞳を泳がせるニーナが、最初に会った時のような旅人風のたたずまいで目の前に立ちはだかっていた。

クロスの語りが冗長だったかもしれません……でも、必要経費(?)だと思ったので。


続きも今日中に更新すると思います、多分。


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