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15/17

15 - 孤独な白ウサギは、暗闇へと駆け出す。 後

いつもより長くなります。

鳥のさえずりに刺激され、目を開ける。


「ん……もう、朝か」



自室のベッドから重い体を起こす。



昨日はあれから残った体力と理性を振り絞り、部屋へと戻ってシャワーを浴びた。



この前のように外で夜を明かしたくなかったし、いつまでも自分の吐しゃ物まみれでいるのは御免だった。



鏡を見ると、まったく酷い顔になっている。



私、こんなに打たれ弱くないのになぁ……とひとしきり疲れたような苦笑をした後、赤く腫れた目を冷やす様に顔を洗った。



幾分かはマシになった顔に、泣き腫らしたのを隠すように滅多にしない化粧を少しだけした。



クロスにピエロの化粧をしてもらった時のことを思い出してまた泣きそうになったけど、なんとか我慢した。



それにつられるように思い出したのは、私の涙を拭いてくれた温かくて大きな手と、自分で作った墓標を目を細めて見つめる彼の姿。



入れ替わるように思い浮かぶのは、最後に見た彼の顔。


一番嫌われたくない人からの、本気の拒絶の言葉。





嫌われ、ちゃったなぁ………



その事実を頭で理解すると同時に、抑えていた涙がまた溢れてきてしまう。



「うぅ、ぐっ、いやだよぉ……」



立っているのも辛くなり、洗面台の前でうずくまる。





そのまましばらく時間が経ち、気持ちを落ち着かせてもう一度化粧し直す。




授業なんてとても受ける気ではなかったが、そのまま部屋にいてもどうにかなってしまいそうだったので、準備を全て整えて部屋を出た。





学園領西側の学生寮から、中央にある巨大な学園棟へと向かう。



沈んだ気分のまま学園棟の玄関へと続く小道を曲がると――――――


「あ」


「えっ」


「ふぇ?」



そこには最近見知った、それでいて大切な”仲間”の顔があった。





~~~~~~





「お待ちどうさま。 昼からはちゃんと授業受けなさいよ?」


「分かってますよ」


軽く言葉を交わし合うルー君とウエイターの女性。



私は目の前に置かれたホットコーヒーを上向かない気分のまま眺める。



ここは学園のはずれにあるカフェテラス。



意外に本格的な料理とその立地で、学生のサボり場所として評判の店である。



実際に私達以外にも学生服を着た何人かのグループがちらほら見受けられる。




「で、一体何があったんだい、ニーナ嬢?」


「え、いや、別に何とも無いよ?」


「そんな訳ないです。 ニーナちゃん、ひどい顔してるです」


「……やっぱり、分かる?」


「分かるも何も、一目瞭然だよ?」



呆れたような目を向けてくる二人に、私の今朝の努力が無駄に終わったことを思い知る。




学園棟の前でばったり出くわした後、ルー君とシェリル先輩は驚いてから顔を見合わせ、問答無用で私はここまで引っ張られて来たのだ。



「で、原因はやっぱりクロス?」


「う……」



ルー君にズバリと言い当てられ、表情が歪むのを抑えられない



「あの馬鹿野郎……ちょっとブッ飛ばしてくる」


「ま、待って!!」



怒りで肩を震わせ立ち上がったルー君を慌てて止める。



「わ、私のせいなの……私のせいで……」


「誰のせいだろうと、アイツはニーナ嬢を泣かせたんだ! 貴女が許しても、俺は許さない!!」


「ちょっとルー君は黙っていろです」


「これが黙っていられるかぁ!!」


「……ルー君こそ、今まで一体何人の女性を泣かせてきたんです? それにあなたがクロスに喧嘩ふっかけたところで、まったくお話にもならないです」


「ぐはぁ!!」



シェリル先輩の言葉のナイフがルー君の心を細切れにしてしまったようだ。



再起不能となったルー君の隣で、ウエイターが持ってきたミートソースパスタを涼しい顔で食べている。



その表情は大きな丸メガネのせいで読み取りづらい。



一方、私は先輩が食べているパスタを見て、クロスとの初めての料理をした時を思い出し泣きだしそうになるのを懸命に堪えていた。




「何があったのか、説明してくれませんか?」



パスタを食べる手を止めて、シェリル先輩が聞いてくる。



「言いたくないことなら、無理に言う必要は無いのです」



彼女の穏やかな声色に、私の口は自然に開いた。



「私、もうすぐこの学園を出るつもりでした」


「ということは、また旅に出るんです?」


「はい。 でも、クロスやルー君、シェリル先輩との生活が凄く楽しくて、このまま学園に居続けたいとも思ったんです。 だから、そのことをクロスに相談しようとして、いつもより早めに研究室を訪ねたら……」


「……どうなったんです?」


「背中、を……見ちゃった、んです」


「背中、ですか?」



あの時のやりとり、そして彼の背中に刻まれた文様を思い出し、目の前がぼやけてくる。



「背中、か……なるほどな」


「何か知ってるんです?」


いつのまにか復活したルー君が腕を組んで座っている。



袖で涙をぬぐい彼の方に向き直ると、その顔からは怒りの表情が消え、今は気まずげな表情に変わっている。



「俺、一度だけクロスに大怪我させられたことがあったんだよ」


「どうせルー君がまたしょうも無いことしてクロス君をからかったんです」


「違うんだ……そうだったとしても、本気で四階から突き飛ばすなんて真似、常時のクロスがするはず無いだろ?」


「……!! クロスがルー君に、そんなことしたの?」


「ああ、事実だよ。 気付けば俺は三日三晩医療棟で寝込んでて、目覚めた後はクロスに何度も何度も謝られた」


「そ、んな……」


「俺は、『謝るのはもういいからそんなことをした理由を教えてくれ』って言ったんだが、ついぞ答えてくれずに謝るだけだった」


「クロスは、どうしてそんなことをしたんです? 何かきっかけがあったはずです」


シェリル先輩の言葉を、ルー君が深く頷き肯定する。






「そう、俺がクロスに突き飛ばされる前にしたことはただ一つ――――――背中を触ったんだ」






ルー君は左手を前にかざすように持ち上げる。



「ただ、気楽に呼びかけようとしただけだった。 それで、いつものように芸術に没頭してるアイツの背中に触れた瞬間――――そこで俺の記憶は途切れてる」



「背中を触っただけ……ですか」



シェリル先輩のか細い呟きの後、テーブルの上は沈黙に包まれる。




私は、ルー君の話にどこか納得していた。



誰かに見られること―――きっと自分さえ見ることを拒絶する程のあの刻印。


ルー君を突き飛ばしたのも反射的なものだったに違いない。




「あのさ、ニーナ嬢。 貴女は、アイツの背中を見たんだよね? それで、何があったか教えてくれないか?」



私を見つめる彼の目には強い光が宿っている。


きっと全てを話せば彼も全面的に手助けしてくれるに違いない……けれど。



「……過程がどうあれ、ニーナちゃんはクロス君に拒絶され部屋を追い出された。 そうですね?」


「っ!……はい」



涙がこぼれないように、私は歯を食いしばり肯定する。



「では、ルー君は退席してくださいです」


「え、えぇ!? どうして!?」


「これ以上の事を彼女はきっと話してくれないし、私もこれ以上のことを聞く気は無いです。……少しだけ、女同士で話がしたいのです」



眼鏡越しにルー君をジッと見つめるシェリル先輩。


ルー君はめまぐるしく表情を変えていたが、やがて決意したのか私の方へと向き直る。



「じゃあ、俺はこれで失礼するよ。 ニーナ嬢、辛かったらいつでも俺のところに来てください。俺の胸は貴女のために開けてありますから」


「早く失せろです、この虫」


「む、虫!? い、いくら何でも酷過ぎるでしょ、それ!」


「虫だけに無視……ぷっ」


「く、この嗜虐家爆魔少女め……覚えてろよっ!!」



「あ、待ってルー君!!」


「ん、なに?」


「相談のってくれてありがとう。 今度、胸貸してもらうかも」



感謝の気持ちを込めて、今できる精一杯の笑みを作る。



そうするとルー君は見る間に顔を真っ赤にして、「是非にっ!!」という言葉を残して走り去っていった。




「ルー君は女たらしなのか初心なのか良く分からないです」



そう言いつつ、シェリル先輩は何事も無かったかのように食事を再開する。


彼女がパスタを租借する音だけが響く時間がしばらく続く。



「……あの」


「ん、なんです?」


「その、女同士の話と言うのをするんじゃないんですか?」


「ああ、そうですね。 では、何から話しましょうか……あ、ニーナちゃん、そのコーヒー頂いても? ありがとうです……んぐ、んぐ、ぷはぁ、美味しかったですぅ」



この人、本当に話する気あるのかな……



「でも、やっぱりクロス君とニーナちゃんの料理の方が美味しいです」



不意打ちとも思えるその言葉に、私は心臓を直接握りしめられたかのような苦しさに襲われる。



「ニーナちゃんは、クロス君のことをどう思ってますか?」



そして唐突な質問。


私は言葉に詰まってしまう。



「では、私からお話するです」



シェリル先輩はナプキンで口に付いたソースをぬぐい、ゆったりとした口調で語り出す。



「私は遠い北方の国からの留学生で、あまりお友達が多くないんです。 成績も大分偏っていますし、この性格のせいもあってか周りと上手く馴染めないのです。 そんな訳でふさぎ込んでた時、偶然にあの部屋を見つけ、クロス君と出会いました。 彼の変わった容姿や部屋の内装には驚きましたが、それ以上に私を驚嘆―――いえ、感激させたのは、部屋に転がっていた一枚の魔術陣でした」



そう言ってポケットから先輩の拳ほどの大きさの板を取り出す。



描かれているのは単純な図形だが、私には何の魔術か全く分からない。



「これは、消臭の魔術だそうです。 私はこれを見つけたのをきっかけに、彼の部屋に通い詰めることになったのですが……」



シェリル先輩は手の中でその術陣が刻まれた板を転がしながら、緩く微笑む。



「いつのまにか私の悩みを聞いてもらうのが一番の目的になっていて……。私は嬉しかったんです、クロス君が面倒くさそうな素振りを見せていても私の悩みを一緒になって真剣に考えてくれて、いつも答えをくれることが……でも」



彼女の表情が少しだけ寂しげにかげる。



「いくら私が自分のことを伝えても、それは一方的なものです。 クロス君は、自分の事をたったの一度も私には話してくれなかったのです。 私がどれだけ恩返しをしたいと思っていても、今度は私が彼の悩みを聞いてあげたいと思っても、それもまた一方通行の思いなのです」



眼鏡の奥の瞳は、光の反射のせいで見ることが出来ない。



「だから、クロス君がニーナちゃんと楽しそうに話していたり、笑いかけてるのを見た時は本当にビックリしたんです……純粋に、凄いと思ったんですよ? 私が3か月頑張って無理だったことを、貴女はたった2週間で成し遂げてしまったのですから」


「でも、私は……」


私は、全部ムダにしてしまったのだ。


もう、あの関係には戻れたりなんか―――――――



「――――――ああ、じれったいです!!」



ガチャン!!



シェリル先輩がいきなり立ち上がり、テーブルを思い切り叩いた。



「あれだけ仲良くしていて、一度追い出されたくらいでメソメソするんじゃないです! クロスは、貴女に見られたく無いものを見られてしまって動揺しただけなのです!……多分」


「た、多分って……」


「じ、じゃあ質問するのです! 貴女はその見られたくないものを見て、どう思ったのですか?」



「それは……驚いたけど、それよりもどうしてそんなものが、って気になったのが大きくて……」


「詳細は分からないですが、貴女はクロス君に対して嫌な気持ちを抱いていない、ということで良いんですね?」


「そんなの、当たり前じゃないですか……! そうじゃなきゃ、ここまで悩んだりしないっ……!」



「じゃあ、その気持ちをクロス君に伝えれば良いのです」



シェリル先輩は眼鏡をはずし、私の手に自分の手を重ねてくる。



今日初めて直接見ることができた美しい金色の瞳は、私の目を真っすぐ捉えている。



「あんなに元気っ子なニーナちゃんがここまでなるなんて、よっぽどの事があったんでしょう。 でも、同じくらいクロス君だって苦しんでるはずなんです。 彼も、辛い過去に傷ついているはずなんです。

 ……私は酷いことを言ってるのです。 クロス君の為に、また傷つけられて来いと言ってるようなものですから……でも、それでも私はそれが最善だと信じています。 貴女がそうであるように、クロス君も貴女のことを待っていると思いますよ?」



金色の瞳は、私を逃さず見つめ続けている。


その口元には微笑が浮かび、手からは温もりが伝わってくる。




これは、想いだ。


シェリル先輩が私を奮い立たせてくれようとしてくれる気持ち、そしてクロス君をどれだけ大切に想っているのかが、彼女の全てを通して自分に伝わってきているかのようだ。




「シェリル先輩は、クロスのことが好き、なんですか?」




そんなことが口から出てしまったのは無意識か、そうではないのか。




「さあ、どうなんでしょう。 ニーナちゃんはどうなんです?」



「私は……分からないです」



「そうですか」



「分からないけど……私、もう一度クロスに会いに行きます。 話したいこと、聞きたいことがたくさんあるから」



「そうですか。 でも、その顔で行くのはおススメできないです」



「う、それじゃあ腫れが引いてからにします。 ……シェリル先輩」



「なんです?」



重ねられた手を離して背中に回し、軽く抱きしめる。



「ふぇえっ!?」



「おかげで勇気、出ました。 ありがとうございます」



「う、わ、分かったから離してですぅ」



言われた通り体を離すと、シェリル先輩の顔は真っ赤に染まっている。


その姿に自然と笑みが浮かんでくるのを感じ、いつもの自分が戻ってきたように思う。



「じゃあ先輩、さよならです」


「……さよならです」



シェリル先輩に別れを告げた後、私は決戦準備の為にもう一回シャワーを浴びようと決意し、再び自室へと向かった。






~~~~~~~~~





はぁ………


ニーナちゃんったらあんな公衆の面前で抱きついてきて……私が立ち上がった時から、既にかなり注目浴びてたのに……変な噂立てられたらどうするんです……





それにしても、ニーナちゃんは本当に凄いなぁ。



今日だってあんなに憔悴してたのに、私の言葉だけですぐに立ち直っちゃったし。



可愛いし何でも出来るし……そのくせ、自分を含めて人の気持ちには鈍感すぎです。


考えてみれば、クロス君もそうですね。




ニーナちゃんもクロス君も、お互いに二人で何かしてる時が一番幸せそうで……あれを「恋」以外に何と表現すれば良いんです?




まあ、それが分かるのなら私の気持ちだってすぐに気付いてくれるのでしょうが。




通うのを止めてみればちょっとは寂しがってくれるかなぁ、と思って控えてみればこの体たらく……私ってば本当に情けないです、うぅ。




私がどう足搔いたって、ニーナちゃんには勝てません。



それにまあ、その、ニーナちゃんのこともクロス君と同じくらい大切だと思える位には私は殊勝なのです。



だったらせめて、クロス君達の幸せを願うくらいなら罰は当たらないでしょう?





おっと、もうこんな時間ですか。


これ以上授業をサボると留年になりかねません。




それに今ルー君なんかに出くわして、憐みの目で見られでもしたら私の繊細な心が持たないのです。





早く授業受けて、夜にはクロスの所で爆破ショーでもやるです。



それまでに、ちゃんと仲直りしてくださいよ?





~~~~~~~






夕暮れの刻、一人の少女が扉の前に立つ。




彼女は意を決したようにその扉を開け、言った。




「――――――前にした約束、覚えてる?」






寂しがり屋の白ウサギが、深い暗闇へと駆け出す。




ルーの不遇、及びシェリルからの差別は仕様です。 事故の後遺症とかは無いんで肉体的には大丈夫です。



いよいよクロスの過去が明らかに……今週中に更新できるかな……。


ボクにも、勇気をください(*~ρ~)

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