13 - 冷たいシャワーと、流れない痛み。
クロスの心情語りなので、飛ばしてしまっても問題は無いです。
眩しい陽射しにさらされて、ようやく目を開ける。
目を擦りながら時計を見ると、すでに10時を回っている。
「あぁ……寝てたのか、俺は」
寝ぼけながら、意味の無いことを呟いてみる。
ここはいつもの研究室である。
一応、学生寮にも自分の部屋があるのだが、家財道具をほとんどこの部屋に持ち込んでいるし、寝るためだけに広大な学園の反対側まで行くなど余りに面倒だ。
それに、最近は毎日のように客が来るようになったしな……
ちなみに自慢では無いが、俺は睡眠時間が少ない。
というか、意識して寝ようとしない限りはずっと起きていられる体質なのだ――――――
――――――と思っていたのだが、昨日は気付いたら寝てしまっていたようだ。
だから、研究室で一夜を過ごしたのは意図的では無いと言えるし、まあ意図的で無くとも結果的にそうなったであろうという話だ。
昨日の夜は大量の料理を作ったから、いつもより疲れていたのかもしれない。
ニーナが提案した懇談会に付き合わされ、金ヅルに爆魔少女、果てには担任のマイトンまで集めて立食パーティもどきの夕食をここで催したのだが、色々収集がつかなくなり面倒臭いことこの上なかった。
後片付けが終わりようやく一息ついてソファで呆けていたら、何時の間にか朝も過ぎた時間になっていた。
あー、回想はもう面倒だしここまで。
汗を吸い込んで肌にまとわり付く服を鬱陶しげに脱ぎ捨て、シャワー室へと入る。
魔術陣に魔力を送り込み、蛇口を捻る。
出始めの冷たい水に顔をしかめるが、魔術によってすぐに温められた湯に変わる。
ようやく覚醒してきた頭の中によぎるのは、白金の髪を持つ少女の姿。
出会ってから三週間、俺は未だに彼女との距離を計りかねている。
今まではそんなものを考えることすら面倒がっていたが、そろそろはっきりとさせなければいけないと思い始めた。
きっかけは、あの爆魔少女がこの部屋に降臨してからだろうか。
ニーナの態度が前よりもどこかぎこちないものに変化したのだ。
いつもはバカみたいに喋り続けていたのに、それがいきなり止まって沈黙が続いたり、必要以上に触れてくることもなくなった。
こういった変化は、大人しくなったという点で俺にとってはむしろ喜ばしいのだが、そうは思っていない自分が確かに存在してしまっている。
そして俺自身、ニーナにどう接するべきか悩んでいる。
彼女の頼み事を、なんだかんだ言って結局はほとんど全て聞いてやっている。
それは、今までの俺にとってあり得ないこと。
それでも、それは受動的な範囲でしかない。
「頼まれたからしょうがなく」
「これ以上面倒にはなりたくないから」
俺はこの言葉に逃げているのだ……
しかし、そこまで分かっていても、どうしても自分から踏み出せない。
俺の記憶が、過去の経験が、「お前が行動したところで全てムダになるだけ、最悪のカタチで終わるだけだ」と囁きかける。
ふと、取り付けられた鏡が目に入る。
そして、そこに映り込んだ自分の背中を見て、心臓が縮み上がるような痛みに襲われる。
そこに含まれるのは、純粋な恐怖。
一時も忘れることの無い、苦痛の記憶がいつものように目の奥に流れ込んでくる――――――
気付けば、俺はシャワー室の中で蹲っていた。
魔術が切れて冷たくなった水が、俺の背中を打ち付けている。
あーあ…ホントに情けねぇな……
ゆっくりと立ち上がって蛇口を逆に捻り、シャワー室を出る。
やっぱり、俺には人と関わることなんて不可能かもしれないな……
俺には、ニーナのように自分の過去を乗り越えて、自分のしたいように振る舞うことなんて出来ない。
惰性に従って生きるだけの俺とは、一体どれだけの距離があるのだろうか……
考えるほどにニーナが遠ざかるように感じ、沈む心で着替えを始めたその時、扉が開いた。
「おはようクロス。 話があってきたん、だけ、ど――――――」
見開かれた瑠璃色の瞳が、俺の剥き出しの背中を凝視していた。