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12 - ものぐさ男は、魔術さえも芸術に変える。

「ああ、おいしかったですー」


「あの学園のアイドルの手料理が食べれたなんて……感動だ」



満足を超えて幸福そうな表情を浮かべるシェリルとルー。



その嬉しさのベクトルはお互いに違うようだが。



一方、俺はというと……



(納得いかねぇ……料理し始めて4日であのレベルは異常だろ……)



憤慨していた。




認めたくは無いが、ニーナの作った料理はかなり美味かった。



旅先で食べた伝統料理らしいが、普通にコロッケだった。



長ったらしい料理名を得意げに話していたが、牛肉、カボチャにクリームコロッケと、3種類も極めていた。



さらに作る予定では無かったはずの二人の分まで平然と用意していた。



ルーからよく「お前の能力は理不尽だ!!」とか言われるけど、ニーナにも当てはまりそうな言葉だ。




本日の料理長である彼女の方を見ると、こちらをニコニコ、いやニヤニヤした顔でこちらを見ている。





くそ……不用意にあんな約束するんじゃなかった。



今までは俺の指示というレシピがあったからこそ彼女が手を出してもそれなりの物が出来ていただけだと高をくくっていたのだ。



「ね、クロス。 美味しかった? 美味しかったよね?」



くっ、来たか。



本来なら適当に文句つけて終わらせる予定だったのに。


ここで認めてしまえば、またまた面倒なことに付き合わなくてはならない。



「ねぇ、どうだったの?早く教えてよー」



「ああもう、分かったから詰め寄るなって!」


「ぶーぶー、クロスが早く言わないからじゃん」


「……言うからとりあえず離れてくれ」


「むー、いけずだな、クロスは」



俺の懇願に、腕にしがみつくニーナが名残惜しそうに離れる。



コイツは最近、俺に対してどんどん遠慮が無くなってきている。


確かに友達だとは認めたが、俺が男だということを考慮して欲しいものだ。



……色々、面倒だからさ。




「で、私の料理の感想は?」


そう言って、今度は少しだけ不安そうな表情でこちらを見つめてくる。



……これはもう、逃げ場は無いな。



「……美味かったよ」


「ホントに!?」


「……ああ、文句のつけようも無い」


「やったー!! 合格したよ、ルー君!!」



……合格って何だよ。



「あれだけ美味しかったら当然だよ。 料理初心者なんて嘘みたいだ」


「ふぇっ!? あれだけの腕前で、初心者です!?」


「あはは、実は素人なんですよ。お粗末様でした、シェリル先輩」


「とんでもないです! とっても美味しくて幸せになったです。 ニーナちゃんが初心者でこれだけ出来るなら、私でも――――――」


「「それはダメだっ(ですっ)」」


「ふ、ふぇえ!? どうして二人とも反対するんです!?」


「だってシェリル嬢、火を使う授業の度に教室爆破して隔離されてるじゃないか!! そんな人に調理場行かせたらどうなるか分かったもんじゃないよ!!」


「やっぱりシェリル先輩があの噂の張本人だったんだね……」


「うう、いつも火力を調節しようとしてるだけなんですー……」


「火力を調節しようとして教室吹っ飛ばす人がどこにいるんだ!! とにかくシェリル嬢は料理禁止!!」


「そ、そんなぁ……」


「ルー君、そこまで言わなくても……人気のない開けた場所なら大丈夫ですよ、シェリル先輩」


「ニーナちゃん、それフォローになってないです……」



二人から責められ、項垂れるシェリル。




この4人の中で一番幼く見える彼女だが、学年は一つ上の第三学年だ。



可憐な容姿で人目を引くが、その実態はイカれた爆破狂ボムジャンキーであり、確実に教師側のブラックリストに載っている。



そこで彼女は教師の監視の目をかいくぐって爆破の欲求を満たすため、度々ここへ勝手に入り込んでは爆発に関する様々な魔術を作り上げている。



俺にとっては自分の家にダイナマイトを体に巻きつけた少女が勝手に上り込んでくるようなものであり、もはや天災の域だ。




こうして彼女を初めて見た時の衝撃を思い出している今も、傷ついた心を癒すのが目的なのだろう、おもむろに取り出した新しいメルト版に発破の術陣を刻んでいる。



「ちょ、シェリル先輩、どこからメルト版取り出したんですか!?」


「そ、そんなことよりシェリル嬢、これ以上爆発物を増やすなって!」


「うぅ、私だって料理位ちゃんとできるんです……火加減がちょっとだけ下手なだけなんです……この前の授業の時も……」


「うわあぁぁぁぁぁあああああ、シェリル嬢のスイッチが入ったぁぁぁぁあああああ!! は、早く逃げないと部屋が吹っ飛ぶぞ!?」


「スイッチって何!? し、シェリル先輩落ち着いて! クロス料理長師範代の私がちゃんと教えますから!」




半ばパニック状態になる部屋内に、俺は思わずため息をつく。



面倒だが、爆発する前に止めないとな。



後片付けの方が数倍面倒だし。




そんなことを考えてる内に術陣が完成してしまったようだ。


そしてシェリルは当然のようにそこへ魔術を込めだす。



「え、嘘!? 本気で魔力込めてるっ!!?」


「ぎゃああああああああああ爆発するうううううううううううう!!」



顔を真っ青にする二人。




そんな二人を裏切らず、魔術陣が赤く発光を始め――――――





ぽふっ。




「ひうっ!?」



シェリルの頭に手を置き、彼女から流れる魔力を遮断した。



「あ、あれ……私は一体何を」


「手元見てみろ。 また爆発寸前だぞ」


「うわぁ本当ですぅ、いつの間に……」



どうやらやっと正気に戻ったようである。



またシェリルが魔力を流し込まないよう、手元からメルト版をひったくる。


「あぁっ……」


切なげな声が漏れたが、保護術式セーフティスペルを刻むまで絶対に返さない。




「はー、死ぬかと思った……」


「さすがに私も一瞬もうダメかと思ったよ……」



危機が去り安心したのかへたり込む二人。



「せっかく作ったのに、また保護セーフティ付けちゃうんです……?」


「当たり前だ。 そのまま爆発したらシャレにならん」


「シャレでやってないです! 本気でやってるです!」


「揚げ足取んなよ……」


相変わらずめんどくさいな、コイツ。



シェリルは恨みがましい目つきでこちらを見ている。



「あのな……君の爆発に対する情熱は認めるが、これを保護セーフティ無で発現させたら怪我じゃ済まないだろ?」


「確かにそうです……そうですが!」



勢いよく立ち上がり、腰に手を当て以外と存在感のある胸を張りながら、一言。



「爆発で死ねるなら、本望です!!」



決めポーズまでして満足そうな表情のシェリルとは対照的に、ニーナとルーは引きつった表情を浮かべている。




「でも、死んだらもう爆発起こせないぞ?」


「はっ、そうでした!! ……い、いいえ、大丈夫、私は女神信仰なのです。 よって、死んでも天国で爆破を――――――」


「俺が女神だったら君には絶対やらせないけどな」


「はうあっ!!」



どうやらクリーンヒットだったらしい。



机に突っ伏して「うぅ……きっと女神様は優しいんですぅ……」と呻いているが、優しいなら尚更やらせてくれないだろうな、と思いながらも作業を続ける。



「俺、もうすぐ授業始まるからお暇するよ。 ニーナ嬢は午後の授業はどうするんだい?」



つかの間の沈黙を破ってルーが立ち上がる。



「私はまだここに居るつもりだし、お休みするよ」



ニーナも俺と同じく特待生なので授業に出る必要は無いのだが、律儀に毎日受けに行っているらしい。



「珍しいな、ニーナ嬢が休むなんて。 シェリル嬢は?」



まあこちらをチラチラ見ながらの返答だったので、恐らく昨日交わした約束の話がしたいのだろう。



「私のことはほっといて欲しいです……」


「あらら、拗ねちゃって。 何とかしろよ、クロス? じゃあ、これにて失礼。 ニーナ嬢、お昼ご飯ご馳走様でした」



ニーナに軽く微笑みかけた後、優雅な足取りで部屋を後にする。



扉を閉める前に「あー、今日は一段と疲れた……」という呟きが聞こえなければ、中々に格好がつくのだが。






「ねぇ、この保護術式セーフティスペルってクロスがやったんだよね?」


「ん、そうだな」



ニーナが眺めているのは、シェリルが午前中に発破の魔術を施したメルト版の内の一つ。



「あれ? これ、完璧じゃん」


ニーナはそれをじっと見つめながら首を傾げている。



「何か不満なのか?」


思わず作業の手を止めて聞いてみる。



「だって、さっき爆発したでしょ? 保護術式セーフティスペルがこれだけ完璧なら爆発すらしないと思うんだけど」


ああ、そういうことか。


それなら話は簡単だ。


「発破の魔術は大きく三段階に術陣が分かれてるのは知ってるか?」


「知ってるっていうか、見れば分かるよ。 爆発魔術の基本陣『点火』『爆散』の2段階に、『広域、高威力化』でしょ?」


「ああ、正解だ。それで、俺は保護術式セーフティスペルを一段階ごとに分けて刻んでるんだ。 シェリルが爆発させたのは、まだ2段階しか刻んでなかったんだ」


「えぇ!? そんなこと出来るの!? ってことは、この保護術式セーフティスペルは発破の魔術専用のものじゃないの!?」


「まあ、段階ごとの専用術式だから、発破の専用では無いな」


「そんな効率良い方法があるなんて……これ、まだ誰も知らないことじゃない!?」


「へー、そうなのか……」



――――――この世界の魔術は発展途中もいい所だ。



魔力そのものの概念や魔術の理論が未だに確立されていない。



物理学で言うところの重力の概念さえよく分かっていない状況である。


そもそも、魔術が一分野の学問として成り立っているのかも怪しい。



手探りで魔術陣の組み合わせを試行錯誤し続け、偶然ある効果を持った術式を見つけ出す。



なぜこの世界の他の技術がここまで発展しているか分からない程に原始的なレベルの為、段階を分けて魔術を組み立てることは出来ても、保護をする時にも段階分けをすることを中々思いつかないし、それを実現させる技術も無いのだ。




こうした魔術に関する法則の発見が遅れている理由は、魔法の神性と宗教観による処が大きい。



まさに”奇跡”としか言いようの無い魔術の現象に、規則性なんて無いという固定観念を与えてしまっているのだろう。





幸いにして、俺は魔力を凄く感じやすいタイプだったこと、魔術陣の性質が電子回路のそれに良く似ていたことで、独自の法則を考え出すことに成功した。






恐らくこの時代より何世代も先の技術レベルを持っている俺にとって、未知の発見はそう大したことじゃないのだ。



だから、「むー、反応薄いなぁ……」と半眼で言われても、俺にはどうしようも出来ない。




「ま、どっちにしろ術式を覚えなきゃいけないし、そう大差はないだろ」


俺みたいに法則を覚えればまた違うのだが。


「うーん、そう、かなぁ……」



ニーナは未だ納得いかない様子。



「よし、出来た」


作業を終え、術陣に不備が無いか確かめる。



「えっ、何その術陣!? 何か色変わってるよ!?」



そう、俺が施したのは保護術式セーフティスペルとは別の術式だ。


ニーナが余計なことを詮索する前に話題が逸れてくれたことにホッとしつつ、うつ伏せ状態を保っている爆魔少女を揺り起こしてみる。



「おい、爆発の代わりに面白いもん作ってやったぞ」


「……ほっといてと言ったです」



……まだ不貞腐れてやがる、めんどくせぇ。



面倒だが、こうなったら最終手段だ。



再びシェリルの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。



この少女は性格、行動、容姿共に猫に近いように思う。



「ふみゃあん……」



シェリルは気持ち良さそうに目を細めている。



自分から誰かに触れるのは正直苦手なのだが、機嫌が直るまで平気で何日も居座り続けたりしてくるので、しょうがないのだ。



「むぅ……」


今度はニーナが何故か少し不機嫌になっているのだが……面倒なのでスルーだ。




「……そろそろ良いだろ?」


「ん、まあ。 一応満足したです」



相変わらず舌足らずな丁寧語で反応するシェリル。


しかし、言葉通りいつもよりは満足げである。




「で、その魔術陣はなんなの?」


こちらはいつもより不機嫌な様子のニーナが、それでも好奇心の衰えない目で尋ねてくる。



「まあ、発動してみた方が早いだろ。 シェリル、ほら」



シェリルに白い光を纏うメルト版を手渡す。



「え、でも保護術式セーフティスペルじゃないんでしょ、それ……?」


「違うけど大丈夫だ。 とりあえず爆発はしない」



はっきり伝えると、ニーナは安堵した様子で胸を撫で下ろす。


予想通り、シェリルは残念そうな表情をうかべていたが。



「じゃあ、いくですよ」



俺が軽く頷くと、シェリルはメルト版に魔力を込め始める。






次の瞬間、




「「うわぁ……」」




俺達は、光の中にいた。




術陣から溢れ出したあらゆる色の奔流が、部屋全体を包むように伸びあがっていく。



ついには目が眩むほどの光が渦巻き、部屋を満たした。



「すごい……」


「キレイですー……」



爆発のエネルギーを全て光のエネルギーに変換する魔術を刻んだのだが、想像以上のスケールだ。




二人はため息に近い呟きを漏らした後、夢中な様子でこの景色を見渡している。



やがて光の波が納まり、その残滓が消えてしまった後も、俺達はしばらくの間無言で立ち尽くしていた。



「…ごい……すごい、凄いよ、クロス!!」



先に立ち直ったニーナが、興奮した様子で何やら捲し立て始める。



「あんな魔術見たこと無い! めちゃくちゃ綺麗だったよっ!! 私が今まで見てきた景色と同じくらい!!」



「そりゃ、良かったな。 シェリル、君はどうだった?」



俺の声でようやく我に返ったシェリルは、顔を少しだけ紅潮させながらそっぽを向く。



「ま、まあ、爆発ほどでは無いですが、素敵だったです」



そこはやっぱり譲らないんだな……




二人の対応のあまりの温度差に、思わず笑いがこみあげてくる。




「何がともあれ、二人とも喜んでくれたみたいで良かったよ」



そう言った瞬間、二人の動きがピタリと止まり、俺の顔をまじまじと見てきた。



「……なんだよ」



「また笑ってくれたね、クロス」


にぃ、とイタズラが成功したかのような笑みを向けるニーナに、俺は自分の過失を悟る。



「……私は、初めて見たです」


シェリルはこちらの顔を真剣な顔で見つめ続けている。



「クロス君、少し見ない間に随分変ったです」



いきなりの言葉に、少し戸惑う。



「……そうか?」


「はい、変わったです。 ちょっと前までは世界のすべてが興味ないって顔だったのに、今はとっても楽しそうです」


「……俺には特に自覚は無いが」


「いいえ、分かってるはずです。 原因は恐らく……」



そう言って振り向いた先には――――――



「へ? 私??」



注目を浴びたニーナが目をパチクリさせている。



「さて、私もそろそろ帰るです。 このままだと留年してしまうのです」



そう言ってメルト版を抱え込み、扉へと向かう。



「……不用意に発動して怪我するなよ」



「心配ご無用です。 私より爆弾に親しい者はいないですから」



親しいのと怪我しないのって関係あんのか………もう何も言わないでおこう、面倒だし。




「じゃあな」


「はいです。 ニーナちゃん、クロス君をよろしくです」


「え、あ、はい。 さようならです……あれ?」


「ふふ、さよならです」



どうやらニーナにもシェリルの語尾が移ってしまったらしい。



シェリルは微笑んだまま俺の方を一瞥した後、扉を閉めた。






「あ、クロス……あの、昨日した約束のこと、覚えてるよね?」


「ああ。……だけど、それはまた今度にしないか? 正直疲れたんだが」


「あはは、実は私も……ま、今日は良いもの見れたし、許してあげる! じゃあ、私も帰ろうかな」


「ん、晩飯は食わなくていいのか?」


「え?あ、うん、今日はいいかな。 では、また明日!」


「あ、ああ……」



何故かぎこちないやりとりの後、ニーナもすぐに部屋を出て行ってしまった。



「何なんだ、一体?」



別に何かした覚えはないが……さっきのシェリルとの会話か?





――――――正直、シェリルの言葉は図星だった。



まさかここまで見抜かれるとは思ってもみなかった。



シェリルは妙なところで鋭かったりするからな……。


そして、部屋を出るときに見せたあの微笑みは、何故か俺の心に小さな棘のように引っかかり続けている。





俺はこの幸せな日々が長く続くことは無いと分かっている。



ニーナが近いうちに旅にでるであろうこともそうだが、何よりも大きいのは………俺自身のことだ。



幸せを望んではいけない人間。



俺は、一体どうすればいいのだろうか――――――





無意識に座っていた窓辺の影には、無機質に揃えられた11の墓標が、沈み始めた太陽を暗く反射していた。






長くなってしまい、ごめんなさい。


ここまで読んでくれてありがとうです……ってあれ?

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