11 - 爆魔少女、爆誕。
遅れてすみません。
新キャラ投入2です。
「クロスっ、てうわっ!?」
クロスの研究室の扉を勢いよく開けると、真っ黒な煙で視界が覆われてしまう。
「けほっ、けほ……」
少し吸い込んでしまい咳き込みながらも、慌てて部屋の窓を全開にしていく。
だんだんと晴れてくる視界。
さっきの感じた衝撃にしてはそれほど悲惨な状況では無いようだ。
一番奥の窓まで近づいたところで、作業用の机に座るような体勢の人影を捉えた。
「クロス!?だい、じょうぶ、なの……?」
私の声が尻切れトンボになったのは、二つの原因がある。
一つは、顔も真っ白な髪も真っ黒に煤けたクロスが、いつものように気だるげな表情でこちらを振り返ったこと。
そしてもう一つ。
作業机に対してクロスの対面側に別の人影があったことだ。
こちらもクロスと同じく全体を煤でペイントされているが、青みがかった長髪と「けふっ」と咳き込む可愛らしい声から女性であろうことがはっきり分かる。
「えっと……大丈夫なの、クロス?」
「……健康状態だったら何も問題ないな」
爆心地のような、というか実際そうなのだろう悲惨な状態の作業机と、黒焦げの体を除けばいつもと変わらぬ様子のクロス。
「また失敗しちゃったです……」
クロスの向かい側に座る、同じく黒焦げ状態の彼女が悲しげにつぶやく。
しかし、その表情はひび割れた大きな丸メガネに阻まれ、伺うことが出来ない。
「だから魔力を込めるのはまだ早いと言ったのに……俺が保護術式組み込んでなきゃ、今頃この部屋ごと吹っ飛んであの世行きだったぞ」
「だって、待ちきれなかったんですよぉ……でも、綺麗な爆発だったですぅ……」
彼女はそう言うと頬に手を当て、口元をだらしなく緩ませる。
やれやれ、とため息をつくクロスを見て、この爆発の元凶は彼女だと確信した。
「その話は置いといてさ……とりあえず二人とも顔洗ってきた方が良いよ?」
私の忠告に反応した二人が、のそのそと部屋付きのシャワールームへと向かう。
「俺は頭だけ洗うから、シャワー使っていいぞ」
「えー、めんどくさいです……」
「同感だが、君はもっと女としての自覚をしろ」
「ちぇー……」
「ういーす。またシェリル嬢が来てるんだろう?」
シャワー室の前で平然と会話する二人と、事情を知っていたらしきルー君が悠々と部屋に入ってきたのを見た私は、「心配して損した……」とため息をつきながら、脱力した体を動かし部屋の片づけを始めるのだった。
私達が日常的に使用する魔術は、私達が持つ”魔力”と魔術を発現させる”魔術陣”によって成り立っている。
簡単な例えを出すと、手の平に自分の”魔力”を集め、手を決められた順に文字を書くように動かすと、その手の先に火が灯る。
種を撒き、”魔力”を込めた足で地面に図柄を描き、トントンとタップするだけで、その地面からは豊潤な果実が実る。
こうした魔術を発見した昔のエライ人達は、世界の理を超えたこの現象を「奇跡」とか「神からの恵み」とか表現したらしいが、それは未だに言い得て妙だと思う。
何しろ魔術が普及するようになって1000年以上経った現在でも、魔術の原理のほとんどが解明されていないのだ。
分かっているのは、どんな条件でどのような魔術が発現するのか、位のものである。
だから、「魔術とはなんだ」と聞かれたら、私は「よく分かんないけど凄いものです」としか答えれない……
そもそも、”魔力”が何なのかさえ分からないのだからしょうがない。
先生にも「それぞれの解釈でよろしい」と言われてしまった。
ちなみに私の解釈は、「自分を包み込む膜のようなもの」という感覚だ。
さて、本題に戻りましょう。
クロスの部屋の爆心地の周りには、図形のようなものが刻まれた黒い板があちこちに散らばっている。
この黒い板はメルト加工樹版と言って、魔力を貯めやすい性質を持つため強力な魔術を使うときに重宝するものだ。
そしてもちろん、それらの板に刻まれているのは魔術陣なんだけど……
「これ、発破の魔術陣だ……」
「はっぱ? 爆発魔術じゃないのかい?」
隣で片付けの手伝いをしているルー君が、私の言葉を聞き取ったのか尋ねてきた。
「爆発の魔術陣は方向性を持たせられるし、略式術陣でも発現できるんだけどね……発破は山を切り崩すための魔術だから術式が複雑で、かつ全方位の巨大な爆発を起こせるの」
「や、ヤバすぎるだろそれ……ま、まさか、そのメルト板全部、発破が刻まれてたりしないよな」
冷や汗を浮かべて乾いた笑いをするルー君に、私はニッコリと満面の笑顔をつくる。
「うん、そのまさかだよ♪」
「うわあああああああああ、やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
合計8つのメルト板に刻まれた、限界まで爆破の威力を上げていると一目で分かる危険な術陣。
爆破の準備をギリギリまで済ませたのか、それとも先程の爆発の余波を受けたのか、術陣部分が熱を帯びたように赤く点滅しているのがポイントである。
「あれー、どうして私から逃げるの、ルー君?」
「にににににニーナ嬢!!そ、そそそれを取りあえず置いてきてぇぇぇぇええええ!!!」
顔を蒼白にして後ずさるルー君に、腕の中に板を抱えたままゆっくりと近づいていく。
全て爆破させればこの研究棟を吹き飛ばしてなお有り余る威力を持った危険物だが、実は例えこの魔術陣に魔力を込めたとしても、大爆発が起きたりすることは無い。
それぞれの魔術陣に、発破の魔術の間を縫うように”保護魔術”が刻まれているのだ。
”保護魔術”とは、強力な魔術がうっかり暴発してしまわないようにする安全装置のようなものであり、発現しかけた魔力を打ち消したり弱めたりすることが出来るのだ。
先程の凄まじい爆発の被害が作業机とその周囲に納まったのも、この”保護魔術”のおかげだろう。
「何やってんだ、君らは」
メルト版をひらひらさせてルー君をからかっていると、煤を洗い終わり着替えも済ましてサッパリしたクロスが戻ってきた。
「んー、ちょっとルー君と遊んでた」
「クロス、た、助けてくれっ! 俺はまだ死にたくないんだよ!!」
「あ? 保護魔術付けたから爆発なんてしないぞ? ニーナは気付いてただろ?」
「うん、まあね!」
「は……?はあぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!? 何で教えてくれなかったんだニーナ嬢!?」
「だってルー君面白かったもん。 てへっ!」
「てへっ、じゃないよ……ああ、ついにニーナ嬢にまで弄られるように……」
ガックリと肩を落とすルー君にさすがに少し罪悪感を抱いたが、クロスが無表情ながら親指を立てているのを見て、私も口に笑みを浮かべながらそれに答える。
「なんか通じ合ってるし……嫌な予感しかしない……」
「シャワー室まで叫び声が聞こえたです。ルー君はもう少し静かにするべきです」
クロスの後に続いてやってきたのはもちろん先程の爆発の元凶となった子なのだけど……
私は彼女のあまりの変貌に目を瞠った。
黒ずんでいた長髪は今は真っ青に煌めき、シャワー上がりのおかげでその艶やかさを増しているよう。
丸メガネのせいで隠れていた目はパッチリとしたネコ目で、満月のような金の色が輝いている。
小ぶりで整った鼻と口、少し丸みを帯びた顎のラインは、低身長と相まって大分幼い印象を抱かせる。
最初に見たあの煤けた姿からは想像も出来ない美少女ぶりである。
「えと……さっきの子、だよね?」
「…? 私はあなたを初めて見たのですが」
「えぇー……」
あ、そういえばメガネに煤が付いて完全に視界奪われてたな……じゃあどうやってシャワー室まで行ったんだろう……
「こいつはニーナ。 さっき話したろ?」
「へ?……ああ、あなたがニーナちゃんでしたかっ!」
え? クロスがもう紹介してくれてたなんて……なんか嬉しい!
「初めまして! ご紹介に預かったニノライナ・ル・ベルマディです! その、あなたの名前は?」
「私ですか? 私はシェーリル・ドヴィンスクと申しますです。 よろしくです、今日のお昼ご飯担当さん!」
あ、そういう認識なんですか……?
そういえば私、ここにお昼ご飯作りに来てたんだった。
爆発騒動ですっかり忘れてたよ。
「うっし、今からおいしいご飯を作っちゃいますよー! クロス達はそれまでに部屋の片付けをすること! 分かった?」
「はーい……」
三人は何故か一様に沈んだ調子で返事をして、部屋の奥へと向かっていった。
まあ、理由は大体分かるんだけど。
「よーし、やるぞっ!!」
気合を入れなおした私は、勇む足取りでキッチンへと向かったのだった。
(あーあ、片付けめんどくせぇ……)
(ぐすん、お腹空いたです……)
(この部屋で、俺に人権は無いのかちくしょう……)
時折聞こえてくる恨めしげな呟きは、聞かないことにした。
やっと、やっと魔術が出せましたw
魔術学園が舞台なのに魔術の初出が11話でごめんなさい……