10 - 貪欲な彼女は、葛藤する。
いつの間にか1万PV達成です。
読んでくださる方に感謝です。
これからも”WWW”共々、”特待生”をよろしくです!
「ふんふんふふーん♪」
あ、鼻歌から失礼。
こんにちは!
私の名前はニノライナ・ル・ベルマディ。
泣く子も黙るベルマディ家の風雲児さ!
あれ? 風来坊の方が良いのかな?
……まあ、響きは良いからどちらでもよし!
……ん?
どうしてそんなに機嫌が良いのかって?
今日のお昼ご飯は私担当なんですよ!
今までは私が作ると言う度にクロスが何かと手伝ってくれてたけど、それでは女の面目丸つぶれ……
そこで度重なる交渉の結果、ついに単独調理の権利を得ることが出来たのである!!
しかも、私の料理の出来如何で、クロスを部屋から連れ出しても良いという約束まで取り付けたのさ!
というのも、クロスは食べ物の買い出しと私達が出会った塔の上に行く以外は、ほとんど彼の研究室(?)から出てこないのだ。
ここ魔術学校”ベルソワール”は大陸中でも最も大規模な教育機関であり、そこらの町よりもよほど様々な施設や娯楽で充実している。
ここで暮らす人数の多さややその職種の多様さが、ベルソワールが”学園都市”とも呼ばれる由縁なのだろう。
そんな素敵な場所に居るのに部屋に引きこもりっぱなしなんて勿体ないでしょ?
だから私の料理で彼を唸らせ、遊びに連れ出してやろうと昨日から息巻いているのですよ!
私がここに居るのも後少しかもしれないし――――――――
学園に帰ってきてから今日でちょうど2週間が経った。
1週間かけてようやく完成させた『大陸全土に渡る魔術文化の研究とその効率的な活用法』という研究課題を学園に提出し、後はその研究の承認と支援の決定を待つばかりである。
旅に出るには格好の内容であるし、3か月に渡る実践の成果もあったので、ほぼ間違いなく金銭面の援助を受けられることになるだろう。
なるんだろう……けど。
私は今、迷っているのだ。
私がこの学園を出た最初の理由は、「色んなしがらみから自由になりたい」という思いからだったのだけど、もう一つ決定的だったのが「この学園にいてもつまらない」ことだった。
私に寄って来る人たちの皆がベルマディ家にお近づきになりたいという卑しい目的だった訳では無いのだけれど、それでもこの名前はどうしようもなく重いのだ。
私の周りからいつも感じる、どこか遠慮するような、へりくだるような空気はただただ窮屈でしかなかった。
でも、今はどうなんだろう?
そんなこと自問するまでも無い。
凄く凄く楽しい、現在進行形で!
それは間違いなくクロスという存在のおかげ。
最近は彼の友達のルー君―――様付けは気持ち悪いから止めてと(クロス共々)言われた―――とも、身分の枠組みを越えて仲良くなれた。
学園の同級生や先生達との息苦しい交流は避けられないけど、彼らがいるならそれも大した苦にならないと思える程、彼の居る研究室はとても居心地が良かった。
だからといって、じゃあもう旅に出なくても良いんじゃないのか?と聞かれれば、それもまたノーなのだ。
正直、女の一人旅は危険が多くて、行く先々で様々なトラブルに巻き込まれたし―――これをクロスに言ったら「女かどうかの問題じゃないだろ、それは」って言われたけど……何か不満だ―――、私の身分がバレてしまうと、そこからさらに大変なことに発展しかねない危険もあった……。
――――――それでも、私は旅に出たい!
生まれて初めて出来た「自分からやりたいと思ったこと」。
そこから5年以上の時を経て、父からついに勝ち取った自由。
この魔法学園よりもさらに何十倍もの人が集まる商店街の活気ある風景や、もはや人が訪れることも無くなった寂れた遺跡で見た、真っ赤に燃える夕景、それにそれに………。
目を閉じれば、短かった旅で見てきた景色の一つ一つを、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
そして湧き上がるのは、渇望。
これだけじゃ足りない、もっともっとこの世界を見て回りたい……!
そんなまるっきり冒険少年のような欲求が、今の私の原動力にもなっているのだ。
逆に言えば、放っておけばすぐに学園を飛び出てしまいそうな私の足を抑えつけているのは、白髪で黒目の「彼」の存在だということになる。
……うーむ、やっぱりどちらも捨てがたいなぁ、もう研究課題提出しちゃったから旅に出るのは決まったも同然なんだけど……いっそのこと、クロスも道連れにして―――――――
「ニーナ嬢? どうしたんだい、こんなところで難しい顔して」
その言葉に意識を戻され目を向けると、最近顔なじみになった人物がそこにいた。
「あ、ルー君。こんにちは! いやー、ちょっと考え事しててさー」
私達が立っているのは東のはずれにある研究棟内の廊下。
そんなところでボーっと突っ立っていたことに恥ずかしさを感じ、あははーと笑ってごまかす。
「なにか悩み事があるなら、相談してくれても良いんだよ?」
青くてクリッとした瞳を心配そうに揺らしながら聞いてくるルー君。
カール気味の金髪に幼さの残る顔立ちはいかにもお坊ちゃんと言った風体だが、彼は他の貴族のような傲慢さはなく、とても優しい性格の持ち主だ。
クロスのいない時に少し気障っぽくなるところがあるけど、今もこうして本気で心配してくれている。
「大したことじゃないから大丈夫だよ! 心配してくれてありがとね?」
私も本当に感謝をこめてお礼の言葉を言う。
「い、いや。 別に感謝されるようなことでは」
そう言って少し赤くなって目を逸らす姿は、男の割に低めの身長と相まって庇護欲をそそられる。
「ルー君は可愛いなぁ」
「へ!? そ、それって褒めてるのかい……?」
さらに顔を赤くするルー君に思わず笑ってしまう。
それにしても、まさかこんな子が七股してたなんて……まあそれだけモテるのは分かるような気がするけど、クロスが嘘をついてるのかもしれない。
「まったく、ニーナ嬢まで俺のことをからかって……それで、ここにいるってことは貴女もまたアイツの研究室に?」
「うん! 今日は私一人で料理作るんだよ!」
そう言って持ってきた食材の入った袋を掲げる。
「なっ!? ニーナ嬢の手料理だと!? な、何て羨ましいんだ……!!」
「そ、そう? そこまで言ってくれるならルー君の分も作るけど」
「マジですか!? 是非、お願いします!!」
「そ、そんな詰め寄らなくても作るから大丈夫だよ」
「あっ、こ、これは失礼!! ……それにしても料理まで出来るなんて、さすがはニーナ嬢だ」
「ホントは少し前まで全く出来なかったんだけどね? クロスに教えてもらって、今日は免許皆伝の試験なのですよ!」
少し違うけど、同じようなものだよね。
「へぇ、そうなんだ……」
「うん、そうなんですよ!」
オウム返しのような私の反応に、ルー君が一転して恨めしそうな表情をしている。
「まあ確かに、アイツは面倒だっていつも言う割には何でもできるしなぁ……それにアイツも一応は”特待生”なんだし」
「おーい、ルー君?」
何やらブツブツ呟き始めたルー君に声をかけるが、その瞬間彼が私の方を眼光弱く睨みつける。
「それにしたって、どうしてニーナ嬢はアイツの事ばっかり構ってるんだ!? あんな怠惰の塊みたいな奴の何がそんなに気に入ったのさ!?」
「えー、それは……どうしてだろ」
その髪色と気だるげな雰囲気が相まって、まるで老人のような彼に、私は何故か絶対の信頼を置いている。
彼の言葉を使うと、「妙に懐かれている」といったところ。
そうなったきっかけは何時だったのか……
それは塔の上で言葉を交わしてた時なのか、それとも私の過去を打ち明けたあの時か。
はっきりした時期なんて分からないし、どうでも良い。
ただ一つ分かっているのは、その信頼の根源。
「――――――私達は、”似た者同士”だから、かな」
「……はい?」
自然と私の口から出た言葉に、ルー君は困惑しているようだ。
「あんな奴と貴女が似た者同士なんて、全く思えないんだけど……」
「そうかな? でも、ルー君だってクロスの事気にしてあげてるよね?」
「う、まあそれは……」
痛い所を突かれたという顔をしているルー君。
「そんな嫌そうな顔するなら、行かなくても良いのに」
「……それもそうなんだけどさ。 何故かあそこが一番落ち着くから」
渋々といった様子で話すルー君を見て耐えられなくなり、私は吹き出してしまう。
「クロスもだけど、ルー君も素直じゃないよね」
「そりゃ、行く度に罵倒され脅され金をせびられる奴の場所が心地良い、なんて素直に言えるわけないだろう!?」
「ぷっ、言われてみればそれもそうだね……でも、気持ちは凄く分かるよ? あの部屋では自分を飾らなくても良いから楽だし。 それに、クロスも口で言う程ルー君のこと嫌いじゃないと思うよ?」
「アイツは気に入らなかったらことごとくスルーだからな……それに比べ、ニーナ嬢に対してはアイツにしては信じられない位優遇してるように見えるんだが……」
「ん? 何?」
「い、いや、何でもないよ」
ルー君の言葉は尻すぼみになって最後の方が聞き取れなかったけど、お互いに悪くは思ってないのだろう。
「まあクロスの友達は私達だけみだいだし、仲良くしてあげてね?」
そう言うと、ルー君は苦笑しながら言葉を返してくる。
「まるで母親みたいだな、ニーナ嬢は……それに、アイツにも知り合いなら結構いると思うけど」
「へぇ、そうなん――――――」
母親がどんなものかはよく知らないけど、ちょっと違う気がする。
それよりも、クロスの知り合いについて興味が湧き、聞いてみようと思った瞬間、
ドゴォォォォォォォオオオンッ!!!
低くこもった爆発音が響き渡ると同時に、研究棟全体が激しく揺れる。
「きゃあっ!!」
「うわっ!?」
あまりの振動に私達はバランスを崩し倒れそうになるものの、なんとか踏みとどまった。
「今、のはっ……!!」
爆発の寸前に感じた渦巻く魔力の残滓を感じたのは、明らかに私達が向かおうとしていた方向。
「クロスっ!!」
考えるよりも先に駆け出した私は、階段を風のような速さで駆け上がっていく。
「あちゃー……また来てたのか、あの”爆魔少女”は………」
壁に寄り添って難を逃れたルー君が、苦笑いと共に漏らした弱々しい呟きが、私の耳に入ることは無かった。