表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

1 - 誰も知らない、物語の始まり。

「ね、知ってる?

 この大陸には人間ヒューマンだけで1億人もの人達が居るらしいの!そこにエルフさんやら獣人さんやら他の種族をさらに合わせたら、その1.5倍はいるよね?」


「そーだろーな」


「でしょ!

 昔―――まあ今も一応そうなんだけど―――の私の夢は『世界中の人みんなと仲良くなる!』なんだけど、実際に仲良くなれる人数は例え私の人生全部使っても大陸中の人のたった1%にも届かない、って思うとちょっと寂しいって思わない?」


「俺は思わんが残念だなー」


「もう、調子合わせてるだけなのバレバレだし!でも同意してくれてありがと!

 …で、つまり何が言いたいかっていうとね?

 限られた人生に限られた出会い。その中で、この日、この場所、この時間で、1億5000万の中から選ばれ出会った私達!

 これって、凄い確率だと思わない?」



そうして嬉しくてたまらないといった様子でご高説を説く宣教師よろしく両手を広げているのは、この学園で一番優秀な女生徒。



「クロス君も、感動したでしょー!!?」



したでしょぉ、したでしょぉぉ、したでしょぉぉぉ………



彼女の声が木霊となって響き渡る。


俺はその声の大きさに顔をしかめた。


満足そうな彼女を見て、わざと大声出しやがったな、と思う。



現在、俺達がいるのは魔術学校”ベルソワール”。


その広大な敷地の中でも特に目立つ尖塔。


学園内でも随一の高さを誇るその塔の()、俺達はいるのだ。


お世辞にも座り心地が良いとは言えない、むしろ足を滑らしたら大怪我では済まないだろうこの場所に、一人はだらしなく寝そべって、一人は気持ち良さそうに両手を広げて立っている。


どっちがどっちなんて言うまでもない。



「残念だけど、俺は全く感動しないな」


「えぇ!?そりゃまた、どうしてさ!?」


取って付けたようなセリフに大仰な仕草に少しイラッとしながらも、俺は会話を続けることにした。


「俺が君と出会うのは必然だったからな」


「へ?必然ってどういうこと?私達の出会いは偶然じゃなくて運命だ!ってこと?

 ……あれ? もしかして私、口説かれてる!?」


「違ぇよ……」


何やら勘違いして赤くなりだしたので、面倒になる前に訂正した。


確かに、この女生徒―――ニノライナ・ル・ベルマディ―――はかなりの、いや最上級の美人である。


短く切られたプラチナブロンドの髪に、どうしてと問いたくなる程大きくパチリとした瑠璃色の瞳、上向きにツンととがった鼻、輪郭のはっきりした唇に雪のような肌。


俺が元いた世界では通常プラチナブロンドは子供の頃のみに現れる特徴だと記憶している。


しかし、彼女の着ている機能性を重視したような厚めの服から見ても彼女がすでに大人と言って良いほどに成熟しているのが分かる。


稀に成人でも天然プラチナブロンドの者がいて、それらはトウヘッドとも呼ばれたりするらしいが、まあそれは一先ず置いておく。



「雪の妖精だ」と言われたら思わず納得してしまいそうな可憐な容姿を持つ彼女であるが、生憎俺は一方的にマシンガントークを押し付ける元気はつらつ娘をわざわざ相手にするほどの技量も願望も体力も無い。


―――――のだが、このまま勘違いさせておくのもなんか面倒なので話の続きをする。



「この塔の上で俺が会った人は君で3人目だからな。必然だ」


一人目は担任(一応)の先生だった。


魔術で俺の居場所を見つけたらしく塔の最上階から何か喚いていたが、良く聞こえなかったし対応するのも面倒だったので放っておいたらいつの間にかいなくなっていた。


二人目は羽人族の生徒で、上空を飛んでいるの彼と偶然目が合ってしまった。


彼は自分が羽人族であることを学校にさえ秘密にしているそうで、しばらく隣で脅しまがいの”お願い”を喚いていたが、これも面倒だったのでスルーした。



「……どういうこと?

 それ、理屈になってないよね?」


運命だの何だのいう話に理屈もくそもあるかよ。


「おれの国の諺―――まあ、有名な格言みたいなもんかな―――の中に、『二度あることは三度ある』っていうのがあるんだ。そして、担任と羽人族の少年以外にこの学園の中でこんな場所に来る変人は君くらいだろう?

 ―――――つまり、必然だ」


それを聞いたニノライナは感心したような様子だ。


「へぇー、そんな格言があるなんて知らなかったよ!ってことは、クロス君は私の到来を予測してたってことなのね!?すごいすごい!!」


そう言って俺の周りでしばらくはしゃいでいたのが、急にピタリと止まる。


「……あれ?でもそれじゃあオカシくない?」


……何か間違いに思い当たったらしい。


「ちょっと前にね、材料が手に入ったから”マーラの秘薬”っていうのを調合しようとしたんだけど、連続で二回も失敗しちゃったのよ!材料も少なかったし、最後の3回目の調合はそれはもう必死でね?完成した時は一人でバンザーイ!ってしてたんだ」


その時を思い出したのかクスクス笑っている。


「だから、二回失敗しても3回目は失敗しなかったからその格言は嘘つきです!看板に偽りありだぁっ!!」


そう言ってズビシッとこちらを指差す。



……何故、『二度あることは三度ある』を知らなくてその言葉を知ってるんだ。


「いいや、嘘つきじゃないね」


面倒だが言い負けるのも癪なのでさらに続ける。


「俺の国にはもう一つ格言があってな。『三度目の正直』ってやつだ。

 意味は『二回失敗しても三度目は必ず成功する』ってことだな」


「……はぁあ?それじゃ、二つの意味が矛盾してるじゃん!」


「別にしてねぇだろ。例えば、君は今後その”マーラの秘薬”ってのををまた調合することがあるか?」


「それは…あるかも」


「それで、もしその時に失敗したら『3度目の失敗』だろ?」


「あ…そっか」


「それに、この二つの諺の意味合いは全く違う。『三度目の正直』は自分が成功させようという意思を持ってやれば、何事も三回もやれば大体コツが掴めてくるという意味。

 『二度あることは三度ある』っていうのは事故とか期待していないことは何回も起こったりするから注意して生活しなさい、って戒めが込められているんだ」


俺は普段の会話量1年分を消費し、息をつく。


ニノライナはいたく感心した様子で、しきりに頷いている。


「なるほどなるほど、勉強になりますなぁー……あれ、ってことは、私がここに来るのはクロス君にとっての事故とか期待していないことだったの!?」


……無言。


何も言わずとも相手に気持ちが伝わるってのは素敵だね。


「……ぐすん。せっかく頑張ってここまで来たのにぃ……」


およよよ、なんて分かりやすい泣き真似をしている彼女はきっと良い役者になれるだろう……



あーもう、正直面倒くさい。



おれは一人で居たいからここに来ている訳で、初対面・・・()とどーでも良いことを喋って体力を浪費する為では決してない。


そもそも、どうして――――――



「どうして、君はこんな所までわざわざ来たんだ?

 今さらだが、ここはかなり危険だぞ」


思考を引き継ぐように言うと、ニノライナは再びクスクスと笑いだす。


「ホント今さらだよね……どうしてって、決まってるじゃない。

 クロス君がいたからだよ」


そうして一瞬だけ見せた表情。


俺はほんの少しだけ、刹那にも満たないちょっとした間だけ―――――――目を奪われた。



「俺がいたって……よく見つけたな」


「まあね!クロス君っていうのも大体分かったし」



ビル二十階分に相当する長大な尖塔は屋根の端が反り上がっていて近くから見上げても決して俺の姿を見ることはできないし、遠くからだと人相どころかを人が居るか見極めることさえ難しいだろう。



「どうして俺だって分かんだよ」


言うと、ニノライナは呆れたような、それでいて自慢げな雰囲気で話す。


「それは必然のことです」


偉そうに仁王立ちに腕組みをして言ったが、ちょっと意味通ってないだろ。


「私が尖塔の屋根に人影を見つけた時、学園は授業時間まっただ中だったし、わざわざこんな危険な場所で授業サボるのなんてクロス君くらいでしょ?」


いやいや、それだけで何で俺って……いや、そうか。



「クロス君()”特待生”なんだよね?」



ああ、そうだった。


そんなことも考え付かないなんて、今日はどうかしている。



ここ、魔術学校”ベルソワール”では15歳までの普通教育を受けた者が入学し、5年に渡る学園生活を送ることになる。



基本単位制のこの学園には当然留年制度もあるのだが、その逆もまた然り。



実力を示した上で教養、実技それぞれの試験をパスすることで5年を待たずに卒業資格をほとんど無条件で得ることが可能なのである。


しかし、何故かは不明だが『学園に5年間在籍し続ける』のが義務であるため最低5年は学園に籍を置き続けなければならない。


しかし、それ以外の卒業資格はほぼ揃っている為、単位の為に授業に参加したり試験を受けなくても良い。


よって優秀な生徒は早々に卒業資格を手に入れ、学園の支援を受けながらも自分のしたいことに励むのである。



もっとも、この大陸でも屈指の規模と能力の高さを誇るベルソワールでは、どれだけ能力があっても”特待生”になれるのは早くても3年はかかってしまうと言われているし、実際そうであった。



しかし、それは二人の”神童”によって覆されることになる。



ここまで言えば分ったかと思うが、その二人とはニノライナ・ル・ベルマディとクロス・モリヤ―――まあ俺だが―――である。


俺達二人は1年半という恐ろしく早い日数で卒業資格を手にし、現在の唯一の―――正確には唯二、と言ったところか―――”特待生”になった。



俺には前世から引き継いだ記憶と忌まわしい過去の経験があるので、正直この位は何ともなかった。


ただ、「授業とか面倒だから」早めに終わらせただけだ。


名前も容姿も何故か前世と一緒だし―――苗字だけは前世のを偽名として名乗ってるが―――他に特筆すべきことは何もない。



一方、ニノライナは凄かった。


首席でこの学園に入学し、それからも暇さえあれば勉強や鍛錬を続けていたらしい。


出身は貴族の名家。


おまけに容姿端麗で人当たりも良いらしいから学園中の注目の的になっていた。



俺なんて金ヅル兼パシリ兼舎弟のガキ一人と交流があっただけだ。



そうして見事に卒業資格を手にした彼女。


そうまでして彼女がやりたいのはどんなことなのか?と、皆が期待していた。



そして、それが分かった時――――――彼女は既に学園に居なかった。



彼女は早々に準備を整え、世界を巡る旅へと出かけて行ったのだった。


学園のアイドルの旅立ちに学園は阿鼻叫喚の何とやらだったが、俺は自分の存在が目立たなくなったことに感謝さえしていた。


まあ時間とは残酷なもので、1ヶ月もすれば彼女の話をする者は殆どいなくなり、いつもの平穏な毎日がそこにあった。



そしてニノライナが旅立って3か月が経とうとしていたこの日、尖塔でうたた寝をしている俺の前に彼女は唐突に現れた。



そして冒頭に戻る―――――――というやつだ。



それにしても、考え直したら状況がやっと掴めたぞ。


「……-ぃ」


いや、そんなことも無い。


やっぱりニノライナがここに居るのが分からない。


「…ぉ…ぃ」


普通は真っ先に友達やら先生にやら帰還報告しに行くんじゃないのか?


まだ噂さえ立ってないところを考えると、何故かおれの所に最初に来たらしい。


「おー……ない…、ちゅー……ぞ」


それに服装も旅人風だったな。


髪が短かったのも体を動きやすくするためなのだろう。


それでも、彼女の美しさが損なわれた様子は無かったが。


むしろ、機能的な装いに良く似合っていた。


そうそう、目の前の顔みたいに綺麗で輝いていて――――――え?



「のあぁっ!?」



接触寸前まで近づいていたニノライナから反射的にのけ反り後退した。



あくまでもビックリして変な声を出してしまったことに赤面しながら、俺は何年か振りに声を荒げる。



「何やってんだよ君は!!」


「何って、ボーっとしてて呼びかけても反応無いから『反応しないとちゅーしちゃうぞー』ってちゃんと言ったのに」


ニノライナは悪戯が成功したような小悪魔スマイルをしている。


「……人が考え事をしてる時になにをしようとしてんだよ君は」


……心臓が飛び出るかと思った。


自分がまだこんな感情を持ってるなんて、知らなかった……



再び思考の渦に飲み込まれる寸前、肩を掴まれ覚醒する。


「おい、だから―――――」


「ニーナ」


「は?」


「キミじゃなくって私のことはニーナって呼んで。私の愛称なの」


「え、いや……なんでだ?」


そう言った途端、彼女の頬が膨らんでいく。


「私なんかニワトリの卵黄で十分だとでも言いたいのかしら……」


いや、黄身じゃねーよ…まあ、君も”キミ”なんだが……何か混乱してきたぞ?


そう言ってる間にも彼女の頬がどんどん膨らんでいる。


不覚にもリスみたいで可愛いと思ってしまったが、破裂してしまいそうな勢いなのでさっさと諫めよう。


「ああ、分かった!分かったから落ち着け、ニーナ」


名前を呼ぶと、たちまち笑顔に戻るニーナ。


女って怖ぇ。



「分かれば良いのだ、クロス君よ!」


再び大仰なしぐさで肩をポンポン叩いてくる。


一体誰の真似なんだよ、それ……



……ああ、面倒くせぇ。



「もう面倒だからとりあえず先生に挨拶してこい」


「うぇー……いいじゃん、もうちょっとお話しよーよー」


ガキかよコイツは。


「話なら後で聞いてやる。俺はもう疲れた」


「むー、しょうがないなぁ…ゼッタイだよ!お土産も持ってきてあげる!」


何もいらないからもう来ないでくれ……



深くため息をつき、それで何か言われそうだと顔を上げると――――――



目が、合った。



見つめ合った1分にも満たないだろうその間、俺は初めてと言って良い程に動揺していた。



何もかもを見透かしてしまいそうな宝石のような瞳。


その輝きに、俺の心はどうしようもない位にかき乱されていた。


全て拒絶したいような、それでいて全て受け入れたいような、激しい葛藤。


結局それが何なのかは目を互いに逸らした後も分からない。


だから、


「じゃあ、また後で、クロス君」


さっきより少しだけ血色が良くなったようなニーナに、


「クロス…俺のことはクロスで良い」


と言ってしまった理由も分からない。



ただ、俺の顔を驚いたような、それでいて泣きそうなほどに安堵したような笑顔で見るニーナに、俺は間違ったことはしていないと思えた。



「またな、ニーナ」



別れ際にそんなことを言ってしまったのに気づき、顔をしかめる。




俺は、また彼女に会いたいのだろうか。


これまで本能以外の欲求をほとんど感じることなく生きてきた。



今さら、人の温もりを欲するなんて、有り得ないことだ。



――――――――でも。




……あーあ、考えるのもメンドクサイ。


とりあえずここでそのまま待つのも癪だし、別の場所に移動するか―――――――

性懲りも無く新しいのを書いてしまいました……


更新、できるだけしていきますのでよろしくです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ