第2話〜escape〜
あれから幾月経っただろうか。この暗い地下施設だと昼夜の堺もいまいちハッキリしない。ただひたすら闘いだけを身体に教え込まれた。人体の急所、心理の駆け引き、そして力の使い方・・・
どうやら身体に石を埋め込まれた人間は何らかの能力が備わるようだ。だがそんな知識も僕には興味がなかった。
生まれながらにして強大過ぎる力以外持たない僕にとって闘いのみが自己の証明だった。来る日も来る日も血だけが流れていく。もうどれだけの人を殺めただろうか。流れた血の分だけ僕の感情も薄らいでいった・・・
そして殺生という言葉のみが僕に残ったある日、事件は起きた。
静まりかえった真夜中の静寂。窓すらないこの部屋の中で目に留まるものは何もなく、己の心音のみが意識に入ってくる。静寂の中を波打つ一定のリズムは耳をつんざく一発の爆音に掻き消された。眠りに就こうとした意識が無理矢理に引き戻される。
「緊急事態発生!緊急事態発生!エリア7にて脱走者出現!人数の詳細は不明!至急各エリアの警備員は脱走者の駆逐に務めよ!生死は問わず!繰り返す・・・・・」
警報が鳴り響き、警備員達の怒号があちこちで起きる。どうやら脱走者が出たらしい。こういう類いの施設だとよくあることだ。
― 無駄な事を ―
そう吐き捨てて布団に潜った。
仮にこの施設から脱出できたとしてもそう易々と安息は手に入りはしない。絶え間なく追っ手の影に脅えることになる。ましてや軍司施設である。そう簡単に逃げ切れはしない。賞金なりなんなりを餌にして世間を味方に就けて血眼になって捜すだろう。どのみち自分には関係のない事・・・・・とも言えなくなった。突然部屋のドアが吹き飛ばされ、彼の頭上を掠めた。
振り向きもせずに硝煙の向こうに問い掛けた。 「誰?何か用?」
いかにも興味がないといったように最低限の質問をした。ところがドアの向こうの主はズカズカと部屋に押し入り彼を肩に担ぎ上げた。本当になにもかもいきなりだ。
「何するのさ。僕まで巻き込まないでよ」
そう言いつつも何の抵抗もしなかった。彼を担いだ、肉付きの良い男が答えた。
「寝ているところをすまんな。まぁ察する通り俺は脱獄者だ。ここを抜け出すのは問題ないんだがその後の追っ手を振り切るのに少々人手不足でね。悪いが手伝ってもらいたい」
そうさらっと答える間にも男は片手の銃で十人近くの警備員を撃ち沈めていった。
「やだよ。なんで僕まで巻き込むのさ。死ぬなら勝手に死んでよ。こんなくだらない事で僕は死にたくないよ」
そう断りながらも一向に抵抗する様子を見せない少年。
「まぁそう言うな。お前の腕を買って出てるんだ。それに損はさせないぜ?今手元にお前の事が記された書類がある。身体記録からお前の回収場所、収容以前のお前の情報の記された書類だ」 ピタリと少年の動きが止まる。
― 僕の記録? ―
自分の名前さえ知らない少年にはこれ以上魅力のあるものはなかった。感情を失った彼に希望という言葉が生まれた。今まで闘う事によってのみ自分を理解してきた。しかし本当の【己】の手掛かりが目の前にある今、何を躊躇う必要があるだろうか。
少年の沈黙を察した男は最後の扉を撃ち破った。
「契約成立の様だな!悪いが早速働いてもらうぜ!」
そう言って彼を降ろすと短剣を二振り渡した。 「闘えるな!?この先の林まで死ぬ気で走れ!奥で仲間がジープを留めてある。そこに俺の仲間がいるからそいつらと合流して逃げろ!俺はもう一カ所の方から逃げる!いいな?!必ず生き残れ!」 そう言うと男は書類を渡して走りだした。その場に残された彼は書類を懐に収めて短剣を握った。こういう武器の扱いには慣れてる。
彼は走り出した。頭上を飛び交うガンシップに目もくれずに。ただひたすら前だけを見て。たった一人の希望を抱いて。