prologue〜in my heat〜
目を開くとそこは果てしなく広がる砂漠だった。見えるものといえば熱気で揺らぐ砂と雲一つない空のみである。
その中心に僕はいた。Tシャツとジーンズ姿の僕の小さな手には身の丈近くある剣が握られていた。持ち物といえばそれだけだった。
僕、何してたんだっけ?
そう思い耽っていると、足元から白く輝く靄が現れた。靄は僕の目の前でなにやら姿を変えていく。すると靄は白く輝くヒトガタになった。
なぜか僕にはこの靄がとても愛おしく思えた。愛らしいその靄に触れようと僕が手を伸ばすと靄に口が現れ、靄はにっこりと微笑んだ。その笑顔が、なぜか切なく思えた。僕はたまらなくなって、思い切って靄に手を伸ばした。
なんでだろう。なぜか僕にはこの靄がとても大切なものに思えて、なぜかこの靄が消えて失くなってしまうような気になった。
その考え通り、僕の手が靄に触れる瞬間、靄の周りの足元から錆混じりの鉄の壁が現れた。鉄の壁は天まで届くほどに高く伸びていった。
いまや僕と靄は完全に隔離されてしまった。僕の目に写るのはもうこの鉄の壁だけだった。
心の奥から込み上げてくる【悲しみ】という感情に任せて僕は剣を振るった。甲高く鳴る、金属同士の接触音に伴って僕の小さな体が痺れた。
鉄の壁にはうっすらと傷が付いただけだった。僕は剣を握り直すとがむしゃらに壁を斬りつけた。火花と金属音が絶え間なく巻き起こる。
開け!開けよ!なんで邪魔するんだよ!
奥歯を噛み締め、ひたすら剣を振っていると涙が滲んできた。泣きじゃくりながらひたすら剣をふる。手の皮が剥けて血が滲んだ。だが痛みは感じなかった。絶え間なく飛び散る火花に髪は焦げ、顔は煤けた。
ああ。思い出した。僕がここにいた意味を。僕はかけがえないものを取り戻したかったんだ。
だからこの剣を。力を手に入れたんだ。大切なものを取り戻すために。この砂漠は僕自身だ。力と引き換えに全てを失った僕自身の虚像だ。力を求め過ぎた僕には、愛したものの姿はおろか名前さえも忘れてたいた。
虚無と絶望の中、僕はただ剣を振る。愛したものを探し求めるために、僕自身の証明のために。