最終話 エピローグ。ホームにて
閑散としたローカル線の無人改札駅のホームには、その二人の男女以外、誰もいなかった。
20代半ばと思われるスタイルのいい女性は、ハンカチでパタパタと自分の首筋に風を送りながら、電車が来るはずの方角をじっと見ている。
淡いブルーのチュニックが涼しげだ。
側に立っている18、9の少年は、ふいにイタズラっぽい微笑みを浮かべて女に近づいた。
「今日もあの真っ赤なワンピース着られたら、どうしようかと思ったよ。ハワイのビーチに来た訳じゃないんだからさ、あんなに目のチカチカする服はやめた方がいいよ、美沙。目立つし」
美沙と呼ばれた女は声の方を振り向くと、持っていたハンカチでその少年の細面の頬をパンと叩いた。
「生意気言うわね。いつからあんたは人の服装をチェックするようになったのよ。あのワンピはねぇ、友達のブティックで無理やり買わされてから一度だって着たことが無かったのよ。高かったのにさ。金魚かってくらいに赤いじゃない? どこに着て行けっていうのよ。腹立たしいからここで着てやったのよ」
美沙はまたパタパタとハンカチを振る。
「美沙のムシャクシャの対処法は、よく分からないね」
少年は面白そうにクスクスと笑った。
美沙は屈託なく笑う少年にチラリと視線を送ると、そのサラリとした少年の栗色の髪を、手入れの行き届いた指先で軽く摘んで引っ張った。
「あ…」
珍しく自分にちょっかいを掛けてきた事に驚いた様子で少年が振り向くと、美沙は眉間に皺を寄せて言った。
「分かってると思うけどさ。あんまり他人に余計なことするんじゃないわよ。自分で自分の首を絞めるようなことは、もうやめなさいね」
厳しく、冷たい声だ。
少年はじっと、その淡い色の目で美沙を見つめた後、ただニコッと笑った。
了解とも、反発ともとれる笑みだった。
陽炎にゆらめきながら、くすんだグリーンの列車が静かにホームに滑り込んできた。
「やっと来た」
バッグを持とうとした美沙がうっかりハンカチを落とすと、少年はごく自然な動きでそれを拾おうと手を伸ばした。
二人の指先が触れそうになったとき、美沙はあからさまに眉間に皺を寄せ、手を引っ込める。
少年は笑った。
「相変わらず露骨だよね、美沙は。僕はバケモノじゃ無いんだから」
美沙はハンカチを拾うと体を起こした。
「あんたはバケモノよ」
辛辣にそう言うと、美沙は自分のボストンバッグを持ち上げ、開いたドアから列車に乗り込んだ。
「ひどいこと言う」
特に気にする風でもなくカラリと呟くと、少年も自分のバッグを肩に掛け、美沙の後を追ってドアの中に消えた。
けれども少年は気付かない。そう言った美沙の胸が、ナイフで刺されたように痛んだ事を。
二人を飲み込んだグリーンの列車は、ゆっくりドアを閉めた。
この3日間、ずっと彼らを包み込んでいた耳鳴りのような蝉の声が、やっと消えた。
(END)
この少年が、13~15話の(青年)です。
彼が、どんな少年なのか、おわかりいただけたでしょうか。
きっとまだ、すっきりと分からない方が多いと思います。
実は、この「呵責の夏」というのはサブタイトル。
『KEEP OUT』シリーズの第1弾です。
次回から、この「呵責の夏」の友哉の物語と平行し展開された、全く別の物語が始まります。
あの3日間に起こった、もう一つのドラマをお楽しみ下さい。
彼らこそ、これから始まるKEEP OUTシリーズの主役たちです。
次回、『KEEP OUT2 少年春樹』 を、宜しくお願い致します。
さあ、時間を、友哉がこのホームに降り立った、3日前の、あの時間まで巻き戻してください!




