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第10話 怒り

翌日その場所に行ってみると、夜のうちに降った雨のせいで滝壺の水は少しばかり濁っていた。

けれど友哉と由宇を落胆させたのは、その場に先客が居たことだ。

一番会いたくなかった奴らだ。


「何もんくありそうな顔しちょんじゃ友哉。俺らがここにおったら悪いんか?」

木ノ下と山岸を引き連れた富田は、ニヤリとして言った。

「お前らいっつもコソコソ、こんなとこに隠れて遊びよんじゃろ?」

木ノ下も山岸も、富田が側に居るときだけは、自信満々に暴言を吐く雑魚だ。

友哉は吐き捨てるように言った。

「何もコソコソしちょらせん。行こう、由宇」

けれど、由宇は不満そうだ。

「サナギは?」

「あんなもん、いつだってええやろ? もう行こうや」

そう言って由宇の手を取った友哉の後ろから、富田が低く言った。

「仲がええよな、お前ら。友哉は保奈美の代わりにええペット見つけたんよな」

友哉は勢い振り返り、富田を鋭く睨みつけた。

「何ゆうた!」

「ほら、当たったから怒るじゃ。みんな知っちょうで。友哉は保奈美に惚れちょうから。でも保奈美は高嶺の花やけ、代わりによう似ちょう由宇で遊びよるって。由宇にキスでもしたんか?」


言い終わる前に友哉は富田に飛びかかっていた。

湿った枯れ葉の上に突き倒すが、がたいの大きい富田に逆にひっくり返され、そして勢いあまりもう一回転がった。

その弾みに、至る所に浮き出ている木の根に富田はしたたか頭をぶつけ、鈍い音をたてた。

「このやろう!」

富田に加勢しようとした二人に押さえ込まれそうになったが、闇雲に振り回した友哉の腕が二人の鼻っ柱にヒットし、情けない子分どもはすぐさま脇へ退いた。

しかしボスはそう簡単はいかない。体格の差から友哉はすぐに形勢を逆転されひっくり返され、富田にのしかかられた。

怒りに引きつった顔のまま、富田が友哉に拳を振り上げた瞬間、由宇が金切り声を上げた。


けれども富田を止めたのはその声では無かった。

由宇の声に共鳴するように激しい落雷の音が大地を震撼させた。稲光と同時に轟いた強烈な爆音は少年達を飛び上がらせ、我に返した。

すかさず降り出した激しい雨が、このままそこに居るのが危険であると警告してくる。

鬱蒼とした木々の葉の天蓋を突き抜けて落ちてくる激しい雨の中、友哉は富田達を睨みながら由宇の手を取った。そして黙って滑りやすい岩や木の根を避けながら、遊歩道までの坂を上りはじめた。

まだゴロゴロと不気味に喉を鳴らす雷を警戒し、先ずは由宇を無事に帰すのが先決に思えたのだ。


「由宇!」

まだその場に座り込みながら富田が叫んだ。

「虫かごなあ、向こう側の洞穴の中に置いたけ。お前、取って来いや。大事なんじゃないんか?」

由宇は富田の言葉に体を固くした。

富田は昨日の、あのやり取りを聞いていたのだろうか。まさか、後を付けて来たのか? 

友哉は虫唾の走るような嫌悪感を覚えた。

「なぁ由宇。怖あて、行かれんか? お前は友哉にくっついて歩くだけの金魚のフンじゃけ。なんもようせんやろ」

理解に苦しむ言いがかりに困惑し、友哉をチラリと見る由宇。

「バカの言うことは放っとけ!」

言い捨てると友哉は由宇の手を引き、坂を登っていった。

富田を振り返ることはしなかった。

雨に打たれながらも、気違いじみた言いがかりを付けた富田が不気味で仕方なかった。

富田の一連の言動は、ただの幼稚な焼き餅なのではないかと思ったが、そんなことで免罪にしたくない。

そんなことで、友哉が受けた「侮辱」が軽減されはしない。

その腹立たしさは、尚も友哉の胸の奥で煮えたぎり、怒りが手足を冷やしていった。


ただ黙々と足早に、滑りやすい山道を、由宇の手を掴んだまま進んだ。

雨足が弱まり雷鳴が遠ざかると、緊張が解けたのか、由宇がポツリと小さく言った。

ずっと言いたくて仕方なかったのだろう。

「サナギ、・・・大丈夫かな」

こんな時に、何がサナギだ!

「知るか! どうだってええよ、そんなもん!」

吐き捨てるように言うと、由宇は悲しげに顔を歪めた。

「羽化したのに、虫かごの中じゃ、可愛そうだね。・・・死んじゃうかな」

友哉の中で、何かがブチンと切れた。掴んでいた手を、乱暴に振り払う。


「俺がカゴに入れたから悪いんやろ? そう思うたらそう言えや! ムカツク喋り方すんな。そんならお前が行って、カゴ取って来いや、金魚のフン! だいたい、全部お前のせいじゃ。お前らが来るまで、俺はなんも普通にしよったんじゃ! なんもいらん事考えんと、楽しいしよったんじゃ!」

友哉は早口で捲し立てると、青ざめた由宇を睨みつけた。

それが、富田のそれよりも馬鹿げた嫌がらせであり、逆恨みなのだと気付いていても、堰を切ってしまった怒りは止められなかった。

ジワリと目頭が熱くなり、涙が滲んできた。

いやらしい。汚らわしい。自分の中にあった感情を富田に見透かされた。あざ笑われた。

悔しいくて腹立たしくて、何に怒りをぶつけたらいいのか分からなかった。

「全部、お前らのせいじゃ! お前らなんか、来んかったらよかった!」


雨はもう止んでいた。

再びムンとした気持ちの悪い熱気と土の匂いが肌を包み込む。

一つ息を吸って少し我に帰った友哉の目に映ったのは、ただ困惑して、青ざめた由宇の姿だった。

全身ずぶ濡れで、その頬に伝うのが雨水なのか涙なのか分からない。

小刻みに唇が震えている。

友哉は、ただその姿を見つめた。

まだ気持ちをコントロール出来ずにいる友哉には、ただ無言で見つめる他に、どうしようもなかった。

自分の口から出てしまったのが本心なのか、そうでないのかも分からない友哉には。


ただ、その悲しげな姿が、目に焼き付いて離れない。

今もだ。


それが、記憶の中の、由宇の最後の姿だった。



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