表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無色透明な君  作者: 風 薫
1/1

第一話

 私は春が大嫌い。

 水色の空に咲く薄桃色の桜、地面には赤、青、黄色と並んだチューリップ。

 人々は渋い色のコートを脱ぎ、華やかな色合いの洋服を纏って街は賑わう。

 しかも入学や入社といった新しい生活を迎える者がそこかしこに溢れ、不安と緊張をまき散らしている。


 ところで、知ってる?

 不安は「ねずみ色」で、緊張は「赤色」なんだってこと。

 

 私、大葉桃子は人の感情が「色」で見えてしまう所謂「びっくり人間」なのだ。

 「色」は全身から炎のように立ち昇っていて、思いが強ければ強いほど大きくなる。

 花見の時など最悪で、子供の頃は血のように赤い桜を見ては恐怖でちびったものだ。

 あんな地獄絵図みたいなものを見て、どこが楽しいの?

 子供の頃の私は、「色」は誰もが見えていると思っていたから大人に質問した。

 すると「頭は大丈夫か」「知能検査に行った方が」と心配され、ママは泣くしパパは怒るし。

 「色」を話すことはイケナイ事なのだと理解してから、無口になった。

 でも無口で暗い子は、格好のいじめの標的なんだよね。

 靴を隠され、水をかけられ、悪口を黒板に書かれたけど、もちろん「色」を見れば誰がやったのかなんてすぐわかる。

 攻撃・からかいの色はオレンジ。オレンジを出しているのは同じクラスの女子3人。

 仕返しに、彼女達の好きな男子の名前をクラス中にばらしてやった。

 そんな経験から気が強くなり、さらには様々な事件に巻き込まれた結果、私はすっかりひねくれた女子高生に成長してしまった。


 ていうか、ぐれてもいい?


 高校1年生の時、学校で起きた殺人事件に巻き込まれて地元にいられなった私は、高校2年の今日から東京に住むママの姉、つまりはおばさんの家に居候して新しい高校に通うことになってしまったのだ。

「なんで私が転校しなくちゃならないのよ! 納得できない!」

 ボブの髪を指でガシガシととき、イライラマックス状態で学校への道を歩く。

 真新しいブレザーとチェック柄の短いスカート。

 ローファーを下品に踵を踏みつぶして歩いても、すれ違う人は誰一人見向きもしない。

 ここは東京。

 無関心で無口な人々は、心の中に色々な感情を押し込んで生きている。

 田舎と比べると、「色」の多さが半端ない。

 感情は「色」の洪水となり灰色、赤、青、オレンジ、紫が走馬灯のよう流れてる。

 他にも花柄の服、沢山の黒い車、巨大なマンションの白、草木の緑…………

 ぐるぐる色が回る。

 ぐるぐる目が回る。

「やば。色酔いした……早く学校に行こう」

 目をつぶり、下を向いて横断歩道に足を踏み出した。

「あぶないっっ!」

 腕をひっぱられると世界がぐるりんと回転し、遠くで車の急ブレーキ音。

 視界のシャットダウンと膝・尻への激痛。

「いったあーーいっっ」

「き、君たち、大丈夫かっ?」

 運転手だろう、頭上から震えた声がする。

 大丈夫じゃないし! 膝すりむいたし! おしり痛いし!

 文句の一つでも言おうとまぶたを開くと

「大丈夫です。すいません、飛び出してしまって」

 と、男の声が耳元で聞こえてぎょっとする。

 尻餅をついたまま男の胸に抱きしめられてる状況に気が付いたからだ。


 誰っ!? 何っ!?


 顔をあげ、男の顔に危うくぶつかりそうになり息が止まる。

 ぶつかりそうになったことよりも、その綺麗な顔に驚いた。

 卵型の顔に絶妙のバランスで納まった切れ長で真黒な瞳と薄い唇、きりりとした眉を隠す少し長め前髪。

 イケメンだ。

 色気のある超イケメン。


 やっぱ東京はすごいや、なんて見ていると、彼は自身の汚れた膝や尻を叩き立ち上がる。

 そして「ほら」と言って私へ向け手を差し出した。


 イケメンで紳士ですかーっっ。


 感激しながら少し日焼けした手をとると、温かくて大きい。

 立つと私より頭一つ分背が高く、きゃしゃな割に広い胸や爽やかな男性用コロンの香りはパパとは違った。

「じ、じ、じゃあ! 僕は行くからね」

 運転手はそそくさと車に乗り込むと、猛スピードで走り去っていった。

「あーっ! 逃げたーっ!」

「逃げた?」

 私のセリフを繰り返した彼は「ふぅ」とため息をつき、足元で原型を留めていない黒縁眼鏡を拾った。

「俺には君があの車に向かって飛び込み自殺をしたように見えたけど。信号も赤だったし」

「自殺!? そんなわけ……」

 そういえば私、色酔いして目をつぶったまま横断歩道を渡ろうとしてたっけ。

 彼が助けてくれなかったら、私は今頃この世にいない。

「えっと……すいませんでした。確かに信号見てなかったのは私だし。その眼鏡、弁償させてください」

「伊達眼鏡だから気にしないで。じゃあ学校遅れるから先に行くね」

 ニッコリ微笑み右手を挙げると、彼は風のように走って行ってしまった。

 その爽やかな笑顔に見とれて動けない。


 あれ?

 なんかいつもと違う。

 何が違う?

 何が……


「色……色だ! 色がなかった!」

 何色もついていない、無色。

 彼は無色だった!

 無色の人間なんて――――ありえない!

 無色ってことは、感情がないか、死んでるか、人間じゃないか。


 そのなのありえないでしょ!?

 何者なのアイツは――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ