21日 第三アケディア 〜おじさんのなぞなぞ〜
……五度目である。何がとは言うまい。
ベッドから降りてリビングに向かう。
お母さんがキッチンで何かやっているらしい。背中が見えた。お父さんの姿はない。
「おはようお母さん。お父さんどうしたの?」
「おはようアンネリーゼ。お父さんはまだ寝てたから置いてきたのよ〜。」
「そっか。」
振り返った母が笑顔で言う。
たぶん、お父さんが疲れてるだろうから寝かせてあげてるんだな。
包丁が食材を切る音がする。なにか作っているらしい。ちょっと近寄って見てみる。
「危ないからあんまり近寄っちゃだめよ。」
「じゃあ、ここで見てるね。」
止められた。まあ、当たり前である。
少し離れた位置から母の手元を見る。昨日買った緑や赤の野菜が切られて、まな板の上に置かれている。
「これどうするの?」
「パンに挟んで食べるの。サンドイッチって言うそうよ。よく知らないけど王都の料理らしいわ。」
「へー。」
サンドイッチ!
食物資源に乏しいこの街で食べられるとは。
しかも王都で食べられている? ……他の食べ物もあるかも。将来は王都に行って、日本食を探すのもいいかもしれない。
しばらくお母さんの調理風景を見ていると、お父さんが大きなあくびをしながらのそのそと寝室から出てきた。
「ふあ、おはよう二人とも。」
「お父さんおはよう。」
「ふふ、おはようあなた。今日の朝ご飯は新しい料理に挑戦よ。」
「それは楽しみだなぁ。」
具材が挟まったサンドイッチが、お皿に乗せられたのを見て自分の席に座る。
見た目はレタスとトマトとチーズの挟まったサンドイッチだ。おいしそう。
さっそく一口食べたお父さんが、おいしいおいしいと言いながら食べ進めているのをお母さんが笑顔で見ている。
わたしも食べよう。
サンドイッチの具がこぼれないように持ち上げて、かぶりつく。
固いパンにシャキシャキのレタスとみずみずしいトマト、食べ慣れたチーズの味がしておいしい。
……異世界転生してサンドイッチが食べられるとは思わなかった。
半分くらい食べたところで、サンドイッチの後ろからトマトがこぼれ落ちた。お行儀が悪いが、指でつまみ上げてサンドイッチに戻す。脱走するな。
わたしが食べ終わる頃には、お父さんとお母さんはコーヒータイムに入っていた。
わたしもコーヒーを飲みたいけど、子供の味覚にはコーヒーはおいしくない。
いつものようにヤギ乳を飲む。いっぱい飲んで大きくなろう。
コップ一杯のヤギ乳を飲み干したタイミングで、玄関の方からノックのような音がした。お父さんが席を立って見に行く。
しばらくして、お父さんがわたしを呼ぶ声が聞こえたので玄関に向かう。
開かれた扉の向こうにテオドールが立っていた。
「あ、テオ兄ちゃん。」
「おう。アンネリーゼ、今日用事あるか? ないならみんなで作った泥団子見せ合いっこしよう。」
「……お父さん、いい?」
見上げると、父がうなずいた。
「いいよ、遊んでおいで。テオドールくん、うちの娘をよろしくね。」
「はい。アンネリーゼをお借りします。」
父からの了承を得られたので大丈夫そうだな。何やら男同士の約束も交わされたようだし。
着替えてくる、と言って部屋に引っ込む。外遊び用の服を着て、リビングの母にも声をかける。
「テオ兄ちゃんたちと遊んでくるー。」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
玄関をくぐるとき、お父さんが街の外には出ないようにといつものように言うのに返事をして、外に出る。
「走ると危ないから、歩いていこう。」
「うん。」
ほんとテオドールいいやつだな。
二人で歩いて、泥団子を作った場所まで到着した。デニスとエミリーがなにやらお喋りしている。
「アンネリーゼ呼んできた。」
「よし、じゃあ、さっそく泥団子見せ合おうぜ!」
「私の泥団子あっちー。」
それぞれ自分の泥団子を取りに行く。
わたしの泥団子は赤いレンガみたいな石の上に置いてたはず。
……あった。あまりツヤツヤでもピカピカでもない普通の泥団子だ。一言で言うならやや小さめ。
石ごと持って、なんとなく輪になるように全員集まる。
「俺の泥団子割れてたー。」
「壊れちゃってるね。」
デニスの泥団子は見る影もなく崩れてしまっている。
……泥団子作りって性格が出るな。
個人的にはエミリーの泥団子は几帳面って感じで、テオドールの泥団子は丁寧って感じだ。
「アンネリーゼの泥団子は小さくてかわいいな。」
「だって手が小さいもん。」
「おっきくなったらおっきい泥団子作れるぞ!」
「おっきい泥団子って乾かすの大変そう。」
泥団子トークが続く。
ふと、視線をそらしたデニスが突然、「おじさん!」と大声をあげた。
全員で視線を向けると、よくお菓子をくれるおじさんこと、冒険者のイドルおじさんがいた。デニスの声に気がついたのか、こちらにやってくる。
「ガキンチョども〜、元気か?」
「元気ー! 見ておじさん! 俺の泥団子! だったやつ!」
「くくっ……自信満々に言うやつかそれ……」
……見た感じは元気そうではあるけど、なんか覇気がない? よくわからない。
「おじさん笑ったー! ユリスから元気ないって聞いて心配してたんだ!」
「あー、……心配させちまったか。女将さんにも大将にも気を使われてなぁ……。」
「悩みがあるなら聞きますよ。俺たち子供なので解決するとは分かりませんけど。」
おじさんが頭をかく。なんか悩んでるみたい。
「……お前さんたち、理解できないものを見た時、その理解できないものをどうする?」
神妙な顔をしたおじさんが問いかけてきた。禅問答かなにか?
「なぞなぞ?」
「理解できないものによりますかね……。」
エミリーとテオドールが悩んでいる。わたしもわからん。
「わかんないならわかんないままほっとけば?」
あっけらかんとデニスが言い放った。
シンプルすぎないか。あんまり考えずに言ってそう。さすがデニス。褒めてはない。
「……そうか。ま、ガキの言うことも一理あるかもな。」
頭をかいて笑う。でも目は笑っていない。
デニスの頭をワシワシと撫でて、イドルおじさんは去っていった。
「……おじさん変なのー。」
「大人って色々あるから……。」
「……大人って大変だね。」
デニス、テオドール、エミリーの言葉にわたしは内心頷いた。
なんとなく、大人になるって悲しいことなの、と言うゲームの名言を思い出した。……なんか嫌な記憶が蘇りそうだ。たぶん使うべきタイミングが違う気がする。
「……。遊ぶかぁ。」
「なにする?」
「形のいい石探そうぜー!」
駆け出したデニスを追う様にエミリーも走り出す。
走り出した二人の背中を見ながら、ふとさっきの言葉を思い出す。
理解できないものを見た時、どうするか。
……まあ、いっか。
そう思って、わたしも後を追った。




