20日 第三スペルディア 〜焼肉〜
仏の顔も三度までと昨日言ったな。
……四度目だ。どうやら仏は顔を背けたようだ。
また女神が夢に出た。だが、そんなことはどうでもいい。
今日はお父さんの仕事は休みのはずだったが、昨日の夜帰ってきた時に、背後に暗雲を背負っていたのでだいたい察した。
領主の秘書って大変そうだな。
ベッドから這い出てリビングに向かう。
お母さんが椅子に座ってなにかを飲んでいるらしい。持っているカップから湯気が出ている。……このにおいはコーヒーか?
「おはようお母さん。お父さんは?」
「もう出たわよ。」
「そっか。」
案の定、お父さんはもう出勤していたらしい。椅子によじ登って座るとテーブルにパンの乗った皿が置かれた。転生してからすっかり朝はパン派になってしまった。
パンを食べ始める。今日のパンもアゴが鍛えられる固さだ。
「お母さん今日は何するの?」
「お買い物に行くだけよ? アンネリーゼも来る?」
「行く!」
先日はお母さんに甘えるのが中途半端になってしまったから、今日こそはお母さんと一緒に過ごすぞ。
食べ終わって、よそ行きのちょっといい服に着替える。
買い物の準備が整ったらしい母と手をつないで家を出た。
我が家は街の中でも少し奥まったところにある。買い物に行くには住宅地を抜けて、広場付近まで行く必要がある。
途中で顔見知りに会うと、あいさつから軽い雑談が始まるので、わたしは愛想よくしつつその辺を見て暇をつぶす。
なんやかんや話しかけられるのを笑顔で対応すれば、賢い子だいい子だと褒めそやされるのでちょっといい気になる。我ながらチョロいな。
「お母さん、今日の晩ご飯なーにー?」
「どうしようか。アンネリーゼは何食べたい?」
来たぞ、この質問。
ここでなんでもいいと言うのは悪手だ。主婦が困る回答トップテンに入るだろう。記憶ないから知らんけど。
「お父さん頑張ってるから、お父さんの好きなものにしよー。」
「いいわねぇ。じゃあお肉買って焼いて食べようか。」
やった、焼肉だ!
* * *
お目当てのお肉も買えて、他の日用品も買い込んだ。
わたしは軽い荷物を母から預かって荷物運びのお手伝いだ。正直、五歳児の手伝いなんてない方がいいんだろうが、何も持たずについて行くのもよろしくない。母が持たしても大丈夫だと判断してくれた荷物を、落とさないようにしっかりと持つ。
「あら、ハンナさん?」
「まあ、シスター・クレア!」
広場を出たところで母の顔見知りに出会った。
黒い修道服の女性だ。
たぶん、聖アウレリア教会の人だろう。教会の人は貴重な回復ギフト? と言うのを使えるらしい。スキルとは違うのかな。
「そちらはアンネリーゼちゃん? 大きくなったわねぇ。もうすっかりお姉さんね。」
「ありがとうございます。」
「アンネリーゼは本当に手のかからない子で……。あの時は本当にありがとうございました。」
「いいのよ、困ったときは頼ってちょうだい。」
シスター・クレアの手がわたしの頭をなでる。手つきがとても優しい。
母は昔世話になったのか、お礼を言っている。……お母さん昔怪我とかしたのかな。
二人だけにわかる会話というものがあるので、邪魔しないように静かにしている。
「今日は会えてよかったわ。ハンナさん無理しちゃだめよ。アンネリーゼちゃんもまたね。」
「気をつけます、シスター・クレア。」
「またね。」
笑顔のシスター・クレアの後ろ姿を見送って、無言の母と立ちつくす。
……ちょっと聞いてもいいかな?
「お母さん、昔怪我したの?」
「んー、どうしてそう思ったの?」
「だって、教会の人って回復してくれるんでしょ。」
「そうよー。アンネリーゼはよく知ってるわね。」
「むかしお世話になったのかなって。」
「……そうね、お世話になったわ。でもそのおかげでアンネリーゼと会えたから大丈夫よ。」
母の手がわたしの頭に置かれる。
……なんとなく理解した。これ以上は聞かなくてもいいことだろう。
母の手がひと撫でして離れる。
そのままどちらともなく歩き出す。
家に到着して、お母さんは食料品をキッチンに置きに行った。わたしは持っていた荷物をテーブルの上に置いて、手を洗いに移動する。
「せっかくだからこれで焼くわよ〜。」
戻ってくると、お母さんが鉄のフライパンみたいなものを重たそうに持ちながら掲げている。なんかキャンプで見たことあるやつだ。名前は知らない。
「それなーにー?」
「これねぇ、スキレットって言うのよ。焼くと持ち手も熱くなるから、アンネリーゼは触っちゃだめよ。」
「わかった。」
持ち手も熱くなるのはちょっと不便だな。だからしまい込まれてたのかな?
お母さんは戸棚を開けながら、「これも使っちゃお〜。」とピンク色の塊を取り出した。
「それは?」
「岩塩よ。アンデールのおじいさんから頂いたの。せっかくだからお肉につけて食べましょうか。」
「おお〜。」
なんかお高そうだ……。
サラッとこういうものが出てくる母の人脈は恐ろしい。
ハーブなどの調味料も用意して、お母さんの料理が始まった。……お父さん、ちゃんと帰ってこないと冷めたお肉を食べることになるよ。
母の指先がかまどに火をつける。横で見ていて思うけど、ほんとこれ便利だな。
火のついたかまどの上に、持ち手に布が巻かれたスキレットが置かれた。
お肉の脂身の部分だけをスキレットに落として焼き始める。……ちょっといいにおいがする。
「……アンネリーゼ、楽しい?」
「うん。」
「あぶらが跳ねちゃうから気をつけてね。」
母の言葉に一歩下がる。油ハネは危ない。
スキレットにお肉が投入された。じゅうじゅうと肉の焼ける音がする。
母の手はテキパキと動いて、肉が焦げつかないようにしたり、ハーブを入れたりとせわしなく動いている。
……手際がいいなぁ。
料理動画とか見るの、好きだった気がする。何かが出来上がる工程が面白いからかな。
お肉を焼き終える頃、お父さんが帰宅した。
くたびれた顔をしていたけど、お母さんの顔を見てシャキッとしてた。ほんとうにお父さん、お母さんのことが好きだな。
お父さんのお皿にお肉が多めに盛り付けられる。今日はお父さんのお疲れ様会だ。
「……こんなに食べていいのかい? アンネリーゼちょっと食べるか?」
「お父さんが食べて!」
「アンネリーゼもそう言ってるし、食べてちょうだいな。今日の晩ご飯はお父さんの好きなものにしようって、この子が言ったんだから。」
肉の盛られ具合に恐れおののいた父が、わたしに食べさせようとするが、これはお父さんの分だ。
お父さんはお母さんの言葉に感激したのか、わたしの頭をなでてくる。……今日は色んな人に頭をなでられた気がする。
お父さんとお母さんと一緒に食べたお肉はとてもおいしかった。




