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MMORPGの後日譚  作者: 志村くるむ
早緑月
5/8

18日 第三グライア 〜泥団子〜

 二日続けて同じ夢を見た。

 夢での女神のテンションが高かった気がする。聞いてもいないのに、初めての変身おめでとうだの、昨日は固い口調で喋っただの、色々と言っていた。

 ハイテンション不審者のことは置いといて、お腹が空いたから何か食べたい。

 リビングに顔を出すと既に母がいて、テーブルの上のカップに飲み物を注いでいるところだった。父の姿はない。


「おはよう、アンネリーゼ。」

「……おはようお母さん。お父さんは?」

「お父さんはお仕事よ。早起きして行っちゃったわ。」

「そっか。」


 父の仕事はだいぶ大変らしい。将来は領主の秘書にだけはなりたくないなぁ。

 椅子に腰掛けると母がパンの乗った皿を目の前に置いてくれた。薄切りのパンにチーズが乗っている。


「おいしくなるおまじないよ。」


 母の人差し指の先が、チーズの上で止まる。少し間があって、母の指先にライターのような火が灯り、チーズを焦がしながら移動する。焼きチーズのいいにおいがする。


「できたわよ〜。」

「ありがとうお母さん。」

「ふふ、このおまじないは内緒よ?」

「うん。うちだけの秘密でしょ。」

「そうよ〜。」


 母は指先から小さな火を出せる。初めて見た時は異世界すげえと思ったが、みんながみんなできるわけではないらしい。

 焼きチーズのパンにかぶりつき咀嚼する。

 飲み込んだタイミングで、ふと疑問が思い浮かんだ。


「お母さん、火を出す時ってどんな風にしてるの?」

「火を出す時? 難しいわね。言葉にするなら……ぐって力を込めて、出したい指から出す感じかしら?」

「ふーん。」


 感覚的なものか。よくある学問の魔法や魔術とは違うらしい。わたしも炎とか水とか出してみたかった。

 食後のヤギ乳を飲み干す。

 今日はお母さんの時短パートがない日だから、ログインして遊ぶのは今度にしよう。

 子供らしく、母に甘えて過ごすか。


「お母さん、お皿洗ったら髪の毛くくって。」

「いいわよー。じゃあアンネリーゼにはブラシとか用意してほしいなー。」

「わかった。」


 よし、母から許可が出た。わたし用のブラシと髪ひもを用意する。

 わたしの髪は銀色だ。茶髪の父と母にまったく似ていないが、髪と紫色の目と顔立ちがエレオノーラさまとやらにそっくりだと年寄りウケはいいので、それなりに気に入っている。


「三つ編みしてー」

「大きいの一本でいい?」

「いーよー」


 母の手が髪をすくい取り、適度に引っ張られて編まれているのがわかる。わたしの手にあった髪ひもを母が受け取り、わたしの髪を結んで終わる。


「できたわよ。アンネリーゼの髪の毛はつやつやだから触ってると楽しいわ。」

「ありがとうお母さん。」


 太い三つ編みが一本後頭部で揺れている。

 頭を左右に振ると三つ編みが振られて、髪にかかる遠心力が面白い。

 これが日本だったら、可愛い髪ゴムとかいっぱいあったんだけどな。ちょっと残念。


「お母さんこのあとお買い物に行こうと思うけど、アンネリーゼはどうする? 遊びに行く?」

「うーん、じゃあいつものとこ見に行って、誰もいなかったら帰るね。」

「街の外に出るのだけはだめよ?」

「はーい。」


 昨日、森に行って薬草を取ってきたのは内緒にしよう。

 遊び用の服に着替えて外に出る。

 道すがら会う人たちに可愛いと褒められて気分がいい。

 いつもの空き地に着くと、テオドールとエミリーとデニスがせっせと泥団子を作っていた。後ろで三つ子が泥まみれになりながらふざけ合っている。


「まーぜーて。」

「いーいーよ!」


 よし、許可は取れた。しゃがみ込んでいい土を探す。

 テオドールが小さなバケツを用意して、手のひらから出した水を注いでいる。祝福(ギフト)便利だな。あと領主の息子なだけあって面倒見がいい。


「これ、アンネリーゼの。足りなくなったら言えよな。」

「ありがとうテオ兄ちゃん。」


 バケツを脇に置いて、土をこね始める。

 一時期、日本でも泥団子作りが流行して、つやつやの泥団子の作り方とかネットに流れてたはずなんだけど、わたしは興味がなくて見てなかった気がする。今になって必要になるとは、不覚。


「そーいえばさー! アンネリーゼは昨日来た冒険者知ってる!?」

「知らない。」


 デニスが大声で喋りだした。声が大きい。

 デニスの親は冒険者ギルドで経理とか事務全般のことをやっていて、母の上司にあたる人だから、家で聞いた冒険者ギルドのことをみんなに喋りたくてうずうずしているらしい。

 ひたすら泥をこねる。目指すはツヤピカの泥団子。


「なんかー、真っ黒い冒険者で、森でグレーボア三体倒したんだってー!」

「……グレーボアを三体? そんな依頼があったのか?」

「ちがーう、シスターの薬草集めって言ってたー。」

「デニス! お仕事の依頼者は言っちゃいけないんだよ!」

「えー、シスター・クレアの依頼なんてみんな知ってんじゃん!」


 なんかうるさいな。

 気にせず泥に水を足す。……なんか水が多いな。土を足して混ぜる。


「デニス、その黒い冒険者って何人いたのか知ってるか?」

「バルトのおっちゃんは一人だって言ってたらしいよー。」

「黒いひとー?」

「なんのなはしー?」

「聞きたいー!」


 三つ子がフェードインしてきた。

 泥団子作ってるわたしが言うのもあれだが、泥まみれだからあんまこっちに来ないでほしい。


「黒い冒険者がグレーボアの頭ぐしゃって潰してたんだって!」

「つよー!」

「こわーい!」

「すげー!」

「……絶対デニスのホラだな。」

「ほんとだったら、すごいムキムキの人なのかしら……ルドルフおじさんくらい?」


 ……五歳児の手だと泥を丸めにくい。泥の量を減らして物理的に丸めやすいサイズにするか。


「泥団子ができたら乾かせるところに置いて、水場行くか。タローたちを洗いたい。」

「泥まみれだもんね。」


 泥団子できた。テオドールとエミリーも泥団子が完成したらしい。デニスは慌てて土をこねている。……三つ子も泥団子作るのか。


 出来上がった泥団子はそれぞれ気に入った石の上に置いて乾かすことにした。後日、出来を見せ合う約束をしながら水場に移動する。

 共用の水場は絶えず流れる湧き水を、昔の人が生活用水に使いやすいように整備してくれたものを今も使っている。

 水場近くにある沢に三つ子が突撃する。泥遊びの次は水遊びらしい。元気すぎないか?

 汚れた手足を洗って乾くまで待つ。日本と違って湿気が多いわけでないから、ほうっておくと勝手に乾くのが便利だ。


「あら、揃ってるわね。遊びの帰り?」

「ユリスか。」


 実家で宿屋を経営しているユリスが水を汲みに来たらしい。大きな容器を持って水場に現れた。


「ユリス! ユリスは知ってる!? 昨日の冒険者のこと!」

「冒険者? 誰か新しい人が来たの?」

「デニスが言うには、黒い冒険者が薬草集めの依頼でグレーボアを三体倒したんだって。」


 テンション高くデニスがユリスに話しかける。デニスの発言をさえぎるように、テオドールが簡潔に説明した。


「……うちにはそんな黒い人なんて来てないわよ。間違いじゃないかしら。」

「えー、バルトのおっちゃんがいつもの冒険者のおじさんから聞いたって父ちゃんが母ちゃんに言ってるのを聞いたぞー!」

「直接聞いてないの?」

「こーゆーのを信憑性に欠けるっていうんだな。」


 デニスの発言は他人の会話の又聞きと覚え間違いがほとんどだから、情報の精度としてはかなり怪しい。


「……いつもの冒険者のおじさんって、うちに泊まってるヒゲの人かしら?」

「だと思う。」

「あの人、昨日の夕方に帰ってきてから元気がないみたいで、お母さんたちが心配してたわ。どうしたのかしら……。」

「おじさん元気ないの?」

「本人は大したことないって言ってるんだけどね……。じゃあ、水も溜まったし、あたしは帰るわね。あんたらもさっさと帰りなさいよ。」


 おじさん元気ないのか。昨日は元気そうだったんだけどな。

 水の入った容器を持ってユリスは帰っていった。

 テオドールが三つ子に声をかけて、帰るように促している。三つ子が上がってきたのを確認して、全員その場で別れて帰ることにした。


「ただいまお母さん。」

「おかえりアンネリーゼ。お友達と遊んできたの?」


 家に帰り、出迎えてくれた母が尋ねてくる。……今日は友達と遊んだだけだから、やましいことは何もない。


「テオ兄ちゃんと、エミリー姉ちゃんと、デニスとタロージローミローと、泥団子作ってた。」

「あらそうなの。……アンネリーゼちょっと止まって。」


 母の脇を通り過ぎた時に呼び止められる。

 振り向くと母の目線はわたしの足元を見ていた。


「ワンピースの後ろのスソにちょっと泥がついてるわ。着替えましょうか。」


 不覚。

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