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第2話  記憶引継ぎ機能の有無は指定できてもいいだろうがよ





意識の底から浮上する感覚は、酷く緩慢だった。まるでインフルエンザが治った翌日のように。


あの茹だるような真夏の暑さも、頭を締め付けていたヘルメットの不快感もない。ただ、全身を包み込むのは、産毛の先までが震えるような、瑞々しくも冷涼な空気の感触だ。


(……救急車? いや、病院か?)



熱中症で倒れたのだと思った。看板のあった場所で倒れ、親切な誰かが通報してくれたのだろう。


そうだろうと想像した。そうであるはずだと想像しようとした。


ゆっくりと瞼を持ち上げる。



視界に飛び込んできたのは、無機質な病室の天井ではなく、淡い光を透かす巨大な「木の葉」の天蓋だった。



「……っ?」


声を出そうとして、喉が震える。だが、漏れ出たのは聞き慣れた自分の低い声ではなく、鈴の音を転がしたような、高く澄んだ旋律だった。


驚いて飛び起きようとするが、感覚がひどくズレている。手足の長さ、重心の位置、視界の高さ。全てが自分の記憶にある「俺」と噛み合わない。重心が変わっているという事か。 すぐには体を動かせず、やっと動かせて・・・・


慌てて自分の手を見る。

そこにあったのは、部活や自転車のペダルでついたマメ一つない、透き通るように白く細い指先だった。指は細長く、爪は真珠のような光沢を帯びている。


「え、……なに、これ。華奢過ぎて吊革掴まっていても電車が揺れる度に吹き飛ばされそうだな。」


反射的に自分の胸元に手が伸びる。

……薄い布越しに伝わる、申し訳程度の柔らかな膨らみ。

股間にあったはずのブツはお約束なのか消失していた。


生えていたら、生えていたで反応に困るけども。


「うわあああああああああ!?」


悲鳴を上げながら転がり落ちる。そこは、巨大な樹木の中をくり抜いたような幻想的な部屋だった。壁際に置かれた水瓶に、必死の思いで顔を突っ込む。

水面に映っていたのは――。


エメラルド色の瞳。

透き通るような銀髪。

そして、人のものとは思えないほど尖った、長い耳。


あー、なんでこの色なんだろう



そう、思う前に気づいたことがある。


絶世の美少女(地球基準だからこの世界では知らない)、と言って差し支えない容姿のエルフが、水面の中から驚愕に満ちた顔でこちらを見返していたからだ。


「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! なんだこれ、夢か!? ルソーの『第二の誕生』ってこういう意味じゃねえだろ! 性別からやり直せなんて聞いてねえよ!どうせやり直すんだったら可愛い女の子がいいじゃろってか???『わぁ、嬉しいです!!!』なんてならねえんだよ。自分の容姿なんてこれから何年も生きてれば慣れるし、生活のあらゆる面で適応しなくちゃいけねえだろうが・・・・」



カッとなって出した声だったが、随分と可愛らしい少女の声だった。ふわふわしていて全く怖さがないのだ。プロの声優さんでも目指せるんじゃないかとか、でも一瞬気持ち悪いな、なんて思ったが憑依前の体の持ち主に申し訳ないので、そこは自重する。その子も俺も多分被害者だろうしな。




ん......「.第二の誕生」・・・?


混乱する頭に、突如としてノイズのような情報が流れ込んでくる。こんな表現したことないけど、これ以外では適切な言葉は見つからない。自分じゃない誰かの声が聞こえる感覚だ。解離性同一性障害の人が同じような経験をしたことがあると、どこかで聞いたことがある。体は今すぐにでもこの所有者に戻すので喋りかけてくれたらパーフェクトなんだけどな。


ノイズが教えてくれた。


この体。この場所。

ナプレン。それがこのエルフの少女の名前らしい。



そうだエルフだ。


エルフって言えば森林の中で自給自足しながら平和に暮らしてるっていうのがステレオタイプだったよな。


最近見た某アニメみたいに魔法を持ってたり、突如魔族に村を焼き払われるかも。



長命種だから、文明の発展が緩やかで最終的には緩やかに絶命していく。


つまりしばらくこの体のまま変化しない。


適応という目的においてはメリットだろうか。


駄目だ駄目だ。脳内ファンタジーの連想が止まらない。



だが、中身は間違いなく、つい数分前まで熊本の祖父の武勇伝を思い出していた・・・じゃなかった、下校中だった男子高校生の俺だ。


「……現実に戻せ……。誰だよ、異世界転生なんて流行らせたのは。あんなもん、安全な場所でポテチ食いながら読んでるから楽しいんだよ……っ! こんな、科学がなくて、恐らく魔法とか言う意味わかんないファンタジー溢れる場所で、少女の体でどうやって生きてけってんだよ!ご都合主義であったとしてもナーロッパ(※なろう系と中世ヨーロッパを合わせたネットスラング)であったとしても、この世界で適応しなくちゃいけないのは変わんねんだよ!!!こちとら16年間恒温動物で生きてきたんだよ。それが、いきなり変温動物になるみたいな話じゃねか。風邪を治すのとはワケが違うんだっつーのッ!!!!!」


俺は、樹木造りの床を拳で叩いた。痛い。現実だ。



疲れた・・・叫びたと思う。小学生でもあるまいし、何やってるんだ。


痛ッ!!!



遅れて拳から痛みが伝わってくる。



身体系のチートはないみたいだ。痛みは正しく伝わってくる。



チートの有無はそこまで気にしていない。これからここで生きるのならここは現実だ。この世界でそういう力を持つのはフェアじゃないとかそういう正義心じゃないが、過ぎた力を持っても碌な使い方が出来そうにないし、それが原因で破滅なんてしたら他の死因で死ぬよりもみっともなさすぎる。


チートものなんて内容がワンパターンだからあまり読んでなかったというのもある。



はぁ・・・・・・



ため息も可愛いなオイ。今だけだろうけどこんなことでドキドキしてもストレス溜まるだけなのに。適応には心と体、他にも知識や経験の学習が必要だ。確実に心はすり減っている。フィクションじゃないんだから相応のストレスとなって後々身体に影響が出るのは避けられない。


最悪だ。

せっかくの夏休み・・・何か特別なことがあるわけではないが・・・俺の平穏な、小市民としての、あまりに凡庸だけど、どこかで満足していた人生が。



推定だが怪しい緑の光一つで、跡形もなく消し飛ばされたのだ。




ってか俺の瞳の色が緑なのって光の色と同じだからなのかよ。そんな理解できない理由であってたまるか!!! 他人が俺の許可なく俺の身体で遊んでるんじゃねぇー!!!



・・・こうなるくらいなら俺の記憶なんていらなかったのになあ。




記憶消去の魔法、探すか・・・無理なら地球に戻る。







取り合えずここで生活するための物資を集めよう。

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