第一シリーズ 第4章 山猫の恐怖と、感情のない心
森の奥は、以前より暗く、静寂が重かった。
枝葉の間から漏れる月光は、まるで切り裂かれた布のように散らばる。
ヴァルドとクロウが先行し、レオンは足元の茨を押しのけながら進む。
心の奥では、先ほどの“声の代償”がまだ疼いていた。
「……次は、どんな試練が待ってるんだろうな」
レオンが小さく呟くと、クロウが黒い翼を揺らした。
「恐怖を知らぬ者、か……森は、いつも意地悪だ」
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> そのとき、前方から低く、野性的な鳴き声が響いた。
鋭く、警戒心に満ちた声。
「誰だ……」
レオンが息をひそめる。
月光に銀色の毛が揺れ、影が茨の間を滑る。
それは山猫だった。
瞳は夜の森に光り、体はしなやかに震える。
だがその瞳には、人間には見せない“恐怖を知らぬ意志”が宿っていた。
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> 「……ふん、人間か」
鋭い声が耳に突き刺さる。
フィーネだ。
その体は小柄だが、動きは驚くほど素早い。
「俺は……森の守り手ではない」
レオンは胸のチャームを握りしめる。
「森を荒らす者ではない、ただ旅をしている」
「旅ね……」
フィーネの声は冷たく、感情がないように聞こえた。
だが、その瞳の奥には、かすかな興味が光っていた。
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> しばらくの沈黙。
やがてフィーネが前足を踏み鳴らす。
「……契約するか?」
唐突な問いに、レオンは眉をひそめる。
「契約……?」
フィーネは静かに言葉を続けた。
「恐怖を知らぬ心を、俺にくれ。
その代わり、俺はお前を守る」
レオンは一瞬迷った。
ヴァルドの目、クロウの声──すでに仲間のために代償を払ってきた。
しかし、フィーネの瞳に映る森の危険が、あまりにも現実的だった。
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> 「……わかった」
レオンは決意を胸に、チャームを握り直す。
月光が石畳に差し込み、淡い琥珀の光が森に溶ける。
その瞬間、フィーネの瞳が変わった。
感情のない冷たい輝きが、わずかに柔らぎ、
初めて森の危険に“怒り”を見せた。
「……なるほど、これが代償の力か」
レオンの声は小さく、しかし確かに響いた。
その夜、三人と一匹は森を進む。
茨の道、霧の谷、獣の咆哮。
すべてが、彼らを試すように押し寄せる。
――恐怖を知らぬ者は、心を閉ざす。
心を削った者は、森を守る。
だが、森の記憶は、誰も赦さない。




