第一シリーズ 第3章 言葉を話す鴉と、記憶の塔
霧深い森を抜けると、古い石の塔が姿を現した。
苔むした壁面に、黒い蔦が絡みつき、月光に銀色の影を落とす。
「……塔か」
レオンは小さく呟いた。
ヴァルドが隣で鼻を鳴らす。
「……何か臭うな。人間でも魔女でもない、古い匂いだ」
「匂い、か……」
レオンはまだ“五感の一部”を失ったため、森の匂いは薄れていた。
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> 塔の入り口に差し掛かると、突然、闇の中から羽ばたく音がした。
黒い影が空を切り、ひときわ鋭い鳴き声を響かせる。
「人間……?」
クロウだった。
翼を広げたまま、レオンを鋭く見下ろす。
その瞳は、完全に人間のものではなかった。
黒曜石のように光る虹彩が、月明かりを跳ね返す。
「ようこそ、愚かな森番の息子」
声は低く、少し機械じみた響き。
「君は……話せるのか?」
レオンが問うと、クロウは翼を広げ、軽く頭を傾けた。
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> 「かつて人間だった……が、魔女の呪いで鳥にされた。
その代わりに、あらゆる言葉を聞き取り、記憶を覗ける」
クロウの声には、皮肉と冷笑が混じる。
しかしその目は、孤独と悲しみを宿していた。
「君は森番の息子か……ふん。香りだけで生きている人間だな」
レオンは反論せず、胸元のチャームを握り締めた。
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> 「私は君に声を返せる。ただし、代償がある」
クロウは羽を震わせ、森の闇に溶け込むように前に出た。
「声を、私に渡せ」
レオンは一瞬、ためらった。
先ほどヴァルドの目を取り戻す代償として、自分の“五感の一部”を削ったばかりだ。
「……俺の声の一部を、渡す」
小さく息を吐くと、胸の奥から言葉の力が抜けていく感覚がした。
心の中の響きが、静かに減っていく。
クロウは翼をたたみ、羽毛の間にかすかな光が流れ込む。
その瞬間、鳥の姿が揺れ、人間の顔がわずかに浮かび上がった。
「……ふん、人間の声か。悪くない」
彼は再びクロウの姿に戻るが、その目には深い感謝が宿っていた。
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> 「さあ、行こう」
クロウは翼を広げ、霧の塔の影から先導するように飛び立った。
レオンとヴァルドは歩調を合わせ、後に続く。
森の匂いは、まだ完全には戻らない。
しかし、道の先に何か――光か影か、わからぬものがちらつく。
「森は、まだ何かを隠している……」
レオンは小さくつぶやく。
クロウが影のように答えた。
「ああ。真実は、いつだって最も遠い場所にある」
――声を取り戻した者は、
記憶を知る。
記憶を知った者は、
選択の重さを知る。
だが、選ばぬ者に希望はない。




