表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/16

第一シリーズ 第1章 森の息子と呪われた契約

森が泣いていた。

 木々の枝が擦れ合い、ざわめきが遠くの空まで響いていく。

 まるで、誰かのすすり泣きのようだった。


 その声を聞き分けることができる人間は、もう、ほとんどいない。

 けれど──レオンには、それがはっきりと聞こえた。


「……今日も泣いてるのか、森」


 呟きながら、レオンは茨に覆われた木立の中を進む。

 背負った籠の中には、干した薬草と小さな木の実。

 森番の息子として、今日も森の見回りを欠かさない。


 彼の髪は淡い栗色で、瞳は深緑――まるで森そのものを閉じ込めたような色をしていた。

 風が吹くと、彼のマントの裾が揺れ、淡く光る琥珀のチャームが胸元で揺れた。


 その石は、まるで心臓のように、微かに鼓動している。





---


> 「レオン、帰ってきたのかい?」


 小屋の扉を開けると、母の声がした。

 木の香りが染みついた、古い家。

 暖炉には火が灯り、父が磨き上げた狩人の槍が壁に立てかけてある。


「今日は茨がまた伸びてたよ。森の奥、だいぶ荒れてる」

「……やっぱり、呪いが深まってるんだね」


 母の手がわずかに震えた。


「魔女たちが、また目を覚ましたのかもしれない」

「魔女、か……」


 レオンは、暖炉の火を見つめる。

 炎の形が揺らめいて、どこか人の顔のようにも見えた。


 “魔女”。

 それは村にとって“災い”の象徴であり、森にとっては“怒り”の代名詞だった。


「村では今夜、会議があるらしい。村長が、討伐を決めるそうだ」

「……まさか」


 母の表情が曇る。


「また若者を差し出すつもりなのか……」

「“英雄”を、だよ。名誉と富を求める者は、いつだっている」


 父の低い声が響いた。


「だが、レオン。お前だけは行くな。森はお前を愛しているが、人はお前を喰う」


 その言葉を聞いたとき、レオンの胸に灯る光がひとつ、揺らいだ。

 彼は黙って頷き、母の手を握った。


「わかってる。俺は……森を、傷つけたりしない」





---


>  夜、村の鐘が鳴った。

 集会場に火が灯り、村人たちの怒りと恐怖が渦巻いていた。


「魔女を倒せ! 森を取り戻せ!」

「森番の息子なら知ってるだろう、森の奥の道を!」


 ざわめきの中、村長が壇上に立つ。

 肥えた体、油に濡れた笑み。


「聞け! 魔女を討った者には、金と名誉、そして我が娘を与える!」


 その瞬間、会場が沸き立った。


 レオンは静かに息を吸い込み、森の方を見た。

 木々の影が月光の中で揺れている。


 あの森が泣いている限り、自分は黙ってはいられない。


「……行くよ」


 呟いた声は、夜風に溶けた。

 だが、その背中を誰も止められなかった。





---


>  出発の朝、両親は小さな包みを差し出した。


「これは、“森の心”。お前を守る護符だ」

「チャーム……?」


 琥珀色の石が、かすかに脈打っている。

 中には小さな葉脈が封じられていた。


「この森が最後に生んだ命の欠片。

 決して使うな――それは、ひとつしかないから」


 父の声は、どこか悲しげだった。


「わかった。……ありがとう」


 レオンは小屋を出て、振り返らなかった。

 背後で木々がざわめき、風が彼の名を呼んだ気がした。


 “レオン”──森の息子。

 その旅の終わりに待つものを、まだ誰も知らなかった。





――茨の森は、母の涙を吸い、

 白い花をつける。

 その花は、赦しの証。

 だが誰も、それを摘むことはできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ