第69話 どこかで鳥が啼いていた
「か、菅野さん・・」
僕は静かに呼びかけた。
娼婦がゆっくりと振り向いた。
その手には赤黒く光る包丁が握られていた。
「か、菅野さん・・」
僕はもう一度彼女の名前を呼んだ。
「キュキュキュキュ」
どこかで鳥が啼いた。
視界の右端に西岡の姿が確認できた。
僕はゆっくりと左に動いた。
菅野の視線が僕を捉えていた。
「菅野さん、落ち着いて下さい・・」
「アタシは落ち着いてるわよ?」
僕は彼女に目を向けたまま
視界の隅の西岡の動きに意識を集中させていた。
発狂した六条を取り押さえた時のように今回も。
そう期待していた。
が。
西岡が動く気配はなかった。
次の瞬間。
スッと闇が落ちた。
雲が月を隠したのだ。
「どうしたの?
随分動揺してるみたいだけど?」
暗闇の中から菅野の声がした。
娼婦が「あははは」と笑いながら、
一歩、二歩と近づいてくるのが気配でわかった。
僕は足音に意識を集中させたまま
暗闇の中、
微かに光る包丁へ焦点を合わせた。
「キュキュキュキュ」
どこかで鳥が啼いた。
不意に包丁の切っ先が僕の方へ向けられた。
僕の手が無意識のうちに腰の辺りを探った。
拳銃に手が触れたが扱い方がわからない。
それでも脅しにはなるか・・。
いや。
僕の手はそれをスルーして
キッチンバサミを探った。
が。
遊戯室のカウンターに
置いてきたことを思い出した。
「チッ」
僕は誰にも聞こえないように小さく舌を打った。
「キュキュキュキュ」
どこかで鳥が啼いた。
「何てね、冗談よ!」
暗闇から菅野の声がした。
そしてすぐに
「あははは」
という笑い声が聞こえた。
一体何が冗談なのか僕にはわからなかった。
実際に宮崎は・・。
その時。
雲が流れて月が顔を出した。
すぐ目の前に菅野の姿が見えた。
僕は平静を装いつつ、
一歩だけ後ろに下がった。
視界の端では西岡が屈み込んで
倒れている宮崎の体を調べていた。
僕の視線に気付いた西岡が
首を左右に振って肩を竦めた。
「キュキュキュキュ」
どこかで鳥が啼いていた。




