第105話 選択肢 佐藤千雪の視点 6時
応接室の柱時計が
ボーンボーンと6時を告げた。
男がふたたびカップを手に取った。
「僕は西岡くんと菅野さんを殺している。
報酬を手にしてここを出たとしても
犯罪者であることに変わりはない。
だから僕はここを出たら
しばらくこの国を離れようと思っている。
・・そこで君に提案がある」
男はカップに口をつけないまま
結局またテーブルに置いた。
男の目が真っ直ぐに私を見据えていた。
「君も僕と一緒に来ないか?」
「えっ・・?」
予想外の言葉に私は体が固まった。
応接室の柱時計が
チッチッチッと時を刻んでいた。
「2人生存の場合。
その報酬は1人当たり1億円。
2人で2億円。
現状、考え得る最大の報酬だ。
それだけあればしばらくやっていけるさ」
そう言うと男は満面の笑みを浮かべた。
「じょ、冗談・・ですよね?」
私は辛うじてそれだけを口にした。
男がゆっくりと溜息を吐いた。
「冗談でこんなことは言わないさ。
『ギブアンドテイク』は
人間関係における基本だよ。
僕は君の命を救った。
今度は君が僕のために
その身を捧げる番じゃないかな?」
男の口元が綻んだ。
しかし男の目は笑っていなかった。
私はコンッと小さく咳をした。
「・・す、鈴木さん?
一体どうしたんですか?
へ、変ですよ?」
「僕は文字通り。
君の命を救ったんだよ」
私は男の言葉の意味がわからずに首を傾げた。
「仕方がないね。
これは君には話さずにおこうと
思っていたんだけど・・」
そこで男はふたたび溜息を吐いた。
「僕には選択肢があったんだ。
あの娼婦を殺すか。
それとも。
君を殺すか・・」
男が恐ろしいことを言った。
応接室の柱時計が
チッチッチッと時を刻んでいた。
私はカップを手に取って一口だけ飲んだ。
爽やかさの中にも渋みがあり、
それらが混じり合って口の中に広がった。
「・・1つ聞かせて下さい。
鈴木さんは・・どうして私を・・」
「そんなことかい?
僕は素直で従順な女が好みなんだよ」
男の瞳が妖しく光った。
その時。
私は確信した。
目の前にいるこの男こそが
子羊の群れに紛れ込んだ『狼』だったと。




