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ご自由にどうぞ、ただしその代償はすべて貴方たちに。娘がいなくなった土地はやがてなにもなくなるし傲慢さがもたらした自業自得の結末はこれから始まるのだから

作者: リーシャ
掲載日:2026/04/04

「ようこそ、我が世界へ」


 そう、唱えられた時の怒りを今も忘れない。

 ようこそではない。無理矢理連れてこられたのに、さも歓迎しましょうという言葉は何様のつもりなのだろう。

 水道管が壊れたからと、業者を呼ぶのとはわけが違うのだが?


「はぁ、なぜこんなところに」


 ぶっきらぼうに独り言か質問かわからないようなことを呟く。はなから女は目の前の存在のことなど認知しないまま、あたりを見回した。

 その態度が気に入らないのか相手の声音に、微かに剣呑なものが混じりだす。

 理不尽なのは相手で、それなのに怒れる権利があると思っているところが、傲慢さを垣間見せる。


「私が声をかけたというのに、無視するとは感心しませんね。礼儀は異世界人と言えども持っていると思っていたのですが、がっかりしました」


 勝手に期待して、がっかりするなど、人間っぽい。女──のちにディルメスと名乗ることになる彼女は胡乱に相手に目をやる。やるというより、やってやると言う方がやり方としてはあっていた。


「私はこの世界の管理人です」


 それが気に入らないのが、さらに態度が滲む相手は自己紹介をし始める。


「はぁ〜」


 聞きたいとは思ってないのに。誰も、誘拐犯のプロフィールなんて聞きたいとは思わない。ディルメスは呆れた息をふぅと吐き出して、ムッとした事はこちらだと、笑みも浮かべずに腕を組む。


 その気持ちを察したのは、この世界の管理人でもあり、元から共にいた存在も過敏に反応し始める。それに管理人は全く気付かずやってはいけない言動をし始めることを、この後に嫌と言うほど後悔することになろうとは夢にも思っていない。


 この世で最も強いと言うナルシズムは、最後の最後まで身の破滅を招いたのだというのに。濃厚な気配をディルメスは感じ取り出し、やれやれと肩をすくめる。


 こちらの空気を察したからか、相手がさらにバカにされたと思ったのか、刺々しい顔になるのは、いくらなんでも調子に乗りすぎな気がする。呼び出したのはそっちで、呼び出されたのはこっちなのに。


「どうしましたか?なにか気になることでも?」


「別に……それよりも、なにか」


 早く言って欲しいし、イライラする。


「ほぉ、私を前にしてその態度ですか」


 ディルメスは無駄に敬語なのに、ムッとなる。この人は自分が圧倒的に有利だからと、強気になっているのだろう。


「いいえ、よろしいでしょう。所詮、下劣な人間でしょうし」


 そろそろ、相方がストレスにやりそうで、ディルメスはハァ、となる。どうしてそうなるのだろうか。普通に、普通ではないから、強気なのでは?

 この人、自分よりも強い人に会ったことがないのか。


「えっとー、下劣な人間を呼び出して、何をさせる気なんですか?早く言ってください。こっちも用事があるので、暇ではないのですから」


「っ、な、なんですか、その態度は、あなたには敬意という言葉が無いようですねぇ」


 青筋を立てる様子は、まるで人そのもの。


「どうして、誘拐犯に敬意を?」


「これは誘拐ではありません。選定です」


 誘拐犯は皆そう言うよね〜。特に、正当化するクズは。


「ディルメスさん。あなたは天涯孤独ですね。適応者です」


「はぁあぁああ。つまり、探す人もいないし、誰も探す人もいないのならば勝手に攫ってもいいやってこと?流石はクズだ」


「なっっ、クズとは侮辱の言葉ですよ!人間如きが、私に呼び出されたら首を垂れて、ありがたき幸せと言うのです!それなのに、あなたのその不敬な態度は、下劣な人間として、罰を下すほどの行為です!」


 余程琴線に触れてしまったのか、顔を真っ赤にして怒り出す。沸点ひくっ。管理者のくせに感情に振り回され過ぎるのではないか。


「罰?呼び出したのに今度は拷問と脅迫か」


 呆れを重ねるしか無い。首を振り、相手を見たが目にもの見せてやろうとしているのは目に見えている。


「これは一度あなたに私という存在がどれほど、怒らせてはいけなかったのか教えないといけませんねぇ」


 男は、管理人というより邪神や悪魔という顔つきがぴったりな笑みを浮かべ指をこちらに向けた。


「あー、向けちゃったー」


 目を伏せ、諦めの境地に立つ。彼女の放った一言に管理人は不快さを隠せない。


「なんですか、その態度は。ふっ。私が何か取り返しのつかないことをしたとでも言いたいようですねぇ?」


「取り返しがつかないって、そんな大層なものじゃない。ただ、これからあなたが消滅するってだけなので〜。もう、その指は使わない方がいいかも?」


 にこりともせずに言われた言葉は、管理人の胸に深く突き刺さる。


「はぁ?馬鹿なことを。この世で最も尊い、私を消滅させるなど、ふっ。どの口が言っているのです」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす管理人は、自分の思い通りにならない子供のよう。だから、感情が簡単に崩壊するのはいい大人としてどうかと思う。

 ディルメスはもう何を言っても無駄だと悟り、ただ静かにその様子を見守る。


「ふっ、下劣な人間風情が、私に指を向けられても何も起こらないと思っているのですか?どうです、今、あなたの身体の自由は奪われ、そして、次の瞬間には塵となって消えるのですよ?また、復活してしまうでしょうが、生意気な態度をすればするほど苦痛が繰り返されます」


 言い切る管理人の顔には、歪んだ優越感が浮かんでいた。


「では、さようなら」


 指から光が溢れる。


 しかし、次の瞬間、優越感は恐怖へと変わる。


 管理人が向けた指先から放たれた光は、ディルメスに届く直前で弾け飛び意志を持ったかのように、管理人の身体を包み込んだ。鏡で反射した光のように迫り来るものに、相手は意味がわからず叫ぶ。


「なぁっ、何だこれは!なぜ、私の攻撃が私自身に!?」


 パニックになった管理人は身体を覆う光から逃れようと、もがき苦しむ。だが、光は身体に絡みつき、糸を紡ぐように存在そのものを分解し始める。


「あああああ!やめろ!私を、この世界のっ、尊い私をぉおおお!かかかかか管理人を!消滅させるなあああああ!い、いやだぁああああ!」


 断末魔の叫びは虚しく響き、やがてか細い声になり、最後は消え去った。残ったのは先ほどまで傲慢に振る舞っていた管理人の姿はなく、ただ、淡い光の粒が空に舞うだけ。


「ふぅ、やれやれ。これで用事は終わりかな?」


 ディルメスは、まるで何事もなかったかのように呟き、大きく伸びをする。彼女の傍らにいつの間にか現れた、黒い毛並みの小さな猫が優雅に尻尾を振った。


「ディルメス。あいつがいなければ、世界はお前の支配下になった。好きに世界を創造できるぞ。やつの権能を全てもらっておいたからな」


 猫はそう言うと、ディルメスの足元に擦り寄りこちらの意志を待つ。


「んー、んー?どうしようか。とりあえず、お腹空いたから、美味しいご飯でも食べたい」


 ディルメスは言うと猫を抱き上げ、新しく手に入れた世界の創造を食欲を満たすことから始めることにした。

 その後、なにをさせたいのかと気になったので管理人の考えていたチャートとやらを探して、すでに準備されていた魔法陣を見つけた。


 これって、転生させたかったということなのかも。レアンジュに聞いてみる。


「すでにどこへ転生させるかは決められているらしい。どうする?」


 面白そうに伝えてくる。この黒猫はディルメスの頼もしい存在だ。さっきまでいた世界、地球でも共にいたが次元の違う存在らしかった。詳しいことは知らない。特に興味もない。


 話が合うから共にいる、それだけで十分だと思っている。レアンジュはその考えが気に入ったのか、ディルメスをかなり過保護に思っているのが理解できた。


 ただでさえ小さな、あっという間に死んでしまうような弱い人間だからだろう。どこに転生させるのは知らないけれど、地球に戻れるというのならやらない手はない。


「権能を手に入れたから気に入らなければ、消えてもらうだけだ」


 それは世界を言っているのか、今から行く世界の存在に対してなのか。両方か、と考えなくてもわかること。長々と思案しつつ、猫に頷く。


「異世界転生なんて、またとない機会だから行こう」


「賛成だ。地球じゃ好きに過ごせなかったからな」


「結構、スローライフしてた気がするけど」


 ディルメスとレアンジュは共に魔法陣に乗り込んだ。ふわりと、髪が浮かぶと意識は沈んでいき、眠り歌のように体がとっぷりと闇に招かれた。



 転生したあと、生まれてきたのは、貧しい貴族の家だった。そして、長男である婚約者は醜い女と浮気をしていた。唐突なことだが、意識を取り戻すと赤ん坊に生まれていたのだ。


 オギャアという前にゆりかごの中にいて、勿論、レアンジュもそばにいた。またお前の赤ん坊時代が見れて嬉しいなんて、言われたら大人に早くなりたいとは言いづらい。

 そのまま、するすると婚約者ができたものの、近場で用意されたいかにもな礼儀を知らぬ山猿頭。


「お前なんて、赤ん坊のくせに!結婚なんてしないからな!」


 赤ん坊とは結婚できないのは常識だ。浮気女を見た目だけ完璧な美人に変えてやった。彼が望んだ姿に。

 その代わり、ディルメスの魂の一部が彼らの間にあった恩恵のすべてを吸い取って、体を満たす。


 レアンジュの権能が働き、婚約者の目からは浮気相手は美人に見える。彼らは知らなかった。この家で生きているからこそ、家の畑が豊作で家畜が健康に育ち、思わぬ幸運が舞い込んでいたことを。

 ディルメスを追い出すことが、彼らの栄華をすべて失うことになることを。


「こんなみすぼらしい女は、私の妻には相応しくない!」


 婚約者は叫んで、家から追い出した。知らない間に連れ添った美人の姿は、醜い元の姿に戻っていくだろう。

 絶望を想像すると少しだけ気分がいい。ディルメスは座敷童ではない。両親も爵位が上の婚約者に何も言えず「どうぞご勝手に」と、独りごちた。

 レアンジュはくくく、と笑う。楽しそうだ。


 うちはどうやら、婚約者の家の分家らしく、当主同士で都合がつきやすいディルメスの家が選ばれた。しかし、息子が気に入ったからというだけですぐに婚約の契約は白紙にされた。

 白紙にされても、完全に一度結んだことで婚約破棄とみなされるので世間や常識では傷物と思われる。幼女なのにね。

 婚約破棄を言い渡され、屋敷を追い出されたディルメスはレアンジュを抱き上げて歩き出す。


「で、どうする、ディルメス。このまま放浪する気か?」


「まさか。行き先は決まってるよ」


 向かう先は彼女の元婚約者が言った女が住む家。家に着くと、戸は開いていた。中にいたのは見るも無残な姿になった浮気相手と彼女の両親。

 彼女の顔は、元通り醜いそばかすと大きなホクロだらけになり、全身に蕁麻疹のような発疹が出て、見るに堪えない。


「ひっ、ひぃっ……化け物、化け物よ!」


 彼女はディルメスを見ると、恐怖に顔を引きつらせて叫んだ。ディルメスは光景をただじっと見つめる。


「あなたのせいよ!あんたが魔法をかけたんでしょ!元の姿に戻してよ!」


 ヒステリックだ。耳を塞ぎたくなると、ディルメスは首を横に振る。


「私じゃない。貴方が、貴方の家族が、家の恩恵を吸い尽くしたから。私はただ恩恵を少しだけ分けてもらっただけ」


 彼女の言葉に、浮気相手の両親は青ざめる。


「恩恵?なんのことだ?化け物め!」


「この家は、領地も近くて私とあの婚約をなくした婚約者の婚約があったから、豊かだった。あなたたちはそれを奪った。私はそれを元に戻しただけ。恩恵はいらないと判断して」


 レアンジュは、楽しそうに喉を鳴らす。


「ディルメス、お前の仕返しはいつもシンプルで、それでいて効果的だ。相手がどう思うか、どう苦しむか手に取るようにわかる。最高に愉快だな、ははっ」


 レアンジュの言葉を聞きながら、ディルメスは浮かんだ疑問を口にする。


「ねぇ、レアンジュ。私はただ、私のものを奪われたから取り返しただけだよね。別に悪いことしたわけじゃない」


「もちろん。正しいことをしただけだ。取られたから返してもらう」


 レアンジュの言葉にディルメスは満足そうに頷く。浮気相手と家族に向き直り、静かに告げる。


「もう二度と私に関わらないで。でなければ、今度は命を奪うから」


 彼らは無様に震え上がり、二度とディルメスに関わろうとしないと誓う。それを見て満足する。


「さて」


 家から出てあくびをした。旅に出よう。そう決めていた。新たな世界をレアンジュと共に、自由に気ままに旅する。


「この世界でも、好きなように生きようかな」


 心に誓い、猫を抱えた。


「楽しみにしているぞ」


 彼がそう言うだけで自尊心は満たされる。


 *


 サギャレはイライラしていた。父に殴られたからだ。


「貴様〜!なんてことをぉ!」


 怒気の満ちる声音と共にバキリと。おかげで自慢の顔が鼻血でみっともない。乱暴な仕草でティッシュを鼻から出して地面に投げ捨てる。


「グスッ。殴られたのなんて初めてだ」


 ディルメスが幼女だったことからわかることかもしれないが、サギャレはディルメスよりも少し年上というだけで少年と呼ばれる年齢となる。かといって、許される年齢ではない。

 社交界ではきっちりすることが当たり前とされている年齢となっており、マナー違反を犯した子供に父親は怒り心頭になっている。

 父親は息子可愛さに婚約を白紙にしたのではなく、悪いと思って白紙にしたのだ。


 婚約を維持し続けるのは、向こうに悪いと。それなのに、何を勘違いしたのかサギャレは勝手にその日にディルメスを追い出し、勝手にディルメスの親のところへ行き子息という身分だけのくせに、高圧的に婚約破棄を婚約白紙なのに高々に決めたことだと言い放つ。

 のちに全て終わったこととして報告された時は、どうしようもない息子に頭を抱えていた。そんな親心を知らずにサギャレは不貞腐れて呑気に殴られたこと、怒られたことのみで己を憐れむのに忙しくしている。


 子供の心は見事に怒りと自己憐憫で満たされていた。なぜ、自分が怒られなければならないのか。なぜ、追い出したことが悪いことなのか。

 理解できなかった。グスグス、と泣く。ボタボタと涙が、カーペットに落ちる。父親の思惑など、サギャレには知る由もなかった。サギャレはひたすら自分の不運を嘆くのに忙しい。


「まったく、あ、あの女のせいだ。あんなの婚約させられるなんて、父上もひどいんだ。もっと違う、人と婚約させてくれれば、みんなに自慢できたのにっ!」


 サギャレは呟くと、思い出したソフィアに会いに行った。彼女の美しい顔を見れば不愉快な気分も晴れるだろうと思って。だが、ソフィアはすでに元の姿に戻っていた。

 顔には大きなホクロとそばかすが広がり、全身には蕁麻疹のような発疹が出ていたのだ。サギャレは思わず後ずさると叫ぶ。


「なぁ!ソ、ソフィア!?一体どうしたんだ!?」


「あ、あ、あなたよ!あなたがあの女を追い出したから!あの子供が私たちに呪いをかけた!」


 ソフィアはヒステリックに叫び、サギャレに詰め寄る。


「馬鹿なことを!そんな力があるわけがないだろ?」


「こんな顔になっているのが証拠でしょ!よぉく見なさいよぉ!ほらっ!……きゃあっ!」


「うわっ!近寄るな化け物!」


 サギャレはソフィアを乱暴に突き飛ばし、屋敷を飛び出した。


「なんなんだなんなんだなんなんだぁああ!!!」


 心は、怒りと混乱で満たされていた。ソフィアと別れた後もサギャレの不運は続く。

 まずは家畜。これまで健康に育っていた家畜が次々と病にかかり、死んでいく。バタバタと。


「おかしいな。病気なんて、滅多に出なかったのに」


 牧場主が首を傾げている隣で、サギャレは「たまたまだろう」と気にも留めない。

 次に、畑だ。肥沃だった土壌が痩せ細り、作物がほとんど育たなくなった。


「このままだと、来年の収穫は絶望的ですな」


 農場主の言葉にサギャレは「肥料が足りないんじゃないのか?」と他人事のように答える。隣にいる父は項垂れていた。

 そんなことも気にしない子。領地内の小さなトラブルも、次々頻発するようになった。

 馬が暴走したり、橋が崩れたり、些細なことではあったが不運は確実に重なる。


 サギャレはこれらすべての不運が、みすぼらしいと幼女を追い出した日から始まったことに、まだ気づいていなかった。ただ、自分の周りで起こる不幸な出来事を運が悪いだけだと片付けようとした、が。


「ねぇ、聞いた?」


「私が聞いたのは」


 使用人や領民たちのサギャレを見る目は、次第に冷ややかなものに変わっていく。


「若様が、あの娘を追い出したから」


「きっと、領主の息子が」


 噂が屋敷内に、領地中に広まっていく。サギャレはとうとう、父親に呼び出された。


「サギャレ。お前がしたことのせいで、我が家は破滅の道を歩んでいる」


「父上!なぜ僕が怒られなければならないのですか!僕は、僕の好きなように生きただけじゃないですか!」


 サギャレは未だに自分の行いを反省していない。


「お前は、恐らく……家を支えていた恩恵を自らの手で捨てたのだ」


 父親の言葉にサギャレは愕然とする。何を意味するのかを理解した時、サギャレの顔は絶望に染まった。


「あの、女……は……そんな、こと、なんてっ」


 初めて心から後悔した。しかし、時すでに遅し。サギャレが過去の過ちを悔いたところで、失われた恩恵は二度と戻らない。

 傲慢さがもたらした自業自得の結末は、これから始まるのだから。



 *



 ディルメスとレアンジュは旅に出る前に事勿れな、頼りない親から縁切りされようと思いそそくさと父親の執務室に入り込み、申請書にポムっと押した。

 どうせ、ろくな縁談を寄越さないだろうし見捨てるように話しかけてくるだろうし。話しかけられても嫌な気分になるだけ。

 なので、手っ取り早く縁切りはしておきたいとなる。縁切りの紙をアイテムボックスにいれてから、父親と母親のいるリビングルームに行く。


「あ、ディルメス」


「ディルメス……」


 こちらに気付いた親たちは気まずそうに見てくるが、この人たちのことを親などと一度たりとも思ったことはない。なので、気まずくても構わない。

 泣きもせず、婚約破棄を受け入れたことすら気づかないのだから親の資格がなかっただけなのだろう。

 猫はフォームチェンジしてディルメスの指輪に変化していた。猫は誰からも見えないし、声も聞こえない。


 周りに聞こえるようにできるが、必要不可欠に今の所している。長年生きていると知れると、厄介なことになるのだと経験で知っていると言われていた。

 ディルメスにもなんとなく、異質だと知れると厄介ごとに巻き込まれやすくなることを、理解しているのであちらの方針を放任。


「出ていくから」


「えっ」


「はあ?なにを言ってる?」


 幼女だからとバカにしているというか、できるわけがないと思われていた。思われてもおかしくないくらい小さいから、無理だと皆思うけどね。


「バカなことを言い出すのではない」


「先に行ったのはサギャレだけどね。私は怒るのにあっちは怒らないんだね」


「……それ、は」


「大人の事情なのよ」


 はぁ、出た出た。子供に言いづらかったり、都合の悪い時に使える大人の言い訳。オハコってやつだ。

 ディルメスにそんな言葉が通じるわけもなく、冷え冷えとした視線を向ける。


「ひっ」


「!」


「それってもしかして、私を傷物にしたごめんなさいのつもりなの?」


 低い声で尋ねる。


「なにを、言っているんだ」


 冷静に返そうしているが、追い詰められているから声音が高くなっている。動揺がわかりやすい。あんなポンコツ管理人が管理していたからか、性格が似ているのだろうか。

 ずっと、観察してきたけど、似た人が多いんだよね。怒ると、大人気なく言ってくる人。


「どうせ、まともな相手を見繕えない人のところから去りたいって思ったから言いにきただけ」


「子供のくせに、いきなりなにを言うかと思えば」


 彼は、子供だからと自分の娘だからとどこにも行かないと思い込んでいるから、こんなにもこちらの意思を無視するんだろうな。


「サインして。私から望むのはそれだけ」


 紙を用意して渡す。それを受け取って、見たら縁切りの要請書類だったので父親はこちらを見て眉を下げた。


「ここまで追い詰められていたとは、すまない。ちゃんとした男の子を見つけるから、部屋に戻ってなさい」


「……サインしないなら、そんな指先いらないかな?」


 ディルメスはレアンジュに言う前に、行動を起こそうとしていた。恩恵のある土地が誰のおかげかということも知らず、寝言を言うばかりの、寝ていた男を起こすために。


 冷たい眼に晒された父親は肩を震わせる。幼子に見られただけなのに、紙を持つ手が震えた。書いた方が命が助かる、と本能的に脳が指令を送るのだ。


「お父様、仕事もしない手はいらない?」


 指先から手まで言及され、男は咄嗟に机へ向かう。慌ててくしゃくしゃになりかけていた用紙を広げて、がむしゃらにシャッと書く。あまりのやり方に男の妻が「なにを?あなた?」と聞いてくる。


「お母様、余計なことはいうくせに、娘を庇いもしない口……声はいりませんよね?」


「な、なにを」


 無意識だろうか、喉を守るように手をやる夫人。わかってるんじゃん、と内心ディルメスは笑う。誰が上か、理解している人間たちを褒めた。

 クスッとも笑わずに言い切る娘は、今まで見てきたのとは別人なのかと思われているかもね。今までは模範的に話さないようにしていた。

 価値観からして違うから、話が合わないのだ。令嬢だから、なんだというのだろう。


 婚約破棄をされた時点でそんな言葉は何の意味もなさない。あんな婚約を続けていて、見直すことも助けることも守ることもしなかった。

 性格だとかこちらが真面目か真面目ではないからか、なんてことははなから関係なかった、ということになる。くだらなすぎて、やる気も失せた。レアンジュが囁く。


「書けたみたいだし、用はない。もう行くか」


 紙を手に無感情に親を見て「さようなら」と告げた。親ではなかったが、人なので。

 結局、謝りもされなかったなと、思い出したがディルメス自体に謝るほどプライドは安くないのだろう。自分が去れば、この領地はやがて恩恵を失いなにもかもが、元の状態に一気に戻る。堰き止めていた何もかもが。普通は、少しずつ起こることが重複して襲い掛かるのだ。


 レアンジュに言われて粛々達歩き出すディルメスには、特に感慨もなく。後ろからか細く名を呼ばれるが、滅多に呼ばなかったくせに今更思い出したかのように言い出すなんて、都合が良すぎる。


 吐き捨てるような視線を向ければ青白く変貌する顔色。ようやく、ディルメスが自分達を恨んでいるのだと、実感したらしい。遅い、遅すぎる。親だから、無条件に好かれると思い込んでいたに違いない。

 呆れつつも、去ることが今は先決だと指輪に宿る相棒を連れて、屋敷を出る。




 指輪からフォームチェンジしたレアンジュは乗り物に変わった。路線バス。なぜに、路線バス?


「おれの趣味だ。レトロなところがいい」


 しかも、この路線バス、結構前の時代のモデル。


「エンジンや中身は最新型だぞ」


「そうなんだ、それならいっかな」


 幼児の体に合わせてスロープを出してくれるバスに、よっせと乗り込む。


「好きなところに座ればいい」


「中は普通だね」


「亜空間ならそこのボタンを押せば内装が変わる」


 ボタンまでレトロだった。紫っぽい光が文字を描いている。なぞると、つるりとしていた。懐かしい。映像で見たことはあるから、知っている。


「出発するぞ」


「はーい」


 席に座りぷっぷーと音は鳴る。エンジン音を吹かせて、バスは道を走っていく。


 置いていかれるのは、道か、人か、思い出か。

⭐︎の評価をしていただければ幸いです。路面電車もビジュアルが好きです

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