#09 〝英雄〟は要らない
電脳技士シャノン・ウィンターの救出ミッションは〝失敗〟に終わった。
俺たちはレスターを喪い、ダニーは何処かへ姿を晦ました。俺とリオンだけが無傷で帰還し、カウリーは怪我で戦列を離れることになった。
同道したターンブルのパーティーは、リーダーのターンブルとターナー、フォウルズの3人が犠牲となっている…──文字通りの〝半壊〟だ。
この結果にダニーの〝Missing in action〟が大きく影響していることは、先ずもって反論の余地がない。
カウリーはアーマリーに戻ると肋骨の痛みに耐えながら報告書を仕上げ、それをベックルズに回した。ベックルズは一通り資料と共に目を通すと、自身の所見を意見書として添えカウリーに返している。
それを最終版として、この報告書はコミッションに提出された。
ダニーの件については、コミッションの裁定待ちとなった。
通常、この手の裁定はその日の内に下される──即時裁定をしないのは、むしろ裁定を受け取る人間の側への配慮だ…──が、このケースは〝特別〟らしい。一両日が経った現在も裁定が下りてこない。
ミッションの収支は、〝レディ〟〈イライザ〉に最初に提示された通り、帰還時の500ポイントに加え500ポイントを得た。…──レスター、ダニー、ターンブル、ターナー、フォウルズの分、計2500点を、帰還できた5人で割った値だ。
……だが、俺たちもベックルズたちも、そんなポイントでは埋め合わせのきかない損失を被っている。
このミッションは、苦い経験が残っただけだ…──。
「引退⁉」
俺は公園のベンチシートに座るカウリーからそう告げられ、低い声で訊き直していた。同じベンチの横隣りに座ったリオンも、様子を窺うように視線を遣ってきた。
「ああ……」 そんな俺たち2人にカウリーは静かに頷いて返した。
「…──レスターも逝っちまった。身体の治りも思う程に振るわなくてな……ここらが〝潮時〟だろうと思う」
そう言ったカウリーのシャツの下には、ギプスが巻かれているのが判る。あのミッションで負った怪我のためだ。彼の言によれば怪我の回復が思わしくないとのことらしいが、表情を見れば、それよりも〝戦友の死〟の方が堪えたようだった。
カウリーの表情には、すべきことは全てやり尽くした者の浮かべる、達観のようなものがあった。
俺はカウリーのその表情から目線を外し、リオンのそれへと移した。リオンもまた難しい表情で俺を見返したが、最後には何も言わずに頷いて返して来た。
これまで俺たちを導いてきた戦術家が熟慮の末にそう決めたのだ。俺たちがとやかく言って翻るようなものでもないだろう。
結局、俺もリオンも、そう納得するしかなかった。
そういう俺たちを観察するようだったカウリーが、俺が言葉を探しているうちに先回りして次のように言継いだ。
「お前たちはこの後どうする? ジェイクはB級に届いたろう……〝自分のチーム〟を持つか?」
即答できなかった。
失敗したとはいえ今回のミッションでは1000ポイントを得られた。これまでの残高と合わせればB級へのクラスアップに必要な点数に達している。
B級になればチームリーダーの資格申請が可能となる。そうして必要な研修を受け資格を得れば、晴れて自分のチームを持つことができた。
だが、これまで自分のチームを持ちたいなどと考えたことはなかった。
研修を受けるにもポイントが必要だったから、そこに投資するくらいなら一刻も早くA級を目指したかったこともあったし、それ以上に〝パーティーの経営〟をするイメージが持てなかった。
裏を返せば、そういった面倒な背景は〝ウォーロード〟カウリーが一手に引き受けてくれていたのだ。
「…──〝巣立〟の時期だな」
黙ったままの俺に、カウリーが重ねて言った。
「その気があるなら、いつでも〝推薦書〟を書こう」
穏やかな笑みでそう言ってくれたカウリーに、俺は当惑いを正直に見せて応じた。
「少し、考えてみます」
インスペクターの資格を持つカウリーの推薦書が申請の際に添付されれば、研修科目の幾つかが免除される。
パーティーのリーダーを望むのであれば、それはありがたいことだった。
「そうしてくれ」
カウリーは今度はリオンを向いた。「……リオンはどうだ? まだしばらくはインスペクターの肩書でここに暮らすが、それまでにクラスアップできそうか?」
水を向けられたリオンは、いつものように面倒そうに応じる。
「いや……B級に上がっても、俺はリーダーには……そういう気苦労を抱えるのは性に合いません」 言って頭を掻いて俺を指す。「とりあえずはこいつとつるんでA級を目指します」
「そうか」
カウリーは苦笑し、それから感慨深そうな表情になって頷くとベンチシートから立ち上がった。
「決めたら連絡をくれ」
そうして、それじゃ、と片手を振って公園を去るカウリーの後ろ姿を、俺と立ち上がったリオンは肩を並べて見送った。
「どうすんだ?」
「……まだ決め兼ねてる」
改めて訊いてきたリオンに、
「…──お前、俺の下で、ポジションに就くか?」
俺はそう訊き返した。するとリオンは勿体ぶった末に、しれっとこう応えた。
「俺が上になるよりマシだわな」
結局、俺にそれを決心させたのはカーリー・ワトソンだった。
ミッションが失敗して帰還した俺は彼女に連絡を入れそびれていたのだったが、彼女の方からメッセージが送られてきた。
約束通り〝アフタヌーンティー〟を振る舞いたい、と…──。
アパートメントの戸を叩いたメッセンジャーボーイ…──実際にはピープルの男の子に小銭を握らせて演じてもらったのだろう…──から〝古風な手書きのカード〟を手渡されたとき、連絡をしていなかったバツの悪さと、いまの顔を見られたくない、という素直な感情が有るには有ったものの、カードの文面を見て彼女の招待を受けることにしていた。
カードには〝旧い定型〟の通りに、主催者である彼女の名前で日時と場所とドレスコード (!)が記されていて、余白いっぱいに描かれた〝お嬢さん〟のカートゥーンの吹き出しには……、
〝ドレスコードについてはトループスの貴方に期待しないわ(堅苦しいのはわたしも苦手!)。でも訪ねてくれるだろうことは期待してる。──わたしの信頼を裏切ると後が怖いわよ!〟 とあった。
そんなせりふとは裏腹に〝お嬢さん〟の瞳は潤んでいるように描かれている。
カーリーの気の強そうな顔を〝お嬢さん〟に重ねてしまった俺は、知らず口許を綻ばせて〝招待をお受けする〟ことを伝えてくれるようメッセンジャーボーイにチップを渡して言付けていたというわけだ。
そうして彼女のアパートメント──西側の〝山の手〟の一角にあった…──を訪ねると、彼女はさほど広くなく飾り気のない屋内──むしろ機能一辺倒な空間だった…──へと迎え入れてくれた。何となく彼女のイメージにそぐわないものを感じたのだが、そんな俺の表情を見て取った彼女は、きまりの悪い表情で言った。
「──…実はね……、引っ越したばかりなの」
そう言われると確かに室内の調度の品は皆新品で、あまり生活の匂いを感じられない。
なるほど、と納得しかけた俺に、彼女は少しだけ思案したふうに小首を振ると、奥の小部屋へと通してくれた。
彼女が書斎として使うつもりのそこは本棚と小さな机が置かれた空間で、ここだけにはもう彼女の息遣いが反映されていた。SFを中心に古典小説の背表紙が几帳面に並んでいる。
わずかに鼻を高くしたふうなカーリーに、俺は懐から持参してきた本を取り出し、恭しく進呈した。自分の本棚から1冊選んできたもので、タイトルは『The Starry Rift』(〝たったひとつの冴えたやりかた〟)だった。ラッピングは自分でした。
カーリーはラッピングを剥がしてタイトルを確認すると、息を呑むように動きを止めてしまった。
ひょっとして〝本棚に有ったタイトル〟だったか、と焦った俺だったが、その後の彼女の表情の変化でそれが杞憂に過ぎなかったと胸を撫で下ろす。彼女がとても喜んでくれたからだ。
そんなわけで彼女の部屋での〝アフタヌーンティー〟は滑り出しから上々で、彼女のもてなしは確かに堅苦しくはなく、楽しい時間をくつろいで過ごすことが出来た。
気づけば先のミッションのことやダニーのことを(話せる範囲で)話してしまっていて、その流れの中、自分のパーティーを持とうかどうか迷っていることを打明けた俺に、カーリーは言ったのだ。
「その〝お友だち〟を探しに行くのなら、関係のない人の集まりの中では出来ないのじゃないかしら?」
聡明な彼女は神妙な表情で、突き放すようにそう言った。
トループスは嫌い、と言った彼女だったから、本当はこういう話にはしたくなかったのかも知れない。けれど彼女はそう言った。
それで俺は決めた。
翌日、コミッションにB級へのクラスアップ申請をした俺は、カウリーとリオンに連絡を入れ、チームリーダーの資格申請をすることに決めたと伝えた。カウリーは推薦書をすぐに送ってくれ、その日の内に申請は受理された。
翌日からのコースに必要な座学講習の空きを見つけ、予約を入れた。
必要な座学・実習を修了するのに必要なポイントは、ほぼほぼチップカードの中にあったが、不足分は自動的に〝貸付〟としてマイナス加算される。そういう仕組みだ。
俺の場合、カウリーの推薦書で座学の1/4、実習の1/3ほどが免除されるので、持ち出し分が少なくて済んでいる。
そうして座学の研修から始まり、それらを終えてから実技演習に入った。指揮官としての立場で模擬戦闘を戦い、評価を受け課題を克服していく。
俺の評価は悪いものではなかったが、一番大きな指摘は〝声がない〟だった。
カウリーの薫陶もあって、前線に立ちながらも常に戦場全体の状況の把握に努めるスタイルは高く評価してもらえたが、それを分隊のメンバーに的確に伝え、必要な指示を与えて状況を動かすのに〝声が出ていない〟というものだった。
周りを動かすよりも自分が〝先ず動いて〟伝える…──〝それで伝わるという思い込み〟が、最終的な評価を下げていた。
そういったことを矯正し、効率よく状況と指示を伝える技術を学べたのは大きかったかも知れない。
そんな実習を経て、8日程でチームリーダーの証しである分隊長徽章を手に入れることができた。
これで俺は、曲りなりにも〝自分のパーティーを率いるための第一歩〟を踏み出すことができるようになったわけだった。
最初のミッションは、散々だった…──。
当たり前だが、俺のような〝成りたて〟のリーダー資格者には〝本当の意味〟での自分のパーティー──4人の定数を満たした固定メンバー──は、まだないわけで、コミッションの提示するミッションに個別にエントリーするトループスらに渡りを付け、臨時にパーティーを組むところから始まる。
そうやって何回かのミッションで、戦場での指揮能力だけでなく交渉とマネジメント能力も示すことで信頼を勝ち得なければならない。お互いがミッションを通して、実力や相性といったものを試し、探り合うのだ。
──〝本当の〟パーティーの契りは、そんなプロセスを経て結ばれる。
それはまあ置き、俺たちは最初のミッションにF級~E級向けの低難易度ミッションを選んだ。膠着したロボットの支配領域の一つに侵入し、そこに配備された〝ドール〟と呼ばれる等身人型のオートマトンを掃討する、というミッションだ。
本来これは、俺やリオンのような手練れが参加するようなミッションじゃない。〝ドール〟に設定されているポイントは低く、実入りが悪すぎる。
だが、新米リーダーの俺は、未だパーティーを探しているような新米のトループスをリクルートしなければならなかった──少なくともそう思っていた──…ので、こういうトライアウトミッションに参加したのだ。
リオンも俺の〝メンバー集め〟についてきた。
この最初のミッションでは、F級のポイントマンと、同じくF級のバックアップマンを引き受けたのだが、この前衛の〝ガキ〟には手を焼かされた。
先ず話を聞いていない。はい、はい、と相づちはよく打つ……が、直面した状況が変化すれば自分の理屈を優先し、チームの段取りを無視して動き出す。ともかく直感を優先するのだ…──。
そのときは接敵し後退してきた味方の先鋒を俺たちのパーティーが〝最終防護射撃線〟から援護・収容する手筈だったのだが、コイツは後退中に脚をとられたプロテクトギアを見るやすぐさま持ち場を離れて飛び出した。そして起き上がろうとするその味方のギアに手を貸すと、レーザーガンを振り回して彼の後退を援護した。
結果、味方ギアは防護線の内側に収容され、奴は1人で、殺到してきた〝ドール〟を4体斃している。
まあ〝英雄的〟な行動だ。
その代わり防護射撃線に綻びが生じ、それを繕うのに俺とリオンは奔走させられることとなった。同じく引き受けた新米のバックアップマンは、いきなり〝バディ〟の片割れに引き摺られることとなって最終防護線の先に出るはめとなり、白兵距離に身を曝している。リオンの援護の下で俺が救い出さなければ、おそらく未帰還となっていたろう。
ミッションの72時間が終わり〝コンコード〟(※ 個別参加のトループスを戦闘領域まで運ぶ乗合形態の兵員輸送車)でアーマリーに戻ると、俺は2人の新米をパブに誘って客観的な評価を伝えた。
が、その言葉は〝英雄〟を演じた新米の方にはいっこうに届きはしなかった…──。
チームで動く以上、それは〝一匹の獣〟であること、また、そうでなければならないことを俺なりの言葉で説いたのだ……。
チームが獣として機能するには、それぞれが、それぞれの役割…──、
目なら〝目〟、耳なら〝耳〟、牙なら〝牙〟……
…──それぞれの機能に徹し、求められたことを完璧に果たして、しかもタイミングよく動かなければ、獣は〝獣としての真価〟を発揮できないということを。
だが、どうもそれが〝ガキ〟にはわからないらしかった……。
「……〝ただ決め事に忠実に〟とぐずぐずしてたら、その間に仲間が死にます。あそこで助けに行かなければ、目の前の仲間はやられていたかもしれない! オレは、間違ったことをしたとは思いません」
「君が独断で持ち場を離れたことで、彼は難しい立場となって死にかけてる。その彼を救うのに俺たちは防護射撃線を崩すことになっ(た)…──」
「…──そういうときに臨機応変にカバーし合うためのチームじゃないですか」
いっこうに響く様子のないレビューミーティングに業を煮やしたのはリオンだった。
「もういい……」
何とかしてチームというものを理解してもらおうと、パブのテーブルで苦闘している俺の横からリオンは割って入ると、もうすでに集中力を失いつつあった新米にぴしゃりと言った。
「……戦利品もって、消えろ」
忌々しそうな表情を隠そうともしなかった。「──俺たちは〝頭の使える〟やつを探してる。度胸と直感と自己陶酔で戦う〝英雄〟は要らない」
言って、〝だな?〟と向けられた視線に、俺も肯いて返していた。
若いトループスは唇を噛んだが、一つ首を振るとテーブルを離れていった。
残されたもう一人に視線を向けられたリオンは、そいつにも冷厳だった。
「お前もいけ。俺たちに〝お前を育ててる〟時間はない」
それで首を縦にした彼もまた、テーブルを離れていった。
「…………」
さすがに疲れ、言葉なくノンアルコールのスパークリングワインを口に含んだ俺にも、リオンは手厳しかった。
「トライアウトミッションを戦ってる奴なんてこんなもんだ。もう少し考えた方がいいぞ」
俺はワインに溶けた炭酸と共に苦いものを飲み下して応えた。
「ああ……」
こんな感じで、最初のミッションは、散々だった…──。




