#08 ベヒモス
戦いの第2幕は混沌とした状況で始まった。
これまでの〝段取り〟が失われたため、一から罠の構築をし直す。それも暴れ回る目標の眼前でだ。
クレリックは残された2本のランチャーを仕掛けるためにレーザーの弾雨の中を駆け回る。
レンジャーは、クレリックの仕掛けたランチャーから放たれたグレネードを迎撃する砲塔前面を捉えられる射撃ポイントを求めて、やはり戦場を駆けている。
ウォーロードと俺は、ソードマスターらと共に、そんな仲間の行動を援護すべくベヒモスに陽動の攻撃を仕掛ける役所だ。
状況は悪い……。〝すこぶる付き〟に、だ。
クレリックとレンジャーが行動を開始したときには、ターンブル隊の前衛バーバリアンがベヒモスのレーザーの灼かれて蒸発していた。ヒットエンドランの際、瓦礫に退路を塞がれたのだ。
熱と粉塵で数メートル先の視界の確保も儘ならない中での陽動だ…──こういうリスクは高い。
仲間がやられて熱くなったガンポートが前進しようとするのを、シャーマンが必死に止めた。すでにコネストーガ1両の演算能力を喪っている。彼女にすれば、これ以上コネストーガの演算能力を失うわけにはいかない。
結局、その混乱はソードマスターが収める前に、最悪の形で終わった。
前進を止めたもののそこから所期の位置に後退しなかったガンポートは、ベヒモスの放ったグレネードの爆風に対レーザー煙幕の壁を吹き流された直後に、エキシマレーザーの直撃を受けた。
腹立たしさに感情を抑え切れないシャーマンが口汚く罵るのをレシーバーが拾ったとき、俺は身を潜めた物陰からガンポートへ視線を遣り、状況を視認した。
コネストーガは前面を穿たれ、大破していた。
……これでコネストーガの演算能力の2台ともを喪ったことになる。
もはや〝レディ〟〈イライザ〉から依頼されたミッション──レジスタンスに拉致されたシャノン・ウィンターの保護・救出──どころではなくなっていた。
そんな状況に置かれ、シャーマンが意外な責任感を見せた。
激減した演算能力への負荷を少しでも抑えようと考えたか、彼女は高所に上った。目視で戦況を捉えることで、情報の伝送・加工にかかる演算量を減らそうと考えたのだろう。
同時に、情報の取得量も維持しなければならず、周辺のあちこちに置いた〝ビィハイヴ〟へ、〝中に格納されたドローンを飛ばすよう〟指示を送ることもした。
──〝仮想戦場〟を維持するため、必要な情報の入力源を確保しなければならなかったからだが、そのためには、ドローンへの制御信号をかなりの頻度で発信することになる。
彼女は〝そのリスクを負って〟それをしたわけだが、果して、それで足をすくわれることになった。
その制御信号に反応したのだろう。
ベヒモスのエキシマレーザーの火線が彼女に向けられ、直後に至近で炸裂した爆圧で彼女は側方に飛ばされた。
控え目に言って、彼女が直撃を免れたのは〝運〟に過ぎない。
ベヒモスの砲塔がシャーマンの居たビルを指向する直前、ウォーロードの40ミリ自動擲弾銃で浴びせた一連射がベヒモスの前肢の下を吹き飛ばし、前にのめってくれたからだ。
勿論ウォーロードはそう狙って撃ち込んでない。遮蔽物越しにブラインドショットしただけだ。
直撃を免れたものの、ビルの屋上から弾き飛ばされたシャーマンのギアは8階の高さから落下する羽目になった。
が、ここでも彼女は〝非凡な〟才能を発揮する。
咄嗟に脇を流れるビルの外壁を蹴って隣のビルの避難階段の鉄柵へと腕を伸ばし、手を掛けて──…落下速度を緩めた。そうして速度を殺しきると、残りは壁を蹴って何とか地表に降り立つ……。プロテクトギアを纏っていなければ出来ない芸当だ。
そこで一息を吐きたかったはずだが、(意地の悪い)〝神さま〟も〝機械〟も、そんなことは許してくれなかった。
直後、直上からベヒモスの放っていたTOWミサイルが落着してきたのだ。
HEATの弾頭は、周辺を警戒させていたドローンの〝APSモード〟による盾行動で防がれ、高温高圧のメタルジェットの直撃こそ避けはしたものの、いくらかの残滓は浴びることになった。
瞬間的にパニック状態に陥るのは必至で、シャーマンが動けなくなる……。
熱と圧力に曝され、過負荷状態となったギアが一時的に機能を停止する……。
彼女のプロテクトギアが、ゆっくりとその場に頽れた。
戦術マップを確認する。彼女のギアの演算能力がグリッドから失われる前に、必要な状況を確認したかったからだ。ぐずぐずしていると、低下した演算能力が〝仮想戦場〟を維持できなくなる。
この時点ではまだリフレッシュされずに、ニア・リアルタイムの〝仮想戦場〟が残っていた。
それによれば、ベヒモスは街区を回り込んでシャーマンを再捕捉しようとする動きだ。
この時にはもう、俺はプロテクトギアを〝駆け出させて〟いた──。
いまシャーマンを喪うのはまずい。
この戦場にいる誰もが、それを理解していた。
だから皆が〝動いて〟いた。
俺は潜めていたビルの陰から身を躍らせると、シャーマンのプロテクトギアまで、真っ直ぐにギアを駆けさせる。この場合、『マクニールの店』で換装した人工筋繊維が、遺憾なく力を発揮した。
『…──全員、シャーマンを目視できれば、そっちを向け!』 レシーバーからウォーロードの声が耳を打つ。『……こちらから〝強制介入〟してスモークの壁をつくる』
俺は当のシャーマンに向かって駆けているが、他の連中も(ベヒモスに自分の身を曝さぬようにして)出来る限りシャーマンに正面を向けるはずだ。
プロテクトギアには対レーザー煙幕を弾頭に詰めたスモークグレネードの発射機が装備されている。通常、着装者が自分で操作して使うものだが、有事には他のギアから強制介入してリモート操作することができるようになっている。
いまウォーロードは、その仕様を使い、出来るだけ多くのスモークを統制発射し、効果的な〝スモークの壁〟をシャーマンとベヒモスとの間に作り出そうとしている。
ぐずぐずしていると、C4Iが処理速度を維持できなくなり、複数のギアのスモーク発射を統御できなくなってしまう。
先ずウォーロードのギアから3発のグレネードが発射された。
続いて廃墟のビルの陰からクレリックの3発……、反対側の廃墟から3発…──これはブッシュマンからだろう……。それとは別にソードマスターは、ベヒモスの注意を惹くためにエキシマレーザーを放っている。
最後に、全力で走る俺のギアの右の〝肩の裏〟のディスチャージャーが開き、3発のグレネードが打ち出された。
色の着いた対レーザー煙幕──1発当たり直径2メートルの球形に展張される…──計12発が一斉に開いた。街区を回り込んだ辻から、いま当に姿を現しつつあるベヒモスと、まったく動きを見せないシャーマンとの間に、〝壁〟が形成される。
直後、形成されたばかりの煙の壁を、ベヒモスの放つ赤外線レーザーが舐める。その多くはスモークに吸収され、幾らかは拡散することになり、減衰したレーザーはシャーマンに届かなかった。
…──〝間一髪〟だった。
あと少し壁の形成が遅れていれば、シャーマンの身体はプロテクトギアごと蒸発していたかも知れない。
俺はその間にシャーマンの側に辿り着き、ギアの上半身を起こし、襟首に後ろに当たる箇所──バックパックのトップハンドルに手を掛けた。……このような場合には、ここを掴んで引き摺っていくのだ。
すでに拡散を始めた煙幕がレーザーの高熱に灼かれ蒸発し、壁に穴が開き始めていた。もたもたとして居られない……。
シャーマンの頭部を覗き込むと、バイザーのHUDには明りが灯っていた。
──意識はあるのか……?
だが、そんなことを確かめるのは後だった。
俺はハンドルをしっかり掴むと、脱兎の如くその場を駆け出した。ここでも強化した人工筋繊維の大出力が大きく寄与している。
頭を下げ、低い姿勢で駆ける俺の頭上を、スモークの壁に開いた穴を抜けたレーザーが掠めていく(──…気がする……)。
壁に開いた穴は、他の連中がスモークグレネードで埋めてくれるはずだ。それを信じて俺は駆けるしかない。
シャーマンは大人しく引き摺られていた。
ハンドルを握る左手に、プロテクトギアがアスファルトを削る振動しか伝わってこない。
と、俺のギアのHUDにガイド(半透明なので視界を遮ることはない)が重ねられた。そこを辿れ、ということなのか……。
…──こんなことをしてくるヤツは一人しかいない。
「ベックルズ……?」
俺が問い掛けると、忙しそうな気配を纏った彼女の声が応えた。
『──…もう少し揺れないとこを引いてよ。視線が揺れて操作がしにくい……』
プロテクトギアのライフチェックもシステムチェックも終えていて、C4Iのオペの再開に入っているらしい。
データリンクで繋がれた〝仮想戦場〟も何とか修復されつつある。グリッドに残された演算能力では完全な機能回復は望めないが、それでも〝このサポート〟が俺たちには必要だった。
そのシャーマンが回復させた〝仮想戦場〟で、クレリックの仕掛けたランチャーの射界とレンジャーの狙撃ポイントからの射界の重なる点に、ベヒモスのマーカーが進入しつつあった。
状況を確認したクレリックが、戦場の全員に注意を促す…──。
『ウォーロード……そろそろだ!』
言ってる傍から画面の基調色が〝赤〟に反転した。
『よし! やれっ』 ウォーロードが叫ぶのを聞いた。
『了解!』 クレリックが応えた。
クレリックがランチャーをリモートで操作、グレネードが飛ぶ。
…──それを感知したベヒモスが近接防御に入り……グレネードを追ってその首を振った。
『レンジャー!』
ウォーロードが命じたときには、レンジャーはもう引き金を引いていたろう。俺は直接確認してないが、ベヒモスの砲塔の装甲カバーは〝飛んだ〟はずだ。
数拍もせぬうちに、
『…──こちらレンジャー……カバーに2発……〝確認〟の方は誰かやってくれ……っ』
当人が首尾を伝えてきた。レーザーの応射の前に、着弾の確認まではできなかったらしい。……が、直後にターンブルの隊のブッシュマンが応じるのを聞いた。
『ブッシュマンだ…──〝確認〟した。カバーは飛んでる……剥き出しだ』
──よし……!
これで、再び〝勝機〟が生れたわけだ。
その後、〝その勝機〟を掴む──ベヒモスの継戦能力を奪う…──までには、ソードマスターとクレリック、2人の犠牲が必要となった……。
ソードマスターは、俺に引き摺られながらC4Iとドローンを制御し続けるシャーマンからベヒモスの〝気を逸らす〟ため、敢えてその身を曝してレーザーを放ち、相手のエキシマレーザー砲と幾つかのセンサーを道連れに砕け散ることになった。
ウォーロードは、主兵装とセンサー類に損傷を負って距離を取ろうと後退するベヒモスが制圧射撃で放った赤外線レーザーで溶解・剥離したコンクリート片に下敷きとなり、胸を強打して肋骨を折った。
クレリックは動けないウォーロードに迫るベヒモスに肉薄、機体の上に跳び乗り至近距離でレーザーの撃ち合いをして……蒸発して消えた。左腕のセラミック装甲の籠手は、ほんの少しだけベヒモスのレーザーに耐えてくれたようだが、結局、レスターを護り切ってはくれなかった……。
最終的にこの〝バケモノ〟を退けたのは、このレスターの最後に放ったパルスレーザーの一撃だった。
装甲カバーを失い剥き出しとなっていた砲塔前面のパネルを砕かれたベヒモスは、残っていた赤外線レーザーとセンサーを破壊され継戦能力を失うと、ウォーロードの読み通り帰還モードに入って後退していった。
俺たちは、レスターに救われた…──。
焼け焦げたコネストーガのキャビンは、もぬけの殻だった。
ダニーの姿はなく、死体もない。
恐らく焼夷グレネードを内部で炊いたのだろう。高熱に曝されたキャビン内は、どこもかしこも焼け焦げていて完全に燃え尽きている。
「…………」
そこに〝消し炭〟となったダニーの姿がなかったことに安堵した俺だったが、程なくして、
『…──ウォーロード、ローグ……ちょっと……』
シャーマンからの通話に怪訝となることとなった。
『なんだ?』
ウォーロードが訊き返し、俺が振り見遣ると、シャーマンが続けた。
『…──後方車両のバックアップに〝直前の〟LOGが残ってた』
彼女は〝ダニーが戦列から消えた原因〟を探っていて、いまは機能を停止したコネストーガの後方車両の荷台の下のバックアップ・コンピュータの記憶装置にアクセスしていたのだ。
──2つのパーティーがそれぞれコネストーガと要員の半数を喪い、負傷したウォーロードが戦闘行動を取れない現状、一刻も早く戦闘領域を脱出したかったが(この場合、72時間を経ていないためミッションを放棄するわけだが、最早そんなことも言ってられない)、この事態を招くことになった最初のコネストーガの喪失に関してだけは、〝起こった事〟を出来る限り知っておきたかった。
『何か判ったのか?』
ウォーロードが先を促すと、シャーマンは簡潔に事実だけを伝えてきた。
『内側からハッチは開けられてる……』
『おい、それは……』
ウォーロードが言葉を失った。
折れた肋骨はプロテクトギアがギプスの機能を果たしてくれている。戦闘は無理でも普通に歩いて話す分には痛みはない。だから言葉を失くしたのは別の理由だ。
ここで焼夷グレネードが焚かれた直前、乗降ハッチを開けたのはダニーだと、彼女は言ったのだ。
俺は黙ってシャーマンを見た。
彼女の指摘に、俺は、そこから導かれる〝ある帰結〟と向き合わねばならなくなっている。
彼女が黙っているので、俺の方からその沈黙を破らざるを得なかった。
「つまり……〝なに〟が言いたい?」
そう質した俺にシャーマンが応えるより先に、外で警戒に当たっていたレンジャーが、無線だけで割り込んできた。
『…──外から誰かに〝開けてくれ〟と頼まれて、開けてやったら車外に連れ出された……あるいは外に誰かを見つけて、保護しようとして外に出たらそこで捕まった……、とか?』
奴なりに、余り愉快じゃない帰結から遠ざかったところに〝場を収めよう〟としてくれていたのだが…──シャーマンはそれを意に介さずに、俺たちのパーティーにとって甚だ不穏当なことを言ってのけた。
『……あるいは、バードがあたしたちを置いて逃げ出した……それとも、最初から裏切るつもりだった、とか』
その帰結は言葉にして欲しくないものだったが、確かにこの場の全員──やはり外で警戒に当たりながら通話に耳を聳てているブッシュマンも含め…──の胸の中に芽生えたものだった。
俺は返す言葉を探すことを止めて、視線を焼け焦げたキャビンの中へと移した、
それがベックルズの気に障ったらしい。
『なぁに? お友達の仕出かしたことなら目を瞑るってーの?』
喧嘩腰のその口調に、俺も反射的に目線を戻していた。
それを待っていたベックルズの視線と、俺のそれとがぶつかった。
「……ダニーが裏切ったことを示す証拠はないぜ」
そう言うしかない俺をベックルズは鼻で嗤って言った。
『何を百歩譲って差し上げてもいいけど、この場にバードは居ない……それが全てだろう?』
言い返せない。何が起こったか知れないが、ダニーが〝持ち場を放棄した〟ことでソードマスター、バーバリアン、ガンポート、そしてクレリックの4人が喪われた。
この犠牲は大きすぎる……。
『もうそこまでにしてくれ』
さすがにウォーロードが割って入ってきた。だが興奮するベックルズは収まらず、ウォーロードにも噛みついた。
『こっちは半分以上を殺られてる……あの優男の臆病者のせいでねっ! ターンブルもその中にいる!』
そんなベックルズが落ち着くよう、ウォーロードはハッキリとした物言いで頷いて返した。
『わかっている』
冷静さを少し取り戻したベックルズが、落し処を探るように声のトーンを下げ言葉を繰る。
『この〝落し前〟はどう付ける? コミッションへの報告は?』
『提出する資料は全て目を通してもらっていい。君からの意見書も添えさせてもらう』 ウォーロードは至極〝常識的〟な対応をした。『…──納得してくれたら、一刻も早くこの場を退去したいと思うが?』
『わかった……』
インスペクターの資格を持つカウリーにそこまで言わせたベックルズは、何とか感情の昂りを収めて応じると、改めて俺の方にも視線を向け、念押しするように言った。
『いまのカウリーの言葉……忘れるんじゃないよ』
そう言い捨てて踵を返すと、焼け焦げたキャビンを出て行く。
それを言葉なく見送った俺の肩に、カウリーの手が置かれた。
『急ごう……』
それだけ言うと、カウリーもキャビンを出た。
俺はこのとき、ベックルズに念押しされるまでもなく、一つの〝決心〟をしている。
ダニーを見つけ出し、ことの真相を訊き出す。
それは俺が知りたいことでもある…──。




