#07 キルゾーン
思っていたよりも随分と解像した映像だった。
廃墟となって乾燥した市街地のアスファルトの先に、そのオートマトンの姿が浮き立っている。
大きい……。
〝オーガー〟だって決して小さくはないが、コイツに比べると大分見劣りがした。カタログスペックで倍の容積は、小さな画面の中でも、やはり尋常でない。
と、出し抜けに映像がスノーノイズを返してブラックアウトした。ベヒモスの赤外線レーザーに灼かれたのだろう。黒一色を映すだけとなった小窓を閉じると〝LGBドローン〟の操作画面が起き上がっていて、〝マーク〟が終わったことを告げていた。
どうやらベックルズの方で、ドローンからレーザーポインタを打ってくれたようだ。
これはLGBドローンによる爆撃を誘導するのに必須の手順で、ベヒモスを目視した時点で俺が──FHSUを使って──しなければならなかった作業だ。あんな〝怪物〟に自分の方から信号を当てにいくわけで、ベックルズのドローンの末路のようなことを考えれば、出来ればやりたくない部類の作業だった。
だから、これは有り難かった。
……しかし、いつのまに俺のギアのマニトロニクスをハックしたんだ。
(ベックルズの)ドローンからレーザー照射を受けたことで、ベヒモスのAIは俺たちの存在を〝脅威〟として認識したろう。これまでの漫然とした哨戒行動を止め、移動速度を上げた。
俺たちにしても、構築したキルゾーンにコイツを招待しなきゃならない。その意味でもベックルズの採った行動は適切だった。
ベヒモスの巨体が主要道路の交差点に現れた。……そこはベックルズのドローンがロストした場所だ。
正面に〝レーザー砲と一体となった複合センサ―ユニット〟を組み込んだ砲塔が、忙しなく首を振り、周囲を警戒している。
『…──ソードマスター』 レシーバーが鳴った。『……〝始める〟』
ソードマスターの、その短い〝伝達〟は、ターンブル隊にとっての号令だ。
主要道路上のベヒモスからみて〝奥まった〟地点から、遠隔操作でグレネードが発射される。事前にブッシュマンらが設置しておいたランチャーだ。散発的で効果の薄い攻撃だった──現に赤外線レーザーに〝片っ端から〟叩き落されている…──が、それはそれでよかった。キルゾーンの方へと誘き寄せればいいのだから。
思惑通りベヒモスは、主要道路を外れてこちらへと機体を回し、進路を変えた。キルゾーンの交差点の方へと進んで行く。
『よし、いいぞ……』 ウォーロードの落ち着いた声が言う。
こうして敢えて言葉にすることで、彼は作戦が順調に進捗していることを皆と共有するのだ。
ベヒモスがキルゾーンまでの半ばに達する。このときソードマスターたちは物陰に身を潜めて目標をやり過ごしている。そうして攻撃の始まるのを待ち、退路を断つためだ。
頃合いで、ウォーロードの指示が飛んだ。
『…──ローグ……〝本番〟だ、始めろ』
「了解──」 俺はHUDの画面を操作しつつ応じた。「──…1本目を落とす」
3機のLGBドローンの中でベヒモスへの爆撃コースを採れる1機に信号を送る。
それでドローンは翼とプロペラを切り離し、爆弾そのものとなってベヒモスへと落下を開始した。
ベヒモスが自衛モードに入り、赤外線レーザー砲塔が対空防御で仰角をとる。
LGBは目標を捉えてからの最終段階では、パッシブなセンサー(搭載カメラの映像)だけで自律誘導される。誘導は空気抵抗を制御するだけで成され熱も発しない。
そんな移動体であるLGBは的も小さく電子の眼をもってしても高い精度で捉えるのは難しい。〝キルチェーン〟──「目標識別」「目標への武器の指向」「目標への攻撃決定・命令」「目標の破壊」…──の構築に時間が掛かる。
「落着まであと4秒……」
俺は画面上の値を読み上げた。「……3、2、1」
LGBは目標に到達できずに迎撃された。
──…だがそれでいい……。
ベヒモスはLGBの迎撃に成功するまでレーザー砲塔を指向、つまり対象を探して首を振り続けた。主要な射撃統制センサーのほぼ全てが、レーザー砲の軸方向に一体化されているからだ。
それは裏を返せば、ベヒモスにとってキルチェーンが完成──LGBを迎撃・排除──するまでの約3秒間、〝レーザー砲塔が制圧された〟ことと同義である。
他の目標に対して「捕捉センサー」と「追尾センサー」を向けられない仕様だからだ。(「索敵センサー」は砲塔とは別の位置にあるので、周辺の俺たちの動きは捉えられている。)
その〝3秒間〟を俺たちは使う……。
ベヒモスの上空でLGBが火線に捉えられ破裂した直後、ベヒモスの砲塔前面のセンサーユニット用装甲カバーが爆ぜた。
レンジャーの20ミリ対物ライフルだ。
「まず1発……」 俺は知らず呟いていた。
〝オーガー〟クラスの装甲なら1発──状況が悪ければ2発──で飛ばすことが出来る代物だったが、ベヒモス相手ではもっと必要だ。俺たちは最低〝3発〟と見積もっていた。
そのベヒモスは自機への脅威を排除するや、〝新たな脅威〟──レンジャーの狙撃──に対し、その射点としたビルの屋上一帯に猛然とレーザーの猛射を浴びせ掛けてきた。それは赤外線レーザーだけでなく(それなりに出力は抑えられているが)エキシマレーザーまで動員しての〝面制圧〟射撃だった。
……こうなることは予想されていた。レンジャーは、射撃の直後にはもうその場から一目散に逃げだしてる……そういう手筈だ。
『こちらレンジャー……装甲カバーにヒット。次のビルに移動中…──』
『……よし』
戦術マップの上を、レンジャーのマーカーが〝転げるように〟して移動している。どうやら上手く逃げ果せそうだ。
今度はベヒモスのボディ前面のセラミック装甲が爆ぜた。
レンジャーの後退の援護とベヒモスのキルゾーンへの誘導のため、クレリックがエキシマレーザーガンを放ったのだ。
俺たちのガンの命中精度では装甲カバーを狙える距離まで接近することは自殺行為だったから、物陰から当てるだけだ。だから命中するにしてもそれは被弾面積の大きな機体前面となる。
それでよかった。……要はベヒモスの〝気を惹けば〟いい。
案の定、即時応射モードの発動したベヒモスの砲塔がクレリックの潜むビルの1階を瓦礫に変え始めた。まるで加減というものを知らないブルドッグだ。
そういう行動も予想がついているので、やはりクレリックも撃った直後にその場から後退している。
そんな動きに呼応して、〝複数の熱源〟が交差点の方向へと動いている──…シャーマンが手持ちのドローンをデコイとして操った電子の像で、それをベヒモスのセンサーも捉えたはずだ。
ベヒモスはそれらの熱源に赤外線レーザーをまき散らしながらキルゾーンへの前進を再開する。
鮮やかな手並みだ。ウチの隊との共同戦闘は初めてで、事前の打ち合わせもなかったが、彼女の戦術理解度が異様に高いのが判る。
さて、そうして稼いだ時間の間に、このステージの主役であるレンジャーは次の射撃ポイントであるビルの屋上に到達していた。今頃は銃の調整に入っているだろう。
タイミングを計って俺は告げた。
「ローグより、2本目、投下……」
そして手順の反復に入る。
「──…落着まで、4、3、2、1」
キルゾーンの交差点に近い位置に場所を移して、同じことが繰り返された。
レンジャーは2射目も装甲カバーに当て、ベヒモスの猛烈な反撃の中を転がって逃げる。距離が詰まった分砲撃の密度も上がり、レンジャーが狙撃ポイントに使ったビルの屋上は、濛々と粉塵を噴き上げて瓦礫をまき散らすことになった。
『…──うわぁ、ああっ!』
出し抜けに、レシーバーがレンジャーの悲鳴を拾った。
『レンジャー、無事か?』 すかさずウォーロードが状況を質す。
少し待たされて、レンジャーの息せき切る合間と思しき応答をレシーバーが伝えてきた。
『…──2つ目、終えました。次のポイントに移動中……っ!』
何があったか知らないが無事は無事らしい。戦術マップの光点も動きを止めていなかった。
上空のUAVからベヒモスの望遠画像が送られてきた。この時点で、砲塔前面の装甲カバーの見た目は、まだ〝半壊〟にもいってない。
『──…ローグ、次だ。準備を頼む……レンジャー、急いでくれ』
「了解」
『…──了解』
状況は俺たちの目論んだ通りに進んでいた。
ベヒモスは被弾を重ねながらキルゾーンの交差点へと進入しつつある。その後方は〝いったんはやり過ごした〟ソードマスターらが退路を塞いでおり、上空からは大型のLGB──携行ドローン型の物などとは比較にならない貫徹力を発揮する──を抱えたUAVが止めを刺すタイミングを狙っている。
レンジャーによるこれまでの3発の狙撃でもベヒモスの砲塔の装甲カバーを〝飛ばす〟ことはできなかったが、それでも相当のストレスをカバーに与えたことは確実だ。
あと数発…──上手くすればこの後の〝飽和攻撃〟の爆風と熱が〝飛ばして〟くれるかも知れない。
戦術マップ上に描画された〝十字砲火〟の火線のエリアに、ベヒモスのマーカーが進入した。画面の基調色が〝赤〟に反転し、全てのランチャーが射界に捉えたことを告げた。
『クレリック…──』
ウォーロードが訊く。
『…──OKだ、ウォーロード』
クレリックが応える。
『よし、やれ!』
『了解!』
命令も応答も簡潔だった。
──始まった……。
クレリックと俺とで仕掛けた8台のランチャーから、ほぼ時間を置かず一斉に──それでも微妙に時間差をつけられて──グレネードが発射された。
キルゾーンに向けた4方向からの飽和攻撃…──。
ベヒモスの近接防御の処理能力を〝溢れさせる〟攻撃だ。それでヤツのAIのキルチェーンの構築に負荷をかけ、〝本命〟──UAVが放つLGBへの対応を遅らせること。……それが俺たちの目論見だった。
ベヒモスのAIは、その目論見の通りに四方から迫るグレネードを最適のアルゴリズムに基づいて迎撃に入った。忙しなく砲塔を振ってレーザーの光条をまき散らし始める。
最初のグレネードが黒煙を噴いて撃墜され、直後には次のグレネードが煙を噴いた。
──いいぞ。
この時点で俺たちは、罠の完成を半ば確信した。
グレネードの大半が排除されるだろうが、索敵センサーはその後もしばらく警戒を解かないだろうし、迎撃のために振り回されたレーザーと指向方向を同じくする捕捉センサーは、確実に〝直上の脅威〟への対応が遅れるはずだ。
レシーバーが、終幕に向けてのウォーロードの指示を拾った。
『──バード、LGB、ただちに投下』
だが、目論見通りに進捗し(ているように見え)ていたのは、ここまでだった……。
いつもなら間髪入れずに戻されるバードの応答と復唱が返ってこない。
『──バード?』 ウォーロードの声音も怪訝なものになった。『…──どうしたバード? こちらウォーロード、送れ……!』
……だが返答はない。
『ウォーロード』 クレリックの声が割り込んできた。『……グレネードがもう全部墜とされる…──』
その語尾は、確かに〝急かすような〟響きを帯びていた。
ごく短い時間だったが、パーティーの全員が、このじりじりとした焦燥感を共有している。
何をやってるんだ、ダニー……。
俺はバイザーのHUDにUAVからの空撮映像を呼び出し、コネストーガの周辺を拡大させた。
その映像は、俺に言葉を失わせた。
『…──ウォーロード! UAVからの映像をっ!』
その鋭い声をあげたのは、俺ではなくシャーマンだった。
シャーマンの送りつけてきた映像は俺の呼び出しものと同じものだった。
映像の中のコネストーガは外装に大きな損壊は認められないが、前方車輌のキャビンのあちこちの開口部から黒い煙を立ち昇らせていた。
『……バード⁉』 ウォーロードが声を上げた。『バード! 生きてるか? バードっ‼』
2回コールを続けて応答がなかった時点で、ウォーロードはそれ以上のコールを止めた。
俺は、コネストーガの位置までの経路を〝考え始めている〟のに気付き、止めた。
状況が切迫している。ダニーの救援に駆け付ける余裕などない。
〝最悪〟だ…──。
対ベヒモス戦闘における〝切り札〟──LGBによる爆撃──は、そのタイミングを完全に逸することになり、上空からの接敵を欺瞞する意図もあった飽和攻撃も、これで完全に意味を失ってしまった。
飽和攻撃への対処という〝拘束〟を解かれた怪物は、俺たちの展開する交差点一帯に猛然とレーザー射撃を再開した。
制圧射撃──…エキシマレーザーがコンクリートを破砕し、赤外線レーザーが巻き上がる粉塵ごとそれらを灼き、蒸発させる……。
交差点一帯が熱と煙に包まれていく。プロテクトギアを纏っていなければ、1分と耐えることのできない地獄の中で、俺たちは〝狩る者〟から〝狩られる物〟へと、立場が一転していた。
『ウォーロード! クレリックだ、デカブツの動きが止まらない! 指示をくれっ……』
猛射を受け倒壊する寸前のビルから隣のビルの屋上に退避するときに、俺はその声を聞いた。
他の連中も同じような状況に曝されている。ウォーロードの次の言葉まで間があったのも、先に安全を確保しなければならなかったからだろう。だが、その後の〝状況の確認からの指示〟が早かった。
『ランチャーの残りは?』
『2本だ』
『よし、それを仕掛けろ……デコイに使う…──レンジャー、聴こえるか?』
『……こちらレンジャー』
『クレリックがランチャーを仕掛けたら砲塔の装甲カバーをやれ。カバーが飛んだら中のセンサーを破壊する』
『了解』
矢継ぎ早に指示が飛んでくる。それに応じて皆が、ベヒモスの暴れる交差点を動き始める。
すでにコネストーガの演算能力を喪い、データリンクの精度を維持できなくなっていた。もう今までのように、ニア・リアルタイムにクレリックやレンジャーの動きを追うこともできない。
そんな心許ない情報の中でウォーロードは状況を把握し、指示を伝えねばならない。
『…──C4Iのオペを引き継ぐ……ウォーロード、承認コードを』
見兼ねたのか、シャーマンが支援を買って出たようだった。
『──…助かるシャーマン……いまコードを送った』
一拍の後、戦術マップがリフレッシュされると、ロケーターの光点が何とか地図上の同期の取れた位置に表示されていた。情報が最新のものに置き換わるタイミングがまだ安定しないが、コネストーガと一緒に失われた〝仮想戦場〟が、瞬く間に再構築されていく。
もちろん、コネストーガが健在だったときとは使える演算能力が違う。喪われた演算能力はデータリンクの各グリッド──プロテクトギアの搭載AI──から抽出して補っているわけだが、その最適化と並行して構築作業を進めており、俺には〝大したものだ〟としか言う言葉がない。
『ウォーロード、こちらシャーマン……UAVの爆撃誘導にまで十分な演算能力は回らないよ。〝止め〟はどうする?』
『砲塔の装甲カバーが外れたらセンサーと主武装を潰す。そうすればヤツは帰還モードに入って〝退場〟してくれるはずだ……』
応答の呼吸は乱れていた。移動にも苦労しているようだ。『──…だから爆撃は考えなくていい。それよりも今は君のドローンを使って〝ヤツの気〟を上手く惹くことを考えてくれないか』
『簡単に言ってくれちゃって……』
シャーマンの語尾も溜息勝ちになる。それはそうだろう。プロテクトギアの限られたデバイスだけで万全とは言い難いC4Iを御するのだ。
そのボヤキにウォーロードは最大限の賛辞でもって応じた。
『……頼りにしてる』
それから俺にも指示が下った。
『──ローグ聴こえるか? ソードマスターたちと時間稼ぎを頼む』
俺はいつもと同じように簡潔に応えた。
「了解」
先ずは目の前の〝脅威〟を何とかしなければ…──
いまを生き延びるために……。




