#06 3SWC
ミッションの時計がカウントされ始めてから19時間後…──。
第3層南西区Cに入って4時間が経った頃、俺たちは〝ベヒモス〟と接敵していた。
〝明け方〟──人工太陽灯に輝きが宿り始めようとする頃、ターンブルと俺たちのパーティーは、第3層の居住区 (非戦闘領域)を抜け3SWCに入った。
MAが戦闘領域の〝指定〟をするまでの3SWCはスタジアムを中心とた歓楽街で、中層の商業ビルが立ち並ぶ典型的な市街地だった。戦闘領域となってからは全住民が退去させられ、〝真新しい廃墟〟に人影は──俺たちトループスを除いて──ないことになっている。
現着と同時に俺たちはUAVを打ち上げた。
当該の街区を上空からリモートセンシングするためだが、その時点ではベヒモスの姿は捕捉されなかった。
そのまま上空にUAVを張り付かせ情報を収集しつつ、俺たちはターンブル隊のコネストーガと共に市街の中心へと侵入を開始した。俺たちのコネストーガは中心部から外れた位置に待機し、UAV等の管制に当たる。
ほどなくして上空からの眼が、市街区を南側に伸びる主要道路の上に動きの止まったコネストーガを発見した。
それが目標の車両であることは、バードがUAVから送った確認信号に応答を返してきたことで確認されていた。
俺たちトループスの使うコネストーガやプロテクトギアは、それぞれ〝個別認識番号〟を持つ。そして〝外部から確認信号を受けるとその番号を発信者に返す〟という仕組みを実装している。
具体的には、極めて狭い入射角度でしか反応しないレーザー受光機に確認側はレーザーを打つ。受光すれば、その入射角に対して〝個別認識番号〟のレーザー信号を折り返す、というプロトコルである。レーザーの指向性の高さを利用して、オートマトンによる傍受の可能性を押し下げるのだ。
作戦行動に支障を来たし敵中に孤立した状況で救難を待つときや、戦場に遺棄された機体の中から回収対象を特定するようなときに使われるプロトコルだった。
──そのような場合、広域信号を発信して待つ、ということは出来るだけしたくない。それをすればオートマトンに位置を晒すことになるからだ。
今回は、当にこの機能が役に立つことになった。
南側のシャフトへと向かう主要道路上に乗り捨てられたふうに見えるコネストーガは、前日に第3層北側のアーマリーから許可なく持ち出されたもので、状況を鑑みればシャノン・ウィンターを拉致したレジスタンスのものに間違いないだろう。
俺たちはターンブル隊を先鋒にコネストーガのもとに急いだ…──。
片側2車線の追い越し車線側に、件のコネストーガが停車している。
ターンブルのパーティーの前衛、〝ブッシュマン〟キングスリーが乗降口に取り付いていて、FHSUを差し込み内部を窺っているのが見える。
レシーバーが鳴った。
『──こちらブッシュマン……ソードマスター、どうぞ』
『…──ソードマスター──』
ターンブルのパーティーのやり取りだ。『……どうだ? ブッシュマン』
『車内は空です。〝対象〟の姿はなし……送れ』
バイザーのUHDの一画に、ブッシュマンから〝覗き見棒〟の映像が送られてきていた。俺は取り敢えず〝引き伸ばして〟確認することをせず、自分の肉眼の視界を確保しておいた。
『ソードマスター了解した。…──引き続き車両周辺を調べてくれ』
『ブッシュマン了解』
ブッシュマンのプロテクトギアが〝覗き見棒〟を収納し、中央分離帯を越えて先に進む。その前方にはソードマンスターと〝バーバリアン〟のTACネームを持つターナーが広く左右に散開し、後方からガンポート──重装コネストーガ──が追尾している。
俺たちのパーティーは、そんなターンブルたちのパーティーと乗り捨てられたコネストーガを遠巻きに、周辺の警戒に当たっていた。
最初にその異変に気付いたのはバードだった。
『ウォーロード……』
すぐさまウォーロードが応じた。
『こちらウォーロード、どうした?』
『いま〝熱源〟が現れました。戦区の西側です』
『…──〝熱源〟だって?』
『はい…──プロテクトギアのクラスじゃない……』
慎重な物言いのバードに、ウォーロードも慎重に質す。
『〝ベヒモス〟か?』
『そこまでは……でも、オートマトンなのは確実です』
『よしわかった』 ウォーロードの決断は早かった。『──装備変更する。最短距離で合流しよう。コネストーガを前に動かしてくれ。
……それからソードマスターにも連携し、データを送ってくれ…──』
一応、第3層のアーマリーから持ち出されたのはコネストーガだけで、プロテクトギアの類いは確認されていなかった。だからレジスタンスの装備は〝非機械化歩兵〟並との判断の下、〝マンハンター〟としての装備で展開していた。
だがオートマトン──例えそれがベヒモスでなくとも…──を相手にするとなれば、甚だ心許ない。早急に対重機械戦闘向けの装備に変更が必要だった。
どうやら〝敵〟は、もうこっちを捕捉しているようだ……。
『──皆、聞け』
バードに合流を指示すると、ウォーロードは改めて俺たちに状況を説明した。
『西側の廃墟に何か潜んでる。オートマトンだ。〝人探し〟の前にハンティングになった。いつも通りの手筈で〝狩る〟ぞ…──』
そこまで言って、再びバードを呼び出す。
『バード、敵は?』
『動き出しました。こちらに向かって来ます』
微かに緊張を孕んだ声が返した。対するウォーロードの声は相変わらず冷静だ。
『──情報をくれ』
そのウォーロードの求めに、数秒とせずバードは俺たちのギアのHUDに戦術マップを転送してきた。俺はアイトラッカーで画面操作しマップ表示を引き伸ばして表示する。戦術マップには熱源の現在位置と予測経路、それにコネストーガとの合流地点がガイドされていた。さらに1秒の後、ターンブルのパーティー各機の位置情報が重ねられた。
『…──OKバード。それとUAVをもう1本上げる……準備を頼む』
『了解』
──大したものだと俺は思う。バードはコネストーガのハンドルを操りながらこれらのオペレーションを行っているのだ。
そんなバードが復唱して通話を切ると、ウォーロードは俺たち全員に言った。
『戦術マップの情報の通りだ、急ぐぞ』
俺たちはプロテクトギアを合流地点へと急がせた。
俺たちは〝熱源〟の移動する主要道路から2本ほど外れた辻でバードと合流した。
ターンブルのパーティーは、シャーマンを除いて、俺たちとは通りを挿んで反対側に1本外れたところに進出したガンポートの周辺に集まっている。
ではシャーマンはというと、彼女はパーティーの中である程度の自由裁量で動く遊撃的な立場を得ているようだが、このときは俺たちのコネストーガと合流している。今回、彼女の使う装備品が俺たちのコネストーガに収納されていたからだ。
装備の変更は迅速に行われた──。
俺とクレリックの爺さんはエキシマレーザーガン──今回の大盤振る舞いでレスターも新型を新調した…──を持ち、左腕にはセラミック装甲の籠手を着ける。
レンジャーは愛用の20ミリ対物ライフル、ウォーロードはいつもの赤外線レーザーガンを携行しつつ40ミリ自動擲弾銃──レンタルで調達した…──を持った。やはり2人ともセラミック装甲の籠手を着ける。ベヒモスの近接防御レーザーは、対プロテクトギア兵装としても十二分に脅威だった。エキシマレーザーに関しては、基本、打つ手はない。……運任せだ。
そうした基本装備の他に〝キルゾーン〟を構築するための各種機材を携行する。
俺は自律滞空型の〝携行LGBドローン〟の筒を4本持った。
──コイツは小型の滑空爆弾に超軽量の折り畳み翼と推進装置が付いた代物で、翼を展張し起動ピンを抜くと最大90分間上空に自律滞空させられる。カメラと各種センサーとで観測した情報を断続的に──…追跡探知される確度を下げるためだ──データリンクに送ることでC4Iシステムの〝仮想戦場〟の精度を補完し、そこでヴァーチャルに設定したウェイポイントを経由させることで誘導され、最終的には爆弾として放擲される。
クレリックは〝いつものグレネードランチャー〟1ダースを腕に抱え背中に背負った。遠隔操作されるコイツから放たれるグレネードの〝飽和攻撃〟が、今回の〝ベヒモス〟のような大型の相手の動きを拘束し、パーティーに勝機をもたらす。……俺たちの十八番だった。
だが、この前の〝オーガー〟を排除したときとは違って事前の情報収集が不十分で、目標の行動パターンの分析・予測もできていない。この状況では〝オポッサム〟まで使った待ち伏せなどはとても出来ない。入念なトラップを仕掛ける時間的な余裕もない。
それを補うために、今回ウォーロードはUAVを2機上げることにした。
こうすることで〝上空から常に戦闘地域の動向をリアルタイムに入力し続けるセンサー〟を複数用意し、データリンクで相互に補完することで得られる〝仮想戦場〟の精度を一定以上のものに維持できる。
それに加えて、それぞれのUAVが腹に抱える滑空追尾型のLGBは、目下のところパーティーの保有する火力の中で最大の貫徹力の武器であり、ベヒモスのような頑健なオートマトンに対する〝切り札〟でもある。
2機目のUAVが打ち上がり、俺たちが各々の携行機材を相互に確認し合っていたとき、ターンブルのパーティーから唯一人、ウチのコネストーガに機材を取りに来ていたベックルズ──TACネームは〝シャーマン〟──は、ペイロードの中から〝ビィハイヴ〟と呼ばれるドローンコンテナを、専用の運搬用カートごと引き出していた。
コンテナはドローンのベース機能に加えてそれ自体が遠隔操作の中継機能を有するシステムユニットで、ネットワークごとデータリンクに接続されC4Iを補完する。射出されたドローンのセンサー群と併せて──いささか領域は狭いが──極めて高精度に再現された〝仮想戦場〟をシステム内に構築するのだ。
一人黙々と作業をする様子が目に入りベックルズを俺が見遣ると、ぶっきらぼうな声が訊いてきた。
『……なに?』
『──いや……』
俺は、ただそう応えて自分の作業に戻った。
ターンブルのパーティーにおいて、そういった情報運用を一手に担っているのが〝シャーマン〟、ノーマ・ベックルズだった。俺たちのパーティーではバードが後方で行っていることだ。
が、どうやら必要な機器の設置も彼女が1人で行うらしい。
かてて加えて、状況に応じ彼女は、ドローンによる遠隔攻撃もレーザーガンによる直接攻撃もこなすのだ…──。
〝シャーマン〟の二つ名は伊達じゃあない。
装備の変更を終えた俺たちは、ウォーロードが決めた〝キルゾーン〟──〝熱源〟の移動する主要道路から1本入った交差点へと急ぐ。俺の視界の中にクレリックとレンジャー、視界の左端にウォーロード、視界の外、俺の背後にシャーマンが続いている。
キルゾーンをウォーロードが設定したことに、ソードマスターは異議を挿みはしなかった。
今回のミッションは2つのパーティーが参加しているが、必ずしも同一の指示系統下での共同行動を求められていたわけじゃなかった。だから2つの隊は、それぞれ別々に活動をしてもよかったし、事実、接敵するまでは明確な指示系統を確認することなく状況に当たっていたのだ。
が、ターンブルは〝オートマトンに接敵された〟時点で、その兆候を捉えたバードの管制下に自身のパーティーを置くことを即座に受け入れた。さすがにA級のトループスだ。
目指す交差点に差し掛かる前、街区で一番高いビルの廃墟の前で俺は通話機を操作した。
「──ローグよりウォーロード……右の灰色のビルに上がる」
言い終えたときには、グランドフロアを横切って非難階段の耐火ドアを引いている。
『ウォーロード了解』
俺はそのまま10フロアを一息に駆け上がり屋上へと出た。
見渡すとそこは、思惑通りに四方が開けていたが、キルゾーンにしたい交差点は周辺のビルが陰になって半ばは見通せない。
だがそれで良かった。
俺は持ってきた〝LGBドローン〟を筒から引き抜く。翼が展張したのを確認し、起動ピンを抜いた。ギアのHUDに操作画面が開き、グリーンが表示された。
プロペラが回り出したのを確認してキルゾーンの交差点の方へと〝送り出す〟ように投擲する。
HUDに〝データリンクで戦術マップに同期した操作画面〟を表示させ、キルゾーン周辺にウェイポイントを設定した。これでドローンは交差点の上空を旋回滞空することになる。
俺は同様の操作であと2本のドローンを送り出し、この場を移動した。
ドローン1本は、ピンを抜いても〝操作画面が開かなかった〟ので遺棄している。
非難階段を駆け下りながら、他のメンバーの通話を拾ってみた。
『…──レンジャーです。狙撃ポイントを確保しました……送れ』
わずか息を弾ませたレンジャーの声──俺はそれで、ヤツがビルの外壁を〝パルクール〟で登ったと当たりをつけた…──に、ウォーロードが感嘆の声を押し殺して言った。
『早いな……セッティングを済ませて待機してくれ。…──クレリック?』
クレリックのしんどそうな声が応える。
『──こちらクレリック……交差点のロケーションは〝まずまず〟だ……8台ほど設置する。誰か助っ人を寄越してくれ』
『了解だ…──ローグ、クレリックを手伝えるか?』
「ローグ了解、2分で合流する」
俺たちは手分けして交差点にキルゾーンを構築していく。
手際は良かったはずだ。
その間、ターンブルのパーティーは、〝キルゾーンの完成と同時にオートマトンを誘引する目的〟で最初の一撃を加えるべく、交差点から1つ北の辻の周辺に身を潜めつつ展開していた。
『…──こちらソードマスター、配置に付いた。状況をくれ』
C4I管制を任されたバードが応じた。
『〝敵〟は東に移動中……通りに出たらそちらでも目視できるはずです』
そのタイミングで、全員のHUDの戦術情報が一斉にリフレッシュされた。
──2機のUAV、俺の上げた3本のドローンからのデータ、クレリックの設置したランチャーのセンサーの情報、ターンブル隊のヤツらも含めたプロテクトギアのカメラが捉えた映像…──この戦場のあらゆる情報がデータリンクで統合され、再計算され、俺たちの共有する〝仮想戦場〟の精度が向上してゆく。
皆が固唾を呑むように注目する画面の中で、敵性を示す〝赤い標示〟は、他の戦術情報も重ねられた市街地の上を、主要道路に沿って東へと動いていた。
ランチャーの設置を終えたクレリックと俺は、それぞれの射撃点に移動してから、その画面を見ていた。〝赤い標示〟の一番近い場所に身を潜めたブッシュマンが、物陰からFHSUを伸ばしてオートマトンの予想進路に繋がる〝通りの先〟の映像を送ってきた。
〝仮想戦場の中の赤い標示〟が現実の船上のその場所に姿を表すには、まだまだ時間が掛かりそうだ……。
『…──シャーマンだけど……』 緊張感の欠けた声音をレシーバーが拾った。『あたしの方でドローンが飛ばせるけど?』
──…〝どうする?〟という沈黙に、
『ウォーロードだ。やってくれ』
カウリーは命じ、ベックルズはすぐさま応えた。
『りょーかーい』
ほどなくUHDに、新たに生成されたチャンネルのアイコンが表示された。
それを目の動きで操作すると、ドローンからのライブ映像が再生される──。
そこには、一際に大型のオートマトン…──〝ベヒモス〟が居た。




