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神亡き世界の黙示録  作者: 戦闘アクションだいすき
5/16

#05 〝成功率〟52.38%


 2日後──。

 俺はパーティ―(分隊)のメンバーと共に、アーマリー(拠点)併設の建屋にコミッションのオフィスを訪れていた。コミッションからの招集を受けたのだ。

 この日のアーマリーは前日の敷地内での事故の関係で立ち入りが制限されていたのだったが、個人端末を提示するまでもなく、ロボットパトロールは俺たちを認識して道を通してくれた。


 通常ミッションは、トループスの側からコミッションへ出向いてミッション(作戦)の提示を受け、諾否を選択することができる。コミッションは、AIの計算したパーティーのポテンシャル(潜在能力)に照らし、〝適任〟(≒完遂が見込める)と計算されたミッションを複数提示する。メンバーでそれらの内容を検討の上、参加の諾否を選択することができるのだ。


 だからこのようにコミッションから招集されることは極めて(まれ)で、オフィスのエントランスでは仲間が姿を表す度に、互いの表情を窺うことになった。

「よう」

「おう」

 俺とダニーがエントランスに着いたとき、簡易応接セットに一番先に来て座っていたのは〝レンジャー〟リオンだった。リオンが口許を歪めて訊いてきた。

「なんかやらかしたか?」

「まさか……。何かするとしたらそっちじゃない」

 俺が応えるより先にダニーが混ぜっ返していた。

 それに反応したリオンが、けっ、と苦笑を浮かべたかけたとき、俺たちからリオンの目線が逸れた。それで俺が振り返ると、エントランスの自動ドアが開き、カウリーが入ってくるところだった。そのさらに後ろにはレスターの姿も見える。

 俺たちの側にまで来たカウリーが言ったのは、

「お前たち、いったい何をしたんだ?」 ……だった。



 そうして全員が集まっても誰も招集の理由を知らない俺たちは、受付のロボットの案内で奥に通された。

 通された先はいつものブリーフィング室で、中に入ると先着のパーティーが1組あった。カウリーと同じくA級のトループス──〝ソードマスター〟のTACネームを持つターンブルの束ねるパーティーだ。

 俺たちは彼らに軽く黙礼すると、部屋の反対側の机の並びに腰を下ろした。

 程なくして部屋の正面いっぱいの大画面にコミッションの女性型コミュニケーター(アバター)〝レディ〟〈イライザ〉の姿が映し出された。


『よく来てくれた──』

 冷静でタフなビジネスパーソン然とした外見の()()が口を開いた。

 その自然な声音と表情は市中に配されたロボットパトロールなどとは異なり、それがCGで造り出されたものであることを見る者に微塵も感じさせない。

『──本日ただ今より、諸君は私の直接指揮下に入り、特別ミッションに投入されることになる』

 聴き取りやすいよく通るアルトの声での男性的な物言い…──それが〝レディ〟〈イライザ〉のキャラクター(特徴)だった。

 命令することに慣れた、有無を言わせぬ口調のコミュニケーターに、歴戦のトループスたちの視線が集まる。

 場を代表する形でカウリーが訊いた。

「あなたの直接指揮といいますと、コミッション…──MA(監視機構)の、という意味ですか?」

『そう考えてもらっていい。なおこのミッションは真に〝特別〟なもので、諸君には拒否権はあるが、その場合、最大限のペナルティーが科されることになる』

 話の流れと〝ペナルティー〟の単語に、場の空気が強張ったように感じられる中、今度はターンブルが問いを重ねる。

「…──と、いうと?」

『トループスとしての資格剥奪とこれまでの全戦闘記録の抹消……加えて2年間の再登録禁止だ』

 円熟した赤毛の美貌にそう言われ、皆、言葉を失った……。


 俺たちトループスは大昔に存在したという〝軍〟の構成員──『軍人』ではない。

 コミッションに登録し、提示されるミッションを血と汗で培った戦闘技術をもって請け負う役務労働者である。契約は72時間単位のミッション毎に交わされ、もちろん応諾の選択権は俺たちにあった。

 コミッションは、上位存在であるMAの意思決定──つまり作戦計画──に基づいて、あくまで投入戦力の需給調整を担う存在である。このような形で〝命令〟を発するということは、少なくとも俺の知る限り〝なかった〟ことだった。


 机の天板を叩く音が室内に響いた。

「……そりゃ完全に強要じゃねぇか!」

 声を上げたのはうちのパーティーのリオンだった。〝レディ〟〈イライザ〉は間髪も置かずに応じた。

『否定はしない』

 その言葉こそ愛想の無いものだったが、〝レディ〟〈イライザ〉は〝人間臭い〟表情でリオンを一瞥すると、用意をしていたであろう言を継いだ。

『──諸君が選ばれたのは、このミッションの成功率をあらゆる観点から算定した結果だ。72時間内に状況をリカバリする可能性を得たのは、諸君ら2パーティーだけだった』

 室内の空気が揺れるの感じ取ったふうに〝レディ〟〈イライザ〉は値踏みをするようにして目を細め、言う。

『もちろん、このミッションに設定されるポイント(報酬)は低くはない』

 ターンブルのパーティーで後衛に就く、〝シャーマン(精霊使い)〟ことベックルズが訊いた。

「いくらになるんだい?」

 ベックルズは女だてらにB級のトループスだ。


『参加時点でメンバーごとに500ポイント、ミッションを終え帰還した時点でさらに500ポイント…──これはミッションの成否に依ることなく支払われる。……帰還できなかった者の分も分配して加算しよう…──』


 ──ひゅぅ、とベックルズが口笛を鳴らした。


『……加えて、今回必要な経費(ポイントの消費)に限り、全てコミッションが持つ』


 それは〝大盤振る舞い〟だった。

 通常、ミッションで参加メンバーに最低限保証されるのは20~100ポイントだ。ミッションを無事終えれば設定されたボーナスポイントが加算されるが、それはあくまで成功報酬で、それもAIの算定する〝各人の働き〟によって分配される。今回のように帰還した全員がそれぞれ受け取れる、というものじゃない。

 さらに、難易度の高いミッションではいつだって十分とは言えない弾薬や資材の支給…──通常、そういった〝必要経費(持ち出し分)〟は、トループス各自が〝獲得してきたポイント〟と交換する形で追加支給を受けるのだが…──も、今回はコミッションが持ってくれるという。



 画面の中の〝レディ〟〈イライザ〉がそう言い終え、俺たちに目線を巡らす。

 非常に凝ったCGだ。機械と会話しているなんて思えない。

 再び機械に値踏みされ、どんな表情をしたらよいかと俺が考え始めたとき、またターンブルが口を開いた。

「いったいどんな任務なんだ?」

 〝レディ〟〈イライザ〉がわずかに挑発するような表情を向けて言った。

『それを聞いてしまえば、諸君の拒否権は消失することになる』

 機械が〝そんな表情〟を作れるのか、と感心させられたが、

「受けよう」

 即座にそう応じたターンブルには驚いた。彼は鍛えられた腕を組むと、厳つい顔に自信を溢れさせている。最初から受ける気だったのだろう。

『──他の者はどうなのだ?』

 〝レディ〟〈イライザ〉は、やはり機械である以上省くことが許されないのか、他のメンバーに一応の確認をする。


「時間の無駄だ。俺のパーティーは、俺が意思決定をする」

 そんな〝レディ〟〈イライザ〉に不機嫌に言い放ったターンブルの背後で、彼の束ねるメンバーが肯いて返した。

 それを確認して〝レディ〟〈イライザ〉は今度は俺たちの方に向き直った。

『カウリーのパーティーはどうだ?』

「…………」

 カウリーはと言えば、ターンブルとは違い思慮深い表情で〝レディ〟〈イライザ〉に向いて口を開く。

「先程、〝成功率を検討した〟と言ったが、その値を訊きたい」

 〝レディ〟〈イライザ〉は満足気な表情を湛えると、事務的な口調で答えた。

『──〝52.38%〟だ。……それも現刻より3時間以内に行動を開始すれば、という値だ』

 カウリーはその値を聞くと、最前列の席から振り見遣って俺たちの顔を覗き込む──。

 最初にリオンが応じ、レスターも肯いて返した。

 ダニーが首を縦に振った隣で最後に俺が頷くと、カウリーは正面に向き直って言った。

「受けよう」



 その後、俺たちはターンブルのパーティーと共に〝レディ〟〈イライザ〉から状況とミッション内容の説明を受けた。


 事の起こりはMAネットワークへのハッキング、とのことだった──。

 誰が何のために、という部分は、現在(いま)のところ解明されていない。反体制を志向するレジスタンス(急進的反動者)か……それとも独自の演算の結果MAから離脱して稼働することになった〝反MAの側(AMA)〟のAI群からのアクセスか……。

 ──オートマトン(自動攻撃兵器)を繰り出しているのはこういったAI群であるとコミッションは説明しているが、俺たち末端の人間には、本当のところはわからない。

 まあ、俺たちトループスは、そんなことは知らなくてよいことだったし、また知るべきでなかった。

 だから背景についてはそこまでで、あとは起こった事実を中心に説明は進んだ。


 ハッキングを受けたもののシステムクラッシュ等の実害はなく、ようやく判明した被害は、電脳技士のリストの流出だった。

 MAはAIネットワークの産物で、ネットワークとして相互に診断と修復を行えるが、改修以上の処置に関しては〝人間(ヒト)の〟意思決定を経る必要がある。電脳技士とは、そういった〝MA体制へ人間の意思を反映させる機能〟を担う人材で、優先されるべき人間としてのシチズンの中でも、最高位のステータスを持つ特異技能保有者と言えた。


 その最高ステータス保有者のリストが、何処(いずこ)からともなく侵入してきた輩に抜き取られたのだから一大事だったろう。だがMAにとっては、そういうステータス保有者、というよりも、自らの本丸(ネットワーク)に侵入し得る特異技能者のリストが漏れ出た、という事実こそが脅威だったのだ……。

 数時間を経ずしてリストに在った者らの所在が確認されたが、果たしてシャノン・ウィンターという電脳技士が行方不明となっていた。

 MAの危惧した脅威が現実のものとなったわけだ。


 その後の調べで、シャノン・ウィンターはレジスタンスに誘拐され、北シャフトから第3層の戦区の先へと連れ去られたことが判明している。

 どうやらレジスタンスは、ここ第2層から第3層への移動はシャフト内の旅客用エレベーター〝シャトル〟を使い、第3層のアーマリーからコネストーガ(多用途装輪装甲車)を奪取して逃走したらしい。昨日のアーマリーの封鎖は、このコトと関係があったから(層は違えど同じ北側のアーマリーでのことだ)か、それともそれを隠すための偽装のためか……。


 何れにせよ、このような事態となったからこそ、俺たちトループスに声が掛かったというわけだった──。

 第3層にも、オートマトン(自動攻撃兵器)の徘徊する戦闘領域が広がりつつあり、シャノン・ウィンターを連れたレジスタンスは、そこから()に消えたのだから……。




「第3層の南西……だって?」

 一通りの説明を聞き終え資料検討を始めた俺たちだったが、最初の資料を紐解いて作戦行動域を確認した時点で、画面をフリックする(爪弾く)指が止まった。

 〝カウリー隊〟の俺たちも〝ターンブル隊〟の面々も、皆それぞれに同僚の顔を見合せる。


 第3層南西区C(3SWC)──。

 選りにも選って、何てところに逃げ込んだんだ……。

 第3層は、もちろんオートマトン(自動攻撃兵器)の活動領域が拡がり始めている最前線なのだが、いくつもある戦闘領域の中でも、この3SWCは一際に異彩を放つ線区だった。

 ここには、〝ベヒモス〟がいるからだ……。



 ベヒモス──。

 大型の6足歩行型オートマトン(自動攻撃兵器)で、同系列の〝オーガー〟の拡大発展型である。ただ基本的な設計思想を引き継いでいるというだけで、その用兵思想からくる内容は、まったく別次元のものだ。


 オーガーが複数機での哨戒行動を基本としているのに対し、ベヒモスは単体で戦闘域を制圧する。その火力は圧倒的で、対プロテクトギアを想定し20ミリ機関砲を主兵装としているオーガとは根本的に違った。

 大出力のエキシマレーザーを主砲とし、他に大気中の減衰の少ない赤外線レーザーも近接防御火器として備えていた。それさえもプロテクトギアの耐熱性能からすれば十分な脅威で、照射時間の制限からすれば、むしろこちらに狙われることの方が多いだろう。


 そんな大火力をまかなう大出力のジェネレーターを納めた機体は、優にオーガーの2倍の容積を誇り、セラミック複合材の装甲に加え中空装甲までを纏うその姿は、当に〝移動要塞〟である。



「おい、マジか……」

 手許の画面にベヒモスの諸元を呼び出して、リオンが乾いた声で言う。

「──こんなバケモンを2パーティー(分隊)で相手にすんのかよ……」

 声も表情も強張っていて、常の軽妙さも上滑りしていた。

 そんなリオンに、〝ターンブル隊〟のベックルズが挑発するように口許を歪めて応じた。

「なんだいレンジャー……ビビってんだぁ?」

 リオンは瞬間的に気色ばみかけたものの、B級トループスの〝凄み〟に呑まれ、けっ、と視線を外すに止めた。

 そんなリオンに、ベックルズは、ふふん、と嗤って言う。

「…──つまりさぁ、〝成功率〟52.38% ってぇのは、()()()()ことなんだろ?」

「まあ、そんなところだな」 あとはカウリーが引き取って、「…──だが、必ずしもコイツを相手にしなけりゃならないわけじゃない」 

 この場を収めた。


 ベックルズは〝頭の悪い女〟の典型を演じたがるが、実は〝そう見えてしまう外見〟を上手く使う術を知る、頭の良い女性だ。

 …──いまもリオンの言動で収拾がつかなくなる前に、しれっと〝そういう顔〟をしてみせることで上手くカウリーに話を収めさせた。



 その後俺たちは、対ベヒモス戦を念頭に置いて、携行装備を慎重に検討した。

 幸い、このミッションについて〝持ち出す〟装備品に関しては〝全てコミッション持ち〟との言質がある。普段は滅多に使えないUAV(固定翼ドローン)を3機、爆装状態で積み込んだ。加えて〝携行LGB(レーザー誘導爆弾)ドローン〟も持っていけるだけ持っていく。

 トラップ構築などでいつも使っている各種機材等と併せ、積載量一杯の状態で俺たちのコネストーガは現地に向かうことになった。

 〝ターンブル隊〟の機材の幾らかもウチのコネストーガが運ぶことになった、ということもある。

 連中も考え得る限りの重武装となっていたが、彼らのコネストーガは俺たちとは使い方が違っていて…──より前線に近いところにまで進出し、火力支援を求められているのだ…──重装化された車体は増加装甲等でペイロードに余裕がない。


 何れにせよ2両のコネストーガは、これまでにない重さにサスペンションを軋ませ、アーマリーからシャフトに直結するエレベーターの搬入出口へと侵入した。

 レッドランプが回る中、搬入出口の3重から成る分厚い隔壁が閉じられる。

 安全が確認されるとグリーンランプが灯り、2両のコネストーガを載せたエレベータ―が上昇を始めた。この後俺たちを載せたエレベーターは、居住区画1層分…──約3キロメートル──を上昇していく。

 旅客用のシャトルと違い重量物の搬入出に用いられるコイツは極めて低速で、3層に辿り着くまでには相当な時間を要する。



 正午(ひる)前にコミッションを訪ねて、そのままアパートメントに戻れずにミッションにとりかかることになったわけだ……。

 ふとカーリー・ワトソンのことを想っていた。…──気の強そうなヘイゼルの瞳の彼女に、また会いたいと思う。アーマリーの敷地を出た時点で72時間のミッションは始まっている。交換したアドレスにメッセージを送ることも出来なくなっていた。


 ──3SWC(戦闘領域)から戻れたら、まっ先に連絡することにしよう……。


 俺はそう決めて、コネストーガの前方車輌のキャビンへと上った。

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