#13 最後のピースが見つかった
薄暗がりの中に張られた電子の〝くもの網〟が、機械仕掛けの怪物の動向を捉え、伝え続けている。
太陽灯の下、大小の建物が作り出す陰影の中に設置した多数の〝ビィハイヴ〟のセンサーが、〝怪物〟の熱と振動を捉えて伝えてくる。リアルタイムに解析されたそれらの情報で、俺たちは、ほぼ正確にヤツらの位置を把握できていた。
俺はバイザーに透過されるHUDの戦術マップでそれを確認し、浅く息を吐き出した。パーティーの他の連中もそうしているはずだ。
2体のオートマトン──〝オーガー〟は一つ先の街区を低速で移動していた。大型の4足歩行型の機体が、可能な限りの静粛移動に徹し、一歩一歩時間を掛けて前進しているのが見て取れる。
この分だとキルゾーンの辺縁に到達するまで、あと5分は掛かる計算だ。
俺は、頭の中でもう一度手筈を反芻し、気持ちを落ち着かせた。
今回のミッションは、第4層の居住区から鉱区に延びる重機坑道の奪還作戦だ。
第3層は〝ベヒモス〟という怪物の中の怪物が投入されたことでAMA側に圧されつつあるが、その上層の第4層もまた、鉱物資源の採掘坑道を挿み、一進一退を繰り広げている。鉱区への坑道と各層を繋ぐシャフトの結節点である第4層は、〝MA〟〝AMA〟それぞれにとり、活動を推進する上で最重要の領域だった。
今回、戦局の推移で一度は放棄された坑道の1つを奪還し、第3層──とりわけ南西区Cに配されているベヒモス──への物資供給を減殺することでオートマトンの稼働体制を間接的に弱化、不活性化しようとコミッションのAIは目論んだ。
……上手くいけばいいが。
参加したパーティーは全部で7つ。
──坑道の周辺での陽動に4つ、誘き出されたオーガーを始末するのに1つ、坑道に突入し制圧するのに2つ……これは先鋒で、前進拠点を獲た時点で他の5つのパーティーも順次突入して合流する……。
俺たちは〝オーガーの排除〟が当面の担当だ。
HUDの端で、明滅するカーソルが踊っている。〝シャーマン〟ことベックルズと、コネストーガのオペレーター、〝ソーサレス〟=メイジーとのチャットのLOGだ。俺はざっと目を通した。
内容は、別に〝若い娘のお喋り〟ではない。(戦場での2人は、そういう〝害こそあれ得することは全くない〟ようなことはしない。) 7つのパーティーがデータリンクで共有する情報を取捨選択し、ダイジェスト化して流してくれているのだ。
陽動隊の進捗は順調のようだ。各リーダーのバイタルも凡そ安定している(つまり落ち着いている)ことを拾ってチャット欄に流してくれていた。……比較的緊張しているのは、やはり経験の浅いエルガーだ。
……それにしても。
コネストーガのキャビンの中でキーボードを打てるメイジーはともかく、プロテクトギアに包まったベックルズは、いったいどうやってアイトラッカーだけで(……こんな待機状態で音声デバイスは使い難い)これだけのやり取りを熟すことができるのか。
俺も何度かアイトラッカーでの伝文入力を試みたが、とてもじゃないがあんな速度で打ち込むことはできない。俺がキーボードで打ち込む速度よりも速いくらいだ。
俺は〝無理〟だと諦めたが、リオンのヤツは幾つかの単語を登録し、それを特定動作で呼び出すということで、自分に必要な最低限の応答を実現した。
……もっとも、ヤツが登録したのは〝Shit〟と〝Fuck〟と〝God〟の3つだけだ。
そうこうしているうちに獲物が狩場に進入しつつあることを告げられた。
シャーマンがそれぞれのギアのマニトロニクスに強制介入し、キルゾーンに進入しつつあるオーガーの光点の映る戦術マップをポップアップさせたのだ。
十分に獲物が狩場に踏み込んだことを確認してから、俺たちは行動を開始した。
初手はシャーマンの操るドローンによる欺瞞行動だ。事前のブリーフィングで打ち合わせた通り、彼女はドローンに電子の像──それはギアの駆動音や通信信号だ…──を纏わせ、〝アンブッシュから包囲の輪を狭めつつあるパーティー〟を演出してみせる。仮想戦場の上でのそれは、かなり迫真の出来だ。
2体のオーガーは動きを止め、脅威判定モードに入った。
この間、俺たちはまだ動かない。
今回、カウリー達としたようなパーティーの全体での〝オポッサム〟はしていないが、狙撃を担当するレンジャーだけは低消費モードで待機している。……〝目覚めのキス〟の担当はソーサレスだ。
オーガーが、ドローンの作り出した幻の幾つかに20ミリ機関砲弾を放った。まとまった数のAPI弾が束になって幻の浮かぶ地点を穿つ。
閃光が起こり、人の造った大地が爆ぜた。
爆風で何機かのドローンが飛ばされた。だがこの程度では欺瞞行動の続行に支障が生じるようなことはない。
状況を把握したオーガーのAIは、次の一手に進んだ。20ミリでの攻撃を止め、キューポラに装備された2丁の7.7ミリ機銃でドローンを狙い始める。レーザーセンサーにシンクロされた高精度の射撃がドローンを捉え始めた。
周囲でドローンが排除されていく中、前衛の俺とブッシュマンはそれぞれにデータリンクに構築された仮想戦場の情報を頼りに、オーガーのセンサーの視界の外から接近していった。
キルゾーンには死角を辿って接近できるルートをいくつか用意してある。
俺は、坑道の搬入出口から600メートルほど離れた商業施設の裏手から近づくと、その外壁の陰から|FHSU ──通称〝覗き見棒〟《フレキシブルハンディセンシングユニット》を伸ばした。
建屋の正面に開けたロータリーに、2体のオーガーがいた。長帽状のキューポラを盛んに左右に振り、周囲のドローンを捕捉しては7.7ミリ機銃で叩き落している。
反対側から接近したブッシュマンも、いまロータリーの端で配置に就いた。
俺はFHSUを引っ込めた。
「こちらローグ……配置に就いた。ブッシュマン?」
『…──ロータリーの向かいで待機中』
「よし。始めよう」
ブッシュマンの音声で状況を確認すると、俺は攻撃開始を下令した。
それまでとくに動きを変えることなくオーガーを遠巻きにして時おり幻を見せていたドローンの動きが、変化した。
数機ずつで固まって編隊を組み、順次オーガーへと接近していく。それは当に〝蜂が群れを成して襲っていく〟様だった。
ドローン自体の攻撃力は皆無と言ってよく、纏わりつかれたところでオーガーに被害は出ない。だがセンサー類に対する至近からの電子的干渉は無視することはできなかった。1機や2機程度ならばともかく──その程度が接近したところで電子的な干渉は深刻なものとはならず、ほぼ影響を無視できるか補正が可能である──、まとまった数が至近でジャミングを繰り返すとなれば、断続的とはいえ電子の眼を塞がれる。
オーガーのキューポラの動きが一層激しくなった。盛んに7.7ミリ機銃弾を吐き出し、周囲のドローンの排除に掛かっている。……それはつまり、電子的に〝飽和攻撃を受けた〟ことと同義だ。
俺やレスターが〝クロスファイアのトラップ〟の構築でしたことを、シャーマンは1人で実現していた。装備や人員が変われば手法も変わる……。
7.7ミリ機銃の銃声が連続して響く中、俺は身を潜めた外壁の陰から覗き見棒を再び伸ばした。
HUDに映し出された映像は想像した通りのものだ。グレネードの飛ぶクロスファイアのトラップのような音と光の饗宴はない。それでもドローンの散布するスモークやフラッシュ、オーガーの振り回す7.7ミリ機銃のマズルファイアが、忙しのない状況を伝えている。
そういう中で、オーガーは周囲のドローンの排除にセンサー系のリソースの多くを割いていた。……狙い通りだ。
戦術マップにレンジャーのマーカーが復帰した。戦況を見守っているソーサレスが安全の判断をして低消費モードを解除したのだ。
そろそろ頃合いだ。
もうそれなりの数のドローンが叩き落されている。パーティーの台所事情を預かるメイジーは、気が気でないだろう。安価なドローンだってまとまった数を消費すれば痛手だ。
「──レンジャー……手順はいつもの通り、5秒以内に2機の捜索レーダーとシーカーを潰してくれ」
俺は通話回線を開き、狙撃の準備を終えてるだろうレンジャーに手早く段取りの確認をした。
レンジャーの『了解』との応答を聞きながら覗き見棒を収め、投擲式のEMPグレネードを準備する。
「EMPは〝3カウント〟で放る……ブッシュマン?」
同じく準備を終えるだろうブッシュマンに確認をした。
『了解してる、いつでもどうぞ』
「建屋側が俺 (の担当)だ……〝3〟──」
相変わらず、期待を裏切らない応答だ。俺は各自の分担を告げるとカウントを始めた。
『──〝2〟』
「〝1〟ッ!」
俺はギアを外壁の陰から躍り出させるとグレネードを握った右腕を引いた。
投擲式のEMPを使うのには理由がある。
1つには〝ビィハイヴ〟から繰り出せるドローンのペイロードではグレネードの重さを運べないこと。だから俺たちポイントマンがEMPを運ぶ訳だが、ランチャーを使わないのには2つめの理由がある。
射出の際の〝熱〟と〝光〟と〝煙〟にオートマトンのセンサーが反応するリスクを、少しでも低減するためだ。……もっとも、投擲式の方が〝安い〟ということもある。
極限までアクチュエーターを収縮させ、一気に解放する。
打ち出されたグレネードは放物線を描き、4脚のオーガーの機体の下へと落ちていった。
ロータリーの向かいではブッシュマンが同じようにグレネードを放っていた。
今回はほぼ同時の投擲だ。それぞれのオーガーの下でEMPは起動し、瞬間的に発生したサージ電流がオーガーを包む。同時に、電流を浴びたドローンも機能停止に陥り、相当数がばらばらとオーガーの周囲に落下した。……メイジーが卒倒しなきゃいいが。
一応、事前のブリーフィングでは、EMPの投擲後、〝出来得る限り〟ドローンを速やかに退避させることになっていたが、シャーマンはそれをあっさり無視した。俺たち前衛の安全を担保するのに、ジャミングの強度を落とすような選択を彼女はしはしない。
その後は、事前に打ち合わせた通りにことは進んだ。
EMPの効果が確認されるや、射点に待機していたレンジャーの狙撃で、オーガーの眼が潰された。万が一、オーガーを仕留める前にリブートされた場合の備えだ。その間に俺とブッシュマンはそれぞれの〝獲物〟にエキシマレーザーのチャージをしつつ接近、〝止め〟を刺しに掛かる。
制御中枢部に数発を叩き込んだ。
自慢するわけじゃないが、鮮やかな手並みと言えるだろう。
「──ローグより全機、オーガーの停止を確認……ブッシュマン?」
俺は状況を報告し、相方の首尾を確認しようとそちらの方を見遣ろうとした。
『こっちもだ』 返答はすぐに返ってきた。『……機能の停止を確認』
同時に、HUDの戦術マップから2体のオーガーのマーカーが消えた。
誰かが吐いた浅い息をレシーバが拾った。それでようやくパーティーの緊張が和らいだ。
『いーい手際だ。……34秒? 新記録なんじゃねぇか?』
誰に言うともなくリオンの陽気な声が訊いた。タイム競争に興味のない俺やキングスリーは反応しない。
『──…アーネットの隊が20秒でやってる……オーガー1体だけどね』
結局、ベックルズが応じた。
『1体? じゃ、俺たちの勝ちだろ』
すっかりリラックスしたリオンの声がそう主張する。
『どっちにしてもやったのはオマエじゃないだろ?』
『なぁにぃ…──』
ベックルズの冷水にもめげずにリオンが再び反応しかけたが、それを止める声が割り込んできた。
『──はい、そこまで‼ 早く坑道に行く!』
メイジーの、ともすればヒステリックになりがちな、ピッチの高い声音だった。
『行ってポイント稼ぐ! そうじゃなきゃ利益が無くなっちゃう……このままじゃ、いいトコ〝収支トントン〟なんですからねっ!』
その剣幕に、俺も含めパーティー全員が動き出す。
パーティーの台所を預かる彼女は、もうすっかりビジネスを仕切っていた。
彼女の師のベックルズでさえ、こういったことには異を唱えられない。
彼女がしっかりと収支に目を配ってくれるからこそ、俺たちのパーティーは必要な機材を揃え不足なく使えている。そのことを全員が理解しているのだ。
この後、俺たちは可能な限り迅速にその場を離れると、坑道内の急襲隊に合流し、追討戦に加わった。
このミッションでの最終的な収支は、コネストーガのローンを払っても各自のチップカードにボーナスが加算されるくらいにはプラスとなった。
戦利品を捌いた利益は大量に消費したドローンの補充で大部分が消えてしまったが、まあ、現状ではベックルズの操るドローンはパーティーの生命線になりつつあり、これは〝必要経費〟と言えた。
何と言っても〝探知〟〝陽動〟〝牽制〟といった行動を、敵前で、即時性と柔軟性をもって機動的にできるようになったのだ。そういったことを〝機材を現地に設置する〟ことで実現してきた俺たちからすれば、〝プロテクトギアをオートマトンの眼前に曝すことなく出来る〟のは、少しばかり機材の消費量が嵩んだとしても、安いものだ。
ベックルズのドローンは、これまでの俺たちの戦術を完全にブレークスルーした。
元々〝ギア使い〟の巧いメンバーが揃っていた。メイジーは経験不足もあって状況への即応は難しかったが、ドローンの基本動作のカスタマイズといったことは得意分野であり、ベックルズを能くサポートできた。そういう相乗効果で、現在俺たちのパーティーは、迅速な機動力と臨機応変な対応力において他の追随を許さない。
ベックルズの加入が、間違いなく俺たちのパーティーにとって〝最後のピースが見つかった〟瞬間だったわけだ。
俺たちがアーマリーのパブで祝杯をあげていると、〝その男〟はテーブルに、そっと近付いて来た。
最初に気付いたのはベックルズで、口許に寄せたジョッキ越しに不審の目を細めたのだが、そんな彼女の目線を追って、俺とリオンは〝その男〟の顔を見上げた。
男はジョッキを片手に立っている。
着古しの迷彩服が馴染んでいない。何故だか、トループスではないように思えた。
男は周囲に気を配りつつ、俺の顔を見て言った。
「ずいぶんと景気のいいことじゃないかね?」
語尾は疑問の形に上昇調だった。
その男の不思議な(というより滑稽な)言い回しに、俺は咄嗟には何を言われたのか解からなかった。俺の表情に男は身を乗り出してきた。
「一杯ご馳走にならせてくれないかね?」
相手のペースになって、ちょっと相手の言わんとすることを考えてしまった。だがすぐに、それは難しいことを言っているわけじゃないことに気付く。
なんだ、ビール一杯を恵んでくれと言っているのか。
俺が頷いて返そうとすると、男は続けた。
「もちろん、只というわけにはいかないね? だから──」
男はポケットから何かを取り出した。
「これが対価ではどうだろうね?」
男はそれを俺に放ると、テーブルの上のピッチャーに手を伸ばし、自分のジョッキに注いだ。そしてそれを一気に喉へと流し込む。それから軽くジョッキを掲げて頷くと、テーブルを離れていった。
そんな背中にリオンが「おい」と声を投げたが、男はそれを無視し、足早にパブを出て行ってしまった。
俺の手には、少々使い古されたメモリースティックが残された。




