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神亡き世界の黙示録  作者: 戦闘アクションだいすき
12/16

#12 君なら信頼できる


 山の手に上れば風が渡っていく。

 それは空調の生み出した〝制御された現象〟だったが、ここに住む俺たちにとっては〝心地よい〟と感じる生理現象を呼び起こしてくれる。

 俺は墓地の門をくぐり、いつもとは違う区画へと歩いて行った。

 歩きしな首を巡らし、いつもの行き先──ジョーの眠る墓石の方を見遣る。

 カーリーの部屋を訪ねるようになって、ここへの足は遠のいている。

 ……仮にジョーが生きていたら、こんな俺に、やきもちぐらいはやいてくれるだろうか?

 ふと、そう思った。

 俺は歩速を速めた。さほど広くない区画が折り重なって段差のある墓地の、それぞれの区画を繋ぐ石段を模した階段をいくつか昇っていく。そこはトループスの墓石の並ぶ一画だ。

 視界の中に、墓石の列に向かう女の背姿が入ってきた。

 その俺の気配に、背姿の女が振り返った。


 清楚さの映える白いブラウスの上に縦じまのベスト、同じ色柄のリボンタイとクラシックスカートという出で立ちはノーマ・ベックルズだった。

 今日ここに彼女が居るのはキングスリーから聞いていた。

 にもかかわらず振り返った彼女を見たとき、俺はわけもなく慌てた。いつもはへそ出しのアーミージャケットか、さもなければプロテクトギアに包まれた姿しか知らなかったから、どこからどう見ても()()の〝英国のお嬢さん〟にしか見えないベックルズが、とても不思議なものに見えた。

 その表情が面に出たかも知れない……。

 ベックルズは顔を顰めると、露悪的に嗤ってその手の小瓶を振ってきた。それはウィスキーのポケットボトルで、墓地のロケーションに酒瓶を手にする〝英国のお嬢さん〟という組み合わせは、それはまぁ〝背徳的〟に見える。

 ……実際はそう言うんじゃない。

 彼女の先の墓石はターンブルのもので、その上にはショットグラスが2つ──1つにはなみなみと注がれ、1つは干されて…──置かれている。

 つまり、〝そういうこと〟た。


 俺は墓石の前に進み出て、故人と生き残った者のために神に感謝を捧げると、改めてベックルズの方を向いた。

「よくここに?」

 そう俺が訊くと、ベックルズは物憂げに目線を外し、頷いて返した。

「いいリーダーだった?」

 重ねてターンブルのことを訊くと、抑揚のないベックルズの声が応じた。

()()()()オトコ……だった」

 俺は黙って彼女を見返した。

 こういうときのベックルズの言葉だ。その真偽はわからない。だが、あのとき敢えてベヒモスにその身を晒した〝ソードマスター(ターンブル)〟の行動に、ようやく説明が付いた気がする。

 そうこうしているうちに、彼女の口から溜息が一つ漏れた。

「……それで、あたしが〝欲しい〟んだって?」

 ひときわに挑発的に嗤いを浮かべたベックルズだったが、そう言ってすぐ、その表情(かお)は──自己嫌悪からだろう…──不機嫌になものにと変わっていった。

 俺も自己嫌悪している。そもそも彼女の出で立ちに俺が〝不躾な顔〟を向けなければ、彼女もこんな露悪的な反応をしなかったろう。

 自分のイメージを守るのにこんなふうな振舞いをする。そういう彼女の不器用な一面を知った気がした。


 ベックルズは鼻で嗤うような表情のまま、こちらを見返しながら言った。

「キングスリーから、だいたいのところは聞いてる。言っとくけど、あたしは安くないよ」

 俺はそういう自虐には付き合わず、真っ直ぐに彼女を向いた。

「戦場()〝動かす〟ことのできる人材を捜してる」

 ベックルズは腕組みをして黙ることで先を促した。俺は正直に話を持ち掛けた。

「戦場を俯瞰して情報を扱うのに長けたオペレータは見つけた。あとはそれを適切なタイミングで取捨選択できる人材が要る。どうかな?」

「それってリーダーのアンタの仕事でしょお?」

 ベックルズは俺を小馬鹿にしたように嗤って肩を竦めてみせる。

 俺は黙って頷く。

「それはそうだが、現在(いま)の俺は人員(ひと)を動かすのに手一杯だ。()()()動かすのをバックアップしてくれる人材が欲しい。……君なら能力的に信頼できる」


「…………」

 ベックルズは黙ったまま視線を他所へとやった。思案顔というやつだ。

 俺は話の流れを掴めたか自身を持てなかったが、ともかく言継いだ。

「ダニーのことでわだかまりがあるのは理解でき(わか)る。あいつがあの時あそこから消えたことで4人が死んでる。だからあいつに落度(責任)がない、とは言わない。だが裏切ったかどうかは別の問題だ」

 ダニーのMIA(失踪)についてコミッションの裁定は未だに下されてなかった。だから計画的に俺たちを裏切ったのかどうか、その結論は出ていないのだ。


 逸れていたベックルズの視線が()と戻り、真正面から俺の目を()め上げてきた。

 俺はそれを見返して言った。

「俺も知りたいんだ。あいつが何で〝消えた〟のか。 …──そのためにはあそこに戻らなくちゃならないし、そのために君の助けが必要だ」

 ベックルズの吐いた息が、小さく聴こえたような気がした。


「……いいわ」

 あっさりとそう言ったベックルズがクルリと踵を返したので、俺はオファーの諾否を測りかねることになった。

「え?」

 口から漏れた声が自分でも間抜けに聞えたと思う。

 ベックルズはすぐには応えずにターンブルの墓石の上のグラスを片付け始め、少ししてから落ち着いた声で言った。

「…──アンタには()()もあるしね」

 どうやらベヒモスの鼻先からギアを引き摺って移動させて(いって)やったことを言っているらしい。こういう義理堅い一面には好感の持てる女性だ。

 が…──、

「取り敢えず、あの〝お友だち(ダニー)〟のことは置いといたげる」

 そう言いしなの、ベックルズの振り見遣った目が、スッと細まった。

「……けど、お友だちと会って話せて、それでその理由が納得のいくものじゃなかったら、そのときはあたしが裁きを下す…──」

 やはり〝一筋縄〟ではいかない女性だ。

「それでいいなら、パーティーを組んであげるわ」

 俺は黙って肯いた。

 もとより言われるまでもなく、ダニーの話如何(いかん)では、彼女の手を煩わせることなく俺が始末を付ける所存だ。でなければレスターやターンブルに顔向けができない。

 そんな俺に値踏みするような目線を向けていたベックルズは、やがてその視線を外して背中を向いた。

 どうやら俺のオファーは受け入れられたらしかった。




 翌日、午前中のトレーニングの後、シャワーを浴び終えたタイミングでハンドセット(モバイル端末)の呼び出し音が鳴った。

 それはメイジー・セヴァリーからで、ひょっとしたら()()んじゃないかと思っていた矢先のことだった。

「もしもし……ジェイク?」

 開口一番からもう、切羽詰まった……というより〝テンパった〟ときの彼女の語調なのが判った。

「ああ…──」 俺のその応答の声に被さるように、彼女の早口が重なる。

「──…いまアーマリーのハンガーに居るんだけどベックルズが来ててね。データリンクへ接続権限のコードを求められてるの」

 機先を制された形になり、思わず通話機越しに身構えてしまったが、そんな俺の表情が見えてる(想像できている)のだろうか……。メイジーの声は〝余裕がない〟なら〝ない〟なりに、相手にも余裕を与えないという戦術らしい。

「……どういうことなのか説明してもらえるかしら?」

「あの……」

 そのフレーズを聞き終えたときにはもう、俺は通話での説明を諦めていた。

「いまからそっちに行くから、待っててくれないか」

 俺はそう言って通話を切ると、昨日のうちにメイジーにベックルズの加入のことを知らせておかなかったのが拙かったか、と内心で溜息を吐く。

 クーラー(冷蔵庫)からゼリー飲料を取り出して喉に流し込み、クローゼットを開けた。



 30分後…──。

 俺はアーマリーのハンガーで、事態を呑み込めずいきり立つメイジーと、この状況にいかにも面倒そうな表情(かお)をしているベックルズの2人に迎えられた。どこで聞きつけたのかリオンの顔もあった──…あとで聞いたが、メイジーから通話で呼び付けられたらしい。

 それは置き、先ずメイジーに〝ベックルズはいったいどういう立場でパーティー(分隊)のデータリンクに接続させろと言うのか〟……そこのところの説明を求められ、俺がベックルズが新たにパーティーに加わると伝えると、彼女は固まってしまった。

 それが終わると、ようやくベックルズの手番で、彼女は──メイジーに自分の口からパーティーを組むことになったことを伝えなかったらしい…──〝新たな仲間にどういう対応をすべきか〟混乱するメイジーにこう言い聞かせて場を収めてみせた。


〝よーやく自分の置かれた状況は理解できた?〟

〝話を聞くにさぁ、アンタすじは良いみたいだけど、周りの期待に応えられるほど経験は積んでないでしょお? アンタ以外はみんなB級だからねぇ〟


 あえてバカっぽく演じてみせることで、相手をバカにする。相手が本当にバカなら火に油を注ぐだけだが、メイジーはバカな娘じゃなかったから強張った顔でベックルズに向きながらその言を聞いた。


〝それでもアンタの仕事は評価できるから、切るに切れないらしいよ……〟

〝だからあたしに声が掛かっちゃったわけ……ホント、あーめーわく〟


 そこまでは気怠そうだったベックルズの口調が、表情と共にあらたまったと思う。


〝そんなわけだから、あたしの仕事の半分は、アンタが収集する情報を円滑に共有する橋渡し役……〟

〝あとの半分は、アンタがそれをできるようになるまでの指南役〟


 挑発的な目線がメイジーを見、ちょっと睨み合いとなったか。

 もともと気の強い部類じゃないメイジーが、このときは真っ直ぐに目線を返した。……だからだろうか。ベックルズは少し目を細めて話を進めるよう促したのだった。


〝アンタに()()が出来るようになれば、あたしはココから消えるんだから、ね、サッサと始めたほーがよくない?〟


 深呼吸をしたメイジーは、最後には居ずまいを正し、改めてベックルズに向き直って頷いたのだった。

 何とかその場は収まった。

 成り行きを傍で黙って見ていた俺に、どうやら収まったらしいな、とリオンが目で合図を寄越してきた。こいつはこいつなりに気が気でなかったのだろう。


 現在(いま)のところメイジーとベックルズ……2人の関係がどこに落ち着いてくれるのかは判らない。が、とにかく無事にパーティーが動き出してくれるくらいには収まって欲しいものだ、と俺は思う──。


 ともかく、こうして俺のパーティーはベックルズを加えたことで、大きく体裁を変えた。

 真価が発揮されれば第2層のアーマリーでも指折りのパーティーとなる。そういうポテンシャル(可能性)を秘めたパーティーのハズだ。


 俺はそれを信じることにした。





 その日以降、メイジーとベックルズの2人は、俺たちの心配を他所に大概の時間を一緒に行動するようになった。

 服装にも変化が生じ、迷彩服を折り目正しく纏っていたメイジーが、ベックルズを真似て〝へそ出し〟にしたときには青天の霹靂だった。何にでも〝形から入る〟娘らしい。少し立ち止まって考える、ということはしないのだろうか、外見は思慮深そうなのに……。


 それはさて置き、鍛えられ締まった身体のベックルズと違って〝肉感的〟なメイジーがそれをやると、それはもう目のやり場に困ることになる。…──いや、リオンのように胸元に視線が固定されてしまうヤツも多かったが……。

 さすがにこれはいろいろと支障が()()()だと、その日のうちにベックルズはこれを止めさせた。傍目にも残念がるリオンを目線だけで黙らせて、ベックルズはメイジーをアーマリーのロッカールームに引っ張って行って、元の着方に戻させている。

 いまメイジーは、これまで通りにアーバン(都市型)迷彩をきっちりと着こなし、横に並んだベックルズと理解し(わかり)やすい対比をなしている。そしていまとなれば、この対比がなぜか俺たちに安心を与えてくれているのだった。



 そんなエピソード(幕間)を挿みながらベックルズは、何回かの小規模なミッションとそのインターバルでのシミュレーションやC4I(情報処理)系の最適化などを通して、メイジーを鍛え上げた。


 その一見すると軽薄な見た目──拗ねれば〝バカっぽく〟見える顔立ちやわざと着崩す服装…──からはイメージすることが難しいが、彼女(ベックルズ)は教官として極めて優秀だった。


 個々人の持つ技術的素養・資質を、

 〝前提として備わってなければならないもの〟

 〝パーティーが貢献を求めるもの〟

 〝パーティーに利益を供せるもの〟

 と別けて考え、それぞれを別個に評価した上で総合的な判断をする。


 主にパーティーが貢献を求めるものを基準に照らし、それらを相互に補完して一定の総合力の発揮を見込むことができる範囲で、個々の〝貢献〟と〝提供〟の見込みが最大化されるように能力を強化するのだ。

 不備不足を補うよりも〝長所の発揮による貢献への見込み〟をこそ優先し、それが出来る状態へと導くのが彼女の指導スタイルだった。

 だからメイジーの弱みを矯正するのも〝最低ライン〟まではスパルタ方式で(しご)いていたが、そこに到達するや後はほとんど言及しなくなった。それよりも、最初から彼女の長所を自覚させ、そこを褒め、あるいは叩いて、徹底的に伸ばしている。


 トループスを個人という単位で評価し、その単位での能力全般を底上げして〝弱み〟の総数を極小化していく…──そんなふうに考えがちな俺やリオンのような人間には、たとえ頭の中では理解していたとして、感覚的に理解できないし実践もできはしないようなやり方である。


 メイジーの方も気付けばベックルズに懐いていて、スクールのルームメイトのように、常に行動を共にするようになっている。やはり褒めるところは褒めてやると伸びる娘なのだろう。ベックルズは厳しい教官だったが、褒めるべきところはきっちりと褒めてやる。いまではもう、すっかり気の置けない仲という感じだ。

 つい先日には、プライベートにおけるベックルズの一面をメイジーが曝露し、ベックルズが耳朶まで真っ赤にさせられる、という事件が起こっている。

 それはこんなやり取りだった。


「ノーマはね、可愛いサボテンを育ててるの。それに水をやるときのノーマがね! かわいいの! サボテンに慈しみと愛があるのよ! 優しく語りかけるの。花を付ける前のサボテンに…──」

 そこまでで、ベックルズは皆までを言わせずにメイジーの頭頂部をポカリとやり(叩き)、テーブルを囲んで面白おかしく聞いていた俺たちに〝ぶっ殺されたい?〟という目線を回した。頭を抱えて痛そうなメイジーには悪かったが、俺たちは表情をあらためてそれぞれに目線を泳がせるだけだ。

 メイジーがそんなベックルズに抗議の声を上げると、ベックルズはバツの悪い表情(かお)を真っ赤にして、今度はメイジーのプライベートを口にし始めた。今度はメイジーが黄色い声を上げる番だった…──。


 案外、似ていない方が相性がいいのかも知れない。

 メイジーとベックルズに、俺は、ダニーと俺自身のことを考えつつ、そう思った。



 そういうわけで、メイジーの指導役としてのベックルズにも、俺はたいへんに満足させてもらった。まあ考えてみれば、彼女は俺よりも先にB級になっており、自分のパーティーを持っていてもおかしくはない〝やり手〟だった。


 メイジーを始め、俺たちとベックルズの関係は良好で、彼女は新たなパーティーに馴染みつつある。

 あとは、メイジーの〝ダニーへの想い〟と、ベックルズの〝ダニーに対するしこり〟だ……。

 ダニーの口から真相を聞くことが叶ったとして、その結果がどうなるか、それはわからない。



 先のことはわからない。……でも、いまは順調だ。

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