#11 〝特別扱い〟
3週間後、メイジーは所定のコースを修め、アーマリーのパブのテーブルに戻ってきた。
俺が苦労してまとめた契約書類を示して契約の意思の最終確認をすると、彼女は書類にしっかりと目を通し、〝学校の先生〟のような声と表情で書類の不備を指摘して俺に修正させた上でサインをし、それから満足気な笑顔になると俺に書類を返してきた。
大事な書類で幾つかの不備を指摘されてバツが悪かった俺は、隣でニヤニヤとビールを飲んでいたリオン──ほぼ同じ内容の書類に、こいつはものの数秒目を通しただけであっさりサインしていた…──の脛を蹴っ飛ばし、笑顔で契約書類を受け取る。痛みを堪えるリオンの抗議の表情は無視してやった。
メイジーは自分の〝トループス契約〟が終わると、テーブルの下のバッグから書類の束を取り出した。慣れた様子でテーブルの上に書類を並べていく。書類はFV1002型多用途装甲車の売買契約に関する書類で、微笑を浮かべたメイジーの顔は俺たちのよく知る〝商談の表情〟になっていた。
こうして俺たちはコネストーガ──慣れ親しんだ型で状態の良い中古だった…──を、破格といえる条件で手に入れた。ドライバーとC4Iオペレーター込みでだ。
実はこのとき俺は、養成所からの彼女の評価の中に〝申し送り事項〟が一つあることを確認してはいた。
その申し送りは「管制」の実習に付されていて、及第 (最低ラインでのパス)の評価と共にこうあった──…
〝状況の急激な変化への対応に難あり。最前線戦術管制には不適〟 ……と。
ちなみにこれ以外の評価は概ね上位優等である。
俺はこの〝申し送り〟に目を通していたが、諸々のプラスとマイナスとを天秤に掛け、彼女と契約した。
多少の覚悟はしたんだ…──〝何とかする〟、と。
だが、多少じゃ補い切れずに難儀することになる。
いまから思えば、いい〝思い出〟だ……。
「ごめんなさい」
メイジーが消沈した表情でそう言う。俺はどういう表情で返せばいいのか考えあぐねさせられ、結局、強張った顔面の筋肉で厳しい表情を作って頷いて返した。リオンも隣で似たような表情をしているはずだ……。
この日、メイジーをパーティーに迎えて5度目のミッションを終えた俺たちは、アーマリーのいつもの店で重苦しい空気に包まれていた。
「あの……ほんとにごめんなさい」
その空気に堪えかねたようにメイジーが言継いだ。
「わたし、普段はとても冷静なのよ。段取りをして備えるのは得意なの。情報は十分に整理して分類する。……ただ、あのときは少し動転してしまって…──」
放っておくとどこまでも釈明を続けそうな勢いだった。
俺はそれをやんわり押し止める。
「…──メイジー」
「はい……」
メイジーがまた神妙な表情に戻って口を噤む。
俺は内心で溜息を吐くがそれを面には出さずにメイジーを向いて言った。今日はかなりハッキリと言わねばならない。
「君の整理分類術にはとても助かってる。ほんとだ。でもね、危機の只中にあってその実力を発揮できないとなると話は違ってくる。それじゃ困る」
メイジーは俺の目を見返し、何度か小さく頷いた。
十分に反省している……というより〝打ちひしがれた〟表情だ…──。
今回のミッションにおけるメイジー(TACネームは〝ソーサレス〟を選んだ)の失態は、まあ、控え目に言って弁解の余地のないものだった。
ミッションは戦闘領域に遺棄された武器の回収というもので、どちらかといえば腕に覚えのあるトループスに対するボーナスミッションといった意味合いのものだ。コミッションは稀にこういった〝実入りのよい〟ミッションを用意してくれる。……しかしAIがこういう〝イベント〟を企画するのは、中々にシュールに思える。
それはさておき……。
このミッションは俺とリオンとキングスリーといった手練れにとっては、所謂「一切れのケーキ」だった。少なくとも前半戦は。
俺たちはミッション開始から最初の24時間までに領域内に遺棄された武器を発見し、回収の準備に入った。打ち上げたUAVから情報を収集し分析するのはメイジーの得意分野で、実際そこまでの手際は良かった。だから問題は、予定表になかった〝招かれざる客〟が現れてからの後半だ。
遺棄されたコンテナ──中身は新型のエキシマレーザーガン3丁と携行式25ミリチェーンガンだった…──の回収のためコネストーガを前進し終えたとき、警戒線の内側に複数のオートマトンの反応を捉えたのだ。
どうも今回ヤツらは自らの動力系を停止し、俺たち人間の側がコンテナに近付くまで待って再起動するいう戦術──つまり〝オポッサム〟だ…──を採ったらしかった。
ことが順調に推移する中、出し抜けに現れたオートマトンの反応に、メイジーはすっかり狼狽えた。…──いや、その時には〝そんなふう〟には見えなかったのだが、必死に取り繕う冷静な表情の下で、彼女は恐慌に陥っていたのだ。
それが後半戦の始まりだった。
メイジーは思いもよらぬ〝敵〟の出現…──まったく考慮に入れてなかったろう──に思考停止状態となった。いや、より正確には、次々といくつも思い付く対処のどれをも選択しあぐねフリーズしまったのだ。
そのとき俺はキングスリーと共にコンテナからブツをコネストーガに積み込んでおり、周辺の警戒はリオンと、ここ数回のミッションを共にした若いD級の前衛のイェイツが当たっていた。
イェイツは若く活動的だったが思慮も持ち合わせた〝いいヤツ〟で、参加してもらった2回のミッションでは俺たちベテランの要求に不可なく応える器用さと度胸を見せてくれた。
そのイェイツの至近で4体のオートマトン──甲虫型の〝ボーリングビートル〟が突然に息を吹き返した。イェイツだって面食らったろう。
リオンはコネストーガを挿んで反対側を警戒していて、やはり2体のボーリングビートルと接敵したが、彼我の距離があったことと数が少なかったため、イェイツほどには切羽詰まったというわけではなかった。経験を積んだ狙撃手は状況を把握し、冷静に対処した。
一方、4体ものオートマトンといきなり相対することになったイェイツは、そうはできなかった。リオンと同じことを求めるのには無理がある。そもそもリオンほどの経験も積んでいない。
イェイツは最も近い位置で再起動したボーリングビートルの最初の一撃を躱しそこね、右手の得物──レーザーガンを失った。
それでも火事場の馬鹿力を発揮したイェイツは、その1体を作業用の高周波ブレードで排除したのだが、そこで残りのボーリングビートル3体の十字火線の只中に取り残されてしまった。
その斃した1体を盾にしてその場で身動きがとれなくなったイェイツは、軽いパニックに陥る。そのとき彼の手には、補助火器の50口径アサルトライフルと弾倉が2つ…──50発切りだったはずだ……。
何とか事態への対応に努めていたメイジーは、切迫する状況を早口でまくしたてるイェイツ…──それはそうだろう…──に中てられ、次第に冷静な対応ができなくなっていった。
彼女にしても、いきなり敵が至近に現れ包囲されつつある中を、慣れたとは言えない操縦でコネストーガを退避させ、状況を把握し、メンバーの求めに応じた情報を適切に送る、などということをつつがなく熟せるほどの経験を積んでいようはずもない。
イェイツと繋がれた通話機のレシーバーが叩く戦場特有の焦燥感を孕む言葉の暴風を聴き続けて、メイジーの情報の選別と提供が遅れ始めた。
つまりパニックとなったのだ。……パニックは伝播する。
結局、メイジーのパニックによって管制機能の麻痺したパーティーは、俺とリオン、キングスリーのそれぞれの判断と連繋によって危機を脱した。
俺はメイジーへの指示にほぼ〝付きっ切り〟となったが、何とかコネストーガを安全圏まで退避させ、彼女を落ち着かせて平静さを取り戻させた。
イェイツはリオンの援護の下、キングスリーが救い出して事無きを得た。
そうしてコンテナを回収しミッションを終えたわけだったが、死に掛けたイェイツは黙っていられるはずもなく、ごく当然にメイジーに怒りをぶつけた。……俺でも同じ目に遇えばきっとそうしたろう。だからイェイツは責められない。
今回の彼女のパニックには、あのような伝達経路を組んだリーダー、つまり俺の経験不足もあった。
おそらく指揮をカウリーが執っていれば、こういうことにはなっていない。
カウリーはパーティー各員のC4Iオペレーターへのリクエストを、基本、リーダーを介するものとし、メンバーからの直接通話を厳禁としていた。いまから思えばこういう事態を想定して備えていたのだ。
だから俺にも責任はある。
……とはいえ、やはりメイジーの責任が免れるわけでもない。
実はメイジーがこういうふうになったのは、これが初めてじゃない。
彼女の参加した5度のミッションのうちで、こういう羽目に陥ったのは2回目だ。
前のときも〝想定外の状況〟に遭遇したときにそうなっており、どうやら彼女は、事態が急変すると十二分に備わっているはずの能力が空回りしてしまうらしかった。
やはりメイジーは、C4Iオペレーターに必要とされるスキルを保有してはいるものの、その適性には疑問が残るといえるだろう。
だが俺たちには〝コネストーガの契約内容の縛り〟があった。彼女がいるからFV1002のローンに優遇を受けられる。それに『マクニールの店』と円滑に取引を進められるのも彼女のおかげだ。
加えて、すでに俺たちにはメイジーのC4Iオペレーターとして以外のスキルが手放せなくなっていた。彼女の事務処理と設備管理能力がパーティーの円滑な運営に寄与すること大で──…むしろが彼女がいなければコネストーガを運用できない…──、彼女がいてくれてはじめてパーティー経営は軌道に乗った。彼女の加入で総合能力は確実に上がっている。
だから俺とリオンは怒り心頭のイェイツを宥めたのだったが、〝イェイツを採るかメイジーを残すか〟の二択となれば…──イェイツは見込みがあって惜しかったが…──彼女を残さざるを得なかった。
戦利品の中から迷惑料込の支払い分として新型レーザーガンと25ミリチェーンガンを受け取ると、イェイツはパーティーを去っていった。一応、チェーンガンまで受け取るのは躊躇ったのは殊勝だった。
俺はテーブルの先で小さくなったままのメイジーからグラスに目線を移した。
彼女は〝使い物〟になって帰ってきたといえるだろうか……。
5日後──。
俺たちは次のミッションに出た。
内容は〝第4層の戦区で隠密活動中のオートマトンを排除する〟という一連のミッションで構成されるキャンペーンで、俺たちの役回りは索敵と味方部隊の誘導だった。つまり裏方としての情報支援が受け持ちで、必ずしも敵の前面に出る役回りじゃない。
だから欠員を埋めることはせずに、俺とリオンとキングスリーの3名で戦闘領域に繰り出した。
今回は敢えて新参者を受け入れなかった。メイジーが要らぬ気を使わずに済むよう配慮したのだ。
そうしたのには理由がある。
あの後、メイジーは俺やリオンが止めたにもかかわらずイェイツの元に出向いたのだ。そして自分の失敗を詫び、パーティーに戻ってくれるよう懇願したらしい。イェイツは若かったが〝一本筋の通った〟男だったから、メイジーに対しても彼なりの所見をはっきりと伝えたようだ。
その後のメイジーの様子は、目に見えて消沈している。
パフォーマンスに影響が出なければいいが……。
キャンペーンは先陣として乗り込んだ俺たちの索敵行動で始まった。
心配をよそに、メイジーは卒なくコネストーガからのドローンの管制をこなしている。
『…──ブッシュマンだ。デコイのドローンを上げてくれ』
前衛のポジションについたキングスリーから、敵の目を引き付ける各種の欺瞞情報を発信するドローンを飛ばすよう依頼がきた。
『こちらローグ、了解した。ソーサレス、やってくれ』
今回は前回と違い、この手の依頼もリーダーである俺を経由してコネストーガのソーサレスへと伝わるよう伝達経路を改めた。
『……ソーサレス、了解』
ただこの処置を、当のメイジーが曲解していないかどうか、それが心配だった。
不甲斐無い自分が〝特別扱い〟されている、と思いはしてないだろうか?
ミッション2日目。
俺たちは9つに区切った戦区のうち、担当に割り当てられた1つをクリーニングし終え、2つめの線区に進入していた。同様に索敵任務にエントリーした他の2つのパーティーとも連繋し、順調に敵の潜伏地点を絞り込んでいた。まだ敵との接触はない。
順調だった状況が一変したのは2つめの戦区のクリーニングを終え、3つめの戦区──俺たちの最後の担当域だった──にコネストーガを入れ、安全域の確保に入ろうというときだった。
オーウェンの隊が初日にクリーニングした戦区に入った後続パーティーが、音信を途絶した。
オーウェン達の索敵が不十分だったのか、それとも次の担当区に移動するタイミングで運悪く敵に浸潤されて入れ替わったか…──こういうことは完璧には防ぎようがない──……、何れにせよ後方の安全圏が失われ現状、俺たちは敵中に孤立する恐れも出てきた。
ハンター専門で今回の攻撃担当だった重装備のパーティーが〝全滅〟したかも知れない。
俺は即座に後退の指示を下した。
このまま索敵を続けても意味はない。それよりも消息を絶った攻撃隊の最終位置に敵が現れたと思うべきだった。先行した索敵担当の3つのパーティーと連絡を取り合い、最短ルートで合流することにした。
だがこの戦域を担当する〝AMA〟側のAIは、かなりの策士だった…──。
俺たちは合流するや敵の襲撃を受けることとなった。どうやら通信を傍受されていたらしい。
プロテクトギアのバイザー越しにオーウェンとミルズのパーティーを確認したタイミングだった。
『…──オートマトン!』
3つのパーティー全員のレシーバーに、誰かの叫び声が響いた。
俺とレンジャーとブッシュマンは、互いにギアの背を合わせると周辺の視界を確保する。
オーウェンとミルズの隊のメンバーも互いの死角をカバーし合うように動いているだろうが、注意喚起の声が上がったということは誰かが接敵したわけで、状況から推すに被害が出ていて不思議はない。
「──ソーサレス……状況を」
俺は状況を質した。
『…──ミルズ隊の〝ポーン〟が負傷した模様……ライフチェック実行……反応が…──』
「……メイジー」 俺は状況を説明し始めた彼女を遮った。「──〝情報〟でくれ」
一拍遅れ、HUDに各隊のステータスが送られてきた。ポーンはKIAとなっている。
戦術マップもリフレッシュされたが、そのマップ上に赤いものは見当たらない。熱も閃光も記録されてなかった。…──やはり熱光学迷彩か。厄介な相手だ。
と、おどおどとしたメイジーの声が聴こえた。
『ごめんなさい……わたし……』
「いまは仮想戦場に集中しろ」
『はい……』
まずい、と感じた。どうやら早くも彼女は動転し始めたらしい。
『…──ローグ』 ブッシュマンが割り込んできた。『俺は閃光弾を持ってる……そっちは?』
戦術マップの変化にも意識をやりながら俺は簡潔に返した。
「持ってる」 そしてブッシュマンの〝言わんとしていること〟を理解した。「──レンジャー、聞いたか?」
『…──〝聞いた〟』
その声音で、レンジャーもブッシュマンのアイデアを理解していることを確認できた。
「ソーサレス──」 俺はコネストーガに繋いだ。「敵の位置を知りたい。大まかでいい」
『──…オーウェン隊とミルズ隊の被害状況からAIに推定させることならできます……』
このときすでに、オーウェンとミルズの隊それぞれに1人ずつの負傷者が出ていた。〝姿の見えない敵〟に闇雲にトリガーを引き出すヤツも現れて、混乱が拡がりつつある。
『それでいい』 俺は〝推定の精度〟を気にしただろう彼女に、有無を言わせぬ口調で命じた。『やってくれ』
ほどなく、戦術マップの上に〝見えない敵〟の潜んでいそうな領域が色付けされ重ねられた。俺はそのなるべく中心にマークを打ち、その位置情報をパーティー全員で共有させる。それからプロテクトギアに閃光弾の安全ピンを抜かせつつ、通話を開いた。
「ブッシュマン、3カウントでいく…──〝3〟……」
背後からブッシュマンとレンジャーのギアが密集を解く気配を感じる。3人とも戦術マップ上に俺が目印を置いた場所の方を向いた。
『…──〝2〟……』
「……〝1〟」 俺が閃光弾を放擲しようとギアに腕を引かせたときには、もうブッシュマンは閃光弾の筒を投げていた。……〝1〟で投げるのか! 俺も慌てて放った。
目印の近くの地表で、半径10メートルの範囲に100万カンデラを越える閃光が、2つ生じた。
高性能の熱光学迷彩を備えた敵であったが、その膨大な光量を処理することができず、わずかに不自然な影を纏ってその姿を現すこととなった…──2体……。
2体という数は想定外だったが、ウチの狙撃手は動じずに速射で2発ずつを叩き込み、この脅威を排除してみせた。
思いがけず隠密オートマトンを排除するという〝殊勲〟を上げ、ミッションを終了することができた。
アーマリーに帰投しパブで祝杯を上げた後だった。珍しくキングスリーが俺を呼び止めたのだ。話がある、と。
俺も〝何のことか〟何となく判っていたので、メイジーとリオンを返してキングスリーとカウンターに戻った。




