#10 真新しい迷彩服
その後の俺たちはトライアウトミッションを避け、通常以上とされる難易度のミッションを〝その都度フリーランスのベテランに声を掛けてパーティーを組む〟という『1ミッション徴募方式』で臨むことにした。
この方式だと腕に覚えのある面子との仕事を期待できる。
……が、そういう奴らは、特定のパーティーに敢えて属さず高位ランクの経験と磨かれたスキルとで〝身を立てる〟ことを自分で決めたような猛者だ。俺のような新米リーダーは〝足下を見られる〟ことになる。……まあ、当然だ。
具体的には、ミッション発動前の各種装備品の補充・整備──基本装備類についてはコミッションの支給だが、個人でカスタマイズしている装備の類はこの限りじゃない…──にかかる費用を請求してきたりするわけだ。
『マクニールの店』のようなファクトリーだって個人でミッションに参加しているようなやつに信用は置けない──いつKIAやMIAとなって連絡がつかなくなるか知れない…──のだから売買となれば利幅を削ってはくれない。それなりの対価が求められる。だから得物のコンディションの維持にもコストが掛かることになる……。
また、特殊な装備をコンコードで戦闘領域に運ぶのにも別途に対価を求められる。
そういった経費をどちらが負担するか、ミッションの度に〝駆け引き〟だ。
俺は、自前のコネストーガを持たぬ〝1ミッションパーティー〟はこういったもの全てが〝経費〟となって嵩んでくることを学んだ……。
こういう面倒を承知で〝腕の立つ連中〟に声を掛けて回ることにしたのは確かにリオンの意向を尊重したからではあったが、俺にしても〝戦場の道理も義理もないようなガキども〟を教育して戦う余裕も自信も無かったから、結局、このやり方しかなかった。
──後になってカーリーに言われたのは、〝無かった〟のは余裕でも自信でもなく、単に興味でしょ? ということなのだったが…──。
こんな感じに3つ目のミッションを終えたとき、俺は近況の報告がてら1人でカウリーを訪ね愚痴を聞いてもらっている。
プレーイングマネージャーとして指揮を飛ばしながら実戦を戦いつつ、収支にも目を光らせる。〝真っ当〟な経営をして、パーティーのコンディションに気を配る。
それらに加え、現状ではミッションの度にメンバー集めに四苦八苦していることを伝えると、カウリーは穏やかな表情を浮かべてティーカップに手を伸ばした。
口許に運んだカップを戻してから、意外な〝切り口〟で俺に訊いてきた。
「──…リオンはどうしてる?」
「え?」
怪訝に返した俺にカウリーが穏やかに続けた。
「…──実入りを考えれば他所のパーティーを転々とする方がいいし、その方があいつのスタイルだと思うが、一緒にやってるんだろう?」
「ええ……」
〝相棒〟の顔が浮かぶと深層から不満に似た感情が表情に出た…──もう少し〝マネージメント向き〟の作業にも協力してくれ、と……。
そんな俺の表情の変化を見て取り、カウリーが静かに問いを重ねる。
「──…言い難いことをはっきりと口に出すのはやつの役回りなんじゃないか?」
言われて、最初のミッションでガキを退けたときのリオンの声音が甦った。
「お前は言い争うことを避けるところがあるからな。……優しいんだな」
言葉が出なくなった俺に、カウリーは続けた。
「まあ〝お前の立場〟じゃ愛想だって大事だ。だから代わりに、やつが演じてくれてる……〝マットとジェフ〟だな」
俺は自分に溜息を吐いて、カウリーに向いた。
「俺は……?」
「そのままでいい」
素直にどうすべきかを訊いた俺に、カウリーは淡々と応じた。
「リオンはお前に〝その道〟の才を感じたから〝組むこと〟を選んだ。足りないところ、不要なところは自分が引き受けた方が効率がいいと、やつなりに考えてる。それを裏切らない限り、お前はお前のままでいい……実際、よくやっているよ」
「……はぁ」 それで〝納得すべき〟だろうと頭で理解しつつ、俺は肯いたのだった。
その後、まだ少し釈然とできないでいた俺に、カウリーは次のようなアドバイスをくれた。
──ミッションにフリーランスのトループスを誘う際には、成功の算段よりも獲るべき〝稼ぎ〟を語ってやれ。
コミッションが算定するポイントは、リーダーと言えど〝どうすることもできない〟が、戦闘領域で獲られる戦利品についてはパーティーで分配する。だから契約時に戦利品の扱いについて〝パーティーとして期待する成果に対する報酬〟を設定し、提示してやれ、ということだった。
要は〝人参をぶら下げる〟ということだ。
カウリー曰く、気の利いた詐欺師のやり口──ぼろが出ないように取り繕うよりも、相手に欲を出させる──に近い、とのことだったが、海千山千の猛者どもには〝リスクを説く〟よりも余程に効果的だという。そもそも自分でリスクを弾けないようなやつに用はない。確かにそうだ。
自分の経験に照らしても納得のできる話だったが、よく考えれば、これはつい先日、AIアバターである〝レディ〟〈イライザ〉が俺たちにしてみせたことだと思い至った。
AIは、いま俺がしたように、経験に照らして納得し、その効果を確信して、俺たちに試したのだろうか……。
そんなふうに思うと、AIというものをどう捉えるべきか──古典SFではないが──考えさせられる。
先達のアドバイスをありがたく拝聴した俺は、最後に訊いた。
「シチズンにはいつ?」
するとカウリーは、
「まだ少し、やることを残してる」
そう言って曖昧に笑うと、片手をあげて〝山の手〟に在るアパートメントの方へと歩いていった。傷の方はもういいようだ。
翌日、今後の14日間に予定されていた第3層でのミッションの全てが順延される旨、コミッションから通知があった。
この間、当該の居住区画について大規模な〝メンテナンス〟が行われる、とのことだ。
第3層では俺たちが〝ベヒモス〟との交戦でLGBを使ったし、オートマトンの大出力エキシマレーザーがあちこちに放たれている。他にも、これまでこの層の全域で行われたミッションのことを考えれば、相当のダメージが〝大地〟に蓄積しているとしておかしくない。
〝MA〟とそこから離脱した〝AMA〟のAIは、このような状況下でも〝この世界〟の「設備」に対する無制限の管理責任を放棄はしていない。居住区画を始めとする設備は定期的にメンテナンスがなされ、緊急性が認められれば、今回のようにメンテナンスが優先されミッションが停止される。設備に対するメンテナンスと同時に、戦闘領域内に遺棄された武器・弾薬、不発弾の類いも回収されるハズだ。
…──こういうことはよくあることで、古典SFの描く〝管理された戦争〟がここにはある……。
とまれ、俺たちも予定していたミッションが流れてしまうことになり、次のミッションを探すことはもちろん、手配していた機材のキャンセル手続きや予定していたゲストメンバーへの補償をせねばならなくなった。
新米のリーダーにとっては、ぜんぜん骨休みに繋がらない……。
カーリーの部屋を訪ねる時間をつくるのにも苦労してるのが実情だ。
さて、そういう時間を過ごす中でも、〝収穫〟らしきものはあった。
3つ目のミッションから〝常連〟として前衛に固定されたメンバーがいる。──〝ブッシュマン〟キングスリーだ。
前衛──とくに〝斥候〟としての能力は折り紙付き、無茶なことはせず機転の利く男で、隠密行動を得意としているところなど、俺やリオンとの相性も良い。
俺たちよりも少しばかり(10歳程度?)年長だったが、万事に控え目で、ミッションの内でも外でも〝無駄口〟を叩かない。その分はリオンよりも好ましいかもしれなかった。
……ああ、少し言い過ぎた。
それはさて置き、キングスリーはあの〝ベヒモス〟との交戦でターンブルのパーティーが事実上の〝全滅〟となった後、フリーランスとなっていた。俺たちと違い、ベックルズとパーティーを再建する道は選ばなかったようだ。
ベックルズはあの戦闘のレポートに『意見書』を提出すると、ミッションに出ていないらしい。
そんな訳で、現在の〝俺のパーティー〟は前衛に俺とキングスリー、後衛に狙撃手のリオン。それにミッション毎にゲストを招き、コンコードで戦闘領域まで通っている。
カウリーのパーティーでは徹底したリサーチに基づいた〝待ち伏せ〟で鳴らしたものだが、俺の隊は目下のところフットワークを活かした〝レンジャー〟で名が売れ始めている。
B・C級の精鋭による〝1ミッションパーティー〟…──それは戦場では使い勝手が良く、偵察・斥候・観測から強襲・狙撃までをこなす〝何でも屋〟だ。
4つ目のミッションでは背後に〝オーガー〟が出現して味方が総崩れとなる中、俺たちがコンコードまでの退路を切り拓いた上に、足止めをして8割方の後退の時間を稼いだ。
おかげで〝狩り〟、つまりキルゾーンの構築のために持ち込んだ機材の一切──高い運搬料を払ったんだ…──を遺棄する羽目になって、結局、収支はトントンだった……。
このミッションでは、やはり自前のコネストーガが必要だ、との思いを新たにさせられた。
それと〝もう2つ〟ほど、痛感させられたことがある。
C4Iシステムと、専任のオペレーターだ。
コネストーガの情報支援のない俺たちは、フルスペックのC4Iを利用できない。だから俺たちは〝簡易型〟のC4I基地局ユニットをレンタルで持ち込んで対応していた。これはベックルズが使っていた〝ビィハイヴ〟と同系統のシステムユニットで、運搬用カートで牽引し現地に設置し、フルスペックのものには及ばぬまでもデータリンクのハブを提供する。
──これを回収できずに遺棄してきたのは痛かった。〝バカ高い〟代償を請求されることになった……。
まあ、それは置き……、
これを使ってみてわかったのは、やはり専任のオペレーターが必要だという事だった。
そもそもプロテクトギアで戦場を駆けながら刻々と移り行く戦況を反映する〝仮想戦場〟に気を配り続けることは不可能事で、膨大な情報を整理し、的確なタイミングを計ってくれるオペレーターがいなければ、C4Iは極めて限定的な機能しか提供してくれない。
…──それが俺の出した結論だった。
ダニーの〝パーティーへの貢献〟を過小評価していた自分にも気付かされた。
……キングスリーには異論もあるようだったが、俺はそれを口にさせなかった。誰が何と言おうと、ベックルズが異常なんだ…──。
メイジー・セヴァリーがアーマリーのパブに居た俺たちに近付いて来たのは、第3層のメンテナンスで流れたミッションの替わりの応募に漏れてしまったときで、この後の予定を見直さなければならなくなったときだった。
相も変わらず〝こう言ったこと〟には我関せずを通すリオンをテーブルの向かいに置き、フィッシュ・アンド・チップス──実際は白身魚であるはずがない──を突いていた俺に、彼女は真っ直ぐに近付いて来て言った。
「──中古のコネストーガが安く出るわ」
思わずリオンと顔を見合せた。
彼女は『マクニールの店』に勤めているベトロニクスが専門のSEだ。
俺たちのコネストーガの担当だったから、先のミッションで俺たちのコネストーガが廃車となったことを聞きつけて商談にやってきたのかというとそうではない。その方がまだよかった……。
そういった〝飛び込みセールス〟ではないことは、彼女とダニーのことを知っていればすぐにわかった。
戦場に消えた男への一途な想いで戦地に飛び込む女なんて、小説やドラマの中だけの話だと思っていたが、どうもそうじゃないらしい……。
真新しい迷彩服を着込んだ彼女は、口許を引き締め、固唾を呑むように俺たちの反応を窺っている。
リオンが、根負けしたように口を開いた。
「いま俺たちにコネストーガを賄う余裕なんてねぇし、第一、ドライバーもC4Iオペレーターもいねえよ」
するとメイジーは、胸元に抱えていたタブレット端末の画面をこちらに突き出すように向けて言った。
「わたしが、やるわ……運転も、管制も」
タブレットの画面は、トループス養成所の『申し込みフォーム』のキャプチャだった。すでにサインが成されて受領済のステータスだった。入所の指定日は〝今日〟の日付だ。
その緊張に上擦った声音に、リオンも俺も表情を曇らせ、画面から彼女の顔へと視線を戻した。
どちらかというと〝おどおど〟とした感じの彼女だったから、間違ってもトループス向きの人間じゃない。例えばB級トループスのベックルズは同じ年頃だが、誰が見比べたとしても、〝2人は住む世界が違う〟と認めることだろう。
だから、『後方支援要員養成コース』とはいえ、俺には所定の訓練を終え資格を得た彼女の姿が想像できなかった。
確かにプロテクトギアを纏う戦闘員の養成と違って、後方支援要員の養成コースは戦技訓練がなく、基礎体力訓練と任意の専門職制 (通信・整備・管制 等)の修得訓練というカリキュラムで、養成期間もずっと短い。
加えて、ベトロニクス・エンジニアとしての実務経験を持つメイジーは必要な職制の修得訓練も免除される。
……にもかかわらず、俺には彼女がトループスとなる姿を思い描けなかった。
「メイジー…──」
慎重に言葉を選ぼうとした俺を、メイジーは遮った。
「…──クルーはわたし。ビークルのマニュアル運転と基礎訓練だけだから、2週間で資格を取れるわ」
メイジーは真剣に言い募る。
「……マクニールには話を通してあるの。ジェイクの信用とわたしの〝持ち出し〟とで、1つ前のモデルの中古だけど、新車の1/5の評価換算で卸してもらえる。だけどそれは〝わたしがクルー〟というのが条件」
「…………」
俺は思案させられた──さて、どうやって〝諦めさせ〟ようか……。
「ダニーを捜しに行くんでしょ?」
勢い込むメイジーに、俺は黙ったまま渋い顔を向ける。
と、テーブルの向かいのリオンが再び口を開いた。
「おまえの〝持ち出し〟って、いったい何が担保になってる?」
珍しく〝話を聞く気〟を起こしたらしい。
「退職金と……これからのリベートの前払い……」
「退職金なんて、そんなものほとんどないも同じだろーが……。そのリベートってのは、俺たちと『マクニールの店』との取引分を期待してんのか?」
メイジーは小さくなって頷いた。
リオンが、わざとらしく──それに俺は気付いてしまった…──声を大きくした。
「それで〝回せなく〟なったときはどうなる? 身体でも売るか?」
その言葉に、一拍を置いてメイジーの肩が震えた。俺は少し動揺したが、何とか面には出さずに彼女を見やる。
「──…そのときは、そうなるわ……」
リオンが大袈裟に肩を竦めて腕を組み直し、メイジーがいっそう肩を小さくする。
その〝微妙な空気感〟に俺はリオンの顔に目線をやった。軽く圧をかけると、リオンはそっぽを向いた。
──なるほど……。
それで俺は何となくこのカラクリに気付いた。メイジーに向き直って言う。
「わかった。だけど養成所では管制のコースは受けてきてくれ」
戦場では〝戦場の使い方〟がある。そのことのイメージだけは持ってから来て欲しかった。まあ、最低限の約束事だ。
「──3週間後にここに来てくれ。契約を詰めるから」
俺が言い終えるそのときには、メイジーは満面の笑みになっていた。リオンの方に流れた目線が〝小さな茶番劇〟の存在を物語っていたが、俺はもう何も言う気がなかった。
どの道コネストーガと専任オペレーターは必要だったから。
高揚した彼女が何度もこちら──主にリオン──を見返しながらテーブルを離れていくのを見送ると、俺は〝相棒〟に向いて訊いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「胸の大きな女の頼みは断わらないことにしてる……」
「…………」
多分、情けない表情になった俺に、リオンは笑って言った。
「これでだいぶ形になったな」
「ああ」
俺は頷いて返した。
メイジーが〝使い物〟になれば、話をいっきに進めることができる。




