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神亡き世界の黙示録  作者: 戦闘アクションだいすき
1/4

#01 戦闘領域


 わずかに振動(おと)を感じた。

 バイザー越しの闇の中には、まだ何も見えない。だが強化された知覚は、確かにそれを拾っている。

 もし目の前に自分の掌をかざしてもそれと判らない暗闇だ。

 …──もちろん、不用意にそんなことをすれば、たちまち奴らに位置を感知され、数秒とせずに〝怪物〟どもが殺到してくることになるかも知れない。こちらが捉えたということは、先方にも出来る公算が〝大〟だ。そんなリスクは冒せない。レベルF(F級)の〝新米〟ならいざ知らず、そんな馬鹿をするマヌケは今どきどこの〝パーティー(分隊)〟にも居られはしないだろう。ここは〝待ち〟の一手だ。

 俺は耳を澄ます。

 振動は引き続き感じられる。闇の中、2体の〝怪物〟が近付いて来る……。

 俺は〝死んだふり〟を続ける。〝息を吹き返す〟タイミングは、呼吸(いき)を殺した俺から百メートル以上離れた場所からこの戦場(狩場)を見ている〝バード(吟遊詩人)〟を介して、パーティーの全員に告げられる。


 そして、ほどなく〝その時〟は到来した。



 バイザーの向こうの視界が、いっぺんに明るくなった。

 予測された進路の上を進んできた2体の〝オーガー〟──4足歩行型オートマトン(自動攻撃兵器)──が警戒線に進入したのだ。

 十字路の瓦礫の下に設置した感圧センサーがそれを感知し信号を発する。信号は原始的なケーブルを辿って後方支援車の車中(なか)から状況を監視(モニタ)していた〝バード〟に伝わった。状況を確認した(もちろん、支援車が〝狩場〟から直接照準を受けないことは事前に確認されている)バードは、そこからは無線でパーティー全員に戦闘開始の信号を放つ。それでデータリンクの同期が再開され、俺のプロテクトギアは低消費モードから息を吹き返した。

 周辺では、やはり同じように息を潜めていた他のメンバーのバイザーも〝息を吹き返して〟いるはずだ。

 と同時に、これで()()にも〝敵〟…──つまり()()()の存在が知れたことになる……。


 バイザーに投影されるHUDヘッドアップディスプレイには後方支援車を介して戦場の様々な情報が映し出されていく。

 放棄されてからしばらく経った鉱区へと至る重機坑道──戦闘領域には最近になって指定された…──がHUD上に画像処理を重ねられ浮かび上がる。輝度は十分に調整されているはずだが、暗闇に慣れ切った肉眼にそれは少々明るすぎるものだった。視界が回復するまでに1秒近く時間がかかる。

 それは、機械仕掛けの怪物(オートマトン)を相手にするには危険すぎるタイムラグだ。

 だが、俺たちは経験を積んだ〝トループス(戦士)〟だった。リスクへの対応策は講じてある。

 主坑道と連絡坑道の交差する十字路は、俺と〝クレリック〟とで設置したランチャー(発射機)が形成する十字砲火点クロスファイアポイントとなっている。ランチャーは後方支援車から遠隔操作され、侵入者目掛けてグレネードを投射する。弾頭は閃光弾と煙幕……そして電子的に機械を麻痺させるEMP(電磁パルス)だ。

 支援車の中からバードは、決められた手順の通りにランチャーを操作した。2体のオーガーが〝俺たちの発する熱や振動を探知し〟行動に移るその前に。


 十字路が閃光と煙に包まれた。

『──…ウォーロード……ランチャー全弾発射、全て着弾しました』

 バードの興奮を抑えるのに苦労してる声音をレシーバーが拾う。そんな(はや)るバードに対し、抑えるような〝ウォーロード〟──パーティーのリーダー(分隊長)を務める沈着な男だ…──の落ち着いた声音が応じた。

『……了解だ、バード。EMPの効果を確認次第、仕留めに懸る…──』

 俺は身を隠していた物陰からFHSUフレキシブルハンディセンシングユニット(通称〝覗き見棒〟)を伸ばすと、その先端のセンサーが取り込んだ映像をバイザーのHUDへと回した。

 すでに閃光弾の光は収まっており、まだ薄れないスモーク越しに動きの鈍った2体のオーガーが見て取れる。もし電磁パルスによって発生したサージ電流の伝うオーガーの外装を可視化することが出来たなら、その様子はさながら〝麻痺の呪文〟を掛けられ苦悶する怪物だったろうか。


 レシーバーがウォーロードの指示を伝えてくる。

『──レンジャー、捜索レーダーを先ず潰せ……5秒内に2機とも、だ。できるか?』

『楽勝、です』

 レンジャーの、余裕のある……というより尊大にも聞こえるその応答を聞き流して、ウォーロードは言を継ぐ。その口許がわずかに綻んでいる様が想像できた。

『ローグは〝先導のヤツ〟の中枢部を()れ』

「了解」

 俺は応答すると右手のエキシマレーザーガンのグリップを握り直し、飛び出すタイミングを見計らった。もうこの時にはEMPの効果は確認できている。オーガーは2体とも動きが止まり、細かな誤作動を繰り返している。程なく自己診断が走り、リブート(再起動)することになるだろう。

『──俺とクレリックで〝後続のヤツ〟を()る』 ウォーロードが指示を終え、息を短く吸った。『よし! (かか)れーっ』


 ウォーロードの号令で、俺は物陰を飛び出した。

 標的──先導のオーガーまでは、約80メートル。

 人工筋繊維式アクチュエーターが増幅してくれるプロテクトギアの脚力を最大限に発揮させ、俺は80メートルを一気に詰める。

 バイザーの先で、動きの止まったオーガーがまるで〝生き物のよう〟にたじろいだように見えた。HUDに情報が重ねられる。反対方向に伸びる連絡坑道の横の詰所(あと)を射撃点にしたレンジャーの、20ミリ対物ライフルによる狙撃だった。立て続けに3発を、オーガーの長帽状の索敵レーダー──陸亀の甲羅の上に置かれた鉢から伸びるサボテンにしか見えない…──に叩き込んだようだ。さすが、大口を叩くだけのことはある。


 それはさておき、俺は電子の眼(索敵レーダー)を失ったオーガーに近付くとエキシマレーザーの出力を最大に設定して制御中枢──さっきの例で言えば〝甲羅の上の鉢〟の位置に向け、撃つ。

 熱線による溶融破壊兵器である赤外線レーザーと違い、エキシマレーザーは照射対象を衝撃で粉砕するパルス発振レーザーだ。

 オーガーの中枢部を護るセラミック装甲は一撃目で弾け飛んだ。剥き出しになった内部(なか)の中枢機器に俺は二撃目を向ける。出力の設定を通常モードにまで下げたが、それでも次発の発射が可能になるまで時間が掛かる。もどかしさを感じつつ、チャージが完了するなりレーザーを叩き込んだ。それでオーガーが沈黙する。

「ウォーロード、先導の1体はケリをつけた」

 俺は簡潔に報告をした。すかさずウォーロードの声が応えた。

『こちらウォーロード……よくやった、ローグ。……おいクレリック! まだ掛かりそうか?』


『──俺のガンじゃ、1発、2発じゃ無理だ……!』

 俺はレシーバーが拾ったその声に、HUDの上に戦術マップを広げさせ状況を確認した。プロテクトギアのHUDは、アイトラッカー(視線追跡制御)と音声デバイスで操作することができる。ウォーロードとクレリックのギアはもう1体のオーガーに取り付いているが、中枢部を覆うセラミック装甲を除去出来ていないらしい……。クレリックのレーザーガンは俺の得物(もの)よりも旧式で出力も低い。その上最大出力で撃つにはチャージに時間が掛かる。ウォーロードのレーザーガンは赤外線レーザーだ。セラミック装甲が相手ではほとんど歯が立たない。俺は嫌な予感がした。

『──…ウォーロード、早く! そろそろオーガーがリブート(再起動)する!』

 いよいよレシーバーの拾うバードの声が上擦ってくる。

『──いま3発目! ええいクソっ、ダメだ……現在、チャージ中!』

 クレリックの唸るような報告に、ウォーロードがレンジャーに叫ぶように指示を飛ばす。

『レンジャー、そっちで装甲を飛ばしてくれ!』

 オーガーがリブート(再起動)すれば、3銃身の20ミリ機関砲が周囲にAPI弾(徹甲焼夷弾)をバラ撒き始める。それは、正直ぞっとしなかった。

 レンジャーが答えた。

『ダメです……ここからじゃ〝的〟が見えません…──射点を移動します』


 レンジャーの応答を耳にしたときにはもう、俺は行動を起こしていた。

 リブート(再起動)しかけているオーガーに向け、プロテクトギアの強化された脚力でジャンプする。射法投射…──要するに放物線を描くような軌跡で飛ぶ俺は、ギアが放物線の頂点、つまり最高高度に達するより前に左手を伸ばし、そこに仕込んでおいたアンカーワイヤー(……コイツは特注装備だ)を撃ち出した。

 アンカーが主坑道のキャットウォーク(作業通路)を繋ぐランボード(連絡板)に絡む。都合のいい場所にランボードを見つけられたのは運が良かった。俺はワイヤーを巻き取り、ギアを引き上げると〝振り子〟の動きでオーガーに迫る。旧いコンテンツ(娯楽作品)にあった〝ターザン〟(ジャングルの王者)の要領だが、ここまでの一連の動きはずっと速い。──ざっと1秒、といったところだ。俺の見たところオーガーがリブート(再起動)を完了するまで、もうそれ程時間がない。


 自由落下に転じたギアのHUDがオーガーの赤いボディを捉えた。クレリックとウォーロードのギアの背も同じ視界の中にある。

 通話を開いた。

「クレリック、退()け……そいつはこっちで飛ばす」

 俺はこういうときに〝叫ぶ〟ようなことはしない。叫べば冷静さが失われる。冷静さが失われればあらゆる操作の精度が落ちる…──それは、戦場(ここ)では死に近づく……。

『…──解ったローグ……ここは任せた!』

 派手な動きの割に揺れの少ない視界の中で、俺は照準のレーザーポインタの挙動を追った。同時に〝標的(オーガー)〟の様子も窺い、両者を秤にかけている…──則ち、リブート(再起動)が完了するまでの時間的余裕と、望み得る射撃の精度とを、だ。

 このときの俺は、より接近しての必中を選択した……まだ〝その余裕はある〟と判断したのだ。


 俺はオーガーから離れようするクレリックのギアの横に着地した。ここで床面をグリップしても勢いを減殺することは出来ないから、落下方向へのエネルギーだけ膝を使って逃がしてやる。進行方向への勢いはそれほど消えていないが、構わずに俺は正面のオーガーにレーザーガンを向けて引き金を引いた。撃った後、2、3歩足が出たが、それを助走にもう一度跳び上がる。

 再び空中へと飛んだ俺の身体の下で、オーガーの中枢部を覆うセラミックの装甲は爆ぜ、飛んでいた。中から中枢機器の姿が覗いている。

 と、オーガーの頭頂部──サボテンの天辺(てっぺん)…──が伸び、格納伸縮式のシーカー(目標捜索装置)が首を振り始めた。リブートが完了したのか……。

 だが、パーティーにその動きに釣られる者は居なかった。

 装甲を失い剥き出しになった内部を、すぐさまウォーロードが赤外線レーザーで灼いた。直後、レンジャーの放った対物ライフルの弾丸が、唸りを上げて炎を吹く内部構造を抉る。そうして最後に、チャージを終えたクレリックのレーザーが、燃え盛る内部基盤を粉微塵に吹き飛ばした。


 リブートを終えたオーガーだったが、その直後に沈黙することになった。





 俺たちを載せた多用途装輪装甲車──関節連結トレーラー型で〝コネストーガ〟と呼ばれてる──は、〝()()のシャフト〟を目指して巡航している。

 人工太陽灯の陽射しは翳っており、〝昼の時間〟が終わろうとしていた。

 あの後、一戦闘を終えた俺たちは周辺の廃墟を捜索する(漁る)目星(めぼし)い〝ガラクタ〟──再利用対象の工業資源──を集めて引き上げた。2体のオーガーから取り外された部品もその中に含まれている。3銃身20ミリ機関砲が2門と4脚の駆動機器の類いが2組……そこそこの稼ぎだ。

 後方車両に積まれたこれらのガラクタは、〝タウン(居住区画)〟や〝シティ(上級居住区画)〟の然るべき場所で〝ポイント〟とは別に付加価値物資と交換できる。

 72時間の〝ミッション〟の期間中であれば、俺たちトループスにはこういった活動も許されていた。所謂〝戦利品〟というヤツだ。

 今回はそれほど実入りが良かったとは言えないが、それでもミッションで得られたポイントと併せれば、十二分に満足できる戦果だった。


 コネストーガ(後方支援車)は戦闘領域の境界を越えた。ここまで来られれば、もうオートマトンと交戦することはない。すでにプロテクトギアを除装していた俺たちは、オープントップ(屋根なし)の後方車両の上で風に吹かれ、それぞれに寛いでいた。〝抜け殻〟──除装後のプロテクトギアは得てしてこう言われる…──を固定した後方車両のベンチシートにはもう余裕は無かったが、それでも長時間ギアを纏っていた俺たちには、この開放感は格別だ。

 TACネーム(コールサイン)バード(吟遊詩人)〟ことダニー・ウィルキンズが、運転を自動モードにして前方車輌のキャビンから俺たちのいる後方車両へと移って来た。コイツとは同じ〝タウン(居住区格)〟の出身で養成所でも同期……いわゆる腐れ縁(幼なじみ)という間柄だ。トループス(戦士)としての〝レベル()〟はE……、C級の俺とは差が開いてしまっているが、元々こいつは性格的にトループスには向いていない。生真面目で、根が優しいんだ。


 ダニーが、キャビンから抱えてきた冷えたビール缶をメンバーに放り始める。

 皆が次々と受け取る中、俺は懐からペーパーバック(ソフトカバーの本)を取り出す。そういう俺にはダニーはビールを放ってこない。俺がアルコール(酒類)を摂取しないことを知っているからだ。

 後方車両のあちこちから、フタを開ける小気味良い音が聞こえてきた。


「よう…──」

 ペーパーバック(ソフトカバー版)の『華氏451度』を開いていた俺の許に〝レンジャー(野伏)〟ことリオン・ハドルストンが声を掛けてきた。俺と同じC級のトループスだ。

「な~に読んでんだよ?」

 訊かれたので俺は手元の本のタイトルを見せてやった。途端にツリ目の表情(かお)を顰めてリオンが本に手を伸ばす。ぱらぱらと目を通すと、

「何でぇ、文字ばっかで画がねえじゃねぇか……」

 とつまらなそうに言って、ポイと放って返してきた。空中でそれを受け取った俺は、苦笑して訊き返す。

「どんな画がありゃ良かったんだい?」

 リオンはニッと嗤って言った。

「……おんなの裸」

 それであとはもう興味が無くなった、とばかりに他のメンバーの方へと移動していった。まったく……。こういう感じの〝判りやすい〟ヤツだ。

 パーティーでは対物ライフルを抱えて〝後衛〟に就く。いわゆる狙撃手だ。

 思い切りがあり腕もいいのだが、少々活動的に過ぎるきらいがある。俺たち〝前衛〟並みに跳び跳ねたいらしい。だから〝前哨狙撃兵(レンジャー)〟ってTACネームが付くわけだ。


 そのリオンが次に絡んだのが〝クレリック(戦う聖職者)〟ことレスター・ウォーベック。パーティーの最年長者で確か50代に入ってるはずだ。身体能力に衰えは確かにあるが、B級になるまでに培ったその豊富な経験でパーティーを支えている。リーダー(分隊長)のいい相棒だ。

 リオンに絡まれることになったレスターは、〝気のいい親父〟という表情で応じている。いつもの通りにウィットに富んだ〝切り返し〟でリオンを()なしているのだろう。


 そんな様子を見て美味そうに缶ビールを()っているのがパーティーのリーダー、〝ウォーロード(指揮官)〟ことアラスター・カウリーだ。

 豊富な経験を踏まえた冷静な戦術家……すでにA級のトループスで〝インスペクター(検査官)〟の資格を持つ。とうに〝シチズン(市民)〟の資格申請をしていておかしくない猛者なのだが、なぜだかこうして俺たちとミッションをこなしている。

 戦闘が好きで好きでたまらない、というジャンキー(壊れた人間)というわけじゃない。むしろ〝学もある人間〟だから何か理由があるのだろう……。だが、それを聞いたことはなかった。


 とまあ、この面子が俺の仲間…──パーティー(分隊)だ。戦場における兄弟・家族、いや戦場の外においてもそうだと言っていい。



 さて、最後になったが、俺のことを紹介しておこうか。

 TACネームは〝ローグ(ならず者)〟。C級のトループスで、パーティーでは〝前衛(ポイントマン)〟に就く。

 名をジェイク・ハックマンという。

 それ以上のことは、ま、追々に……ということにしよう。



 ……今日も俺は生きている。

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