第98話 使者
軍に調理兵はつきものだ。
軍を存続させるためには戦争中であれ訓練中であれ百人の軍ならば百人に、千人の軍なら千人に、一万人の軍なら一万人に毎日の食事を食べさせる必要がある。満足な食事の有無は兵士たちの士気に関わる。満足な食事が提供されなくなった戦は負け戦だ。
アルティア神聖国の国都を囲んでいる一万人を超える『半血』軍の中には、当然、一万人の食事を調理するために必要な人数の調理兵が配置されていた。
次の日の朝、王国に向かう斥候が乗るために預けていた馬の内一頭を引き取りに、ぼくと二人の斥候が西門前の馬房に着くとヘルダが既に待っていた。馬房を待ち合わせ場所としていたためだ。
ヘルダと一緒に斥候と王国に行くという三人の使者もいる。
二人は知らない顔だけれども一人は、ぼくも見知った人だった。
あの半狼人族の隊長だ。またまた苦労しそうな役割を。
あわせてヘルダから調理兵の再編を終えたという報告がある。
『半血』軍のための通常の食事を調理する人員の他に交代制で連日一昼夜途切れることなく炊き出しのための調理ができるだけの人員が確保されていた。
現状はアルティア神聖国軍との戦闘が行われる可能性が少なくなっているため正規の調理兵に加えて各部隊から抽出する形で臨時の調理兵を増員したらしい。
単純な皮剥きであったり皿洗いなど料理の素人にもできる仕事は沢山ある。
あえて流民たちの見ている前で夜中も料理をしたり皿を洗ったりして、『半血』が私欲のためではなく飢えに苦しんでいるアルティア神聖国民を本気で助けるために立ち上がったのだというアピールをする考えだ。
ヘルダと『半血』の本気の具合に王国を説得するために戻る斥候が厳しい顔をさらに引き締めた。
単純計算で炊き出し一日につき『半血』軍十日分の食料が消費される。実際には水で量を膨らませた簡単なスープや粥のようなメニューとなるため流民一人に付き兵士一人分の食材が使われるわけではなかったが、だとしても莫大だ。
もちろん煮炊きのための燃料も必要だった。
斥候による王国説得の結果がどうなろうとも一日当たりそれだけの食材や燃料を王国への貸しとして『半血』は消費していく。
王国の斥候としては王国に戻り次第、大至急、目先の食料と燃料を送らなければならなかった。『半血』としても、それまでの間、自軍の兵糧を食い潰していくのだから冷や冷やだろう。
斥候が顔を引き締めたのは、もし王国の説得ができず速やかに食材と燃料を『半血』に送れなかったらどうしようと心配になったためだろう。
もちろん、ぼくと一緒に『半血』居留地に向けて王国に送り込まれた時点で王国の斥候二人が独断で判断できる権限はそれなりに大きくつけられていた。
収穫期までの炊き出し費用といった大問題はともかく、当面の炊き出し費用くらいであれば斥候に与えられた権限の範囲内であるから心配はないはずだ。
だとしても現実を前にして顔が引き締まってしまう斥候の気持ちはよくわかる。
「ご心配なく。もし王国からの食料が遅延して我々が窮する事態になりそうな時は食事を食べて少しは元気になった流民たちに一斉に王国に向かってもらうだけですから」
ヘルダはそう言って豪快に笑った。
王国の斥候は、ますます顔をひきつらせた。
「そうなる前にこの三人は姿を消しますが、それまではこき使ってやってください。ちなみにあたしの旦那です」
ヘルダは半狼人族の隊長の背中をばしりと叩いた。
隊長は、ぼくに少し照れたような顔を見せた。
今まで何も言わなかったじゃない。知らなかった。
ヘルダが、わざわざ自分の旦那だと使者の素性を口にしたのは、それだけ信頼できる重要な人材を使者として王国に送るのだという圧力だろう。ヘルダは『半血』の序列第二位だ。マリアの次である。
とはいえ、ヘルダもジョシカも旦那さんが尻に敷かれている気がするのは何故だろう?
やっぱり総隊長のマリアが女だから『半血』は女系が強いのか?
それともどこの家もそんなもの?
ニャイもそうなるかな?
ぼくはニャイにばしりと背中を叩かれる自分を想像した。
その後、ぼくたちは炊き出しに対する今後の方針を少し打ち合わせた。
王国の斥候一人と三人の『半血』の使者は王国に向かった。