第97話 包囲
ヘルダが三人の認識を整理する。
「三案。次の収穫期まで炊き出しにより流民の命を繋ぐという方針でよろしいか? 国境線が変わるため元の街や村に戻るとはいかないから落ち着いたら移住先の調整も必要になるだろう。多くは王国側の旧神聖国領に行きたがるだろうが」
「承知した。その方針で私も王国の説得を行いたい」
ヘルダの整理に王国の斥候も首肯した。
「じゃあすぐ鳩を飛ばして取り急ぎの食料を運んでもらおう。王国から誰か偉い人も呼ばないと」
ぼくは斥候に催促した。
「もちろん鳩は飛ばすが直接話す必要があるだろう。俺が戻ろう」
斥候は事情をよく分かっている自分が王国の説得に戻ると主張した。
もし説得に時間がかかったり失敗したら王国に流民の皆さんが向かうだけだ。『半血』は困らないが王国の斥候としては説得の失敗は勿論、遅滞も許されない。何としても説得するという意気込みだ。
「二人とも戻っちゃうの?」
ぼくは相方であるもう一人の斥候も戻るのか確認した。
「いや。引き続き流民に混ざって万一にも大規模な移動が始まらないよう工作をさせたい」
「ぼくは『半血』と一緒に炊き出しをして待つよ。説得に時間がかかりそうでも王国には大至急食料を運んでもらって。当面の炊き出し分は『半血』から王国への貸しだからね」
「わかっている。引き続き『半血』とのつなぎ役を頼む」
「いつ発つ? 戦力にもなる使者を何人か同行させよう。一人では危険だ」
ヘルダが配慮してくれた。
「ありがとうございます。明朝には」と斥候。
食事をして今夜は泊って行けとヘルダの配慮は続いたけれども、ぼくと斥候は丁重に断った。王国のもう一人の斥候と情報を共有しなければならないし、鳩を飛ばす必要もある。炊き出しの実施について、なるべく早く流民たちに情報を広めたくもあった。
できれば一方的に『半血』が炊き出しをして配るだけではなくて運営に流民たちも巻き込んで共同作業という形をとらせたい。
一緒に汗を流した相手に対してであれば親近感も湧きやすいだろう。今後の『半血』統治にとっても大切だ。あの流民の顔役的なリーダー格の人が自分たちでも少しだけ炊き出しをやっていると言っていたから、何としても巻き込みたい。
鳩と荷物のいくらかを回収し馬は預かってもらったままにして、ぼくと斥候は流民たちの住処へ戻った。国都まで一緒にやって来た家族のところを目指す。
その遥か前、流民の街に入ったところで、ぼくたちは熱狂的な流民の皆さんにとり囲まれた。
襲われたわけではなく誉めそやされた。
よくやってくれたとか、スッとしたとか、そんな声が聞こえた。
みんな、ぼくの名前がバッシュだと知っていた。こちらは誰も知らないのに。
ぼくとジョシカの旦那さんの勝負を見ていた人たちや話を聞いた人たちであるらしい。
誰かからぼくが戻ったという話が伝わったらしく、あのリーダー格の男ともう一人の王国の斥候がすぐにやってきた。なるほど行動を共にすることにしたんだ。丁度良かった。
『半血』に対して流民の皆さんの中で変な誤解や偏見があるといけないから大きな声で言っておく。
「ぼくがやっつけたみたいになっているけれど『半血』は全然悪い人たちじゃないよ。ちょっと腕試しをさせてもらっただけ」
ついでにいい機会だから肝心な話をした。
「それから準備が出来次第炊き出しをしてくれることになった。手伝いをお願いすることになるかも知れないから皆さんその時はよろしく」
うぉぉぉ、と歓声が爆発した。
バッシュ、バッシュ、とまたぼくの名前が連呼された。恥ずかしいのでやめてほしい。
近づいて来たリーダー格の男ともう一人の斥候に声をかけた。
「そういうことになったんで相談に乗ってくれる?」