第93話 違う立ち位置
「じゃあ、君が話をつけてくれ」
マリアが言った。
そんなわけで王国との折衝担当は、ぼくとヘルダになった。
王国の斥候を待たせている別の天幕に二人で向かう。
途中、人気がない場所で、ぼくはヘルダに呼び止められた。
ヘルダは深々と、ぼくに対して頭を下げた。
「え、何?」
「マリアにはっきりと言ってくれて助かった。我々も同じ話をしてきたが、子供が言うこと扱いされてまともに受け合ってもらえなかった」
「ぼくよりみんなのほうが年上じゃない」
「我々は赤ん坊の頃からマリアに面倒を見てもらっているからな。マリアから見れば、いつまでたっても子供だ。君は初めて会った時もマリアに意見をしていたし立ち位置が違うからマリアも君の話には耳を傾ける。君の存在はありがたい」
なるほど。
「マリアは、この土地を自分で切り開いた自負があるから、アルティア教会に骨抜きにされて搾取されたままでいる国民に不甲斐なさを感じているんだろう」
「おばあちゃんになって頑固になってきた?」
水を向けると、ヘルダはニヤリとした。
「ちょっとな」
くふふ、とぼくたちは笑い合った。
※※※※※
「お待たせしました」
斥候が待つ天幕へは、ぼくから先に入った。
ぼくの後にヘルダが続く。
王国の斥候はテーブルを前にした椅子に座って、ぼくたちを待っていた。
斥候が立ち上がったので、ぼくはヘルダに斥候を紹介した。斥候にもヘルダを紹介する。
ヘルダと斥候が向かい合わせに椅子に座った。
ぼくは、どちらの隣にも座らずあえて二人を横から見る位置に座った。
ぼくはどういった立ち位置なのだろう?
個人の気持ちとしては『半血』の一員だが、王国の斥候も戦友だ。一緒に苦労してここまでやってきた。『半血』にも王国にもどちらにも望ましい結論に辿り着きたい。
けれども、もともとのぼくの役割は『半血』との顔つなぎだ。
交渉は最初から斥候の役割だった。
相棒は流民たちのもとへ行ってしまったため一人での対応になってしまうが頑張ってほしい。とはいえ、決定権は持っていないはずなので王国に伝書鳩を飛ばして本職の人に来てもらってからが本交渉だろう。あの士官が出張ってくるかな。
王国の斥候は、ぼくの腕についている『半血』の腕章の変化を目ざとく見つけた。斥候と別れた時点でのジョシカとルンの腕章に加えてマリアとヘルダの腕章が増えている。あわせてヘルダには腕章がない事実を目の動きで確認していた。
「ご推察のとおりだ」
斥候の目線に気づいたヘルダが言った。
「あたしの腕章はバッシュの腕だ。『半血』でのバッシュの後ろ盾となっている」
「もう一つは?」
小さな声で斥候がぼくに訊いた。
ジョシカとルンが、ぼくに腕章をつけた時、斥候はその場にいた。わからないのは一人分だ。
「マリア」
ぼくは答えた。
王国の斥候は頭を抱えた。
「君は大幹部じゃないか」
「バッシュがあたしの横に座らないのは王国への特段の配慮だと理解してほしい」
ヘルダが、さも特別であるかのように、ぼくの席の意味を語った。他意はなく座っただけなのに。
斥候は顔を引き締めて頷いた。
王国からの使者が『半血』を訪ねた目的は既に伝えてある。
同じ国と敵対する者同士、共闘の可能性を探りたいというものだ。
ヘルダから『半血』が独立戦争に至った理由と戦況を説明する。
「アルティア神聖国は国内の食料不足を獣人と『半血』のせいとし、飢えに苦しむ国民を放棄した。アルティアと共にアルティア教国を興した歴史ある『半血』としては看過できん。よってアルティア神聖国と袂を分かち、かの国の非道を正すものである」
『半血』が独立戦争を起こした大義名分はそのようにした。
表向き、借地契約の更新の話は無しだ。
「今更ですが、アルティア神聖国が王国に宣戦布告をするにあたっての大義名分は?」
ぼくは斥候に確認した。
「神の似姿たる裸猿人族をないがしろにし、出来損ないである獣人を優遇する悪しき国に鉄槌を下す、だそうだ。実際は侵略による食料確保が目的だろう」
何というアルティア神聖国の自分勝手。
「共闘の申し出はありがたいが既に国都を囲み降伏を促している状況であり軍備は無用だ。むしろその食料確保にこそ協力願いたい」
ヘルダが本題に入った。